「とは言ったものの…」 やっぱり面倒だよなー、と声に出さず呟く。休日のおっさんの如く、仰向けに後頭部で両手を組んで器用に飛ぶ。視界には青い空が広がっていた。ときおり、目の前を積層雲が通過する。白い塊と青天井を交互に見送って、暫くぼーっとは飛んでいた。速度としては、速くもなく遅くもなく。民間旅客機より、気持ち速いぐらいだろうか。欠伸をひとつかみ殺して、片目を指で拭う。別段神経を集中させているわけではないが、戦闘中らしい悟空の気をなんとなく感じとる。とはいっても、自分から探っているのではない。どうやら悟空は超サイヤ人化しているらしく、勝手に感じられるのだ。人造人間とやらの気は相変わらずちっとも感じなかったが、悟空が全力なら自分が出る幕などないだろう、とたかをくくる。なんとかなりそうならそれでいいか、と一層のんびり構え始めた、その時だった。急に悟空の気が定まらず、弱弱しくなっていく。思わずは体を起こし、その場で直立になって浮いた。 「(悟空……?どうしたんだ…?)」 首を右に傾げ、その耳を手でおさえた。先ほどより、ずっと意識して悟空の気の動きに神経を集中させる。左耳を忙しなく上下に動かしているのは無意識だった。暫くそうやって、何が起きているのか理解しようと気をまわしていたが、突然悟空の気が一気に小さくなっていくのを感じた。ヤムチャが言っていた、パワーを吸い取るとかいうやつか、とは合点して眉根を寄せた。 「これはちょっとヤバいかもな…仕方ない…!」 額に指を2本あてて瞬間移動をしようとした、まさにその時、悟空のごく近くにヤムチャの気を感じたかと思うと、4人の気のかたまりから遠のいていくそれ。移動の瞬間、想像していなかったそれに、思わずは小さく声を上げた。 「あれ?」 ―――ぱっと移動したと同時、目の前に悟空を担ぐヤムチャ。全力で飛んでいたヤムチャは、これまた全力でその場に止まった。自分の心臓のあたりを左手で押さえながら、驚きの顔を隠さない。ヤムチャは突如目の前に現れたに声を荒げた。 「びっくりさせんなよ、!危うく悟空を落とすところだったぜ…」 そう言って、額を拭う仕草をする。は両耳を下げて頭の後ろに片手をあてた。 「ごめん、ごめん。急に悟空が動きだしたもんだから、目測あやまっちゃった」 言いながら、ヤムチャの背後へまわり悟空の顔を覗き込む。は顎に手をあて眉根を寄せて、ヤムチャに問うた。 「ところで、悟空はどうしたの?ヤムチャのその血相の変えよう…普通に戦闘しててやられたって感じじゃないよね…」 肩で息をしている悟空からヤムチャに視線をあげる。ヤムチャはに顔だけ向けて額から汗をひとすじ流した。 「そうだった!おまえとこんなところで悠長にはなしてる場合じゃないんだった…大変なんだ、悟空のやつ心臓病らしくて、このままだとマズいぜ」 「心臓病?」 「ああ、詳しいことは省くが…ウイルス性の心臓病らしい、とりあえず悟空んちに薬があるって…それでいま、向かっているところだ」 「そうだったのか」 は神妙な顔で話をきくと、それなら早いにこしたことはないな、と小さく誰にともなく呟いた。その言葉に、ヤムチャがの方を振り向く。がヤムチャに視線を合わせた。 「ヤムチャ、私に掴まれ。悟空の家へ連れて行く」 一瞬ヤムチャは何のことか分からなかったが、すぐに理解して声を上げた。 「そうか、瞬間移動だな!いいぞ、それなら直ぐに行ける!頼むぜ、!!」 「任せて」 言ってにっこり笑むと、は左手の2本の指―人差し指と中指―を額にあて、同時に悟空の足に右手で触れた。ヤムチャがの右手首を軽く掴む。チチさん、チチさん、と小さく呟いているをヤムチャはじっと見つめていたが、暫くもしないうちに、がいた、と声を上げる。 「じゃ、行くよ。手、離さないでね」 「おう」 ヤムチャがそう答えると、瞬間2人の姿はその場から一瞬にして消えたのだった。 ―――ここは悟空の家。鼻歌交じりに、チチは洗濯物を干していた。最後の1枚を干し終わり、一仕事終えたとばかり腰に手をあて後ろを振り向いた、そのとき。なんの前触れもなく、目の前にと悟空を担いだヤムチャが現れた。思わずチチは声を上げて、その場に盛大に尻餅をついた。 「あ、ごめんなさい、チチさん……大丈夫?」 はそう言って、チチに手を差し出す。チチはついた尻をさすりながら顔を上げた。 「あたた、もう…さ、びっくりさせねえでけれ、心臓が飛び出るかと思っただ」 言ってチチがその手に気づき掴むと、はチチを起こした。尻をはらうチチを一瞥して、が後ろのヤムチャに視線を送る。ヤムチャは小さく頷いた。それを確認すると、は再びチチに視線を戻し、改めて口を開いた。 「チチさん…実は、悟空が…」 「ん?悟空さがどうかしたべか?」 「それが…」 言いながら、後ろに立っているヤムチャがチチに見えるように身体を右に反した。チチの目に飛び込んできたのは、ヤムチャに担がれる悟空の姿。思わずチチは口元に両手をやった。その顔が見える位置まで駆け寄る。ヤムチャは悟空を肩から下ろし、その体の中で仰向けにして支えた。 「悟空さ!!な、なにがあっただ…悟空さ!悟空さ!!どっか怪我してるだか!?」 チチは悟空の胸にしがみつくと、その身体を見回す。そんなチチの横には片膝をつくと視線を合わせ、その右肩に手をのせた。 「チチさん大丈夫、悟空は怪我はしていない…心臓病らしいんだけど、薬で治るって。その薬が家にあるって聞いたから急いで来たんだけど…チチさん、知らないか?」 「くすり…」 チチはの言葉をしきりに瞬きしながら聞いていたが、頭の中は混乱してほとんど茫然としていた。ただ、薬という言葉がひっかかり、無意識に言葉にする。何か耳にしたことがあった筈、と記憶をたどる。思わず小さく、あっと声を上げた。 「そうだべ、確か何年か前に悟飯ちゃんから聞いただ…あれだべ…!」 言うや、チチはすっくと立ち上がって家の中へ消えていく。はその場に立つと、ヤムチャに視線を落とした。 「ヤムチャ、悟空を家の中へ連れて行こう。ベッドに寝かせた方がいい、薬は…チチさん頼みだ」 「ああ、そうだな」 ヤムチャはそう言うと、再び悟空を担ぎあげ、に倣って家の中へと入っていった。 「えーーーーと、えーーと、ここにもねえ…!!ま…まいっただな…!!」 「ま、まだみつからないんですか、薬…!!は、はやくしないとやばいすよ!!はやく…!!」 「そったらこといったって…しまったのは悟空さなんだから……!!」 あたりをガチャガチャと探し回るチチに、ヤムチャは痺れを切らして声を上げる。傍らのベッドには悟空が荒く肩で息をして横になっていた。そのベッドのすぐ近く―悟空の足元側―の椅子に腰をかけ腕を組んでいたがヤムチャに視線を上げ言った。 「ヤムチャ、あまりチチさんを急かすなよ。薬は間違いなく 「落ち着けって、おまえ…よくそんなに悠長にしていられるな。悟空がこんなに苦しんでるんだぜ…おまえちょっと呑気すぎやしないか?」 ヤムチャはに視線を落として、そう抗議する。悟空とを交互に見やった。は、そんなヤムチャに気にした風もなく腕を組んだまま視線を上げる。 「そんなこと言ったって、 「た、確かにそのとおりだが…俺はそんなに落ち着いてらんねえよ!」 「まあ、気持ちは分かるよ、ヤムチャ」 「こいつだ!!あった!!あっただ!!!」 とヤムチャが話をしていたそのとき、小さな薬瓶を手にチチが声を上げた。ヤムチャはほっと胸をなで下ろすと、チチから薬瓶を受け取る。 「悟空っ!!薬だ、飲め!!さあっ」 言って、悟空の口に薬を落とす。悟空はそれを飲むと、しばらくして呼吸が整い、寝息をたてはじめた。落ち着いた様子の悟空に、ヤムチャとチチ、そしては一様に安心して、誰ともなく息を吐き出しす。ヤムチャは、薬瓶を手にしながらチチに視線をやって言った。 「なんかウイルス性の心臓病らしいんで、オレも飲むからチチさんもちょっと飲んだ方がいいみたいすよ」 「ところで、悟飯ちゃんはどうしてんだ?」 「え…と、「ピッコロやみんなと一緒にいるよ。ところでチチさん、水が欲しいんだけど、もらえないか?」 「もちろんだ。ちょっと待ってるだよ、いま持ってくるだ」 チチは、の言葉にひとまず納得するとキッチンの方へ姿を消した。ヤムチャは後ろ頭を掻きながらチチの気配が遠ざかったのを確認して、椅子に座ったままのに改めて視線を落とした。 「助かったぜ、」 「ん?一緒にいるのは本当のことじゃないか」 「ま、まあ…そうなんだけどよ……ところで、おまえも そう言いながら、ヤムチャは窓に向かって薬瓶を透かす。3人分はちょっと難しいか、とひとり呟いているヤムチャの背中へは視線を上げ言った。 「私はいらないぞ、ヤムチャ」 え、と驚きの言葉を短くあげて、ヤムチャがを振り向く。に一歩近づいた。 「いらない、って、どういうことだ?」 「言葉のままだよ」 「言葉のままって、おまえ…うつっちまったらどうすんだ、悟空を見てただろ…タダごとじゃないぜ、ありゃ」 「うつらないんだ、私には。だから、いらない」 額から汗を流すヤムチャを尻目には言葉を続ける。 「そういう風に作られてるんだ、私は…なにかに感染したりして死ぬってことはないんだよ、だからいらない。それはチチさんと二人で分けるといい」 言ってにっこり笑う。それでもヤムチャが反応できずにいると、しばらくしない内に、あ、と声を上げてが指を一本立てた。 「そのかわり、たまにすっごく調子悪くなる時があるんだよね」 「調子が悪くなる時…?」 鸚鵡返しにヤムチャが問う。はこくりと頷いて続けた。 「そう、急に昏倒しちゃう時があるんだ。何の前触れもなくいきなり眩暈がしてね…暫く意識が飛んじゃうんだよね」 「”だよね”って…そ、それこそタダごとじゃないな…それはいつ来るんだ?」 「だから、急に。不定期なんだよ、ほんと困るんだよな…意識が飛んでる時間も決まりがなくて、何日何か月も続くときがあれば、数時間で終わる時もあるし。まあ、死にはしないけど」 「死なないっつったって、厄介だな…そりゃ……で、最近じゃいつあったんだ、それは」 「ん〜〜、ここ何年かないね。半分わすれてたけど、 「し、知らねーよ、オレは…」 見上げながら小首を傾げてきくに、ヤムチャは僅かに頬を赤らめながらもっともな答えを返した。だよねー、とは両手を頭の後ろで組んだ。丁度、チチがコップに一杯の水を手にあらわれる。は椅子から立ち上がって短く礼を述べると、ヤムチャとチチに薬を飲むよう促した。水を求めたのは、チチを誤魔化すためだったため飲みたかったわけではないが、そんなことは言える筈もない。荒してしまった室内を片付け始めたチチをよそに、は窓外に視線を向けながら水を飲んだ。そして、ベッドで眠る悟空を見やる。どうしたもんかな、と内心ため息を吐いたのをヤムチャとチチは知る由もなかった。 To be continued⇒ ![]() 2017.10 |
Return_Menu
Copyright(C)2018 yuriwasabi All rights reserved.
designed by flower&clover photo by