其之十三    調 子 の い い 人 た ち





みぞおちの辺りからとめどなく流れる血。クリリンが抱えてきたのは、瀕死の状態のヤムチャだった。顔を引きつらせるヤジロベーの横でブルマは見るなり絶句して、次の瞬間にはその名を呼んだが、虫の息のヤムチャはそれに答えることがない。ただうろたえるばかりのブルマに下がっているようにが言うや、いつのまにか悟飯から仙豆の入った袋を受け取っていたクリリンがヤムチャの傍で膝をつきそれを一粒食べさせた。がおや、と思うが早いかヤムチャがぱっと目を開けてむくりと起き上がる。は何が起きたのか分からず、ただひとり、目をぱちくりとさせた。


「大丈夫ですか!?ヤムチャさん」

「あ、ああ…助かったよ、クリリン」

「良かったー、もう心配させないでよ!ヤムチャのばかーー」


安心したのか、泣き出すブルマにヤムチャが、死にかけたのにバカはないだろ、と返す。状況についていけないを置いて悟飯がヤムチャに何があったのかと問いただした、その時だった。
なんの前触れもなく、眼下の街で大きな爆発が起きる。ある一点を中心に、扇形に破壊された街のそこかしこから黒煙が立ち昇った。ほんの一瞬で、まるで爆撃を受けたかのような惨状がそこに広がっていた。ずっと先まで広がる澄んだ青空が、その光景とあまりに対照的でそれがいっそ異様に見える。


「なんだ、急に…!」

「な…なによ…!!なにがおこったの……!?」


が思わず呟く。ブルマが驚きを隠さず声を上げた。


「や…やつらだ…やつらがやりやがったんだ……」

「ひどいな……」


ヤムチャが立ち上がりながら街を見下ろした。が顔をゆがめて呟く。風にのって、何かが焦げたような何とも形容しがたい臭いが鼻をつく。しばし6人が絶句していると、前方を5つの影がすごい速さで飛び去っていった。


「悟空たちか!?」

「はい、おとうさんたちですっ!!!」

「やつらもいっしょだぞ!!」

「な、なにっ!?」


の言葉に悟飯が答える。ヤムチャが声を上げると、クリリンが驚いた。しかし、すぐにクリリンはその意味に気づく。


「そうか!!場所をかえるんだな…!」

「ま、まずいぞ!!悟空たちに伝えないと…!!やつらはパワーを吸い取ってしまうんだ…!!!」


そのヤムチャの発言に、皆が一斉にヤムチャに視線を向ける。一拍おいて、まず声を出したのはクリリンだった。


「ヤ、ヤムチャさん、やつらがパワーを吸い取る…って!?」

「そんなことまで出来るのか…!?」


が続いて疑問をぶつける。ヤムチャは5人が去っていった方角から視線を外さず、おののいて言った。


「ああ、ど、どうなってるのかは分からんが、つかまれただけでオレのパワーがどんどんなくなっていったんだ……!」


それを聞いて、クリリン、、悟飯がヤムチャを一瞥するとヤムチャと同じ方に視線をやった。未知のものへの驚き、不安、そして仲間に対する心配からの無意識の行動だった。トランクスを抱いたブルマが呟く。


「そ、それがホントだとしたら、すごい装置を発明したものね、ドクター・ゲロは……!」

「た、たいへんだ!!はやく行っておとうさんたちに教えないと!!」


言うが早いか、悟飯がその場から勢いよく飛び立つ。ヤムチャは額から汗を流した。


「しょ…正直いってオレは行きたくないぜ…ゴメンだ……やつらには…手も足もだせずに死にかけたんだからな……」

「オレは行きますよ!!仙豆も持って行かないと…!!」


ヤムチャの意見はもっともだ。だが、それに反してクリリンはそう言い残すと、もう大分小さくなってしまった悟飯を追う。どんどん小さくなっていく2人の背中。


「ちきしょう!!!オレはやらねえぞ!!!見物だけだからな!!!」


ヤムチャは、おまえらわかってねえんだ、と背中を震わせたが、そう叫ぶように言うと2人のあとを追った。それは、意を決したというより、もう投げやりのように見えた。


「「あ…………」」


ブルマとが同時に呟いた。ブルマがとヤジロベーを交互に見る。腕を組んだまま動こうとしないヤジロベー。は3人が去っていった方角を見ていた。ブルマは、を一瞥したあと、腕組みをして微動だにしないヤジロベーに視線を向けて疑問を口にした。


「ね…ねえ、と…あなた、行かないの?」

「あたりまえだ、行かん!」


が言葉を発するよりはるかに早く、ヤジロベーが自信満々に答える。が、…即答だなと呟いたが、それはあまりに小さな呟きで、ブルマの耳には入っていなかった。ブルマは益々いぶかしんで、ヤジロベーに顔を向ける。ブルマとしては、気持ち遠慮気味に、しかしブルマらしい意見をヤジロベーにぶつけた。


「行かん…て、あ…あなたもけっこう強いってきいたことあるわよ、こ…こういう時はひとりでも多い方が……な…仲間も地球も大ピンチの時よ……!」

「だろうな………」

「だろうなですって!!あんた、なんともおもわないの!!サイテーよ!!!」


とうとうブルマがヤジロベーの言葉にキレだす。思ったままを口にして叫んだ。は2人の間に入ることが出来ず(入ろうとも思っていなかったが)静観を決め込む。ただ、心の中でヤジロベーに感心していた。そして、ブルマの腕の中でスヤスヤと寝始めたトランクスを見て、さすがだなー、とも思っていたが、この緊張感があるのかないのかわからない場の空気を、次の一言でヤジロベーが見事にぶち壊してくれたのだった。


「飛べねえんだよ、オレは…」


空気が一気にしらけるのが分かった。ブルマが申し訳なさそうに一言。


「ど…どうも……」


ただそう呟いた。3人の間を風が通り抜ける。雲が絶え間なく眼下と、そして上空を流れていく。一拍おいて、がヤジロベーの方を向いた。


「私、キミとはすごく気が合うと思うんだよね…!」

「……?」


ヤジロベーが怪訝そうにを見る。は構わず、両手を胸の前で組みながら、みんなが消えていった空を見てしみじみ呟いた。


「だって……身の危険を感じるところには…行きたくないだろ……?」


ブルマが盛大に呆れた。ヤジロベーは両のこぶしを握ると一気にテンションを上げてに同意する。


「おみゃーさん、わかるでねーか!…もう、それがあたり前でしょーよ」

「やっぱり、キミとは気が合う気がする」


がヤジロベーに顔だけ向けてにっこりと笑った。キラキラという効果音が聞こえてくるようだった。そんなをブルマが黙って見ているわけがない。


「ちょっと、!あなたは強いでしょ!!あたし、あなたがベジータの修業相手をさんざんやってたこと、知ってるんだからね!」

「い、いや…あれはどう考えても不可抗力……」


と、たじたじになって答える。ヤジロベーは”ベジータ”の言葉に反応して、ほんの気持ち後ろに後ずさった。ブルマは構わず続ける。


「たしかにそうかもしれないけど、だってじゅうぶん強いのよ!」

「そ…そんなこと言われても、ねえ…あの飛んでったあれはけっこう危険だと思うよ…ホントに」


飛んでったあれ、というのは、もちろん人造人間のことだ。は、ブルマのあまりの気迫に気圧され、眉尻を下げることしかできない。そんなに、すかさずブルマがまくし立てる。


「そんなこと言って!孫くんたちが心配じゃないの!?」

「まあ…そりゃ、悟空たちのことは何だかんだで3年も付き合ってるんだ…心配といえば心配だけど……」

「だけど?なによ」


顎に手をあてて、そう答えるに、ブルマは訝しむような視線を上目遣いに送る。はブルマの目をじっと見つめ、にっこり笑ったかと思うと、おもむろに両の人差し指を両頬にあてて小首を傾げ言った。


「これでも私も”おんな”だぞ」


の中のめいっぱいの”カワイイ”だったが、それがブルマに効く筈もなく…。


「だぞ…って可愛く言ってもだめよ!こんなときばっか女の子になるの許さないんだから…!!」


ブルマの腕の中で眠るトランクスは身じろぎひとつしなかったが、はブルマの言葉にたじろぐ。ヤジロベーはもはや、呆れていた。は、やっぱだめかー、とひとり遠くを仰いで頭を掻く。遠くから聞こえる救急車やパトカーのサイレンをBGMに青空を雲が流れていた。ふいにブルマがぽつりぽつりと呟く。


「……たしかに…は…女の子かもしれないけど……」


その言葉に、は一転、希望を抱いてブルマを見つめる。思わず両のこぶしを胸の高さで固く握っていた。しかし、当然のようにその希望は打ち砕かれた。


「あたしよりもずっと強いじゃない!あたしはー、トランクスだっているし…なーんにもできないし、ぜーんぜん戦えない、かよわーい女の子、ですもの」


キラキラと効果音を立てて空を仰ぐブルマには呆れて一言。


「……えー、調子いいなー…」

「なに、なんかいった!?」


今まで出会った何よりも恐ろしいと感じたには、何も言ってません、と返すのが精いっぱいだった。傍で見ていたヤジロベーが思わず呟く。


「こえー」

「ん!?」

「…………」


目を逸らして黙る。もまた、内心恐ろしい、と思いながらも黙っていた。前触れもなく、ブルマがを振り向く。


「だ・か・ら!!!早くみんなを助けにいって!」


顔をずいっとに近づけ、指をさす。は思わず一歩後ずさった。ブルマが一歩踏み込む。


「いま地球が大ピンチなのよ!?あんなに簡単に街を破壊しちゃって…地球のみんな、いいえ、あたしが死んじゃうかもしれないのよ!」

「う、うん…」


が5歩6歩と後ずさるたび、ブルマが一歩、また一歩と詰め寄る。そして、今までよりも大きく一歩ブルマが詰め寄った時だった。


「はやく!!」

「わ…わかっ……!?」

「あーーーっ!!!」


言葉にならない言葉を残して、が背後の崖から下に落ちた。ブルマが驚きのあまり、叫ぶ。ヤジロベーは思わず片手で顔を覆い、指の隙間から向こうを伺う。一瞬なんの音もなくなった。ブルマがぺたんとその場に座り込むと、流石に目を覚ましたトランクスが不思議そうにブルマを見上げた。ブルマが恐る恐る崖下を覗こうとした、その時。


「ていうのは、冗談だけど」


宙を浮いて現れたは、腰に両手をあててけろっとしている。丁度地面と同じぐらいの高さで浮きながらブルマを見下ろした。


「こんなときに冗談いってる場合!?ふざけないでよ!!びっくりしたでしょ!!!」

「あはは、ごめん、ごめん…」


ブルマがまくし立てる。は眉尻を下げ頭を掻きながら、右手で招くような仕草をして謝った。そして、一拍おくと打って変わって真剣な面持ちでブルマに向き直る。


「わかったから、ブルマ…これだけは約束してくれる?」

「え…う、な、なにを…」


今度はブルマがたじろぐ。今までとは違い、真面目な表情、真剣な声で語りかけてくる。ブルマはその言葉に耳を傾ける以外なかった。


「私はこれから悟空たちのところへ行くけど、ブルマは絶対あとを追ってこないって」

「……」

「その子もいるんだ、本当に危険なんだよ…だから、おとなしく家に戻るって約束してくれ…約束してくれたら、私は悟空たちを助けに行く」


諭すように言うにブルマは腑に落ちないような表情を作っていたが、しばらくの沈黙ののち絞り出すように答えた。


「…………わかったわよ…約束するわ…」

「本当だね?」


が念を押す。


「本当よ!だから…はやく行って!!」

「わかった…じゃ、行くから」


ブルマの言葉に、はにっこりと笑顔で返すと上昇しながら後方へほんの少し距離を取る。そして、ヤジロベーに視線を送ると、その視線に気づいたヤジロベーに言った。


「キミ…たしか、ヤジロベーだったっけ?私の代わりにブルマをよろしく」

「お…おう……」


額から汗を一すじ流したヤジロベーは、そう呟くように答えた。それには笑顔だけ返すとあっという間に空の彼方へ消えていった。ヤジロベーは暫くそれを茫然と眺めていたが、はたと気づき右前方でまだ腰を下ろしたままのブルマに視線を移す。微動だにしないブルマを訝しみ、その顔を覗き込もうとしたとき、ブルマがぽつりと呟いた。


「…ってやっぱり女の子にしておくの、もったいないわ…かっこよすぎ…」

「…おみゃーさん……」


ヤジロベーは呆れ果てて突っ込むでもなく、攻めるでもなく、ただそう呟いた。一番調子いいのはおみゃーさんだろ、とは口が裂けても言えないので心の中にしまっておくだけにしておいた。


「さ…てと……さ、行くわよ!私が操縦するからトランクスをお願い」


そう言って、ブルマがようやく立ち上がる。いつのまにかまた眠りに入ってしまったトランクスをヤジロベーに差し出す。ヤジロベーは一瞬面倒くさそうな顔をしたが、によろしくと言われ、返事をしてしまった手前、無下には出来ずトランクスを慣れない手つきで抱いた。


「しょーがねーなー」


そう言いながら。ブルマがホイポイカプセルを投げて小型のジェット機を出すとヤジロベーはブルマに促されるまま、その隣のシートにトランクスを抱いて座った。ブルマが元気よく掛け声をあげながらジェット機を飛ばす。徐々に高度を上げ、いつのまにか雲を見下ろしていた。との約束でもあったし、当然、家に戻るのであろうと一安心していたヤジロベーはこのあと、ブルマがどこへ向かって操縦かんをにぎっているのかを知り焦りと共に呆れるのであった…――。





















To be continued⇒


←管理人に餌を与える。




2017.09


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