其之十一    意 外 な 答 え 





それは数日前の出来事。ひょんなことから、始まったことだ。いや、ひょんなことではすまされないか。チチとブルマの提案で開催されたBBQパーティ。無論、連絡のつく輩は強制参加のパーティだ。
その日、は改めて悟空の仲間と自己紹介をしあった。ちゃんとした形では初めてだった。といっても、自身は地球に降り立って(墜落して?)初めての日、しっかり自己紹介をしているのだが。

そこで起きたのだ、アレ、は。

何の他愛も無い話をクリリンとしていたときのことだ。ふ、とベジータがにこう問うた。 ”お前はサイヤ人としての弱点を持っているのか” と。
何のことかは分からなかったので、 ”わからない” と素直に答えたのだが、それが不味かった。悟空の ”試せば早いだろ” の言葉を引き金に、を襲ったどうしようもない脱力感。やっとのことで、放してもらえば、次はベジータがの”ソレ”を掴んでこうのたまったのだ。

 ”放して欲しければ俺さまの修行に付き合え” と。

”冗談じゃない” そう言うよりまず ”分かったから早くその手を放してくれ” その一言を言うのがやっとだった。いや、何をしたって兎も角その強制的な脱力感からは解放されたかった。そうして結果、はこの日を迎えた。

”ソレ” とは、ご存知の通り尻尾のことである。


目の前には他の部屋の扉とは明らかに異なる重々しさすら感じる扉。ベジータがドアの脇のボタンを押すと空気音を立ててそれは開く。はその数日前の出来事を思い出しながら、溜息と共にベジータの背を追ってその扉の向こうの部屋へと足を踏み入れるのだった。












ぐっと自分の身体にかかった負荷に顔を顰めることも無く、渋々と言った面持ちで前を行くベジータについて歩く。後方の扉が閉まったと同時に足を止めた。前方3,4メートル程のところでベジータも足を止める。くるりと振り向くと徐に口を開いた。


「さっさとその邪魔な服を脱いで準備をしろ、修行を始めるぞ」


その言葉には体制を変えずに呟く。


「……なんだかどっかで聞いたな、そのセリフ…」

「無駄口を叩くな」


ぴしゃりと言われて渋々ストールに手をかけると適当にその辺に放った。が、それは布とは思えないような動きで床に落ちる。ふわり、などとそんな優しい表現など出ない。もう、それは見事にぼすっといや、どすっと落ちた。だが、そんな事を気にかけるような二人でもなく―寧ろ1人は確信犯なので気にするわけも無い―。いかにも、やる気ありませんと背を丸めて立つにベジータが声を張り上げる。


「ええい、しゃきっとしろ!いつまでもウジウジと。次は気を高めろ!カカロットから粗方は聞いているからな、ごまかそうとしても無駄だぞ」

「…ベジータ様も命知らずなのか?」


眉根を寄せつつさらっと言うにベジータは若干頬を赤めて言う。


「……気色悪いから”様”はつけるな、オカマ野郎」

「オカマ?米とかってやつを調理する時に使う道具のこと、だよな?」

「…ぐだぐだ言わずにさっさと気を高めろ!くそったれ」


首をかしげながら尻尾をふよふよと漂わせ、さしてこれといった精神的なダメージは負っていないというかそれがどういう意味を持つのか分かっていないにベジータが苛立ちを露わに声を荒げる。そんなベジータの言葉には唇を尖らせながら気を高めた。金色に変わったその瞳でベジータを見やる。


「君も相当の命知らずみたいだけどね、とりあえず言っておくよ。どうなっても知らないからね」

「ふん、望むところだ。途中で止めやがったら許さんからな」


どちらともなく身構えてお互いを見据える。ふと、ベジータが再び口を開いた。


「ひとつ、助言しといてやる。自分の感情は抑えんことだ。そもそもサイヤ人の血が流れているんだ、戦闘中に気が昂るのは当然のことだからな」

「…それは素敵な助言をどうも」

「寧ろ誇るべきだ、サイヤ人の血が流れていることにな」

「話がそれたよ」

「何か言ったか?」

「いや、何でもないよ!」


ぼそりと呟いたそれにベジータが目ざとく聞きつけてを睨んだ。慌てて手を振ればベジータの姿が消える。直後、繰り出された左からの蹴りを腕で受け止めた。そして同時に発せられた言葉。


「ならば始めるぞ」

「言う前に始めてるじゃないか…!」


突っ込んで身を引いた。何倍なのかは知らないが外とは比べ物にならない重力をその身に感じて、しかし傍から見るものがいればそうとは感じさせない2人の動き。とはいいつつも、ベジータにとっては限界ギリギリの修行であるのでみるみる全身から汗が滲み出る。一方いつまでも涼しい顔のはそんなベジータに気づきつつも本人の希望でもあるからと攻撃をかわしつつ、その合間に攻めていた。

初めて悟空たちと修行を始めてからもう数ヶ月が経過している。そのため、当初の躊躇いやら何やらはとりあえず程ほどに捨て置く方向で今に至っている。周りがあまりに無謀すぎて、口で言っても、まして状況が悪化しても反省する気持ちが無いようなので諦めていた―尤も、当の本人達は悪い事をしたという認識がないので”反省”もくそもないのだが。”修行を失敗した、次はここをこうしよう”という反省はしているようではある―因みに、気を高めてもある程度理性を保っていられるぐらいの状態にはなっていたので、としては大変微妙な気持ちでいるというのが現状である。

―閑話休題


ベジータの気弾を弾くと即座に床を蹴る。正面に向かって拳を振るった。汗を散らし、寸でのところでベジータがそれをかわす。頬に一筋の赤。即座にの身体を蹴り上げるが、それは見事に受け止められていた。室内は驚くほどの熱気に包まれ、空を切る音、肉体と肉体がぶつかり合う音だけがただ響く。2人の姿は見えなかった。常人には捉えることが出来ないほどのスピードでお互いが攻防を繰り広げる。一度間合いを取ると、お互いに睨み合った。




























戦いの手を休めても、身体中を流れる血が熱く沸いている。全身の気が昂り、それは感情をも煽ってどうしようもない興奮をもたらしていた。しかし一方でそれを必死に抑えようとする自分が焦りの感情をかきたてて、結果額に冷や汗を浮かばせる。ふと、ベジータの言葉が頭をよぎる。が、すぐさま脳内で頭を振った。


「(そんなことしたらどうなることか…!)」


拳をにぎり奥歯をかみ締める。ふいに正面から放たれた気弾。慌てて顔を上げ間近に迫ったそれを弾き飛ばす。直後、懐にまで近づいていたベジータが拳を振り上げた。それは不意をつかれたの下あごに入り身体をのけぞらせる。一歩退いたから数歩だけ間合いを取ってベジータが離れた。


「感情を抑えるなといっただろう。何を聞いてやがった」


顎を押さえ顔を正面に戻しながら、その言葉を聞く。握りこぶしを作って叫ぶ。


「実際、そんな危険なこと出来るわけないだろ!ここは悟空のところとは違って街中なんだから」

「そんなことはどうでもいい」

「…どうでもいいって」


余りの身勝手な物言いに肩を落として呟く。だが本人は聞いていないようで。


「騙されたと思って言う事を聞け、理性で無理矢理抑えようとせずに受け入れろ!いいな」

「全然よくないよ、それに君は人を平気で騙しそうだし」


呆れて言えば返ってくるのは鋭い視線。


「な、なんでもない、なんでもない」

「ふん、騙される方が馬鹿なだけだ」

「…余計従う気が失せたよ……」

「ちっ、いいか今から言う事をよく聞けよ」


突然声音が変わった。その言葉に耳を傾ける。
未だ全身の血は波打つように熱い。


「理性が飛んじまうってのはお前に施された実験の副作用だ。無理に興奮を抑えようとすると神経伝達物質が暴走を起こして抑制できなくなっちまうんだ。
だから抑えずに敢えて従う方が結果的にはいいんだよ」

「…え、そうなのか?っていうか、なんでそんなこと知って…」


ぽかんと口を開けて指差すにベジータは腕を組んで視線を合わせずに口を開く。


「フリーザのところに居た研究員どもには貴様の研究を行っていた星の研究員どもが混ざっていてな。フリーザの元にいた頃、一度だけやつらの資料とやらを覗いてやったんだ、膨大な量の情報だったから詳しいことは忘れちまったがそのうちの一つにこう書いてあった、”データ収集のため問題の薬物を投与した結果、特定条件を満たした際にいくつかの神経伝達物質の過剰分泌或いは不分泌を引き起こし暴走、戦闘時において殺戮行為に陥る副作用が発生”とな。どいつにその実験を行ったのかは書いてなかったが、まあ症状からしてそれは十中八九お前のことだろう。そして、恐らくその特定条件とやらが戦闘時における興奮とそれを抑えようとする心理作用だろうぜ、尤も実際はもっと生物学的に複雑な作用だろうがな。
…なぜ貴様がそれを抑えようとするのかいまいち理解できんが、これでオレが抑えず受け入れろといった意味がわかっただろう」


珍しく1人で長々と喋ったベジータは、しかし面倒臭そうな表情を浮かべてに視線を移した。一方、一通り聞き終わったはもう痛みの引いた顎から無意識に手を離すとベジータを見やって口を開く。


「えと、どこから突っ込んだらいいのか分からないが、とりあえず、君ってもしかして頭良いんじゃない?」

「貴様、オレをなめてるのか…?」

「とんでもない、純粋にそう思ったんだよ」


にっこりと笑顔を浮かべて答えるにベジータはバツの悪そうな顔をして一度向けた視線を別の方向に外した。にこにこと満面の笑みの。ベジータはそれをちらりと見やって、そこに全く悪意が感じられないということに今や先に超サイヤ人となってしまった男の顔を思い出して舌打ちをした。


「おい、そんなことはどうでもいいからさっさと修行を再開するぞ!いいか、このオレがわざわざ説明までしてやったんだ大人しく言う事を聞けよ!」


その言葉に、はたとベジータを見て溜息を一つ。


「…実はまだそんなに乗り気じゃないんだけど丁寧に説明までしてくれたし、騙されたと思って従うよ」

「貴様オレの言葉を信用していないだろう…」

「…さ、やろうか!」

「……」


放たれた言葉を濁すように率先して構えるを半ば呆れて見るベジータ。しかし、これも時間の無駄かと息を一つ吐いて自身も構えた。目先のが目を閉じて大きく深呼吸をする。それに伴って不安定だった気が落ち着きを取り戻していくのが分かった。静かに目が開けられる。ふと正面から姿が消えて、目の前に現れた。真っ直ぐに顔目掛けて向かってくる凄まじいほどに早い右ストレート。顔を横にそらして間一髪のところで避ける。


「偶にはこちらから先制してみようと思って」


顔を掠っていくそれと同時に出されたの言葉。ベジータは額に汗を浮かばせつつも頬から流れる血もそのままに口角を上げて答える。


「それはいい心がけだな。少しはやる気になったか?だが、甘い!‥はっ!!」


掛け声と共に右の回し蹴りを繰り出す。しかし、それは難なく避けられては5メートルほど離れた場所へ。それを追って床を蹴った。瞬く間にその間合いは縮まって、間髪いれずにお互いが拳と蹴りの応酬を繰り返す。ベジータの目に映るの顔にはもう先ほどまで見られた、躊躇いや苦しみ或いは恐れととっても過言ではないそれらの表情は消え去っていた。寧ろ、口元には僅かに笑みすら浮かべて、愉しんでいるように見える。その金の瞳は、あの悟空が戦いの最中始終見せるように輝いて。本人が自覚しているのかは分からないが、これで少しはこいつとの修行がし易くなったとベジータは内心、ほくそ笑んだ。サイヤ人としての本能をどちらにせよ押さえ込むことなどできよう筈も無い。これでこいつ自身も変に葛藤を繰り返す必要もなくなるだろうと心で呟く。ただ、それはのためではなくベジータ自身のため。ベジータが超サイヤ人になるため、そして孫悟空を超えるための布石に過ぎない。しかし、いい加減考えを巡らしながら修行する余裕もなくなってきたと一度そこで思考を止めて目前の攻撃に集中する。キレの好くなったそれは一段と素早さを増して防御するにも避けるにも全てがやっとのことだった。
































どのくらい時間が経ったのか、それは全く分からなかったがひとつだけ言えることがある。それは、”理性を失う”というあの暴走ともいえる行為をとりあえず克服した、ということだ。ベジータの言ったことはどうやら本当であったらしい。だからこそ、”克服”の前に”とりあえず”という言葉をつけたのは、その原因が副作用であるからまた、いつ別の何かが引き金となって現れるのか想像がつかないからである。副作用を起こす原因となった実験の数々はもう大分昔のことであるので、それが今でも現れているということは克服したからといって完全に無くなった訳ではない、ということだ。しかし、どんな形にせよ克服したというのは事実である。は床に着地すると自分の両の掌に視線を落として何度か握ったり開いたりした。


「(まさかこんなにあっさり克服できるなんて…悟空たちとのときはあんなに苦労したって言うのに…)」


見つめながらそう思う。それが余りに驚きに満ちすぎていて、一度ぎゅっと拳を握ると勢いよく顔をあげた。


「凄いよ!ベジータ!!君のお陰でこんなに…ってあれ?」


向けた視線の先のベジータがうつ伏せに倒れているのが目に入って一瞬思考の全てが止まる。しかし、すぐさま我に返るとその傍らまで駆け寄った。膝をついて顔を伺う。息が荒くなってはいたがしっかりと呼吸はしているようだ。大量の汗をかいて、身体のそこここには攻撃を受けた際のうっ血がみられた。しかし、致命傷ではない。どうしたのかとが問うた。


「…気を、使い果たしちまっただけだ…っ」


その答えに、ほっと胸を撫で下ろすと、タイミングよく頭上にあったモニターにブルマの顔が映し出された。


「ちょっと、アンタたちそろそろお昼の準備が出来るから…って、あら、ベジータどうしちゃったのよ?」


向こうからもこちらが見えているらしく、の傍らで床に沈没しているベジータの姿を見てブルマが疑問の声を上げた。は眉尻を下げて答える。


「ああ、大丈夫、無理しすぎただけみたいだ。すぐに回復するよ」

「そう、ならいいけど。とりあえず、重力装置の電源切って出てきてちょうだい」


言い終わるが早いか、モニターがプツンと切れて黒い画面に戻る。その電源は何処なんだ、と心の中で突っ込みながら傍らのベジータに視線を落とす。今の状況で聞くのは酷だろうか、と小さく溜息を吐いた。間も無くは立ち上がると、一度ぐるりと辺りを見回して”らしき”ものへとまっすぐ進んだ。機械には強い方であったので、大体の予測を立てての行動だ。目に入るのは、いくつかボタンが配置され、その中央上部にデジタル表示のされている小さなモニター。読み取れる数字は180。つまり、この中のGが外の180倍だということだろう。


「(無茶なことするなあ…)」


とりあえず、これが電源であることは間違いなさそうだ。頭をかきながら、視界の端に入った電源スイッチだろう赤いボタンを押す。途端、すっと身体が軽くなるのが分かった。後ろを振り向いてベジータを見やれば、ちらりと見える表情が幾分楽なものに変わっていた。一先ず安心して、口角を緩める。歩み寄って、徐に肩に担いだ。他に方法もあったかもしれないが、両手が塞がると何かと不便なのでとりあえずの俵担ぎだ。ふっと目に入る、修行開始時に投げ捨てたストール。空いてる右手で拾い上げて出入り口に向かった。”お昼”が済んだら修行再開だよなあ、などと思いながら。そして、そんなことならベジータに気を分けない方がいいかも、とも思いながら。しかし、結局放っておけないは気を分けてしまったのだが。





















To be continued⇒


←管理人に餌を与える。




2009.04


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