其之十    覚 醒 再 び





険しい岩山が幾つも点在する赤い荒野は視界に入る殆どのそれが崩れ去り瓦礫の山と化している。
ピッコロはやっとのことでその瓦礫から這い上がると全身を走る激痛に顔をゆがめた。辺りに視線を走らせる。ふと目に入る自分や悟空に比べればずっと線の細いその後ろ姿。それが突然消えたかと思えば、直ぐ目の前に片膝をついてこちらを見下ろす黄金の瞳。それは何を映し出すこともなく、口元には冷笑を湛える。

伸ばされた腕が自分の胸倉を掴む。体中の激痛に力を込めることもできず抵抗することもできない。ただ為されるがまま息苦しさにさらに顔をゆがめた。












殴り飛ばされた悟空を目で追うが、砂埃が立ってからは何も見えない。ただ、気はそこに存在していたのでその辺りは問題ないだろう。今問題なのは寧ろ、その悟空を殴り飛ばした目の前にいるコイツだとピッコロは視線を向けた。まだその張本人であるは悟空の方に目を向けている。しかし、急激に膨れ上がったその気が僅かばかりの隙すら許さない。ふと首がこちらに向けられる。無表情のそれはピッコロに身構えさせると同時に、全身に嫌な汗をかかせた。俄かに上げられる口角に自然汗を握る拳に力が入る。
だが次の瞬間予想外の行動にピッコロは目を見開いた。が物凄い速さで、飛ばされた悟空のもとへ向かっていったのだ。はっとして視線を下に向ければ、砂煙が引いてゆくその合間から、未だ立ち上がれず地に四つん這いになる悟空が目に入る。



「孫ー!気をつけろーー!!」



悟空が声に気づき顔を上げた。しかし、その時には既に遅く、目前まで迫ったが一瞬姿を消すと、悟空の真横に現れて思い切り足をふり上げた。四つん這いの悟空の腹にのその蹴りが食い込む。それを地上で淡々と見上げる。空高く蹴り上げられた悟空が丁度ピッコロの位置する高さまで来るといつのまにか地上から姿を消していたがそこに現れ再び悟空を蹴り飛ばした。それは凄まじい速さでピッコロめがけ飛んでくる。避けることも、まして受け止めることも出来なかったピッコロは悟空もろとも後方へ吹き飛ばされ、岩山を崩して漸く幾つ目かの岩山に激突することで停止した。



「わりぃな、ピッコロ…」



がらりと石が崩れ落ちる。岩にもたれかかるようにしながら顔をゆがめているピッコロの太腿の上で肩で息をする悟空が見上げて言った。



「いいから、早くどけ。ヤツが来る」



ピッコロはそういいながら岩に手をかける。お互いよろよろと立ち上がりながら前方に目をやった。まだがこちらに来る気配はない。崩れ去った岩山が辺りに砂埃を巻き上げていた。地質が赤い色をしている為かその砂埃はやはり赤い。風が煙をさらう。



「こねえな…どう思う?ピッコロ」



腹をさする悟空が呟く。
その髪はいつの間にやら黒に戻っていた。



「妙といえば妙だが、あいつの行動は読めないところがある。とりあえず、今はどうやってあいつの正気を取り戻すかだが…」



口内を切ったのかピッコロは口端から流れた血を拳で拭うと遠くに目をやった。



「目先、次からはもう少し修行の仕方を考えた方がよさそうだ」

「違ぇねえ。とりあえず、気を極力抑えて近づくぞ。そんでもって隙を見て一発入れる!」

「…その隙があるかが問題だがな」

「貴様らには隙がある」



突然の声。抑揚の無い自分たち以外のそれに驚いて後ろを振り向く。そこには案の定、の姿。普段らしからぬ口調がまだ正気ではないのだと二人に教える。しかしそう認識したのも束の間、ピッコロの鳩尾にの拳が入った。同時に遥か後方へと吹っ飛んでいく。遠くでまた爆破されたかのような、岩山が崩れる音が耳に届いた。それを背で聞きながら身構える悟空。がその口元に微笑を貼り付けて、淡々とこちらへ歩み寄ってくる。悟空との距離が1mほどまでに近づくとぴたりと足を止めた。途端、悟空がの横面に向けて拳を振る。しかし、それはに受け止められ、そして凄まじい力で抑えられる。引くことも押すことも出来ず、更にその拳を潰しにかかった力が激痛を伴って悟空を襲った。両目を瞑り叫びを上げる悟空をは面白そうに見上げる。



「っ、そろそろ目ぇ覚ませ!」



激痛に耐えながら片目を開けてを見つめると空いている方の手でその肩を掴み悟空が言う。だが、がそれに答えるはずも無く、ぐっと一層悟空の拳を握る手に力を込めると同時に腕全体に力を込めて押し返す。悟空の拳がミシミシと音を立てた。



「ぐあ、あ、ああああああっっ」



の肩を掴む手に力が入る。その場に崩れていく身体にの容赦ない膝蹴りが食い込んだ。間髪入れず、胸に再び蹴りの衝撃、そして肋骨が折れる感覚。吹き飛んでいく自分の身体。再び岩に激突して、折れた肋骨が肺を圧迫する。腕をつけばそこから伝わる力が激痛を起こした。息がまともに出来ず、ただ苦しく荒い呼吸を繰り返すだけ。遠くの方で悟飯の声を聞いた。
































「そ、そんな…お父さん…!」



悟飯はそう叫ぶと遥か遠くで地面に叩きつけられた悟空のもとに飛んだ。しかし、まだ中空にいる間、その視線の先にが現れる。じっと地に伏せる悟空を見下ろしているようだ。思わずその場に足を着く。10m程の距離をとって向かい合わせに目が合った。握りこぶしを作りながらを睨むが全身は緊張で固まっている。流れる汗が冷や汗なのか脂汗なのか自分にも分からない。一方のの表情は冷ややかで僅かに上がる口角が何ともいえない恐ろしさを増徴させていた。

ふと、が後ろを振り向く。途端、その姿が消えた。弾かれたように悟空のもとへ駆け寄る。両膝をついてその顔を覗き込めば苦しそうに歪められたその表情。荒い息遣い、全身に確認できる挫傷。泣きそうになりながら辺りを見回す。の現在位置を知るために。そして目に入るその背中。それから宙に吊られる様に掴み上げられているピッコロの姿。ふいにがこちらを振り向いた。はっと気づけば、次にはピッコロがこちらへ投げ飛ばされてくる。計算していたのか、丁度倒れる悟空の傍らに飛ばされてきた。悟空よりも幾分ダメージは少ないようだが、しかしそのダメージが重たいものであることには変わりは無い。ピッコロはなんとか身体を起こすと、悟飯を振り向く。



「逃げろ、悟飯…」

「そんな、僕だけ逃げるなんて「いいから行け!早くしないと、ヤツが来る!」

「で、でも…」



両手の拳を握ってそう言う悟飯に再びピッコロが逃げろと口を開こうとするが、瞬間現れた気配に二人は身体を強張らせた。が再び瞬間移動をして現れたのだ。三人を見下ろす瞳には怪しい輝き。歩み寄るの前にピッコロが立ちはだかろうとするが、ダメージが大きい為か立ち上がるのもやっとで直ぐに片膝をついてしまう。すかさず悟飯が仰向けのまま荒い呼吸を繰り返す悟空の前に飛び出ると、なりふり構わずに突っ込んでいった。だが、はそれを簡単にかわし、同時にいつの間にか解いた尻尾でピッコロの方へ叩き飛ばす。



「っく」



その飛ばされた悟飯をピッコロは受け止めるが、その衝撃で激痛が全身という全身に走り思わず声を漏らす。そんなピッコロに悟飯が謝罪を述べようと顔を上げた瞬間、が地に伏せる悟空を蹴り上げたのが目に入った。血を吐いて再び地におちる悟空。悟飯はその光景に全身が熱くなってくるのを感じた。そして、ピッコロが止めるのも聞かずに向かって再び突っ込む。

先程よりも、怒りによって速度と力が数段跳ね上がった悟飯の拳がの左顔面に見事に入った。間髪入れずその顎を蹴り上げる。が一歩退くのと悟飯が地面に着地するのはほぼ同時だった。悟飯がキッと目を吊り上げ、を睨む。ゆっくりと正面に戻される首。自分を見下ろすその表情には何も無かった。ただこちらを睨むわけでもなく見つめ返す。口端から流れる血を拭うことも無い。ぞくりと悪寒が走る。その場に固まって動くことが出来ない。が一歩足を踏み出す。しかし、突然その顔を苦悶の表情に変えたかと思うと頭を抱え、その場に膝をついてしまった。感じられる気が急激に落ちて不安定なものへと変わる。



さん!」



気づいて悟飯がに駆け寄った。ピッコロが慌てて身を乗り出すが、激痛が邪魔をする。の肩に手を置いて悟飯がその顔を伺う。俯いた顔から表情は伺えないが苦しそうではあった。ふと、悟飯のその手にの手が乗せられる。ゆっくりと顔が上げられた。



「だから言ったじゃないか…馬鹿だよ、君達って本当」

さん!」



向けられた笑顔に悟飯もまた笑顔になる。同時に今まで受けていたダメージが完全に回復していることに悟飯は気づいた。はすっと立ち上がると瀕死状態の悟空のもとに歩み寄りそして膝をつく。すかさず手を翳して気を込めると、暫くもしないうちに悟空のダメージも気も完全に回復した。最後にピッコロのもとへ行きそして同じように手を翳し治癒を行う。3人の気を回復したところでは溜息をつきながら立ち上がった。



「さあ、これで懲りただろう。もう諦めて君達のための普通の修行をしなよ」




後方で立ち上がる悟空を振り向いてが言う。悟空はといえば、両の手を握ったり解いたりして何かを感じ取っているようだ。そして、一度ぎゅっと拳を作ると顔を上げた。



「いやーやっぱすげぇな!あんな状態でも完全に回復しちゃうんだもんなー!さっきのことは気にすんなよな!流石にやばかったけどちょっと気をつけてやってればいけるいける!」

「え、君まだやる気なの…?」

「あったりめえだろ、心配すんなって、良い方法が思いつきそうなんだからさ!ピッコロ、ちょっといいか?」



そこまで言うとの横をすり抜け、ピッコロに歩み寄り―あまつさえ肩まで組んでいる、ピッコロは嫌そうだったが―何事か話を始める悟空。それを呆れながら見るに悟飯が声をかける。



さん…顔、ごめんなさい、大丈夫ですか?血が出てますけど…」

「あ、ああ。大丈夫だよ」



そう言って心配そうに見上げてくる悟飯に笑いかけてが口元を拭う。



「あの…突然失礼な質問かもしれませんが、理性が飛んだときって、その…どんな感じなんですか?」



不意にかけられた、その想定外の問いには若干目を見開くと悟飯を見つめ返した。
慌てて悟飯が手を振る。



「あ、いやその気分悪くしたなら別にいいんです、ごめんなさい」

「ん?いや、別に全然気にしてないさ――…そうだなあ…」



謝る悟飯には笑いかけると、顎に手をやって中空へ視線を泳がす。
悟飯はただそれを見つめながらが話し始めるのを待っていた。



「何か、こう最初は何ともいえない感覚が沸いてきてうずうずしてくるんだ、こう、破壊衝動?とかって言うのか。で、その時はまだ何とか押さえていられるんだけどな、ある一定のところまでくると急にプツンと一瞬だけ視界が白くなって、気づくともうあの状態なんだ。で、理性が飛ぶって言うか実際には理性そのもはあるんだが、勝手に身体が動いてるって言うのかな。頭の片隅で止めないと、とは思う、けど止められない。身体が言う事をきかないんだ、まるで自分の身体じゃない、自分の中に別の何かがいてそれが動かしているみたいに。駄目だと頭で足掻いても言う事を聞かない。で、暫くすると段々意識が戻ってくるって言うのかな、それで元に戻れるんだけど……どうにかできるならとっくにやってるよ、本当」



そういって肩をすくめる。悟飯は一通りそれを聞くと何だか難しそうだなと頬をかいた。そんな二人のもとへ話が終わったのか、悟空とピッコロがやってくる。悟空がの肩に手を置くと景気よく切り出した。



「これからのことなんだけどよ、とりあえず、組み手を続けてやばそうになったら一旦休憩って言うかんじで進めよう。が休憩中は3人で修行を続ける、暫く経ったらまたオラ達と組み手をする、それを繰り返してたら段々慣れてくるだろうさ、多分」

「…まてよ君、最後の多分ってなんだ。ていうか、懲りてないの?」

「よーし、じゃあ始めっぞー悟飯、準備は良いか?」

「は、はい…」



質問を完全無視してストレッチを始める悟空にはただ呆然とする。
そして腕組みをするピッコロを振り向いた。



「ピッコロさん、あの人を止める方法を教えてクダサイ」

「ムリだ、諦めろ」



は何となくその”諦めろ”という言葉にいくつかの意味が込められているような気がして大きな溜息を吐くと同時にがっくりと項垂れる。
自分が危害を加えているはずなのに、何故かその自分が踏んだり蹴ったりな状況なのは何故だろうと心の中で呟いた。
ただひとつの救いは、こじつけの理由により孫家に居候というかお泊りが3日に一度のイベントになった―不可抗力でピッコロも―ということだった。
但し、その不可抗力によって3日のうち2日はピッコロと共に過さなくてはならなくなったが。





















To be continued⇒


←管理人に餌を与える。




2008.10


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