其之九    命 知 ら ず





理性がきかなくなるっていうのは、たまに僕が感じたりするあの感覚に似ているのかな。それなら、僕とちょっと似てるのかも。
さんがちゃんとコントロールできるようになれたら良いな。

と、悟飯はふと空を見上げながら心の中で思った。












「本当に、昨日はすまなかっただな。さんに迷惑かけちまったべ」

「ああ、いやお構いなく」



夕べ悟飯から聞いた話からするとこの場合迷惑をかけたのはどう見ても自分なんじゃないだろうかと疑問に思いながら、申し訳なさそうに謝るチチには苦笑する。



「んだども、確かに顔は格好良いけんど見たところは女性なんだから、さんもここでは女性として過した方が良いんでねえか?あ、悟空さには負けるけんどな」



何気に惚気を言い放つチチに、惚気だということがわかっていないが頬をかく。後ろで悟飯と悟空が顔を赤くしているがそんなもの見えている筈も無い(ピッコロも惚気自体が何なのか分かっていないので眉間にしわを寄せるのみである、といっても先程からずっと眉間に皺は寄っているが)



「うん、そうだ、その方がええに決まってるだ!そうしたら、修行だなんて無粋なことやらなくてもいいだよ」



夕べ目を覚ました後に、悟空と悟飯からの生い立ちを聞き、最初こそ驚いたもののしかし自分の周りに起きたことを思い返して、何でもありかと諦めモードで納得したチチがそんなことを言う。そんなチチの発言に今まで流していたが初めて反応を示した。”修行をしなくて良い”その一言に。



「え、オンナって言うのは修行をしないのか?」



その言葉にチチが頷く。



「んだ。女っていうのはな、夫の帰りを待ちながら家庭を守り、子を守るもんなんだべ。それにな、女ってえのはおしとやかにしてないといけねえべ、おらみたいに」



そう言って両頬を両手で包んで小さく顔をそらすチチ。はそうなんだ、と思いながらそれを眺める。他の三人は揃って”おしとやか…?”と頭を捻った。



「そっかー、修行しなくていいって言うんだったらそれでもいいかなー」



そういって顎に指を当てて中空を見やるに悟空が慌てて言う。



「だ、駄目だ駄目だ!それじゃオラ達が修行できねえじゃねえか、駄目だぞ女になっちゃ!」



何だか突っ込みどころが多いその叫びにピッコロと悟飯が悟空を見やる。もまたえーと悟空を振り向いた。チチが声を荒げる。



「何言ってるだ!悟空さはいつもそうだ!一人で決め付けて!おらだって一人で居るのは寂しいんだぞ!だから、さんが家に一緒に居てくれれば一緒に買い物だって行けるし、一人じゃできねえことも一緒にやれるし…」



そういって胸の前で両手を組むと祈るような形でくるりと背を向けて中空に目をやる。心なしかその周りには何かきらきらと輝くものが見える気もしなくもない。はそんなチチの背を見ながらぽりぽりと頬をかいた。



「よし、今のうちだ…!」



そう言うが早いか悟空が突然の手を掴んで強引に飛び立つ。



「はへ!?ちょ―――!!」

「昼飯頼むぞチチー!!」

「あ、えとお母さん、行ってきます!」



の情けない叫び声が悟空の声にかき消される。チチがそれに気づいたときには既に、小さくなった悟空とをピッコロと悟飯が追っていく所だった。
































昨日と打って変わって、辺り一面荒野の広がるその場所に4人は立っていた。赤土の岩肌がずっと先まで広がる。朝焼けが遠くの空を薄紫に染め上げていた。



「だからね君、人の手を引っ張って行き成り飛び立つの止めない?ねえ、悟空聞いてる?」



そういって腰に手を当て悟空の背中に向かって言い放つ。しかし、その悟空が突然を振り向いたかと思うと両肩をがしっと勢いよく掴む。そして前後に激しく揺らして言った。



「なあ、!女になんじゃねえぞ!オラ達と修行すんだからな!約束だぞ!!」



がくがくと揺さぶられるは返事をすることも出来ずにただなされるがまま。



「おい、今俺からしても凄い発言をしていると思うんだが、気のせいか悟飯…」

「え…と、気のせい…でもない、かな」



顔を引きつらせるピッコロと二人、並んで立つ悟飯が共に目の前の光景に汗を流しながら呟く。がくがくと前後するの頭は今にも取れてしまいそうだ。暫くして漸く悟空がその手を止める。はたと気づけばがふらふらと揺れていた。



「す、すまねえ…ちょっとやりすぎた…」

「うん、分かったならいいよそれで」



額に手を当てて答えると頭の後ろに手を当て頭を下げる悟空。その二人に腕組みをしながらピッコロが口を開く。



「おい、もう済んだのならいい加減修行を始めるぞ。遊びに来ているわけじゃないんだ、時間の無駄だ」

「はいはい」



が肩をすくめて返事をする。ピッコロがぴくりと片眉を上げて睨むのに対し、はさっと視線を外した。不意に悟空が声を上げる。



「そうだ!そのことなんだけどよ、ちょっといいか?」

「なんだ」



ピッコロが悟空に視線をやる。
と悟飯もまた悟空に視線を寄越した。



「昨日が戦ってる最中に理性が飛ぶって言ってたろ。それをよ修行とかなんかで慣らしてさ、理性を保っていられるようにしたら問題ねえんじゃねえかと思って。そしたら、3年後の人造人間たちとも普通に戦えるし、だって今よりももっと強くなって本気で戦うことだってできっだろ?」



その悟空の提案にピッコロが手を顎に当てる。



「ふむ、確かにそうだな。それまでのリスクは高いだろうが…そうなれば俺達としても有利だし、こいつにしてみても悪い話ではない」

「だろだろ?」



いやーオラってあったまいいーとか勝手に盛り上がってる悟空とその言葉に額に汗を浮かばしたピッコロを見ていた悟飯がそれはいいですねと後押しする。そんな3人を傍らで見ていたが口を開いた。



「あのね、君達!勝手に話を進めてくれるのは構わないんだけど、今君達が言ったことがとんでもない事だって分かってる?そんな簡単に制御できたら苦労はしないし、もしその修行中に完全に理性を手放しちゃったら誰が私を止めるんだ?第一、別に私は君達みたいに戦いたいとか強くなりたいとかっていう願望は無いんだよ、それわかってる?」



しんと静まり返る空気。三人がを見やる。そうやってただじっとお互い見ていたが、が数回瞬きをすると、悟飯が見上げていた顔を俯かせて口を開いた。



「…そうですよね、さんが暴走しちゃったら誰も止められないですよね…どうしましょう」



そこなのか、と心で突っ込むに追い討ちをかけるようにピッコロ。



「ふん、確かに暫くは気をつけて修行をつけたほうが良いのだろうが、しかし貴様が戦いたくないだとか強くなりたくないだとかはどうでもいいことだ。第一、理性を飛ばしたあれが純粋なお前の本能だとしたら、”戦いたくない”というのはありえんな。案外自分で制御できるようになれば逆に好戦的になるかもしれん。そこは心配するな」



別に心配してないんですけど、と心で
そんなの肩にぽんと手を置いて悟空。



「大丈夫だ!なら絶対直ぐに気づいてくれるって!おめえ強えしよ!昨日もそうだったろ?だから心配すんな!それにオラやピッコロや悟飯だってついてんだ、簡単とはいかねえかもしんねえけどよ、絶対自分で制御できるようになれるって!な!」



その”な!”は一体何の”な!”だ、と再び心で。目の前で三人が三人準備体操なんて始めている。よし、と準備が完了したのか腰に手を当てた悟空がに視線を合わせる。



「んじゃ、はじめっぞ、!3-1で組み手だ!」



それぞれがと間合いを取り始めたその状況に慌ててが手を振る。



「え、ちょっと待てよ、行き成りか!?準備に1-1で組み手とかそういうんじゃなくて!?ていうか、君達は修行しなくていいの!?」

「貴様が本気でやれば充分俺達にとっても修行になる、気に食わんがな。それに、気を張っていればそう簡単に理性を手放すなどということも無いだろう。どんなものか様子を見る意味でもまずはやってみなければ今後どうするか考えることもできん、昨日のあれだけではどうにも判断できんからな」



左からの答えに顔を引きつらせる。いつの間にかその答えを言い放った本人はマントとターバンを取り去っていた。そんなピッコロの答えにその通りだといわんばかり、正面の悟空が口元に笑みを浮かべながら頷く。視界の右端でも悟飯が頷くのが見えた。



「わかったら貴様もその邪魔な服をさっさと脱げ」



んな理不尽なと呟かれたその言葉は確かにピッコロの耳に届いていたがそれに答えるわけも無く、は渋々首もとの布を取り去ると、上着を脱いで胴着だけの姿になった。そのことで、目視できるようになった尻尾はどこか元気なく垂れている。心なしか、その長い耳も通常に比べたらずっとしょんぼりと下がっていた。

この日はターバンをしていなかったが、なぜしていないのかといえば、ここに来る前は星一面、所謂砂漠に近い状態の場所にいたから、だそうだ。別にここはそういうわけでもないので要らないだろ、とのこと。
が大きな溜息を吐く。準備は良いかと悟空が叫んだ。は力なく親指と人差し指でOKサインを作るとそれを示す。同時に尻尾を身体に巻きつけた。なんとなくこれが一番動き回るには丁度良いのだ、邪魔にならずに。すっと一度前を見据えて神経を研ぎ澄ます。どこから来ても対応できるように全神経を集中させる。

それに、思わずピッコロは舌打ちをした。やる気がなさそうな割には完璧なまでに隙が無いのだ。砂を巻き上げて、前触れも無く攻撃が開始された。攻撃を仕掛けたのは、悟空、悟飯とほぼ同時。その二人の拳をは難なくかわし、ピッコロの繰り出した蹴りもいとも簡単にかわされてしまう。そして、気づけばその足先にしゃがみこむような形でつま先立ちをしたがそこに乗っていた。
はっと気づけば次の瞬間には空高く飛ぶ。3人が空を仰いでそれを追う。3方向からの止まぬ攻撃。しかし、不思議なぐらいその攻撃はにヒットしない。受け流され、或いは受け止められその表情は普段よりも幾分真剣なものではあるが、どこかまだ余裕が残っているのが伺える。



(一体どれだけの力を隠していやがる…バケモノめ)



ピッコロは内心毒気づいた。そして、否応無く伝わってくるの躊躇いに一種の怒りすら覚える。そんなことなど露知らず、は3人同時に繰り出された攻撃を両腕で或いは足で受け止めると、ぐっと力を入れて3人をそれぞれの方向へ弾き飛ばした。各々が驚きも露わに、しかし体制を整えるととの間合いを取る。地上から離れたそこは大分風が強い。髪をさらうそれが耳元でびゅうびゅうと唸る。



「おい、!おめえも攻撃してきてくんねえとちゃんとした修行になんねえぞ、遠慮しねえで攻撃しろって」



突然悟空にそんな事を言われが構えを僅かに崩す。



「そ、そんなこと言われても…」

「孫の言う通りだ!何をぐずぐずとためらっていやがる!真面目にやれ!!」

「何をってさっきも言ったじゃないか!そんな事したら取り返しが「貴様はオレ達をなめてるのか?侮辱するのも大概にしろよ!」

「侮辱って、そんな…」



左からのピッコロの声にが声を張り上げるが結局それを遮られ怒られる。何で怒ってるんだと、ピッコロの言葉には意味が分からず戸惑うだけだ。そんなに再び悟空が声を張り上げる。



!それじゃいつまで経っても強くなれねえぞ!オラたちを信用しろって」

「いや、だから別に私は強くなりたいわけじゃ…」

「…しょうがねえな……」



溜息をつくに悟空が一気に気をため金色を纏う。



「これだったら今のままじゃおめえでも付いてくんのは大変だろ!ぐずぐずしてると行くぞ!」



言い放つと構えを取る。
は小さく舌打ちをすると自棄くそに言い放った。



「…ああ、もう、どうなったって知らないからな!後悔するなよ!」



そして、一気に気を高めるとその瞳を金に変える。先程までとは比べ物にならないその気の絶対量にピッコロは密かに悟飯は身を引かせながら脂汗を流す。悟空もまたその顔に笑みを浮かべているものの背中に流れるその感覚を肌で感じていた。だがそれとは逆にわくわくとした感覚が心を満たしているのも確かで。

それぞれの視線の先に膨大な気を発するが移る。昨日と同じ金色の瞳。だが、目の前のそれは昨日と全く違うものだと3人とも気づいていた。なぜなら、まだ正気のからは殺気や絶対的な恐怖は感じられず、気も確かに恐ろしいほどの大きさなのだが昨日ほどではない。また、その瞳には普段のから感じられる明るさが存在していた(自棄にはなっているようだが)

悟空とピッコロがほぼ同じタイミングでに突っ込む。一拍遅れて悟飯もへ向かった。先よりもずっと動きの早くなった悟空でさえ、に一発もダメージを与えることが出来ない。そればかりか、攻撃をしかけてくるようになったの動きについていくのがやっとだ。いや、ついていくのでさえ難しい。しかし”修行”だけあってもそれぞれに合わせて攻撃をしかけているようではある。が、やはり力のコントロールというのは難儀のようで、3人も相手なのだからそれも仕方の無いことといえた。お陰で攻撃を避け切れなかった悟飯が遥か上空から地面に叩きつけられる。腹に手を当ててよろよろと立ち上がるが、空を仰ぐことでさえやっとだった。

ふと、悟空と目が合う。暗にそこで休んでいろと、そう言われている気がした。いや、実際そうなのだろう、どちらにせよ今の状態では何も出来ない。悟飯は自分の弱さに目の当たり、悔しさをかみ締めながら必死に空を見上げた。そこに交ざることが出来なくとも、せめてその目で捉えられる何かを感じ取る為に。






























徐々にではあるがの攻撃が変わってきたのを感じる。力の均衡が崩れてきている、不安定な感じだ。恐らくこの状態を耐え切ることが出来れば、理性を保ち続けるということが案外容易になるだろうと悟空は考えた。また、話したわけではないがピッコロもそう思っているだろうと。それは正しくその通りであったが。お互い示し合わせたかのように気を取り直し、攻撃に力を込める。一段と増す激しさに、目前のの眉が一瞬寄せられたのが確認できた。
もう少しこのままの状態をキープする、そう思った瞬間、今までとは比較にならないぐらい重たい一撃が顔面を襲う。一瞬視界が白くなったかと思うと、次の瞬間には身体に大きな衝撃。

地面に叩きつけられたのだと、砂埃のにおいと何か―恐らく小石や砂であろう―がぱらぱらと落ちる音で理解した。





















To be continued⇒


←管理人に餌を与える。




2008.10


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