人間万事塞翁馬 97 周瑜様の姿を見失わないように、あたしは兎も角、がむしゃらに喬佳を振った。 孫策様は、あとから援軍が来るって言ってた。 の仲間だよね。 それまで絶対に周瑜様を守る! そして門を開けるの! 騎乗したまま喬佳を振る。 敵があたしの周りから退いていく。 あたしだって、このぐらい出来るんだから! 「さあ!次に行っくよ〜!」 手綱を握ったその時、遠くで周瑜様の声がした気がした。 そっちを見ると、やっぱり周瑜様がこっちを見ている。 だけど、なんかちょっと様子が変。 なんだろう、と思ったその時、一瞬ふわっと体が浮いた。 直後、すごい衝撃があって、目の前が真っ暗になる。 あたしは、思わず瞑っていた目を開けた。 目の前に、の顔があった。 何があったのか分からないけど、あたしは今、の体の上に乗っていた。 があたしを見て、どこか、鬼気迫る様子で言う。 「小喬、怪我はない?」 「え?う、うん。大丈夫…」 「良かった」 安心した様子で、は息を吐き出した。 あたしは状況がよくわからないまま、けど、の上に乗っている、ということだけは理解できて、慌ててそこから立ち上がった。 その後、すぐさまが立ち上がる。 ふと、足元を見ると矢が三本、地面に刺さっていた。 もしかして、あたし、狙われてた? さっき周瑜様が何か言ってたのは、これのこと? それを、が助けてくれた? そんなことを回らない頭でぐるぐる考えていると、目の前に喬佳。 が拾って、あたしに差し出してくれていた。 視線を上げると、の笑顔が見える。 「大丈夫?戦える?」 「う、うん。ありがとう」 「どういたしまして。狙っていた弓兵は倒したけど…、今は無理しないで、ちょっと休んで。どこか痛いところがあったら、隠れてじっとしていてね」 そう言って、はこっちに向かってきた数人の敵に、鏢を投げつけながら、また敵の波へ向かっていった。 倒れたそこから、鏢を拾い上げている。 狙っていた弓兵は倒した…。 きっと、さっきあたしを助けた時、同じようにあれで倒したんだ。 数拍置いて、自分の膝が少し、笑っていることに気づく―怪我はどこにもしていないみたい―。 はきっと、あたしのこれにも気づいてんだな、となんとなく思った。 そう思いながら、を目で追う。 前にも助けてもらったみたいに、流れるような早い動きで敵を倒している。 けど、鏢をあまり使っていないみたいだった。 もしかしたら、手持ちがもう少ないのかもしれない、とあたしは思った。 時々、敵の武器を奪いながら戦っているのが目に入る。 そのたびに、敵はみんな、倒れていく。 鏢を二度、投げつけたあと、の手が急に止まった。 きっと、武器がなくなっちゃったんだと、何故かその時そう思った。 そう思ったら、あたしの体は勝手に動いていた。 なんとかしなくちゃ! 「!」 あたしもそう呼んだのに、誰かの声でかき消された。 知らない、男の人の声だった。 走りながら、思わず、そっちを見たあと、に視線を戻した。 が宙に飛び上がっていた。 弓矢を掻い潜りながら、空中で何かを手にしたあと、その何かを、抜いた。 一瞬だった。 が着地したあと、一瞬で何人もの敵が一斉に倒れた。 そして、に抜かれた方の何か―よく見ると鞘だ―は、その腰に下がってる。 あたしは思わず足を止めていた。 が右手にしているのは、変わった形の刀(とう)。 確か、同じような形のものを、周泰様も持ってたはず。 でも、の持っている刀の方が、ずっと細身で華奢だった。 あんなので、敵を倒せるの? そう思っていると、がどんどん敵を倒していく。 斬るんじゃなくて、首のあたりに一刺しして、そこから切っている感じ。 動きが凄く早くて、初めのうちは何とか分かったけど、今はもう白い線が走ってるようにしか見えない。 舞でもしているみたいで、すごく、綺麗だと思った。 飛び散っているのは、血だって、分かってるのに。 「小喬様、ご無事か」 顔を上げると、程普様がこっちにやってくる。 程普様も馬には乗っていなかった。 「う、うん。大丈夫」 頷きながら、なんだか気まずくて、あたしはわざと視線を合わせないようにした。 程普様がため息を吐き出しながら、言う。 「無事であれば、良い。周瑜も気がかりであろうからな」 「…、ごめんなさい」 「いや」 「お?こんなところにいるってことは、嬢ちゃんも戦えるのか?」 その時、程普様の声と重なるように、また知らない声がした。 あたしは半分びっくりして、程普様と同じように顔をそっちに向ける。 やっぱり、知らない人がそこにいた。 その人は馬に乗って、江東(こっち)ではあまり見ない武器を肩に抱えながら、あたしたちを見下ろしていた。 隣で、程普様が言った。 「…曹操殿のところの、夏侯淵殿、か」 「そういうお前さんは、程普殿、だな。…と、そっちのは」 そう言って、その夏侯淵って人は、あたしをまじまじと見下ろした。 なんか、気分よくない。 ちょっと、むっとしながら、あたしは答えた。 「そっち、じゃなくて、あたしは小喬!周瑜様の奥さん、なんだから!」 「へえ…、人妻とは、この俺様も分からなかったぜ。悪かったな、嬢ちゃんなんて言っちまって」 「なあんか、頭にくる…。まあ、いいや…それより!さっきに武器を投げたのは、あなた?」 顔に力が入るのを感じながら、半分睨む気持ちで見上げた。 けど、夏侯淵は全然気にした感じもなくて、ただ首を横に振った。 「いや。あれは、于禁だ」 「于、禁…?」 その名前を口にしながら、首をかしげる。 勿論、知らない人の名前。 ふと、夏侯淵が違うとこを見てるってことに気づいて、あたしも思わず、そっちを見た。 そこには、がいた。 が、鞘に刀を納めて構えをとっている。 敵が、を遠巻きに囲っているのが見えた。 一瞬だけ静かになったと思ったら、が何の前触れもなく、敵の一角に向かって走った。 そして、敵がまた数人、そこに倒れた。 それでやっと、今のは刺したんじゃなくて斬ったんだ、と思った。 「さすが容赦ねえな、のやつ。…ま、苦しませない、はあいつの優しさか」 を見たまま、独り言みたいな、軽い言い方のそれを聞いた。 苦しませない、は優しさ。 なんだか急に、心が切なくなった。 なんでか分からなかった。 「はいつも優しいよ!」 思わず口にしていた。 夏侯淵が、私を見下ろした。 目が合う。 ちょっとだけ、身を引いた。 「ああ、そうだな。あいつは、優しすぎだ」 また、軽い言い方だった。 だけど、そんな言葉が返ってくると思っていなかった。 あたしが口を開きかけたその時、先に夏侯淵がまた言った。 「っと、油売ってる暇は無いんだったぜ。衝車を持ってきてやったんだ、これでちゃちゃっと城門を突破して…」 言い切る前に、城門が開く音がする。 あたしも、程普様も、みんなそっちを見る。 丁度、孫策様と、遅れて周瑜様が中に入っていくのが見えた。 今まで黙っていた程普様が言った。 「その必要はなくなったようだ。…門は、内から開かれたか」 「っかー!分かっちゃいたが、そりゃないぜ」 「分かって、た…?」 あたしは思わず呟いた。 その時、程普様と目があった。 「小喬様。大事なければ、孫策殿たちに続きましょう。ここでの長居は無用」 「うん」 「程普さん、私達も中へ」 あたしが頷いた直後にの声。 こちらへ小走りでやってくる。 頬に一筋、血が付いていた。 「!血が!痛くない!?」 「血…?」 に駆け寄る。 思わず手を伸ばしながら、顔を覗き込んだ。 は一瞬、不思議そうな顔をしてから、そこに指を触れる。 指先を見て言った。 「…ああ、大丈夫よ。怪我はしてない」 そう笑みを浮かべて、懐から布(きぬ)を取り出すとそれを拭き取る。 確かに、怪我はしていなかった。 あたしはほっとして、胸をなでおろす。 ところで、とが切り出した。 「小喬。もしなら、ここに夏侯淵さんと残ってもいいのよ。もう少ししたら、孫権さんや周泰さんの軍も着く…」 「ううん!あたしも行くよ!周瑜様を守らなきゃいけないもん!」 「…、そうだったわね。なら、行きましょう。少し、遅れているから」 の笑顔を見ていたら、勇気が湧いてきた。 やらなきゃ、頑張らなきゃって思う。 そう思うと、怖いものなんて無かった。 がふと、視線を上げた。 その先には夏侯淵がいた。 「夏侯淵さん」 「おう、ここは俺様たちに、どーんと任せとけって」 「はい。では」 自分の胸を叩いた夏侯淵に、はそう相槌を打ってから、程普様と目配せをしたあと軽く頷く。 あたしにの視線が移る。 あたしも、頷いた。 それからあたしたちは、夏侯淵と別れて、寿春城内へ入っていった孫策様と周瑜様を追った。 あともう少しで、この戦は終わる。 前を行くの背中を見つめる。 ふと、の来ている衣装の色が、今日の空の色と一緒だな、と思った。 走りながら空を見た。 空って広いなー、とあたしは思った。 * * * そこに私達が至った時、暫くして、寿春は落ちた、と伝令が方々に走った。 だけど、袁術が一瞬の隙を突いて寿春から逃げ出したらしい、という情報を耳にしたのも、その直後だった。 追撃のため、既に兵を追わせた、という情報も直ぐに耳に入る。 それ以外は入ってこなかった。 ということは、ひとまず、そっちは郭嘉さんたちが主で動いているだろうと、私は思い至る―私に対しての新しい指示は一切無かったから― 程普さんと小喬とともに、孫策さんと周瑜さんの2人と寿春城内で合流したその時、同時に、曹操さんと夏侯惇さんとも合流することが出来た。 遠目からでも直ぐに確認できた2人に、懐かしい、と思う自分がおかしくて自嘲気味に息を吐き出す。 そして、ふと、そこに郭嘉さんの姿がないことに、私は疑問符を浮かべた。 孫策さんが笑顔を向けたその横で、曹操さんが私に視線を向けてから少し表情を柔らかくして、言った。 「無事に合流できたか。ご苦労だったな、」 「いえ。予定通り事が運び、私としても何よりです」 「うむ。袁術を寿春(ここ)で捕らえられなかったのは惜しいが、しかし、再起は不可能であろう」 「全く、逃げ足だけは早いな」 夏侯惇さんが、呆れた様子で腕を組んだ。 それには私も、頷いて同意を示す。 直後、そのタイミングを見計らっていたかのように、程普さんが不意に言った。 「曹操殿。これにて、約定は解消、ということでよろしいな」 「うむ。無論だ」 小喬がどこか不思議そうな顔をしているのが、印象的だった。 間髪入れず、孫策さんが言う。 「礼を言うぜ、。のお陰で、曹操たちと上手く連携できた。ありがとよ」 これまで通りの調子だ。 何ら、変わることはない。 ただ…、孫策さんは、意外に頭の回転が早いほうだと、そう思う。 私は通常通りに、表情を作る。 「いえ。私は、私の任を全うしたまで。礼には及びません」 「の言うとおりだ、孫策よ。おぬしが礼を申すのであれば、わしも礼をせねばならん。と、…おぬしたちにもな」 曹操さんが間髪入れずにそう続ける。 言外に、貸し借りなしだ、と含まれていた。 孫策さんが口をへの字に曲げながら、ため息交じりに腰に手を当てる。 それから数秒もない。 唐突に、夏侯惇さんが曹操さんへ言った。 「孟徳。それよりも、そろそろ行くぞ。盟主がおらねば、この寿春攻めは終わらん」 「そうだな…、夏侯惇の言うとおりか」 話題が変わったところで、孫策さんが腕を組みながら言う。 さすが、夏侯惇さん…と思ったのは言うまでもない。 「そんなら、俺らも行くとするか。後のことは周瑜に任せた。程普、頼むぜ」 そう言って、そっちはそっちで話を始めたその横で、私はそろそろいいだろうと思いながら、改めて曹操さんに向き直った。 曹操さんがそれに気づいて私を見る。 暗に、どうした?、と聞かれた。 「あの…、郭嘉さんはご一緒ではないんですね」 「ああ。郭嘉とは、他にすることがあると言って一時別れた。用が済めば合流すると言っていたが…」 「俺も孟徳も、お前との何かだと思っていたが、違ったのか」 夏侯惇さんにそう返され、私は首を横に振った。 「いえ、何も知りません……、私、ちょっと探してきます」 気のせいかもしれないけど、何か、胸騒ぎがする。 気づいたときには、背中で曹操さんと夏侯惇さんの声を聞いていた。 そこで一瞬、我に返ったけど、今更戻るのもおかしくて、私はそのまま郭嘉さんを探すことにした。 路地を曲がったところで、また、ふと思った。 孫策さんや程普さんたちに、ちゃんと挨拶してなかった、と。 だけど、今更…。 寿春(ここ)にいる間にもう一度だけ顔を合わせられたら、お別れだけ言おう。 「…なんか、本当調子狂っちゃうな…」 と、走りながら、思わず私は口内で、そう呟いた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 夏侯淵のメイン装備品は、折角だからDL武器にしようと思いました でも、たまに双鞭使うかもしれない 周泰は弧刀じゃなくて、初期設定の刀ということで 2020.03.02 ![]() |
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