人間万事塞翁馬 81 俺の隣に郭嘉殿がいる。 書机を挟んでその向かいに賈詡殿。 そしてその左手側―俺から向かって右手側―に主公と許褚殿が立っていた。 主公は先ほどからずっと腕組みをしたまま、俺たちの話に耳を傾けている。 賈詡殿が郭嘉殿へ視線を向け、言った。 「で、小沛のはなんて?」 「ううん、あまり良くないようだね。城は包囲されているうえ、一軍が陣張りをしているようだけれど、今のところ攻撃を仕掛けてくる気配はない、と」 「んー、敵さんも援軍が来るのを待ってるってとこか。どうやってその城に入ったのかはさておき……こりゃ、本気で劉備を潰しにかかってる……。夏侯惇殿に向かってもらったのは三日前……呂布軍の増援到着までには間に合わんね、恐らく」 「想定の範囲内ではあるけれど、どうにか凌いでもらうしかないかな」 巻き癖のついた小さな紙を書机に置いて郭嘉殿はそう言った。 その紙の下には地図が広がっている。 粗方の指示は出したところだ。 まず先に、遊撃隊による兵站線と補給路の確保。 その任が完了したあとは、第二段階として個々の任へと移行する。 主公と俺たちは兵站線を進みながら、徐州を目指す。 逐次情報を共有しながら、下邳城を攻める前に殿達と合流する。 それから下邳城を攻める。 その時、気配がしてそちらへ一斉に視線が集まる。 文若殿が一羽の鳩を手に乗せていた。 「もう一羽来ました」 そう言って、その足に結ばれた筒から取り出したのだろうそれを郭嘉殿に手渡した。 郭嘉殿がそれを開く。 書かれている内容は俺たちには読めない。 目を通しているその傍ら、賈詡殿が誰にとも無く言った。 「いやはや全く、これが二刻ばかりで届くっていうんだから便利なもんだ。おまけに主に忠実で確実ときた。驚きだね」 「全く、そのとおりだね。それに…、…うん、いいね」 「何かいい情報でもありましたか?」 問うと、郭嘉殿は俺に視線を向けて目を細めた。 「ああ。やはり、水門の警備は両方とも手薄…というより無防備そのものの様だ。予定通り、下邳正門に敵の目を向かせよう。水門の位置も予想していた場所と大差ないようだしね」 「はははあ、ほんっとには仕事が早いねえ。いつのまに動いたんだか」 と、呆れたように賈詡殿が言う。 文若殿が言った。 「ここを出る時点で既に斥候を向かわせていたのでしょう。殿と斥候との合流が早ければ早いほど、ここへの到達も必然早まります」 「違いない。しかし、ま、これで俺たちも心置きなく進軍できる。行軍中も、新鮮な情報が十分な量、入ってくるだろうしね」 誰ともなく頷く。 そして、その翌早朝に俺たちは許昌を発った。 * * * 小沛に到着して暫く。 城壁から東方を見下ろす。 弓矢の届かぬ位置に簡易ではあるが呂布軍の陣が張られていた。 互いの無事を確かめ合ってから、兄者に許昌でのことを伝え今に至る。 翼徳が腕組みをしながら呂布軍を睨んでいるところに、後方から場違いなほど明るく穏やかな声が耳に届いた。 「すみません、お待たせしました」 「おお、殿。雲長から話を聞いた。再び会えて嬉しく思う」 「ご無沙汰してます。私も、劉備さんの無事が確認できて一安心です」 馬の疲労が回復する程度の休憩を定陶で取ってから早々にそこを出立したていたが、小沛まであと少しというところまで来た頃、殿とは別行動を取っていた。 今後の戦のために確認したいことが二、三あるので先に小沛へ向かって欲しい、という殿からの申し出があったためだ。 そういうことならば、と敵の包囲の目をかいくぐり、先に小沛へ入ったがそれから一刻ほどしての合流である。 道中、殿が本当について来れるのか一抹の不安はあったが、それは杞憂だったと気付かされた。 事実、今目の前にいる殿の表情からは疲労の色は一切感じられない。 腰から佩いた得物に片手を添えながら殿は城壁の縁まで歩むと、真っ直ぐに視線を前方へと向けた。 「失礼ですが、彼らはいつから攻撃の手を休めましたか?」 「おめえ!なんでそんなことが分かったんだよ」 間髪入れず、翼徳が身を乗り出すようにして言う。 殿は翼徳に視線を向けると笑みを浮かべ言った。 「敵兵の気が緩んでるみたいなので」 言いながらその方向を指差す。 目を凝らしよく見ると、地面に腰を下ろしている兵が数名確認できた。 配置から考えると、恐らく見張り役だろう。 確かに、そう言われれば気が緩んでいるように見える。 他の兵らの動きも緩慢と言えた。 兄者が答える。 「殿の洞察力には敬服いたした。呂布軍が攻撃を止めたのは昨日からだ。急に軍を引き、陣に引き籠ったのだ」 「……昨日…、ということは、下邳城からの距離を考えると、遅くとも明後日には敵援軍が到着しますね…」 「なんと…!」 「けっ、上等じゃねえか!俺様が蹴散らしてやらあ!」 兄者の驚きの声とは対照的に、翼徳が拳を鳴らす。 殿が苦笑いを浮かべ言った。 「それは頼もしいです……けど、敵も本気ですから兵数が気になります。こちらは篭城戦ですし、兵糧のことを考えればあまり長引かせるわけにもいきません」 「だから、俺様に任せろって」 「翼徳、戦は一人でするものではない。殿、何か考えがおありか?」 翼徳を制し、殿に問う。 殿がこちらを見上げ言った。 「ええ、そうですね。…その前に、こちらからご報告があります。先ほど、許昌から知らせを受け取りました。夏侯惇さんが兵を率いてこちらへ向かっているそうです。到着予定は4日後」 「おお…!それはありがたい」 「はい。ですが、劉備さん。それまでの間、呂布軍からの攻撃を防ぎきらなければなりません」 「うむ。そうであったな…、殿の見立て通りであれば、少なくとも一日、二日は我らのみで耐えねばならぬか」 「はい。そこで一つ」 そう言って殿が指を一本立てた。 先ほどから笑みを浮かべたままだ。 そして、続ける。 「あんなにのんびりされたら、不公平だと思いません?」 「ああん?…まあ、そりゃそうだな」 「どうされるおつもりか」 再び問う。 一拍ほどおいて、殿は笑みを深めた。 「士気を殺ぐ程度に焦らせてあげましょう」 いまいち意味が分からず、思わず片眉を上げる。 傍らで、翼徳が不審げに声をあげた。 そんな翼徳に、殿は視線を向け更に言う。 「それから、張飛さんにもお手伝いしていただきます。敵の兵数を削るためのお手伝いです」 「お、分かってるじゃねえか!よくわかんねえが、いいぜ。どんときやがれ!」 翼徳が己の胸を拳で叩いた。 「そのまえに。劉備さん、私に任せていただけますか?」 兄者に向き直って殿が問う。 浮かべる笑みは晴れた空のようだった。 「ああ。よろしく頼む」 頷く兄者に、殿は頷き返すと一つの策を話し始めた。 * * * 小沛の城の外。 大体城から150mぐらい離れたところに私はいる。 打刀は置いてきた。 代わりに持っているものは合口だけだ。 騎乗したまま見える空は一面、畝雲に覆われていた。 畝と畝の間から青空が少しだけ見える。 空気は冷たくて、少しだけ湿っているようだった。 数十分ほど前、城から放った矢がギリギリ届くか届かないかの距離にある呂布軍の陣へ、私は十何本かの矢を射掛けた。 それは私の思惑通り、敵陣に一本残らず到達したのを確認している。 私の使った弓は、何ヶ月か前に夏侯淵さんから頂いた弓で結構な強弓なんだけど飛距離が全然違うから持ってきたの。 初めの内はあまりに固すぎて連射もまともに出来ないぐらいだったんだけど、折角頂いたのに引けずに終わっちゃうのが嫌で練習し続けてたら、そのうち腕力もついたみたいで実戦に使えるぐらいまでになったわ。 やっぱり人間、よほどのことが無い限り諦めずに続けることが大事よね。 それはさておき、その放った矢には手紙をくくりつけておいたの。 内容は…そうね、郭嘉さん的に言ったら恋文、かしら。 上手く釣れるといいんだけど。 第一段階としての最低目標は80人ってところかしらね。 「少しの間、離れててね。くろ」 首筋を撫でてから、私は下馬した。 私から離れていくくろを目で追ってから、正面に視線を戻す。 視線の先の陣から、何人かの兵がぞろぞろと出てくるのを確認しながら静かに息を吐き出した。 私の周りには他に誰も居ない。 いつもより少しだけ心臓がドキドキする。 だけど失敗は絶対に許されないから、少しぐらいの緊張なら寧ろ良い事だ。 大丈夫、調練指揮をしたときは実戦と同じやり方で100人相手にしてる。 無駄な動きを減らせばいけるわ。 始まったらあとは、難しいことは考えない。 暫くして、私から5、60mぐらい離れた先で男が一人立ち止まった。 身に着けてるものからすると、什長クラス、かな。 まあ、取っ掛かりとしては良しとしましょうか。 「あんなもの書いたのはお前か」 声を張って男が言った。 私は努めて穏やかに、そして男に聞こえるように答える。 「ええ、そうです」 「なんのつもりだ」 そう言う割に、表情(かお)はどこか楽しそうに見える。 使えるものは全て使う。 私にとって、本当の意味での始まりは、きっとここからだと思うから。 「退屈そうに見えたので、ちょっとしたゲームをご一緒に如何かと」 「…あ?なんだと?」 「ああ、ごめんなさい。少しだけ、私と一緒に遊びませんか?」 聞き返した男との距離をある程度詰めながらそう答える。 それほど声を張らなくてもお互いが話せる距離だ。 男は表情を変えてから言った。 「何をして遊んで欲しいんだ?」 「はい、単純な遊びです。お互いに勝負をして負けた方が勝った方の言う事を何でも聞く。…どうですか?単純な遊びでしょう?」 「そりゃ、単純明快で分かりやすい。だが、何の勝負をするつもりだ」 「勿論ここは戦場ですから、お互い得物を交えましょう」 すると、男は一拍のあと、笑い声をあげた。 私はそれをただ見つめながら、その背後に控え同じように笑っている敵兵を見る。 風下は向こう。 私の声は多少届いているようだ。 男たちの端から端まで見渡す。 目の前の男と同じものを身につけた男が一人確認できた。 ということは、最初に集まったのは20人ほど。 上手く釣っていかないと、まだ少ない。 ひとしきり笑ってから、男が私を見て言う。 「嬢ちゃん、俺らが天下の呂布軍だって分かってて言ってんのか?」 「はい。ですけど私、外の人間で…、こちらのことあまり知らないんです。だから、教えていただけますか」 何を知らないか、なんて、問題じゃない。 相手が乗ってくるか来ないかが問題だから。 その言葉に意味なんて全くないわ。 「いいぜ。たっぷり教えてやるよ」 「ありがとうございます。そしたら早速はじめましょう。お手柔らかにお願いしますね。ここは戦場ですから、万が一命を落としても恨みっこなしです」 答えてから後ずさり、間合いを取りなおす。 懐に入れていた合口を出して鯉口を切った。 鞘を仕舞う。 構えると、男は一瞬目を見開いてから口元に笑みを浮かべた。 直後、剣を構え男は地を蹴る。 後ろに控える敵兵たちは当然のように見ているだけで動こうとしない。 もう、この一回で終わると思っているんだろう。 私が勝てる筈なんてないと。 彼らの表情そのもが、そう物語っている。 だけど、私も負ける気はない。 徐々に距離が詰まる。 男が剣を振り上げた。 タイミングを見計らう。 剣を握る男のその軌道を、空いた手で御しながら変える。 同時にその足元、つま先に不意の力を加えてやった。 男がつんのめって地面に倒れるのと、私が男の攻撃を避けるようにして頭を抱えてしゃがみこんだのは、ほぼ同時だったはずだ。 しゃがんだまま、そろりと後ろに視線を向ける。 男は地面に突っ伏して、剣は血で濡れていた。 手から剣が倒れ離れて、地面に男の血が吸い込まれていく。 軌道を変えた時、既に男自身の得物でその首筋を傷つけた。 私はただ、それが偶然起きたかのように装う。 そうでなければならない。 だから、偶然起きたそれに、私はこれから驚かなければならないのだ。 そして、あの控える敵兵たちをもっとその気にさせなければ。 「なんだ、ドジやっちまったのか?什長」 「本当かよ」 「なにやってんだよ、情けねえなあ」 「そんじゃあよ、俺らの什長の無念を晴らしてやろうぜ」 笑い声と一緒に聞こえてくる会話は、緊張感の欠片もない。 油断しきっている会話は、私からすれば好都合だ。 あとはなるべく体力を残しながら、偶然を装って一人でも多く斃す。 第一段階がクリアできれば、次は第二段階。 そのためにも、ミスは絶対許されない。 絶対に。 目の前に兵卒と思しき3人の男たちが並ぶ。 1人が言った。 「数に決まりはないんだ。さっさと片、つけてもいいよな」 口調から、私に質問しているわけではない、ということはすぐ分かる。 混戦の最中ならまだしも、女一人にしょうもない、とどこかで思った。 けど、それはどちらでもいい。 私を囲むように広がった男たちを見ながら出方を窺う。 1人が勢いよく突っ込んできた。 避けながら、男の動きに手を加えて、その勢いのまま地面へ倒す。 握りこんだ剣が、男が倒れる顔の前に立つ。 そのまま、重力に任せて男の顔が割れた。 それを私は上体を起こし、見下ろしながら呟く。 「ああ、びっくりした」 それが合図のように、また男が一人突っ込んできた。 まずは避ける。 もう一人の男との間合いと方向を気にしながら、タイミングを見て隙を作る。 そして、男二人が一直線に並び間合いを詰めてきたその瞬間。 私は攻撃を避けた。 互いが薙いだ剣が互いの急所を傷つける。 血を散らして、男2人はそれぞれが後ろのめりに倒れこんだ。 どよめく声に、私はそちらへ視線を向ける。 呆然とした顔が視界に入った。 男たちへ笑みを向ける。 「今日は運がすごく良いみたいです。どうですか?皆さんでいらしてみては?」 表情が一斉に変わった。 1人が陣へ走る。 その間に、残った男たち全員が私に向かって突っ込んでくる。 程なくしてその後方、陣から続々と兵たちが飛び出してきた。 目標の80人は優にいそうだ。 それならあとは、一人残らず戦力外にする。 もう、”第一陣”は目と鼻の先。 「さあ、お仕事の始まりよ」 呟いてから、私は一歩踏み出した。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 書いてる人の頭が良くないので、策と言ってもやることが幼稚です ご存知の通り 什長とか卒伯なんていうのは、呼び方含めとりあえず無双シリーズ参考で兵数もその辺り参考で設定してます ただ、書いてる人がアプリの方は全く手をつけていないのでよく分かってません エンパも3か4辺りで止まってるのでよく分かってません 2019.03.19 ![]() |
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