一九七年 三月







     人間万事塞翁馬 76















格子戸の端を数センチだけ開けると青空が見える。
気晴らしに弾いていた二胡を戻してから、何となく北の間の隅に置いてある文机の上を見た。
そこには細めの竹で作った一輪挿しがあって、今はタンポポを生けてある。
なんとなくそれをじっと見てから、ふと思い出した。



「あ…そろそろ半年だ…」



そう、あの左慈から貰った丹薬を飲む時期だ。
文机の反対側、寝室との間仕切りのために置いてある棚に、先日細工をして引き出しを作った。
そこから手の平にすっぽり収まる程度の小瓶を取り出す。
手に取ってから、そこへ視線を落とした。

――今日は、休みだ。
そして、明日は祝日…つまり上巳。
未だに禊はしたことがない。

前回は去年の8月の中旬にかかる頃に飲んだ。
丁度練兵指揮の仕事が終わった後ぐらいだった。
伯寧さんには、飲むときは絶対に一人で飲むなって言われてたんだけど…、一人の時に飲んだのよね。
……だってね。
なんか…死にかけた時の事を思い出したら、また伯寧さんに迷惑かけるんじゃないかって思ったのと、同じように文則さんにも変な迷惑かけられないと思って。
…で、結局そのときどうなったかというと。

苦しくなるとか、そういうのは特に何もなくて、普通に一日過ごして翌朝迎えて…そのまま数日過ごしてた。
途中で飲んだことを忘れたぐらいよ。
そのあと、それ飲んでから1週間ぐらいかな…経った頃、帰宅したら伯寧さんが庭にいて、そろそろ左慈の言ってた時期が来るけどどうするのかって。
多分、心配して来てくれたのね。
まあ、どうするも何ももう飲んだ後だったから、正直にそのこと話したら…。

めっっっっちゃ、怒られた。

何事もなく一晩過ごしたし、今も不調はないし、って言ったんだけど…ダメだったわ…。
伯寧さん、怒るとすっごい怖いのよ…。
静かに怒る人って、ホント、怖い。
それと、何ていうのかな。
向こうと違って、死線を乗り越えてる人の空気の切り替え方が、尋常じゃないわ。
…ああ、また私向こうと比べてる……、ダメだなあ。

まあ、それはいいとして、よ。
ともかく、どうしようかな、これ。

と、私はただその小瓶を暫くじっと見つめた。
素焼きの小瓶。
ざっと10年分ぐらいは入れてくれてるみたいだけど、賞味期限大丈夫なのかしら。
とか。
色々考えたり、考えなかったり…。

本当は、これに頼らない方法がいいんだろうって言うのは何となく分かるんだけど。
でもね。
結局、それよ。
その、これを使わない方法って、アレでしょ。
…そりゃ、お金払えば多分、こんな私でも相手してくれる人はいるでしょうよ。
出来ればいい、っていう人がいるのは私でも知ってるわ。
だけどね。

………………。




「ムリ!絶っっ対ムリ!!ハードル高すぎよ!」



と、私は思わず小瓶を握り締めた。
中で丹薬が転がって、乾いた音を立てる。
そのまま、腕を組んだ。
頭をひねる。

しかも、それ最低1カ月半から2ヶ月に1回でしょ?
1カ月半から2ヶ月に1回?
1か月半から2ヶ月に1回、金払って男を買う?
どこで?

…ムリよ、ムリムリ。
そもそも、そんなことしてたら変な噂立つに決まってるわ。
想像するだに恐ろしい。
外、歩けないじゃない。




「やっぱり、飲むしかないな…」




でも、じゃあ誰かに頼む?付き添いを。
伯寧さん…今日、仕事。
まだなんにも話してないけど、文則さん…今日、仕事。
…今日はダメってことかしら…。
他に頼めそうな人…頼み方次第だと思うけど、でもとりあえず、色々話さないといけなくなる気がするから…ダメね。
誰も居ないじゃない。

私はまた暫く腕を組んだまま床の一点を見つめた。
そこに答えがあるわけじゃないけど、ただそこを見つめる。
暫く、そうしてみた。

…解決するわけがない。
でも、な…。
やっぱり、迷惑かけらんないし。
伯寧さんにも文則さんにも、もちろん、誰にも…迷惑はかけたく無い。
それに、前回結局何も無かったのよ。
一年前だって、うなされてたとは言ってたけど、私は別に何とも無かったのよ?
それに、その時は元々体調良くなかったし。
だったら、きっと今回だって飲んだところで影響は何も無い、はず。
…三度目の正直?
いやいや、二度あることは三度ある、でしょ。
明日は休みなんだし、今日も休み。
まだ昼にもなってないけど、仮に何かあったとしても、これだけ時間があるならどうでにもなるわよね、きっと。
きっと……。

私は無意識にため息を吐き出して、腕を解いた。
握り締めていた拳をあけて小瓶に視線を落とす。
少しだけ、手が震えていた。



「やだな…私……もしかして、怖いの?」



片方の手で、その手をおさえた。
手首を掴む手に力を籠める。
一度ゆっくりと深呼吸をする。
手を離すと、震えはおさまった。

大丈夫、ちょっと緊張してるだけ。
だってなんだかんだ言っても、得体の知れない物飲んでることに変わりは無いんだから緊張ぐらいするわ。
大丈夫よ。
前にも伯寧さんに言ったとおり、苦しいものは私の中にある。
だったら、自分でどうにかしないと。
今日も明日も引き篭もりよ。
それなら仮に何かあっても、大丈夫、のはず。
だから。



「よし、飲もう」



自分に言い聞かせるように呟いてから、私は台所へ向かった。
水瓶から柄杓ですくった水をコップ代わりの杯に注ぐ。
その杯を手に北の間へ戻ると、文机にそれを置いた。
腰を下ろして小瓶の中身を一粒、手の平に出す。
直径3、4ミリぐらいの黒くて丸い謎の薬。
原材料、一体何なのかしら。
そんなことを思いながら私はそれを口に放ってから水で流し込んだ。

――もう飲んだから、後戻りは出来ないわ。
前回と同じことを思いながら、私は小瓶に蓋をして立ち上がった。
もとの棚に向かい、引き出しを引く。
小瓶を戻そうとした、その時。

急に動悸がし始めた。
異常なほど、心臓が脈打つ。
余りの激しさに、呼吸が追いつかない。
同時に、身体が重くなる。
すごくだるい。
冷や汗が止まらない。



「何…急に、効いたの?…さっき、口に入れた、ばっかりよ……そんなに、消化いいの?これ…」



胸の辺りを掴みながら、片方の手の中の小瓶に視線を落とした。
あまりの動悸のせいか、目の前が霞む。
呼吸が浅い。
このままだと…。

視界が暗転する。
私はそのまま意識を手放した。









 * * *










の邸の門を見上げた。
門に架かる屋根越しに青空が見える。
それからもう一度、私は門の先の塀に視線を戻した。
二胡の音が止んで暫くしてから、何となく胸騒ぎを覚えた。
勤めが終わってから自邸に帰らず、先にここへ来たのはその為だ。
深夜詰めであった故、まだ昼を迎えたばかりだがは居るだろうか。
居ても、例え、不在でも、この胸騒ぎはおさまるのか。
それは分からなかった。
だが、まずは中に入らなければ話は始まらない。

門をくぐる。
庭に入り邸を見渡した。
人の気配は感じられなかった。
縁側の雨戸は、全て開いている。
まだ薄絹の張られた格子戸が閉められていたが、北の房(へや)のそれは僅かに開いていた。
ということは、は中に居る筈だ。
不在の時は、悪天候、厳寒時の例外を除いて雨戸以外全て締め切っている。
そこへ歩み寄りながら、私は中へ向かって声を掛けた。



、居るだろうか」



縁側の直ぐ前に立ち、暫く待つが返事は無い。
僅かに開いた戸の間から、ただ真っ直ぐ、房の中を窺う。
の姿は見えなかった。



、于文則だ。居らぬのか」



再度、声を掛けるも矢張り、返事は無い。
思わず、眉間に力が入った。

ただの締め忘れか。
しかし、考えにくい。
念入りに戸締りをしてからが邸を出て行くのを、私は知っている。
そう考えれば、は居る筈だ。
ならば、なぜ返事が無いのか。
ふと、思い出す。
――そういえば以前、満寵殿が私に何かを言いかけて去っていったことがあった。
その時は何でもない、とはぐらかすようにして言い直したが…今になって思えば矢張りあれは、に関係する何かだったのではないだろうか。

暫し考えてから、私は視線を上げた。



、失礼する」



一言断りを入れ、格子戸に手をかける。
全て開けきらぬそこへ、視界に飛び込んできたその光景に私は驚きのあまり目を見張った。
思わず戸から手が離れる。
が房の奥で仰向けに倒れていた。



!如何したのだ!」



気付くと、房の中に飛び込みのもとへ駆け寄っていた。
抱き起こすも、はぐったりと頭をもたげ、反応もない。
浅い呼吸を繰り返している。
額に手を当てると、異常なまでに熱かった。
人の発する熱だとは到底思えない。



「医者に診せねば…」



その時、の手の中から何かが床へと転がった。
見たことのない、素焼きの小瓶だった。
手に取り、その小瓶を振ると中で何かが転がるような、乾いた音が聞こえる。
蓋を開け手のひらの上で傾ける。
黒く小さなそれが数粒転がり出てきた。



「丹薬…か?なぜ、こんなものを…」



腕の中のに視線を落とす。
小さく呻くように短く声を漏らしてが身じろいだ。

今は、それどころではない。
そう思い至り、私は手のひらに出したそれを瓶に戻す。
それからひとまず、その小瓶を懐に仕舞った。
医者に診せるにしても、このままというわけにはいくまい。
一度視線を上げる。
その先は、の寝所だ。
再度、に視線を戻す。



「すまぬ、。入らせてもらう」



目を閉じたまま額に汗を浮かべるからは、当然返答はない。
そのまま抱き上げ奥へと進み、寝台にを下ろす。
その額に張り付いた髪を払った。
苦しそうな表情を浮かべ、呼吸は変わらず浅い。
そして触れた肌は今まで経験したことが無いほど、熱い。

ただの風邪とは考えにくい。
早く医者に診せねばなるまい。
その医者を呼ぶまでの間、ここにを一人にすることになるが…。



「致し方あるまい…、暫しの辛抱だ。すぐに戻る故…」



前触れもなく、目前が霞む。
思わず、その場に片膝をついた。
直後、異常なまでの睡魔に襲われる。
瞼が下がる。
抗うことは出来なかった。



…」



そのまま私は、目を閉じた。









 * * *










ぼやーっと視界が開けて、私は目を開けた。
同時に視界に飛び込んできたのは…。



「文則さん…!…と、伯寧さん!!」

「目を覚ましたか」



あまりの衝撃に、文則さんにかけられた言葉もとりあえず、私は首を左右に動かした。
どうやら、自分のベッドに寝てるらしい。
どういう状況かしら?
…………確か、私は隣の部屋であの丹薬を飲んで……動悸に襲われて、それで…。

なんとなく、状況を理解し始めて、それから私は重大なことに気づいた。
文則さんがここにいて、伯寧さんがここにいる。
なんで二人がここにいるのか、そこはよく分かんないけど、だけど、伯寧さんがここにいる…。
…ということは。



「考え中悪いけど、。調子はどうだい?」



そう伯寧さんの声が降ってきて、私は寝たまま視線を上げた。
手前に文則さんの顔が見える。
その奥に伯寧さんの顔が見える。
いつもの笑顔だ。
だけど、いつもの笑顔…だろうか。
何となく、無言の圧力を感じながら、私はひとまず答えた。



「いいです、凄く…」

「うん、それは良かった。ねえ、于禁殿」

「うむ。大事無ければ、まずは良かろう」



あ…あれ?
もしかして、文則さんも怒ってる…?
え?
っていうことは、今までの事情、全部筒抜け?なのかな…もしかして…。

そんなことを考え始めた私に、伯寧さんが言った。



「多分、ご名答だよ、。さて…そこでに質問だ。私は今、何を考えていると思う?」



立て続けにそう言われ、私は一瞬言葉に詰まる。

何を考えてるって……、それはもう、絶対…つまり、その…。
伯寧さんの顔を直視できない…。

そのまま私は起き上がって、二人に正座で向き直りながら、その場で手をつき頭を下げた。



「約束を破って、申し訳ありません!ごめんなさい!」



そして、頭を下げ続けた。
暫くして、ため息が聞こえる。
どちらのものか、分からない。

先に文則さんの声が降ってきた。



、顔を上げよ」



私は、それこそ恐る恐る顔を上げた。
身を低くしている文則さんと目が合う。
文則さんが言った。



「私は怒っているのではない、心配しているのだ。それは満寵殿とて同じこと。あまり、無茶をするな」

「……す、すみません…」



思わず頭が下がる。
それから一呼吸おいて、伯寧さんが言った。



。どうして約束を破ったのか、理由を聞かせてもらえるかい?」



伯寧さんの顔を見上げた。
目があってから、文則さんに視線を移す。
同じような目をしていた。
私は一度息を吸い込んで、背筋を伸ばした。
それは無意識だったけど、構わず私は答えた。



「これ以上、迷惑かけたく無かったんです…、向こうからこっちに来て…それからずっと、皆さんにすごく良くしてもらって、迷惑もかけて……、特に文則さんと伯寧さんには、もうずっと迷惑かけっぱなしで…」



言いながら、なんだか言い訳みたいで嫌だ、と思った。
結局、言っても言わなくても、迷惑かけてることには変わりなんてないのに。



「だから……、…もう、これ以上、迷惑かけられないって……………」

「‥。前にも言っただろう?迷惑なんかじゃないって」



その言葉に、私は顔を上げた。
伯寧さんが優しく微笑んでいた。
文則さんに視線を移すと、無言のまま文則さんが頷く。
伯寧さんが言った。



「迷惑だとも思っていない。だから、。もっと周りを頼って。のお陰で助かってることは私たちだって沢山ある。だけど、は少し、一人で頑張りすぎだ。于禁殿も、そう思いますよね?」

「うむ。それがの美点であろうことは、重々承知もしているが」



私は返す言葉が見つからず、膝の上で握った拳をもう片方の手でぎゅっと掴んだ。

…なんだか、励まされてるの?私。
あまり優しくされると、やっぱり、甘えたくなる。
心のどこかで、どうにかして、と頼り切ってしまう自分がいる。

ああ…、情けないな…。
もっと、しっかりしなきゃいけないのに。
そうじゃなきゃ、したいことも、恩も返せない。
ここでは生きていけない。

……、でも私、なんでこんなに後ろ向きになってるんだろう。
そういう時期?急に?
最近はお世辞じゃなくて調子良かったのに。

そんなことを、一人でぐるぐる考え始めた私。
そこへ文則さんが、しかし、と切り返して言った。



「どちらにせよ、これを飲む以外、他に手はないのだろうか。六月(むつき)に一度とはいえ、の心身にも負担が大きかろう」



そう言って、いつのまに手にしていた小瓶に文則さんが視線を落とした。
私はそれを見て、あれ?と思う。
もしかして、伯寧さんはもう一つの方法を話して、ない…?

伯寧さんに視線を上げようとしたその時に、伯寧さんが言った。



「ああ、いえ。于禁殿。実は、もうひとつ、それを飲まずに済む方法があると言えば、あるのですが…」

「なんと。そうであるならば話が早い。何故先に教えて下さらなかったのか」

「ええ、すみません…そうなのですが、それが、その…」



と言いにくそうにする伯寧さんに、私はまあ、無理もないか、と我ながら思った。
私もだって…いい加減、恥ずかしいもの…。
ただの方法だって思えば訳ない事なんだけど。

と、伯寧さんを見上げ疑問符を浮かべる文則さんを見やった。
そして、意を決する。



「あの、文則さん。そのもう一つの方法っていうの、房中術、なんです」



ちょうど、その方法を口にしたとき、こちらを振り向いた文則さんと目が合った。
そのまま見ていられなくなって、私は思わず視線を逸らす。



「なんと…」



文則さんの驚いたような呟きを聞いてから、視線を戻した。
いつもより、眉間の皺が深い気がする。
私はそのまま説明を続けた。



「左慈の説明だと、私なら…1カ月半から2か月に一度行えば大丈夫っていうことらしいんですけど…さ、流石にこれはちょっと、お金で相手を買うわけにもいかないですし、かといって、それこそ誰かに頼めるようなことでも…」



文則さんが目を閉じて私の説明をきく。
私は私で気まずいの半分、気にしないようにするの半分で話していた。
だけど、そのとき。
思いもよらない人物の声が行き成り耳に届いた。



「そういうことなら、私の出番、かな」



一斉に声がした方へ視線を向けた。
同時に私は心臓が口から飛び出るほどびっくりした。

北の間と寝室の間仕切りに使っている棚の向こうから、すっ、と姿を現すその人。



「か、郭嘉さん!?」

「おはよう、。内緒話に、私も入れてくれないかな」



涼しい顔で郭嘉さんはそう言った。
間髪入れず、伯寧さんが言う。



「郭嘉殿!どうして、君がここに…」

「ああ、勘違いしないで欲しいな、満寵殿。今日は上巳。折角の祝い日だから、と一杯傾けようと思って邪魔しただけだよ。表の扉の錠が開いているものだから勝手に入ってしまったのだけれど……まあ、立ち聞きするつもりは全くなかった、とだけ言っておこうかな」

「…前科がいくらでもある君のその言葉は信じられないが……」

「ひどい言い草だね。声を掛けようにも、あまりに真剣に話をしているものだから、その機を逸してしまっただけだよ。悪気はない」

「……なら、ついでに聞くけど、どこから君は聞いていたんだい?」

「ううん、そうだね。の身体を維持するために、それか房中術のどちらかが絶対に必要だってこと、ぐらいかな」



郭嘉さんは、それ、と文則さんの手にする小瓶を指差した。
身体って…、と私は自分の耳が熱くなるのを感じた。

他に言い方無いの?
まあ、当たってはいると思うけど…。
だけど、それにしたって、なんかちょっと含みのある言い方だなあ…。
通常運転といえば通常運転だけどね…。

と、私は郭嘉さんを見上げた。
すると、郭嘉さんが不意に私を見る。
その顔にはいつもの笑みが張り付いている。
嫌な予感しかしない。



「さて、話を戻そうか。…。私はいつでも君の相手が可能だ。それこそ、いつでも、どこでも、ね」



そう言って、郭嘉さんは寝台に上がり私に詰め寄ると、慣れた手つきで私の顎をとり上を向かせる。
いつかこんなことあった、と私は思いながら、だけどその時と違い、顔が熱くなる。



「じょ、冗談でしょう!寝言は寝てから言ってください!私には必要ありません!足りてます!!!」



思わず腕を前に出し、その胸をずいっと押し退けた。
だってそうでしょ!
事情の分かっている二人の前で!!
こんな話!!!!



も意外に恥ずかしがりだね。まあ、私はいつでも待っているから……今日のところは、これで失礼するよ。満寵殿が怖いしね」



そう郭嘉さんは言い残して、意外にもあっさり去って行った。
ひらひらと手を振りながら、同時に、お酒はプレゼントだよ、と付け足して。
多分、その一杯傾けるのに持ってきたと思われるそれを、置いていくってことね。
いいやら、悪いやら…。

扉の閉まる音を聞いてから私はため息を吐いた。



「……、



伯寧さんの声が耳に届く。
顔を上げた。



「まずは、ともかく。今度こそ約束だ。それを飲むときは少なくとも、私か于禁殿のどちらかに声を掛ける。もちろん、のご想像通り于禁殿には既に事情を全部説明済みだ」

「……はい」



そう答えると、1、2秒して私の目の前に、伯寧さんが小指を立てた。
それって…。



「約束の印、だろう?」



私はそれをじっと見てから、伯寧さんへと視線を上げた。
にっこりと笑っている。
それを断る理由も、方法も思い浮かばなくて、私はその指に自分の指をからげた。

こっちではお酒が絡む時以外、したことはない。
そして、じいちゃんが亡くなってから初めてしたのはこっちにきてから。

がっしりとした指。
私、ほんと手先冷たいな…。

ただ一度だけ、ぎゅっ、とその約束を確かめるように、私の指に力が伝わってくる。
それから手が離れていった。

ふっと、文則さんと目が合う。
何だか途端に恥ずかしくなって、耳が熱い。
目を逸らす前に、文則さんが言った。



「無茶をせねば、それで良い」

「…、…はい」



それから、目の前に出された小瓶を受け取った。
数秒見つめる。
私はゆっくりと、それを握りこんだ。















つづく⇒(次話、B程度の表現があります。甘くはないです)



ぼやき(反転してください)


下邳までが長いなー…
必然、終わりまでが長いなー


2019.02.05



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