柄じゃない、らしくない 惹かれたっていうのか? 違う、ただの好奇心だ だから赦してくれだなんて言う気も無い 人間万事塞翁馬 74 今日は休日だ。 当てもなくぶらぶらしているように見えるかもしれないが、これでも次の戦に備えて目は光らせている。 …と言っておけば、大抵の奴は、感心したように頷く。 それが事実であろうとなかろうと、ま、どっちでもいいんだが。 悲しいかな、ぶらぶらしていてもそうは思われないんだ、これが。 不徳…いや、役得、かな。 曹操殿の下へきて、二月(ふたつき)は経ったか。 ――表向きに言えば、監視は解けた。 たまに視線は感じるが、その程度だ。 意外に早かったと思う。 と言っても、郭嘉殿や荀攸殿とは同じ部屋で仕事をしているし、郭嘉殿の直属部下である彼女もそうだ。 まあ、直属と言っても、やはり彼女の存在は少し不思議だ。 分かってきたが、分かってきたからこそ、分からない。 不思議の一言に尽きる。 いつぞや、曹仁殿と満寵殿の応援に行ったときもそうだった。 彼女は強い、頭も回る。 得物捌きは鋭いし、容赦が無い。 改めて見れば、宛城で郭嘉殿と邂逅したときに言われた言葉の意味が、よく分かる。 あれは典韋殿と同じぐらいのバケモノだ。 理由は分からんが、人の域を超えている。 いや、そこを超える、ギリギリの線。 ――戦場で、賊の命を奪う瞬間、あのとき満寵殿が彼女を止めていた。 混戦の最中に、たまたま視界に入って見かけた光景だ。 あれは何故だ。 多分、それが理由だろう。 それそのものがそうでなくとも、止めようとした理由が、その域を超えていると思わせる何かと繋がっている気がしてならない。 とはいえ、それは止められたがその隙をついて更に別の賊が満寵殿を襲ったことで、結局彼女はその別のそいつを殺めたわけだ。 満寵殿が彼女を止めたのは、多分彼女が”殺めないように”するためだろう。 他に理由があるか? 恐らく、ないね―直感だが―。 ああ、無論、満寵殿は怪我も無く健在だ。 彼女は確か、異国出身だと聞いたな。 …異国、ねえ。 そんなことを思っていると、道の先に彼女がいる。 まるでお誂え向きだ。 平服姿の彼女は、俺と同じ今日は休日。 宮城で見る彼女と違い、まるであの時のようにぱっと見は何度見ても青年にしか見えない。 知らずに見たら彼女だとは気付かないだろう。 初めて見た時は、そうだった―せいぜい思ったのは、どこかで見た顔か?程度だ―。 おまけに、今視界に映る彼女は何故だか知らないが大工の真似事をしている。 台に横たえた角材を、鋸を片手に片足で押さえている。 まったく、勇ましい。 徐々に歩みを進めると、そのほど近くで、前触れもなくぱっと彼女が顔を上げた。 一瞬沈黙してから、口を開いたのは彼女だった。 「賈詡さん、丁度良いところに!このあとお時間ありますか?」 あとから考えても、この時の俺はどうかしていた。 いくらでもその先は読めただろうに。 それでもそれは、それで良かったのだと、ずっと後で思った。 「いや、特に予定はないね」 そう咄嗟に答えると、彼女は屈託のない笑みを浮かべた。 俺は、しまったとどこかで思う。 「実は今、人に頼まれて納屋を建てているんですが、この後の作業、どうしても一人だと難しくて。折角の休日に申し訳ないんですが、賈詡さん手元をお願いできませんか?」 彼女がそう言い終わると、俺が答えるより早く、恐らくその”納屋”を頼んだ民だろう、一人の老年の男が絶妙な頃合で現れて俺を見るなり言った。 「ああ、あなた様もわしらのために…ありがたや、曹操様に仕えるお方は皆お優しい方ばかりじゃ」 と、唐突に拝まれる。 これはもう、断れない。 ひとしきり拝んでから去っていた男の背を見送る。 それから、俺は彼女を見た。 「お嬢さんが手取り足取り教えてくれるんなら、ね」 そう告げると、彼女は実に嬉しそうに破顔した。 こんな顔もするのかと思ったとき、今までの好奇心とはまた違う好奇心を俺は抱いた。 * * * * * * * * * * 「へえ、もとは建築家か…わからんもんだねえ。だが、道理で詳しいわけだ」 「…建築家、というと仰々しいですし…まだ、勉強中の身ではありますけど」 「あははあ、あんたにかかれば何でも勉強中だ」 「…そんな返しをされたのは初めてです」 「おや、傷ついた?」 「いえ、単純に驚きました。確かにその通りかもしれません」 なんで、こんなことになっているのかって。 それは数刻前の俺の疑問だ。 ――今、俺は彼女と酒楼で文字通り飲んでいる。 無事に納屋を建てて、民たちに感謝をされ、めでたしめでたしで帰ろうとしたところ、彼女に止められた。 折角の休日を棒にふってしまった詫びと、手伝ってもらったお礼をさせて欲しいと。 いらん、と断ったんだが、直後に酒は嗜むか、と問われた。 人並みに、と答えたらこれだ。 一仕事終えた後はこれに限る、打ち上げしましょう、とあの笑顔。 あれを断れる人間がいるのなら、俺は見てみたいね。 まあ、酒を飲むのは嫌いじゃない。 多かれ少なかれ、人の本性が出やすいからな。 そういうわけで、これだ。 話を聞けば、俺が手伝った作業とやらは実のところ、頭を使えば一人でもできんこともないらしいが、それでは今日中に終わらない。 そこへ俺が丁度現れたので声を掛けた、と。 騙すみたいなことをしてすみませんでした、と頭を下げられたが、そう言う割に罪悪感の欠片も見られなかった。 俺を騙すとは中々やる、と少し茶化してみたがそっちも中々やるもんだ。 流石、郭嘉殿の部下、というところか。 結局のところ、なんで俺だったのか、なぜそんなことを一々種明かししたのか、その真意はまだ分からん。 「…ですけど、やっぱり全部勉強中です。まず学ばなければ、何も得られないと思いますから」 「ま、あんたはそこに胡坐をかかない、だからそれでいいんだろうよ」 杯を卓に置く。 視線を上げると、不思議そうな表情が視界に入った。 「賈詡さんは、やっぱり真面目な方ですね」 「…あんたの目には、俺が真面目に見えるのかい?それこそ、もっと勉強した方がいい」 「見えるものと見えないもの、どちらを信じるかと言われたら、私は見えない方を信じます」 「それは、あんたの教訓か何かかな?」 「経験則、です」 「経験則、ということは、たまたまあんたが今までそれで済んでただけかもしれない。俺は、はじめてあんたの経験則から外れるかもしれないね。それでもあんたは経験則、と答えるのかな?お嬢さん?」 そう言うと、彼女は妖艶な笑みを浮かべた。 そう、妖艶な笑み、だ。 何か、飲み込まれるような感覚を覚えた。 困った顔の一つはするかと思ったんだがね…。 「あんたは、怖いお人だ。どこまで知っててやっている?」 暫く黙ってから彼女は言った。 「何も、何も知りません。勿論、賈詡さんの意図も私には分かりません」 そこで何故、その笑みを浮かべる。 屈託のない笑み。 酒のせいか、多少話しやすくなったかとは思ったが。 こいつは、喰えない。 「はははあ…あんたとは、たまにこうして飲んでみるのもいいかもね」 「私はいつでも歓迎です」 俺は何を言ってるんだか。 皮肉が通じない相手だっていうのは分かっているだろうに。 そしてまた、彼女はそれにそんな返しをする。 どこまでが本気か、全く見えない。 …もしかして、全部本気か? 「…あんた、率直に俺のこと、どう思ってるんだ?」 「どういうことですか?」 「俺は、…お嬢さんに策を見破られた」 それだけ答えた。 黙ってから二度、瞬きしたのが目に映る。 周りは騒がしいままだが、何故か静かだと感じた。 そういえば、ずっと俺と彼女の声以外、耳にしていない気がする。 彼女が目を細めて言った。 「別に。何も。特に、どうとも思っていません。だって、そういう所に身を置いているんですもの。だから、何とも思っていませんよ」 ああ、これは本心だと確信した。 そういう所、という言い方は引っかかるが、偽りではない、誤魔化しでもない。 彼女が続ける。 「それとも、賈詡さんは何か、思われたいんですか?意味が、欲しいですか?」 なるほど。 本気かどうかはまだ分からんが、彼女の強さはそこにある、か。 同時に脆さもそこにある。 どちらかといえば苦手意識を抱いていたが、これはこれで。 「いいや。ただの好奇心で聞いたんだ、意味なんかいらない」 じっとこちらを見ている。 表情は柔らかい。 ――何とも思っていない、か。 「ところで、これからあんたのこと、お嬢さんじゃなく、って呼ぶことにする。構わんだろ?」 「はい。お好きに」 そう短く答えて、は笑みを浮かべた。 飲まれるというより、包まれるような笑み。 飲まれるよりも、怖いかもしれない。 そう思いながらも、惹かれる好奇心を抑えることは出来なかった。 「」 名を呼ぶと、杯に口をつけていたがそれを下ろしながら視線をあげる。 「いや。改めて、よろしく頼むよ」 「はい。こちらこそ」 俺が抱いていたのは苦手意識ではなく、罪悪感だったかもしれないと、心の片隅で思った。 らしくない。 罪滅ぼし、なんて下らんものは。 自然と口角が上がる。 裏も表もない無邪気な笑顔が、目の前にあった。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) なんでこうなった感が拭えない とりあえず、呼び捨てで落ち着きました いつになるか知らないけど、一度全部終わったら 修正入れたい、全体的に 2018.12.27 ![]() |
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