いつかこんな日が来ると思ってた いつまでもこんな日は来ないと思ってた こんな日があるなんて思ってなかった 足りなかった覚悟をいま、知った 人間万事塞翁馬 68 私の勤め部署が正式に決まったあと、何かよく分からない事情で練兵指揮することになったり、それが終わったと思ったら郭嘉さんとちょっと真面目な話をして、直後兵卒体験を三ヶ月することになったりと、何かと濃い半年を過ごしたある日、遣いを済ませたあと宮城内を歩いていると不意に名前を呼ばれた。 立ち止まって振り向くと、そこには荀ケさんと楽進さんに曹休さん。 そちらへ足を向ける。 「お疲れ様です。三人お揃いで、何をなさっているんですか?」 「何、という訳ではないのだが…今、丁度楽進の切り込みが凄い、という話をしていたんだ」 「確かに、楽進さんの初動の速さは私も凄いと思います。身のこなしも素晴らしいですよね」 「恐縮です……ですがそれより、曹休殿の戦場での立ち回りの方が凄いと私は思います」 「そうですね、曹休さんの戦場での機敏さと応変な動きはとても勉強になります」 「いや…俺は、そんなことは…」 と、ひととおり曹休さんと楽進さん、二人と会話を交わしたところで私は合点した。 「なるほど、そういうお話をしていたんですね」 「はい」 それには荀ケさんが頷いて答える。 それから一、二秒ほど置いて曹休さんが唐突に声をあげた。 「そうだ、殿。俺に軍略を教えてくれないか?殿は色んなものに精通しているから、ためになると思うんだ」 「私が?うーん…そう言ってくださるのは嬉しいんですけど、私、まだ人に物を教えられるほど習得できてませんよ?軍略なら、伯寧さんの方が上だと思いますけど…」 と、視界の端に見えた伯寧さんを見やった。 最初は気付かなかったけど、途中でそこにいたことに気付いたのだ。 …何か考え事してるみたいだけど、と思っていると、その伯寧さんに急に呼ばれた。 「、ちょっと来てくれるかい?」 「え?はい」 私に気付いていたことに内心驚きつつ、荀ケさん、楽進さん、曹休さんと順に視線を移してから少しだけ頭を下げて伯寧さんのもとへ行く。 机の前に立って伯寧さんを見やった。 「どうかしたんですか?」 「、これを見て、どう思う?」 これ?と思いながらその横へまわり、伯寧さんと同じように机の上へ視線を落とす。 視界いっぱいに図面が広がる。 一目見て、配置図を兼ねた城の平面図だと分かった。 そして同時に…。 「どう…というか…、動線の分かりやすい城ですね。守りには向かないというか」 「やっぱり、もそう思うか…」 「これって、確か降伏の証にって張繍側が持ってきた宛城の図面、ですよね…」 私はその時、何か嫌な感じを覚えた。 何だか落ち着かない。 確か、今曹操さんが一人で宛に行ってるハズよね。 …一人で………。 そこまで考えて、私は自分の記憶がなくなっていることを思い出した。 いや、正確にはいつもそれは思っているけど、何故かそこと曹操さんが一人で宛に行ったことが結びついたっていうのかな。 ――私が記憶なくす前にしようとしてたことは、きっと何かそれなりに大きいことだと思ってる。 幸いにも、自分が未来からきたって言うことは忘れていない。 そして、何かを躊躇うような気持ちを抱いていたことも何となくだけど覚えてる。 そこで逆に考えてみたら、きっと自分がしようとしていたことっていうのは普通にしてたら起きないような最悪なことをどうにかしようとしてたんじゃないんだろうかと、そう思う。 なら、それを仮に前提としてその最悪なことって、多分誰かの命が危うくなるとか死んでしまうとか、そういうことだと思うの。 歴史を知ってて思うことって、そのぐらいしか思いつかないもの。 ただ、そのタイミングがどこなのか分からない。 だけど、それがもし、今だとしたら…。 私は全身から血の気が引いていくのを感じた。 今、動かないとダメだ。 「私、ちょっと郭嘉さんのところへ行ってきます」 「その必要はないよ」 「郭嘉さん…!」 件の人の声がして、私は思わず振り向いてからその名を呼んだ。 見えた表情はいつも通りに見えるけど、…あまり良い状況じゃない。 郭嘉さんが先を続ける。 「、それから曹休殿、一緒に来てくれるかな。宛城の曹昂殿から緊急の応援要請が届いてね。荀ケ殿はここで待機。楽進殿と満寵殿は何かあったらすぐに出陣できるように準備を」 それだけ告げると、郭嘉さんは踵を返して足早に去っていく。 その後を慌てた様子で曹休さんが追った。 私もその後を追って二歩、三歩と進む。 ふと思い立ち足を止めて、伯寧さんたちを振り返った。 「行ってきます」 一拍置いて荀ケさんと楽進さんが頷いたのを見てから、私は再び背を向ける。 直後伯寧さんに呼び止められた。 「」 もう一度振り向いてそちらを見ると、伯寧さんが私を真っ直ぐ見ていた。 だけど、直後に首を振る。 「いや、何でもない。気をつけて」 「…はい。大丈夫、無茶はしません」 なるべく穏やかに、そう答えた。 僅かに困ったような笑みを浮かべた伯寧さんに、私はほんの少しだけ口元を緩めてから、その場をあとにした。 * * * * * * * * * * 許昌の城外、それでもその城壁を遠くに確認できる程度の地点で夏侯惇さんと郭嘉さん、曹休さんと私は曹操さんと合流した。 返り血と思われるそれと砂にまみれた曹操さんの顔には疲労の色が濃く見えるけど、それでもその眼差しは強い。 それがなぜなのか、このときはまだ分からなくて、私はふっと疑問を抱いた。 曹操さんが言った。 「すまぬ。張繍の言葉を真に受け、奴の軍師、賈詡なる男の罠にはまってしまった…、わしを逃がすため悪来がまだ宛城で戦っている」 私は思わず、息を飲む。 典韋さんが…一人で……。 「すでにかなりの深手を負っていた……、向かったところで間に合わぬやもしれぬ。それでも、わしは悪来を救いたいのだ」 それを聞いて、だからなんだ、と思った。 曹操さんがあんな目をしていたのは。 そして、それを聞いた今、私も同じだった。 夏侯惇さんが頷く。 「分かった、すぐに宛城に向かおう」 「お待ちください。相手は曹操殿に策を気取らせなかった策士。ただ突入するのは危険です」 すかさず、郭嘉さんがそう声を上げた。 その声に、思わず拳を握っていた自分に気付いた。 「曹操殿が戻ることも想定に入れ、さらなる策を仕掛けている可能性もあるでしょう」 聞きながら、その通りだと思う。 同時に、無意識に抱いた動揺を落ち着かせなければと思った。 まず自分を冷静にしなければ。 「そうなのか……!では、どうやって典韋殿を助ければ……」 「陽動を起こして敵の目を引き、その間に、敵の手の内を調べましょう」 郭嘉さんのその言葉に、流石だと思う。 回転が速い。 そして、私はまだ慣れていないんだ、と思った。 自分の身近にいる人が何かの拍子で急に命の危険に晒されることが、ここではありふれていることなんだってことに。 自分の命がなくなるかもしれない覚悟はしてたけど、そういうのは抜けていた。 典韋さんたちは私なんかよりずっと強いから、戦場とかで命を落とすことなんて稀だろうと、なんとなくそう感じていたんだ。 戦場に出る以外は、向こうと変わらず割と感覚的には’普通に’生活してるからそう思い込んでいた。 だけど、違う。 みんな、私と同じ。 人なんだから、一つ間違えたら命を落とす危険だってある。 急に苦しいと感じるぐらいに、心臓がドキドキし始めた。 最悪の状況が頭を過ぎる。 これじゃダメだ。 「敵の軍師が何を仕掛けているのか。その大枠さえわかれば、手は打てます」 「よし。子細は郭嘉に任せる。皆、急ぎ宛城へ向かうぞ!」 身体が覚えたまま、拱手する。 その間に呼吸を整えた。 頭の中を切り替える。 郭嘉さんが言った。 「では、曹休殿には斥候を率いて敵の情報収集にあたっていただきます」 「ああ、任せてくれ!」 「そして、。君も曹休殿と一緒に行って欲しい」 曹休さんが私を見てから郭嘉さんをもう一度見た。 それに構わず、郭嘉さんが言う。 「情報如何で、私の指示を待つより早く動いた方がいいとが判断したときは、君の思うとおり動いてくれるかな。勿論、事後報告で構わない。できるね?、君なら」 私を真っ直ぐ見る郭嘉さんに、一拍置いて頷いた。 「はい、分かりました」 「うん…、…連絡手段は、分かっているね?」 「ええ、抜かりなく」 そう返すと、郭嘉さんは笑みを浮かべた。 それから、曹休さんに視線を移す。 「が判断を下したときは、曹休殿。その指示に従ってもらえるかな?」 「もちろんだ!異論はない」 「では、よろしく頼むよ」 それから数秒しないうちに、曹休さんが私を振り向く。 そして言った。 「行こう、殿!」 「はい、曹休さん。…急ぎましょう」 待機させていた馬―黒鹿毛―に跨る曹休さんに倣う。 郭嘉さんが曹操さんたちに指示を出しているのを背で聞きながら私もまた、馬―鹿毛―を駆けた。 大丈夫、典韋さんなら平気だわ。 あんなに強いんだから。 だから、早く助けなきゃ。 今度一緒に狩りに行くって、約束してるんだもの。 だから、早く。 頬を切る風は冷たくて、欠けた月の薄っすらとした明かりに浮かぶ曹休さんのその後ろ姿を追って駆ける。 手綱を握る手の中は汗で湿っていたけど、私の頭の中には宛城の図面と周辺地図の情報が既に広がっていた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) ここまでの間に5、6話分ぐらい別の話が入ってたんですが いつまでもたどり着けないので、端折りました そのうち番外であげます ちゃちゃっと賈詡を出したかったの← 2018.12.8 ![]() |
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