一九六年五月







     人間万事塞翁馬 65















私は今とある女楼で用心棒をしている。
そこで働く姐(ねえ)さん方と同じような…というか、同じ格好をして。
事の発端は、私がここの男客を追い払ったこと。
それは、十日ぐらい前のことなんだけど…。

女楼の中の造りってどうなってんだろうと、そもそもの始まりはそこからだったのよ。
まさか、誰かにくっついていくとか、バイトで入るとかなんていう訳にもいかず、外から遠目でどうなってんのかなーと、諦め切れずに座り込んでたとき、たまたま中で騒動が起きてね。
もちろん、昼間。
そこに飛び込んじゃったわけ。
結局、男には逃げられたんだけど、どうも、また来そうだなっていう予感が拭えなくて。
そんな話をここの大姐さんに伝えたら、流れで、じゃああなた用心棒お願いって…。
私、本職これじゃないし、出勤中の昼間は無理、変わりたてるから勘弁してくれってお願いしたんだけど、どうしてもあなたにお願いしたいって、引かないし押し強いのね…。
んで、全然埒明かなくて、それでじゃあ建物の中の造りを見せてくれるならいいけど、って言ったら即OK。
自分でも、嬉しいやら何やらよく分かんない状況で、色々条件付きの上、今ここにいるってわけ。
因みに、その条件ってのは…。

@私の休日以外は申初刻以降戌から亥刻までの間しか入れない。(それ以外の時間帯は、私の知人の監視付)
Aお金は要らないから、建物の中、全室見学させて欲しい。
B警戒する必要が無くなったら即契約解除。
C楼内にいるときは、この服に着替える。(これは大姐さんから出された条件)

…という訳で、今これよ。
姐さん方にがっつり化粧までさせられるから、結構キツいけど、まあ、中見られるならどうってこと無いわ。
毎日、一昔前の重役と商談してるって思えばフル装備の化粧も、仕方ないかと思える。
部屋の方は、基本客のいない部屋にしか入れないから、まだフルコンプしてないけど、あともう少しね。
手が空いているときはこの格好だし、軽く手伝い程度に客の相手もするけど、基本はその客の本命姐さんが来るまでの中継ぎ。
私は訳ありってことで客は取ってないから、まあ、たまに食い下がってくるのいるけど、どうとでもできるからいいわ。
曲者上司様様ね…。
でも、お陰でボードゲームみたいなものも、いくつか覚えたわ。
完全に運任せのもあれば、頭使えば勝てるものもあるし、とりあえず色んな種類のものがあるのね、ボードゲーム。
ボードゲームじゃないけど酒令とかいうあれは、悪しき消防団の風習を髣髴とさせるわ…。
酒飲む順番クジで決めるって、完全に宴会メニューでしょ。
たまに出席する宴会で、会場の隅で盛り上がってたあれは、きっとこれをやってたのね。
そういえば…曹操さん、こういうの好きそうなのにやってるところ見たことないのよね。
何か、理由でもあるのかしら?
それとも、意外に嫌い?
…まあ、地雷踏むのも嫌だし、進んで聞くのはやめとこう。
お酒は自分のペースで飲んでこそよ。

それはさておき。
変なスキルが上がってくな、と我ながら思っているのは言うまでもないわ。
………ま、まあいいか。
いつか役に立つ……かなあ…?

と思いながら、私はメモ帳にこの部屋の納まりを書き込んだ。
天井張ってないから構造見やすくて凄くいい。
代わりに、部屋によってちょっと音が筒抜けなのが気になるわ。
まあ、しょうがないけど。
し ょ う が な い け ど 。
昼間だからか分からないけど、余り本番客いないしね。
でも、まあ…私は多いと思うよ。
いや、別にいいとは思う。
寧ろ、健全でしょ。
無いって方が考え物だとは思うわ。
興味ないけど。



「さて、この部屋はもういいかな」



私は筆を筆入れにしまってから、メモ帳と一緒に懐へしまった。
扉を開け部屋を出る。
そのとき、奥、左手側から姐さん―といってもこの人は私よりずっと年下だけど―と歩いてくる男性客が視界の端に入った。
右手方向に歩いていくので、これから帰る客か、と思いながらいつも通り私は顔を伏せて脇に控え、それを見送る。
丁度通過するかと思ったとき、声を掛けられた。



「あんた、見ない顔だけど…最近入った子?」



その声に、私は思わず顔を上げた。
何故なら知ってる人の声だったから。



「李典さん?」

「……は?」



数拍おいて、そう間の抜けた声が降ってきた。
視線を上げ、顔を見る。
その顔は、どう見ても私だと気付いていない顔…だと思う。
と思っていると、暫くして李典さんが私を指差しながら目を凝らした。



「…まさか、その声…、か…?」

「そうです、私です」



返すと一瞬止まった後、李典さんの顔が真っ赤になった。



「な、な、な、なんであんたがこんな所でそんな格好してんだ!?」



と、声を上ずらせながら私に言う。

うん、昼間ってのはやっぱり知られると恥ずかしいもの、ですよね。
…郭嘉さん、マジですごいな……。
隠しもしないもんな、あの人…。
いや、褒めてないよ。

と、思いながら私は李典さんに言う。



「これには訳があって、ざっくり言うとね…」



と、私はうろたえている李典さんに、ざっと簡単な説明をした。



「な、なんだ、そっか……じゃねえ!あんた、これ郭嘉殿とか知ってんのか!?」

「いや、知らないよ。敢えて話す必要も無いでしょ。ま、変に隠してもいないけど」

「そ、そっか…ああ、じゃなくてだな…」



李典さんはそう言ったまま口元を手で押さえて、どっか天井の方を見る。
それから更に顔を赤くして、目を伏せながら額に手を当てた。

…なんか、よく分かんないけど。



「とりあえず、ここで李典さんに会ったことは誰にも言わずにおくから安心していいよ。何も無いよりずっと健全だし、ま、元気出しなよ」



と、私はひとまず李典さんを励ました。
そのとき、奥の方の部屋が空いたと手を招く姐さんが視界に入る。
私は、李典さんにもう一度視線をやった。



「じゃあ、私もう行くから。ああ、そうだ。元気すぎるのも身体に毒だって言うから、程々にね。会えたら、また明日」



私はそれだけ伝えて奥の部屋へ向かった。

誰かに会うんじゃないか、とは思ってたけど李典さんだったかー、と思いながら私は見学会を再開する。
その数日後、またも知っている人間に遭うことになるとは、想定の範囲内だったとはいえ、ある意味それは予想外のことだった。










 * * *









「いきなり私の邸に押し掛けてきたと思ったら…何で君と二人でこんなところに…」

「まあ、たまには良いだろう?満寵殿。君、ここの世話になったのはいつぐらいぶりかな?」

「…大きなお世話だよ」



と、私は今、何故か郭嘉殿ととある女楼の前にいる。
日は高い。

何が悲しくて男とこんな所へ来なくちゃならないんだ…。

そう思っていると、傍らの郭嘉殿が言った。



「冗談はさておき。ここに入った新しい子って言うのが中々の子らしくてね。どういう訳か相手は取らないらしいんだけれど…その子、私はじゃないかと思っているんだ」

が?ここに?そんな馬鹿な」



私は思わず声を上げた。
郭嘉殿を見る。
普段どおりの涼しい顔をしているが、目を見るとどうやら冗談などではなく、本気で言っているようだ。



「私も半信半疑だよ、もちろん。けれど、斥候の情報と最近のの行動を考えると、そうじゃないかと思っている。まあ、その情報もたまたま耳に入っただけなのだけれど、念のため調査を、と思ってね」

「…そういうことなら、構わないが…なぜ、私なんだい?」

「満寵殿。君がもしも私なら、荀彧殿や荀攸殿に声をかけるかな?」

「…ううん、かけないな」



そう返すと、郭嘉殿はそうだろうと言わんばかりの笑みを作る。
それから数拍おいて、さも当然のように中へと入っていった。
そんな郭嘉殿に内心ため息をつきながら、その背を負って私も続いた。















つづく⇒



ぼやき(反転してください)


やたら長くなったので3話に分けました

2018.11.21



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