才能の無駄遣いって言葉は 我が上司のためにある言葉だと思う 今日、強くそう思った 人間万事塞翁馬 63 「いい情報も手に入ったし、いい砥石も買えたし、今日はいい日だなー…ん?」 朝の市場で用事を済ませた私は帰宅の途で足を止めた。 道の先で立ち止まり辺りを見回している、あの見覚えのある三人は、劉備と関羽と張飛の三義兄弟(さんきょうだい)ではなかろうか、と。 数日前、熱出して危うく死に掛けたあの日、曹操さんが劉備と会食をしたということを、翌々日出勤したときに郭嘉さんから聞かされた。 因みに、あの顔の似ていない三人が”兄弟”だということは、その経緯も含め街中の井戸端会議で耳にした情報だ。 その後、別の機会に曹操さんと話をして、その確認も取っている。 それはさておき。 わざわざ高位職についてるわけでもない劉備の為にそんな場を設けたってことは、曹操さんとしては出方伺いつつ、利用できるものは利用したいっていうことよね、きっと。 …とりあえず、私はあの三人、噂でしか知らないからな。 曹操さんたちは、顔見知り、みたいなこと言ってたけど。 ……今後に関わるなら、一回でもいいから直接話をしてみるのが一番いいのよね。 情報社会じゃないここではグ●るっていう選択肢ないし、新聞もないし。 人伝に聞くか、自分で直接か、って感じだものね。 まあどっちにしろ、直接話すっていう方法がベストだってのは、分かってるんだけど…。 何でかちょっと苦手なのよね、あの劉備って人。 話もしたことないのにそんなこと思うの、自分でもおかしいんだけど。 なんでかな、胸がざわざわする。 …いいや、向こうは私を知らないはずだし。 何も今日、今ここで無理して話さなくてもいいでしょ。 気づかないフリしてスルーしよう、そうしよう。 と、そんなことを思いながら通りの端を歩く。 そして、三人の脇を通過しようとした、その時。 「おい、そこのお前!ちょっといいか」 いきなり肩を掴まれた。 嫌でも足が止まる。 なんつー力(ちから)してるの…。 「翼徳、やめぬか」 きっとこの声の持ち主は関羽だな、と完全に偏見からの印象だけど、そう思いながら私は振り返った。 そして案の定というか、想像通り髯の長い男が張飛の肩を掴んでいる。 …ていうか、二人してデカい。 目の前にいると縦と横の圧迫感ハンパない…壁か…。 「いいじゃねえかよ、兄者。道聞くだけだろ」 「聞き方というものがあるだろう」 「聞き方?何だっていいじゃねえか、そんなもん」 「こら、翼徳…雲長の言う通りだ。そちらの方に失礼であろう……おお、あなたは…」 関羽の陰から出てきた劉備が、そう言うや私を見て止まった。 まるで仕事の付き合いで知った人とプライベートで会ったときのようなその表情。 私は一瞬で不安を覚えた。 そして思う。 おお、ってその反応の仕方…まさか、もしかしなくてもこの人…。 「確か数日前、私に会釈を返してくれた御方では?」 やっぱり、覚えていたか…。 服が違うと分からないって、結構言われるんだけどな、私…。 と、不安が的中した私は劉備に視線を向けた。 すかさず、劉備が言う。 「ああ、これは不躾であった。私は劉備、劉玄徳。この二人は私の義弟(おとうと)で、関羽と張飛だ。この度、曹操殿の下で世話になることになった。以後、お見知りおきを」 そう言って、劉備は拱手すると笑みを浮かべた。 「いえ、そんなに畏まらなくても…とりあえず、ここ往来ですし、先にご用件をお聞きしても?」 「おめえ、話が分かるじゃねえか!俺らは今、ってヤツの邸(やしき)を探してんだ。この近くだろ?案内してくれよ」 「翼徳、控えぬか」 いいじゃねえかよ兄者、とか関羽に張飛が返しているけど、私の耳にそれは入っていなかった。 …なんで、私の家? 意味が分からない…。 ……いいや、なんかとりあえず案内しよう…。 道のど真ん中でする話じゃないわ。 「まあまあ、すぐそこですからご案内しますよ。着いてきてください」 「すまぬ」 言って、張飛にゲンコツくれてる関羽の横の劉備が頭を下げる。 私はそれに笑みを返してから背を向けた。 私の家は本当にもう、すぐそこ。 だから、すぐ着くけど…何でこの三人、私の家に? ていうか、誰から聞いたんだ? そんなことを考えながら間もなく着いた門の前で私は足を止め、後ろを振り返った。 「着きました、ここです」 「すまぬ、助かった。礼を言う」 そう言って律儀に拱手した劉備に、その頭が上がるのを待って、私は口を開いた。 「いえ、構いませんが…ここへどのような用件か、お聞きしてもよろしいですか?」 「曹操のヤローにここへ来いって言われたんだ」 「翼徳、口を慎め。この御方にも曹操殿にも失礼であろう」 けっ失礼なのはあいつだろうが、という張飛の声を聞きながら私は内心混乱した。 …はい?何て言った? What did you say? 曹操さんからここに行けといわれた? …は? もっと分かりやすく教えてくれませんかね…。 「すまぬ。先ほどから義弟(おとうと)がとんだ無礼を……実は、今日ここで曹操殿とお会いすることになっているのだ…大分早く着いてしまったが、勝手ながらここで待たせて頂くことにしよう。そなたには改めて礼を言う、ありがとう」 そう言って、劉備はまたも拱手し、深々と頭を下げた。 …いや、ちょっと待って。 私、何も聞いてないんだけど。 何で私の家が待ち合わせ場所なの? いや、きっと単なる待ち合わせ場所じゃないわ。 これ絶対、私んちで何かするつもりよ。 そういう予感しかしないし、でもその前に、何も聞いてない。 …でも、まあいいや。 とりあえず、門の前で待機されても、よ。 「ああ、いえ、お構いなく。それよりも、とりあえず事情は分かりましたので、どうぞ」 と、私は門に足を向けながら劉備を見て中へと促した。 私の視線の先には、不思議そうな、そして若干の驚きの顔をしている三人。 それを見て、私ははたと思い出す。 そういえば、割と重要なこと言ってなかった。 「えーと、すみません。申し遅れました、私がです。当然、ここは私の家。どうぞ中でお待ち下さい、遠慮は不要ですから」 私はそれだけ伝えて中へ入った。 …良かった、早めに帰ってきて。 …いや、良かったのかな、これは。 そう思いながら私は、ひとまず砥石の入った布包みを縁側の片隅に置いた。 * * * * * * * * * * とりあえず、物珍しそうにする三人を縁側に座らせ、お茶と塩昆布を勧めること暫く。 劉備さん―と呼ぶことになった―から塩昆布の質問をされ、そこを皮切りに、異国出身の辺りを突っ込まれ、あたり障りの無い話をする。 そこで漸く目当ての人の声がした。 「もう来ておったか」 劉備さんたちの腰掛ける縁側の端から立ち上がりつつ、曹操さん、それから典韋さんと許褚さん、夏侯惇さんの姿を確認する。 …なんという大所帯…。 愈々、やな予感しかしない…。 曹操さんと劉備さんが挨拶しあっている間に、私は曹操さんたちのお茶を用意する。 それを勧めながら機を見計らって、曹操さんに言った。 「ところで、曹操さん…私、今日のこと何も聞いていないのですけど…何をなさるおつもりですか?」 「ん?何も聞いていないだと?わしは確かに郭嘉に伝えたのだが、花見をすると」 「………」 曹操さんが不思議そうな顔をしてそう言った。 私、今どっから突っ込んでいいのか分からないんだけど。 花見? 確かに私の家の庭には桃が植えてあって今、見ごろよ。 どういう流れでそうなったのか知らないけど、まあ、きっと会食してて花見しましょ、みたいなことになったんだと思う。 百歩譲って、まあ、それはいいわ。 けど、何でそれで花見の場所がウチで、郭嘉さんに伝言させてて、その伝言が私に無いっていうか、寧ろ事後報告―答えは聞いてない系の―…。 米神を押さえる私に許褚さんが言う。 「大丈夫だか?。顔色悪いぞ」 「あー、ええ問題ないわ。ノープロブレムよ、許褚さん」 「おや?。もしかして、また体調不良かな?珍しいこともあるものだね」 と、今最も会いたくて、会いたくない件(くだん)の人物の声が背後からする。 曹操さんに悠長に挨拶をしている郭嘉さんを、私は勢いよく振り返ってその腕を掴み縁側に座らせた。 勢いのまま、その両肩を掴む。 「Good morning、郭嘉さん。今日のこと、私何も聞いてないのですけど、理由をお聞かせ願えますか?」 「うん、おはよう。そうだね、理由…一言で言うなら、わざと、かな」 「わざと!?」 私は思わず縁側に片膝をつき、郭嘉さんをそのまま押し倒した。 「今日はやけに積極的だね」 「今日は、とか訳の分からない主語つけるのやめて下さい。そして、今そんなことはどーでもいいです。わざと!?こんな重要なことをわざと言わなかった?それこそどういう了見ですか」 郭嘉さんの身体をまたぎ、縁側に両膝をついてその肩を掴んだまま見下ろす。 相変わらずの涼しい顔で郭嘉さんが言う。 「うん、冗談だよ」 「冗談……」 「、顔怖いよ」 「誰のせいだと思ってんですか」 「私、かな」 「………」 思わず肩を掴む手に力が入る。 「まあまあ、がどんな反応するかなと思っただけ、ただの好奇心だよ」 「好奇心…それのおかげで何も準備できてないんですが」 「そう思って材料は全て準備しておいたよ。それさえあれば、何とかなるよね?」 「…ええ、材料さえあれば、どうとでもできますよ」 と、私は郭嘉さんをじっと見下ろす。 そういう問題じゃない、と。 「ねえ、。今度奢ってあげるから許してもらえないかな?」 「…許して欲しいなら明日、消えずに仕事するって約束して下さい」 「ううん、まあ、他でもないからのお願いだからね。仕方がない、いいよ」 「……君、立場分かってます?」 「ああ、もちろん分かっているよ」 うそつけ…。 と思いながら顔を見るも、相変わらずの笑顔。 もうこれ以上なに言ってもムダだと思う。 そして何より、そんなことより、準備よ。 花見って言うなら、酒肴がなきゃ始まらないわ。 何事も切り替えが重要よ。 つーことで、そろそろ動こう。 そう思って立ち上がろうとしたとき、郭嘉さんに腕をつかまれ立てない。 …この期に及んで…。 「何ですか?準備するので放してもらえますか?」 「、甘いね。こんな状況、みすみす手放したりしないよ」 「…郭嘉さん、いつから頭の中まで春になったんですか。放してください、準備できません」 「酷い言い草だね。そうだね……、キスしてくれたら、放してあげる」 「ほう、さすが郭嘉。この状況を逆手に取ったか」 「下らん。感心している場合か、孟徳」 同時に許褚さんが典韋さんに”キスってなんだ?”とか聞いてるのをどっか後ろの方で聞いた。 典韋さんが、さあ、とか言ってる。 そりゃそうだ。 この場でこれが理解できてるのは、曹操さんと夏侯惇さんと、目の前のこの上司だけだ。 なんていうか…。 「あの日、一晩でしか話題にしなかったその言葉を、そこまで使いこなすのは流石ですけど、今ふざけてるんじゃないんです。早く放してください」 「だから、キスしてくれたら放すよ」 と、どこ吹く風の涼しい顔。 段々、これを狙っていたんじゃないかと思えてくる。 …お抱えの女官がいくらでもいるのに、何してんのよ…。 ていうか、主君と客人を巻き込むなんて、何考えてるの、この上司。 いや、ていうかそれ以前になんで私。 …本当に、女なら何でもいいのかしら、この人。 「何かよく分かんねえが、そのキスってヤツを早くやってやりゃあいいんじゃねえか?」 「うん、いいこと言うね、張飛殿は。気に入ったよ」 内心、黙ってくれと思ったのは言うまでもない。 張飛さんが、関羽さんと劉備さんに怒られている。 「、これ以上客人を待たせるの?」 「…誰のせいだと思ってんですか、まったく」 仕方ない、腹くくろう。 どっちにしても先に進まない。 なんか、本気で腕掴まれてるし。 流石に男の人と力勝負なんてしたら、勝てるわけがない。 そう思っていると、夏侯惇さんが呆れながら言う。 「郭嘉、いい加減放してやれ。孟徳も止めたらどうだ」 「いいです、夏侯惇さん。腹くくりますから」 「、お前…」 と、驚きを隠さない夏侯惇さんのその呟きを背中で聞きながら、私は続けた。 「キスぐらいしてやりますよ。その代わり、したら絶っ対放してくださいね」 「ああ、いいよ。約束しよう」 そう郭嘉さんが言い切ったのを確認して、私は顔を近づけてキスをした。 無論、頬に。 僅かに力が緩んだ隙を狙って、そこをすり抜け私は地面に立つ。 色気のあるシチュエーション? そんなもの、知らないわ。 やることはやった。 身体をゆっくりと起こす郭嘉さんに、私は言った。 「さ、準備を始めますから、その材料とやらをください」 「それはじき届くけれど…、今のは?」 「キスです」 「そうではなくてね」 「何と言おうとキスです。手にしようが首にしようがキスはキスです。どうでもいいですけど、私にキスって何度も連呼させないでください、恥ずかしい」 一生分キスって言ったな、とか思いながら私は腰に手を当てた。 「ほう、成る程…も中々やるではないか」 「孟徳……感心している場合か。いい加減、この状況を面白がるのをやめろ」 「、わしにもしてくれぬか?」 「孟徳おまえな…」 「丁重にお断りいたします。安売りしている訳ではありませんから」 それだけ答えて、私は息を吐き出した。 もう冗談のレベルが高すぎて、ついていけないわ…。 顔を上げると意外にも郭嘉さんが普通だった。 ああ、いや…普通って、普段通り…ね。 笑顔のそれを見て、私は明日同じ部屋で仕事したくないな、って思った。 心底。 …やっぱ、何か狙ってたんじゃないのかって思えてくる、っていうか、そう思う。 お願いだから、そういうの仕事だけにして欲しい。 才能の無駄遣いするな。 内心呆れまくりながら、私はその後届いた材料を使って肴をこしらえたり、雪室からとっておきの冷酒出したり、もう途中なんか訳わかんなくなって二胡BGM流したりした。 半分、自棄よね。 意識しすぎなきゃ、やたらな緊張もしないってことが分かったわ。 ただの自棄かもしれないけど。 それはさておき。 とりあえず、それで分かったことは夏侯惇さんが劉備さんっていうか、関羽さん毛嫌いしてるってのと、意外に郭嘉さんと張飛さんが相性いいらしいってことかな。 ……まあ、相性いいっていう表現で合ってるのかは謎だけど。 そして、劉備さんはずっと人の好さそうな笑みを浮かべてて、これ本当に素なんだなと思った。 それでも、やっぱり私は…。 あー、もやもやするな。 いい一日だったような、そうでもないような…。 ……とりあえず、今日はもうこれで終わりだ。 そう思いつつ、今日も私は湯船に頭を沈める。 散々飲んだけど、湯上りに一杯やろう、と思った。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 自分で書いたやつ読み直ししすぎて あげる頃にはゲシュタルト崩壊してる、この感じ わけ分からなくなるの、どうにかしたい… 2018.10.26 ![]() |
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