人間万事塞翁馬 49















「雪やこんこんあられやこんこん」

「孟徳…何だそれは…」



声にそぐわぬその唄に俺は眉間を寄せた。
ここは孟徳の邸だ。
房をつなぐ回廊から雪の積もった中庭に建つ東屋へ視線を向ける。
そこで棋盤上の石を一人で動かしていたらしい孟徳がこちらを見ていた。



「おお、元譲か。良いであろう?に教わったのだ」

「…聞かずとも分かるわ…。酒を持ってきた、どうだ?」



俺は手にしていた酒壺を掲げるようにして孟徳へ見せる。
俺を字で呼ぶということは身内以外はここにいない。
ただ一時、典韋や許褚が席を外しているだけなら、そうは呼ばないからだ。
しかし、そんな孟徳の返事は意外なものだった。



「おお、それも良いがの邸へ行ってみよ。面白いものが見れるぞ、元譲」

「面白いもの…?ということは、お前は見たのだな。何だ、それは?」

「良いから行ってみよ。あれは己の目で見てこそよ。まったく面白いことを考える」


言って、孟徳はくつくつと笑った。
そこまで言われると、気にはなる。
つい二日前に顔を合わせたばかりだが、たまには休日のを見るのも良いか。
そういえば、予定が合わず久しく鍛錬以外では顔を合わせていない。
俺は、孟徳に酒を預け、来た道を引き返すことにした。
吐き出す息が白い靄をいくつも作っていた。









 * * * * * * * * * *









「雪やこんこんあられやこんこん、降っては降ってはずんずん積もる」



…これは…孟徳が唄っていた唄だ…。

と、俺はの邸の塀を見やりながら、その壁沿いに門を目指した。
その間にも、その唄は聞こえてくる。



「山も野原も綿帽子かぶり、枯れ木残らず花が咲く」



の邸はそれほど広くはないが、それでも平民とは比べられない。
その唄を聞きながら門の前まで来ると視界に飛び込んでくるのは、目隠しのために設けられた塀。
それから、その周囲だけ雪の積もり方が違うことに気づく。
何故か、その辺り一帯だけ積もった雪がごっそりと無いのだ。
俺は訝しみながら辺りを見回して、再度門の先へ視線をやった。
唄はまだ聞こえてくる。



「雪やこんこんあられやこんこん、降っても降ってもまだ降り止まぬ」

「…いつまで続くのだ、これは」



思わず腕を組んだ。
実に楽しそうに声を弾ませて唄っているが、は何をしている?
俺は今一度、息を吐き出してから何となく雪のないその足元に視線を落とし、唄を聞きながら中へと入った。



「犬は喜び庭駆けまわり、猫はコタツで丸くなる」



こたつ、が何か分からず俺は視線を上げた。
そのとき、視界に広がる異様な光景に思わず声を上げると同時に、疑問を口にする。



「…何だ、これは…」

「ん?あ、夏侯惇さん!こんにちは!今朝、曹操さんもいらっしゃいましたよ」




がそう告げるも、そんなことは知っている。
そうではない、この目前に広がる…いや、立ち並ぶこれらは何だ…。



「夏侯惇さん、大丈夫ですか?どこか具合でも悪いんでしょうか?」



と、それらの間をすり抜け、いつのまにか目の前まで来てこちらをのぞくように見上げてくるに、俺は一瞬たじろいで一歩身を引いた。



「いや、そういう訳ではない。それよりもこれだ。何だ、これは」

「ああ、これですか?雪像です。結構良くできてると思いませんか?我ながら力作だと思ってるんですけど」


と、後ろを振り返り声を弾ませる
その背後には、まるで本物の人間のような人型の雪像が所狭しと並んでいる。
何体あるのか、数えるのも面倒だ。
確かに力作、ということだけあって色がついていれば、そのものに見えるだろう。

…いや、色の無い今の方が寧ろ、そのものに見えるかも知れん…。

俺は疑問を口にした。



「なぜ、こんなものを作った」



すると、は一瞬、目を瞬かせたあと、満面の笑みで言った。



「一回、作ってみたかったんです、こういうの」



理由になっているようで、なっていない。
再度、質問した。




「なぜだ」

「…私の住んでた所、こんなに雪が積もるような地方じゃなかったんです。だから一度やってみたいな、と思ってたんですけど…昨年はそんなことしてる余裕も無かったですし…」

「お前の国では、雪が珍しいのか?」

「いえ、降る所は普通に降りますし、積もる所は一丈半―3.6mぐらい―以上積もります」

「成る程な…しかし…」



俺は口を噤み、腕を組んだ。
今一度辺りに視線を巡らす。
立ち並ぶ人型の雪像は兵の格好を模していて、大体どれも八尺ぐらいの高さだ。
間に立つは、それに隠れてしまう。

これをいつから作っていたのだ、は…。



「相当の数だが…一体いつから…」
「うわっ、また面白そうなことをしてるね!何これ」


と、言葉をさえぎり、後方から声がする。
俺が振り返るのと、が声を上げたのはほぼ同時だった。



「伯寧さん!こんにちは!」



そのの言葉に挨拶を返しながら、満寵が俺の横に並ぶようにして立つ。
そして俺にも同じように声を掛けてからところで、と言ってを見た。



「これは何だい?

「雪像です」



と、一通り俺に話したことを、俺と同じような質問をする満寵には話した。
それから、先ほど俺がしようとしていた質問を満寵がする。



「…それで、これ、いつから作ってたの?」

「昨日、帰宅してからです」

「ずっと?」

「はい」



俺は呆れと同時に、満寵と顔を見合わせた。
に視線を戻し言う。



「風邪を引くなよ、お前」

「はい、気をつけます」




満面の笑みのを見て、今一度、呆れて溜息をついた。
雪ではしゃぐなど、どこの子供だ。
まさか、こいつにこんな一面もあろうとはな…。
本当に、みそ…いや、深く考えるのは止めだ、キリがない。



「で、今は何をしているの?」



満寵がに問う。
は一度後ろを振り向いてから満寵を見上げた。



「本当は、出来てからお見せしようと思ってたんですけど…来て下さい」



そう言って、が踵を返し雪像の間を進んでいく。
そのあとに、満寵が続いていくのを見てから、俺もその後に続いた。
そして間もなく、そこに立ち止まった満寵が声を上げる。



「へぇ!すごいな、これは。もしかして、城?」

「はい、大正解です。これは私の国にある城の雪模型、姫路城。別名、白鷺城です」



その言を聞きながら辿り着いたそこに視線を落とすと、軍議の際、戦場の地形を把握するために使う模型と似たようなものが足元に広がっていた。
ただそれと違うのは、そこに建物を模した物があるということだ。
かなり複雑な形をしている。




「記憶が少し曖昧なので細部で違うところはありますし、この城壮大すぎるので、これはごく一部ですけど」

「一部…これで一部?それはすごいね!」



そう言いながら満寵がそれをまじまじと観察する。



「でも、面白い。ここがこうなっているってことは、もしかして…」



言いながら、熱い議論を交わし始めた二人に視線をやった。
俺には分からん話題だ。
完全に二人の世界に入っている。

俺は息を吐き出してから、音を立てぬよう静かにそこを後にした。
再びちらつき始めた雪に気づき、通りで足を止める。



「孟徳の所へでも出直すか」



この上なく楽しそうな顔をしていたを思い出し、思わず口元が緩んでしまった自分を嘲笑うように息を吐き出した。












つづく⇒(次は動物を解体する表現が出てきますので苦手な方はご注意下さい。)



ぼやき(反転してください)



あんまり日常的な話は短編にでもしてしまった方がいいのかも…
と毎度の事ながら思ったり思わなかったり
自分でも思ってた以上に設定が濃くなりすぎて行き詰ってる感はんぱない
紙から文を打ち込むのも案外面倒だと思う今日この頃

2018.08.04



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