一九五年 三月 人間万事塞翁馬 40 「は馬に乗れたのであったな」 「はい」 正面に座るが杯を下ろしながら答えた。 ここは私の邸だ。 数日前、が侍女たちに会いに来ても良いかと問うので承諾し、そのまま夕餉も共にと、これは私から持ちかけた。 私の休日を知っているは、侍女に顔を出すとき必ずその前日に日を定める。 それはなりの気遣いだと、私は承知していた。 「次の上巳は何か先約があるか?」 「上巳…ああ、えっと祝日でしたっけ。いえ、何も。今のところはフリーです」 それが、特に予定は入っていないという意味であることを理解している。 もう大分前に、言い直さなくて良いとには伝えた。 「そうか。ならば、遠乗りに出てはみぬか?…とは言っても、それほど遠くへは行けぬが」 「はい、是非!行ってみたいです」 そう言って、は顔を輝かせた。 宮城(しろ)で見かけるとは全く違う顔をするが、何かの拍子にこういう顔をすることは既に知っている。 しかし、すぐには短く声を上げて眉尻を下げた。 「あ…でも私、馬がいませんでした…」 「案ずるな。私の馬を一頭貸そう、それで問題はあるまい」 「ありがとうございます、お言葉に甘えます」 笑みを浮かべるに、私は無言で頷いた。 それから一拍ほど置いて、が独り言のように呟く。 「馬か…私も今度一頭探しに行こうかな……ああ、でも、世話が大変か…流石に馬は飼ったことがないわ…」 「そうか、はまだ知らなかったか」 杯に口を付けたが視線を上げる。 「申請を出せば、軍の厩を利用できるのだ」 「え?それって…世話もしてくれるってことですか?」 「無論だ。ただし、有事の際はその馬を使うことにはなるが…持ち主の専用馬であることに変わりはない。故に持ち主が戦場に出なければ、その馬も基本は戦場には出ることもない」 「そんなことが…全然知らなかったです……そんなシステムがあったなんて」 その言葉はまだ知らなかった。 がそれに気づき、言う。 「あ、システム…えっと、この場合は制度とか仕組みっていう意味です」 「なるほど、よく分かった」 が安堵したように笑みを浮かべる。 それから二拍ほど置いて言った。 「でも…そういうことなら、ゆくゆくは馬の購入も検討してみようかな…」 「それも良いだろう」 「その時は、文則さん…一緒に馬を見てくれませんか?」 「それは構わぬが…本当にいい馬が欲しいと思うのならば、他に適任者がいる」 「文則さんより?」 「ああ」 どのように思われていたのかは知らぬが、驚きを隠さぬに私は内心面食らった。 何か期待でもされていたのか、と。 そうであるならば無論嫌な気はせぬが、しかし、最善策を取るならばこの場合は私ではない。 「どなたですか?」 が問う。 私はそれに答えた。 「曹休殿だ」 「曹休さん…馬にお詳しいんですか?」 「今のところ、軍内では一番精通している。馬に関することならばその扱いも含め、彼に聞くのが最善だろう」 「そうですか、ありがとうございます。分かりました、今度相談してみます」 「うむ、それが良かろう」 自分が横に居れずとも、が望むのならばそれで良い。 笑みを浮かべるを見るたび、そう思う。 今は以前に比べれば、大分睡眠もとれているのだろう。 顔を見ればわかる。 それでも時には、睡眠不足のような顔をしていることもあるが、以前を思えばずっといい。 この邸に居た時は、毎晩のように眠れていなかったようだ。 それは偶然、夜にうなされているに気づいてから知った。 思わず傍について手をとった。 それから暫くすると眠りについたが、それが朝まで続くことは稀なのだと、ある時気づいた。 以後、時折様子を見に行くと大方は既に目を覚ましていて寝台にはおらず、部屋の半ば辺りで椅子に腰かけただじっとしている。 何をするわけでもなく、ただそうしているが何を考えていたのかは知らぬ。 何度か声を掛けようとも思った。 だが、何を言えばいいのか思い浮かばなかった。 下手なことを言って、更に苦しむようなことがあってはならない。 故に、傍につける時だけつくことにした。 がそれに気づいていたのか、それも知らぬ。 一度、眠れているのか問うてみたが流されて終わった。 が他者に話さぬことを望むのであれば、私はただ己のできることをするまでだ。 無理強いさせるつもりは無い。 そう思っていたが、の邸が出来てここを離れてから宮城で久しぶりにの顔を見た時、それを後悔した。 明らかに悪化している。 だが、それは他の者にはそれほど分からぬ変化だったらしい。 確かに、見た目は変わらぬ。 無意識なのかもそれらしきものを表には一切出さぬ。 それは、とくに公事の場では徹底されていた。 性分なのだろう。 納得も出来る。 私事を公事には持ち出さぬ。 それは私とて同じこと。 だが、それ故複雑だった。 一番、声を掛けたい時に掛けられぬ、もどかしさ。 その時は逆に私が心配をされた。 そのあと、そこに便乗して問うたがそれも流された。 初めてここに来た時に比べれば、は少し変わった。 だが、にしてみれば変わったのではなく、平時に戻ったのだろう。 そう考えれば、は変わらぬ。 このまま変わらぬだろうか。 変わらぬまま、一人で立ち続けようとするだろうか。 私は、ほんの少しでもが変わることを望む。 が変わらぬことを望んでいても、そう望む。 自分がそこに居れずとも、それを望む――。 杯を交わし常の如く他愛の無い話をしながらと上巳の待ち合わせ場所などを確認したのち、邸まで送った。 二月が終わろうとしていた。 * * * 今日は上巳の祝日。 三月の上旬の巳の日で、簡単に言うと桃の節句の日かな。 みんな、誰もかれも休み。 見事に店もやってない。 もうほんと、清々しいぐらいに。 川で禊とかするらしいけど、それ倣ってやった方が良いのかな…。 桃が満開になるぐらいには温かいけど、水は冷たいと思うよ。 …まあ、いいか。 いつかそういう機会があったらで。 突然だけど、最近月のアレがこないのよね。 どっか悪いのかと思って、医者を探して診てもらったんだけど健康そのものだと言われたわ。 ちょっと疲れ気味とも言われたけど、それが原因じゃないって言われた。 寧ろ、言うなら未成年のそれとまで言われた…。 冗談よしてよ、と思ったのは言うまでもない。 今の容姿は、確かに16,7よ。 仮にその頃に戻ってたと仮定したとしても――。 悪いけど、初めてはその前にとっくに来てたわ。 だから、そこに戻ってるってことはありえないでしょ。 なに、この気持ち悪さ。 まあ、煩わしいとは思ってたから健康だっていうならいいんだけど、でもこれ健康っていうの? あったものがいきなりなくなるっていうのはちょっと、怖いわ。 そんなことを思いながら、私は小包を背に許昌の北門を出た。 何が入っているかは、まあまた後で。 そのすぐ脇の城壁沿いに文則さんの姿を発見して私は思わず駆け寄る。 「おはようございます。すみません、お待たせしました」 「おはよう、。気にするな、私が早く来すぎたのだ」 文則さんがそう言った。 私はそれに少しだけ安堵して、それからその傍らに視線を向けた。 鹿毛と栗毛の二頭がそこにいる。 あまり詳しくないけど、毛艶がいいのは分かった。 思わずじっと見ていると、文則さんが言った。 「はこちらの栗毛に乗るといい。気性は穏やかだ。それほど人は選ばぬ」 それを聞いてから、私はその栗毛に歩み寄った。 じっとこちらを見てくる。 私は手を伸ばして、その鼻面を撫でた。 「はじめまして。今日はよろしく」 言うや、その栗毛が頭を下げ顔を寄せる。 私はその顔を抱え込むようにしながら何度か撫で上げた。 「は馬の世話をしたことがあるのか?」 「はい。一時期、ほんの短い期間ですけど……分かりますか?」 「いや、何となくそう思っただけだ。慣れているように見える、と」 「ああ、なるほど」 ということは、一般子女は馬慣れはそれほどしてないってこと、かな。 そんなことを思いながら、栗毛に視線を戻した。 「では、そろそろ行くとしよう」 そう言って、文則さんが鹿毛の横に立った。 私もそれに倣って、栗毛の鼻面をもう一度撫でたあとに横に立つ。 それから馬具に足をかけてその背に跨った。 視線が高くなる。 視界がいつもより開ける感覚が、懐かしかった。 こちらにきて初めて馬に乗った時はそんなことを感じる余裕はなかった。 色々考え込んでて見えてる物は、見えていないのと同じだったから。 文則さんが少しだけ鹿毛を前に出してこちらを見る。 「私のあとに続け。主公について駆けたと聞くが…速度は落そう」 「わかりました、お願いします」 誰にそんなこと聞いたんだろう、とは思いつつ私は返事をした。 いま聞いたら、いつまで経ってもここから動けないような気がしたから。 栗毛の首を一撫でしてから手綱を握る。 太腿の内側に力を込めて馬の身体を締めると走り出した。 締め方の強さで、走り出すときの速さを変えられるのは知っている。 抑えたい時は手綱を使う。 本当に何年振りかだったのに、案外自転車のこぎ方と一緒で覚えているもんだな、と改めて思った。 前を行く文則さんについていく。 速歩より少し早いぐらいだろうか。 時速換算だと14,5キロぐらい? まあ、そんなに早くないと思う。 どこまで行くつもりなのか分からないから、とりあえず任せてついて行こう。 切る風はほんの少しだけ冷たかったけど、確かに春の陽気だった。 * * * * * * * * * * 「うわ、すごい眺め!」 途中一回休憩を挟んで着いた場所は、許昌の北、正確には北東あたりにある見張り台の麓。 遠くに許昌が見える。 距離的には20キロは離れてないと思うけど、それでも割とデカく見える許昌は、やっぱりどれだけ大きい城なんだろう。 馬から下りて、その首筋を撫でる。 これで馬への感謝の気持ち。 「、疲れてはおらぬか?」 「はい。大丈夫です」 「そうか、それならば良い。は馬の操り方が上手いのだな」 「そうですか?」 「曹休殿が感心していたのも頷ける」 曹休さんから聞いたのか、と私は思った。 それから、二言三言交わしたあと、文則さんは馬を連れて近くの拠点へ向かった。 馬に飲ませる水を貰ってくるって。 私は見張り台の適当な水平材に腰掛けた。 吹く風が少し湿っていると感じる。 春の、甘い香りがほんのりする。 その時だった。 唐突に聞き覚えのある声がする。 「こちらには慣れたかね、」 「左慈!?」 私は思わず身体を起こす。 数歩見張り台から離れて辺りを見回すが姿は見えない。 不意に背後に気配を感じて振り向いた。 5メートルほど先で左慈が数十センチばかり浮いている。 相変わらず、どうなってんの、と私は思った。 同時に、どこに仕掛けがあるのだろう、と。 「しかけはないと以前にも言ったであろう」 「…な、なんでそんなこと分かったのよ」 「それも言ったはず。言わずとも小生には分かる、と…まあ、そなたに力がなければここまでは読めぬが」 何それ…ってことは、私にも逆ができるってこと、なのかな。 「いかにも。それなりの修業が必要ではあるが、そなたなら容易かろうて」 「喋ってもいないのに会話が成り立つのは気持ち悪いから、やめてよね」 「さようか。慣れればこれはこれで良いぞ」 「慣れたくないわ、そんなもんに」 「!」 眉間に手を当てた時、後ろから文則さんが現れた。 私の前に素早く回って手で制する。 左慈が言った。 「于文則か…案ずるでない、小生は何もせぬ。そこな娘に会いに来た、それだけのこと」 「…、大事はないか?この者は、一体…」 「大丈夫です、文則さん。この人が、左慈です」 「そうか。ならば、敵であるな」 文則さんはそう言って構えを取る。 武器は持っていないけど、体術か何かの心得が当然のようにあるようで隙が全くないのが分かる。 文則さんの向こう側に見える左慈は、浮いたまま後方へ間合いを取ると首を横に振り言った。 「まったく堅い男よ。小生は何もせぬと言ったであろう。故に敵ではない…此度はまこと、その娘の顔が見たかっただけだ」 そういう左慈を見て、私は不審にしか思わなかった。 なんで、私に会いたいんだ…。 私は会いたくないのに。 「連れぬことを。小生はそなたのこと、嫌っておるわけではないぞ」 「だから、私の頭の中を読まないでくれる?それに前にも言ったわ、おとといきやがれって。好きとか嫌いっていう次元の話もしてない」 「ふむ」 「何度でも言うわよ。私はあなたに会いたくないし、用もないし、好きでもないし、前と気持ちも変わってない」 「小生の頭の中を読めたのかね」 「読めてない。読まなくたって想像つくから、先手打っただけよ」 「さようか。それもよかろう」 だから何なのよ、と私は思った。 左慈が顎髭を撫でる。 それから言った。 「ところで、そなた…まこと、小生に用はないのかね?」 「ないわよ。私の頭の中読めるんでしょう?何もないわ」 「そうかね。小生に聞きたいことがあったのではないかね?」 「だから、無いわよ。しつこいわね、面倒なことは嫌いなのよ、何度も聞かないで」 「ふむ。自分の身に起きたことで疑問があるのではと思うたが、小生の勘違いだったか」 …言われてみれば、確かに疑問はあるけど…解決先にこの人選んだ覚えないんだけどな…。 思わずそう、頭の中で呟いた。 「小生はその疑問に答えることができる。但し」 「知っている範囲で、でしょう?」 「さよう」 「あなたに聞きたいと思ってないけど、いいわ。あなたに付き合ってあげるから、用が済んだらさっさと帰って」 「それはありがたい。感謝しよう、」 本当にいい性格してるわね…。 私は内心呆れた。 筒抜けなのは、今さらもうどうだっていいわ。 文則さんが構えを解く。 だけど、かなり警戒しているのは分かる。 何かあったら、多分すぐ動けるんだと思う。 私は文則さんを一瞥したあと、左慈に視線を戻して問うた。 「じゃあ、聞くけど…なんで、容姿が…」 「それは、すでに答えが出ておろう」 よく分かんない力のせいってことね…。 「じゃあ、聞く意味ないじゃない…」 「それもそうであるな…強いて付け足すとするならば、そなたの力が急激に増大した為と申そうか。通常ならば寿命の長短に関わるものが別の形となったのであろう」 「…寿命の長短……って、あなた…もしかしなくても、いくつなの?」 「はて、久しく数えておらなんだ…そうよな、そなたのその容姿の頃より十倍以上は優に超えておろうな」 「ひゃく……いえ、きっとそれ以上ね、多分信じられないけどそうね、きっと」 「中々、柔軟に物事を捉えおる」 「…呆れてるのよ」 左慈は気にした様子もなく、ただ顎髭を撫でつけて笑みを浮かべた。 でも、良かった…変に長生きする方に発揮されなくて。 例え健康体でも、そんな長生きしたくないわ私は。 「勿体ないことを申すな。これはこれで、中々に面白きことよ」 「…だから、喋らないのに会話をしないでちょうだい」 「これは失敬」 私は思わずため息を吐いた。 もう、さっさと終わって。 「さあ、これで終わりよ。私の聞きたいことは他にはないわ」 「さようか。まだあるであろう。、そなたのか…」 「わあ!お願いだから!それ!言葉に出さないで!!」 私は瞬時に、左慈が何を言おうとしたのか思い至って声を上げた。 文則さんが怪訝そうな顔をして私を見る。 視線がかち合う。 なんでもない、と首を横に振った。 だって、そうでしょ、月のアレがきてないってそんなの流石に男の人の前で言えないから! そもそも、そんな話題を出したくない! なんか、恥ずかしいでしょ、普通でしょ。 そこは流石に私だって恥ずかしいわよ。 いや、多分平静を装おうと思えばできるけど、ちょっと今の状態じゃ無理! 目の前で情事の話されるのはもう何ともないけど―私、関係ないし―それはナシよ! 「従おう。その上で、答えよう。それは、そなたがそれを望んだからだ」 「…?…望んだ?私が?」 「さよう。無意識かもしれぬが、それを望んだ故、力がそれに答えたのだ。何、珍しいことではない。小生らのように仙界に住まう者の中にはそのような者もおる」 女性もいるってこと、か…道士に。 「多くはない。但し、通常はそれなりの修行を経てから得る力…そなたのそれは稀も稀なこと」 「…それって、戻らないの?」 「そなたが再び望めば或いは」 「断定できないのね、それは…」 「戻ることを望んだ者を知らぬ故な。しかし、そなたはその者らと望む理由が異なる。しからば、その者らと違い戻ることをいつかは望むやもしれぬ。そうなれば、恐らく戻るであろう」 「そう…分かったわ。とりあえず、今はこのままでいい」 何かの病気じゃないっていうのさえ分かれば、それでいいわ。 煩わしいと思ってたし、それが無いなら気にせず集中できる。 「まことに惜しい」 「道士にだったら、ならないわよ」 「それも実に惜しい」 そう言って、左慈は目を閉じた。 溜息を吐いてから、なんとなく文則さんを盗み見る。 左慈から視線を外そうとしない。 何故か、隠すことに後ろめたさを感じる。 それが何でかも気づいてる。 世話になったこと以上に、似ているから。 似ているその人と、時が経って慣れれば慣れるほど重ねてしまう。 だからその人へ、後ろめたさを感じる。 だけどそれ以上にそれが文則さんにもその人にも、すごく失礼なことだってことも分かってる。 分かってるのに、私は…。 左慈に視線を戻した。 左慈が瞼を上げて言った。 「。また会おうぞ。小生はそなたの心変わりを願っておる、それまで息災でな」 「だから、私は会いたくないし、心変わりもないわ。私は変わらない」 「不変のものなど、この世には存在せぬよ」 それだけ言い残して、左慈は消えた。 何この、モヤっと感…。 不変はない…? そんなこと、分かってるわ言われなくても。 だから、変わらないって自分に言い聞かせるのよ。 遂げるまでは変えちゃいけないものだってあるのよ。 私はただ、左慈が消えたそこをじっと見つめた。 その先には許昌があった。 * * * 街道を常歩に揺られながら、許昌への帰途につく。 ――その前に、先にあったことを話しておこう。 左慈なる者が姿を消した後のことだ。 その者が忽然と姿を消し暫くしたあと、は気を取り直したように背にしていた荷を下ろした。 荷といえど、そこまで大層なものではない。 袈裟懸けにしていた布(きぬ)の包みだ。 何かとは思っていたが、聞かずにいた。 それをは、その場で横座りになって膝の上で解いた。 その隣に腰を下ろして見ていると、出てきたのは二本の竹筒と竹皮の包みが一つ。 折角、外に出るのだから、と言っては笑みを浮かべた。 それらの中身は、それぞれ茶と三色の団子―というらしい―。 その団子とやらは、本来、桃・白・緑の色で作るのだそうだが、桃に染める材料を見つけられなかったと言って、黄色に染められていた。 色に意味があるのかと問うと、はその由来などを語ってくれた。 と話をしていると思うが、分野に関係なく広くあらゆることを知っているのだと、その度に感心する。 また、聞いているこちらも飽きることがない。 話をしながら、それを食した。 が料理したものは何でも美味だ。 風味の付け方はこちらとは異なるが、違和感はない。 団子の中には甘い味付けのされた餡が入っていた。 それぞれ、胡麻、緑豆、小豆と異なる物であったが、甘味が苦手な私でも気にすることなく味わえた。 料理など戦時の必要な時以外はせぬ故、詳しいことは分からぬが、それなりの手間がかかっているだろうことはすぐに分かった。 しかし、はそれも楽しみの一つだと言う。 こういう所を見ていると、ただ町に住まう女人たちと同じように政や戦などには関わらず、普通に生活を送るだけでも良いのではないかと思ってしまう。 その方が、自然に見える。 の中には、その選択肢はないのであろうが――。 馬首を並べるようにして馬に揺られるに、私は言った。 「。次の討伐戦に出陣すると言うのは、まことか?」 栗毛の首を撫でていたが、視線を私に向ける。 身体を起こしながら言った。 「はい。ご存知だったんですね」 「人伝に聞いたのだ。李典殿と楽進殿が従軍するとか」 「そうです。郭嘉さんが主将ですが、流れは全て私に任せる、と」 「そうか」 「はい。明日、方針を決めます」 「緊張、しているか?」 「はい。してます…敵にしろ味方にしろ、人の命が……かかりますから」 そう言っては、ほんの僅かのあいだ目を閉じて息を吐き出す。 しかし、再び目を開けた時には、そこに戸惑いや不安の色はなくなっていた。 「ですが、受けると答えましたから、目は逸らしません。もともと覚悟はしていたことです、出来ることをします。人の先に立つとき、迷いがあったら誰もついてきません。それはきっと、向こうもここも同じはずです」 言って、馬上でその視線を先に据える。 その姿は美しく、粛然としている。 心のどこかでは、己を奮い立たせようと無理をしているところもあると思う。 しかし、目の前のからはそんなものは一切感じない。 この者にならば兵も将もついて行くだろう。 私が心に抱くのは、そういう念だけだ。 先の、左慈とのやり取りを思い出す。 聞いていた以上に、面妖な翁だった。 黄巾の折の張角を思い出すが、それ以上だと感じた。 張角の比ではない。 その会話は、主要な部分が抜けていて、よく分からなかった。 ただ、がまた何かを内に秘め言わずにいることだけは分かった。 そして、何かを望んでいる、ということも。 だが、それが何かまでは分からぬ。 それでも、私はが望むことを阻もうとは思わぬ。 しかし私は、が少しでも変わることを望む。 この二つは恐らく矛盾しているのだろう。 だがそれは、今だからなのだと信じよう。 時が経ち、状況が変わればそれも変わると信じよう。 私はに言った。 「その心意気あらば、皆の規範となろう。いらぬ助言かもしれぬが、油断せず無用な怪我には気を付けよ」 「はい、ありがとうございます。充分、気を付けます」 そう言って、は笑みを浮かべた。 私は黙ってうなずいた。 正直を申せば、あまりを血生臭いところへは出して欲しくない。 しかし、恐らくは主公の指示であろう。 ならば、異存はない。 にそれだけのことができると見越しての指示であろうからだ。 主公は出来ぬことを人にはさせぬ。 その指示はいつも的確で、まるで導き手のようだ。 それに、郭嘉殿がついているのであれば、何か不測の事態が起きたとしても問題はないだろう。 視線を上げる。 許昌の北門がすぐそこに見えた。 いつのまにここまで戻ってきたのかと、時が経つのを名残惜しく感じた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 于禁とヒロインの回 献帝のお迎えは次かなと思ってましたが、もう一話滑り込ませたいのでその次かな… ストーリーも拾っていきたいんですけどね 中々進まないね 2018.05.31 ![]() |
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