短い方が似合っていると思った 公事では見せぬ、少し砕けたそれが良い それから同時に疑問に思った 内容ほど、それが下品に聞こえなかったのは何故だろうか 人間万事塞翁馬 36 『。何故、荀ケらと同じ室へ配置したか、わしの意図がそなたは分かるか?』 『はい。私の適正…つまり、適材適所を見極めるため、です』 『その通りよ。では、なぜそのようなことをするか、分かるか?』 『はい。私の経歴が分からないから。ここには私のことを知る古い知己や友人、家族はいませんから調べたくても調べられない。だから、実際に試すしかない』 『非道だと思うか?』 『いいえ。当然です。人を扱うなら必要なこと。私が逆の立場なら同じことをします。それはどんな事情があっても万人に対して変わりありません』 『皆の前でこれを問う。惨いと思うか?』 『いいえ。どうとも思いません。必要なら、その意に従います』 『』 『はい』 『甘えても良いのだぞ』 『十分甘えてます』 『、礼を言うぞ』 『こちらこそ』 今日は既に終業した。 今朝のと孟徳のやり取りを思い出す。 孟徳がわざわざ皆の前で問う意味が俺には分からん。 何がしたいのだ、孟徳は。 がどんな経緯でここにいるかを、俺は孟徳から聞いている。 他にそれを知っているのは、淵、それから郭嘉、満寵、于禁、李典と聞いた。 初めの頃から思ってはいたが、孟徳との問答はさておき、今朝の一件で更にそう思った。 どうにも、放っておけん。 特に私生活。 そう思いながら、俺は淵と通りを行く。 申の初刻を過ぎたばかりだ。 日はまだ沈んでいない。 やはり、人ごみは落ち着かん。 さっさとこんな所は抜けてしまいたい。 そう思っていると、並んで歩いていた淵が言った。 「おい、惇兄。あれ、じゃねえか?」 「ん?どこだ」 「ほら、あれ」 そう言って、淵が少し先を指差す。 通りに面した料理屋の屋外の席に、こちらを正面に座っているを見つけた。 何かを書きつけながら、恐らく杯を口につけている。 「何やってんだ?あいつ」 「…何かを書いているように見える」 じっと見ていると、たまに筆の軸の先を米神辺りに押し付けながら何かを考えつつ書いているらしいのが分かる。 暫くして、杯が空になったのか、酒瓶に手を伸ばして注ぎ始める。 視線は恐らくそこにはなく、ただ視界には入っているのだろう。 俄かに酒瓶を置く。 淵が言った。 「邸に邪魔した時も思ったけど、いける口だな、ありゃ」 「そのようだな」 「どうする?惇兄」 「そうだな…行ってみるか」 「おしっ、そうこなくっちゃな!」 そんな話をしていたその時。 「誰か!その人を捕まえて!」 正面から群衆をかき分けて全力で走ってくる男とそれを追う女の姿が目に入る。 淵が言った。 「なんだ、物盗りか?ったく、しょうがねえな…」 そう言ってそこへ向かおうとする淵を俺は手で制した。 「なんだ、惇兄。どした?」 「俺たちの出番はない」 「は?どういう…」 言いながら、淵が視線をそちらへ向ける。 そこには、席から立ち上がり、その男の行く手を遮るように立つの姿。 やはりその居ずまいが美しい。 髪を切った今は、さらにそこに鋭さが増したと感じる。 それは印象のせいなのかは分からない。 男が叫ぶ。 「そこをどけ!」 馬鹿な奴だ、と俺は無意識に鼻で笑った。 男がに迫る。 俄かに、間合いを測ったの見事なまでの蹴りが男の顎下から上へ向かって鋭く入る。 それが入る瞬間は、俺の目にも見えなかった。 最小限の動きで、無駄も隙もないそれは見ていて胸がすく。 そしてやはり、美しいと思う。 男が後ろへ倒れる。 「あちゃー、綺麗に入ったな、ありゃ…うへえ、痛そ…」 「行くぞ、淵」 「あ、待ってくれよ、惇兄!」 淵が後ろをついてくる気配を感じながら、騒ぎの中心へ近づく。 人だかりとなっているその中央に視線をやる。 が丁度、背をこちらに向ける形で男を組み敷いていた。 腕の関節を取っている。 加減をしたのか、男の意識はあるようだ。 器用なことをする、と思った。 視線の先でが言った。 「さ、盗ったものを出しなさい」 「お、俺は何も取っちゃいねえ!誤解だ!」 「へえ。そう…別に構わないけど、私…ちょっと虫の居所が悪いの。大人しく言うこと聞いてた方が身のためだと思うけど?次は手加減しないわよ」 そう言って、が男の腕を締め上げる。 男の悲鳴が響いた。 虫の居所が悪い…? 今朝のことか。 と思った。 「ありゃ、痛いなんてもんじゃねえな…うわー」 「見事だ」 男があいている方の手で懐から、やっとといった様子で包みを取り出す。 財布、ではなさそうだが。 がそれを、震える男の手から奪う。 ちらりと見える、男を見下ろすその横顔は呆れている。 間もなく、兵が三人やってきた。 の正面に並ぶ彼らに、が顔を上げ言った。 「お疲れさま。グッドタイミングよ。この人お願い」 「こ、これは…様…え、と…はい!」 兵が男を連れて行く。 淵が呆れながら笑い交じりに言った。 「兵たちにゃ、あの言葉は通じないっての」 俺はから視線を外さずに、その言葉を聞く。 が立ちあがるのと同時、右側から女が一人に駆け寄る。 は女の方を向くと手にしていた物を差し出した。 俺たちからはその横顔が確認できる。 「はい、どうぞ」 「あ、ありがとうございます!なんとお礼を申し上げたら…」 よりも頭一個分背の低いその女は身長の低さと相まって、よりと対照的に見える。 俯く女にが言った。 「お礼はいらないわ。野暮なこと聞くようだけど、想い人のところへ?」 「…は、はい…その…」 それを聞いて、淵が隣で呟いてから言った。 「よくそんなこと分かったな…惇兄は分かったか?」 「俺が分かるわけ無かろう」 「だよな。安心したわ」 「…言い方が解せん」 「はは、冗談冗談」 俺は視線をから外さずに、ため息を吐いた。 視線の先でが言う。 「ごめん、ごめん。何も言わなくていいわ。そんなことより、早く行ってあげて。それが私へのお礼でいいから」 「はい、ありがとうございます」 そう言って、女は深く頭を下げた後にに背を向ける。 同時に、が女を呼び止めた。 「ごめんなさい、呼び止めて。これ、ずれてたから」 そう言って、は女の髪飾りを直した。 髪を撫で下ろして整え、服の乱れがないか確認しているようだ。 女の顔がみるみる赤くなる。 の髪が短いせいだろうが、これではまるで…。 「惇兄、は女だよな?」 「…の、はずだが」 「じゃ、俺の目がおかしいんかな?」 「いや、恐らく俺もいま、おまえと同じことを考えている」 「そっか。そりゃ、良かった」 「良いと言えるのか?それは」 「いや、わからん」 孟徳や郭嘉が言っていた意味が分かった気がする。 が女に言った。 「これでいいわ。お節介してごめんなさい。良い時間を」 「ありがとうございます!失礼します!」 そう言って顔を赤くしたままの女は足早に去って行った。 が腰に手を当てながら後ろ頭をかいている。 何かに呆れたようだが、それはきっと身なりを整えたばかりの女が駆けて行ったからだろう。 にはさっきからずっと、周囲の視線が集まっている。 しかし、はそれを気にした風もなく、何事も無かったかのように先ほどの席へと戻って行った。 「かっけえな、のやつ。ちょっと妬けるぜ」 「そんなことを言っている場合か…行くぞ、淵」 「おうよ」 そうして俺たちは、のもとへと向かった。 * * * * * * * * * * あれから場所を移した俺たちは別の酒楼の店内の席に腰を下ろしていた。 俺の隣に淵が座り、淵の正面にが座っている。 なぜ場所を移したのかと言えば、淵が一緒にいいかと問うたところが気を利かせたからだった。 その時まだ少し酒瓶に残っていたものを杯に注ぎ、一気に煽ってからその場を後にしている。 もちろん、が、だ。 豪胆すぎる。 ここに来てからは既に半々刻が過ぎている。 外は大分日が落ち、夕焼けに染まっていた。 日が落ちるのが早くなったと感じる。 淵がが書きとめていた本のようなものに視線を落しながら言った。 「しっかし、不思議なもん書くなあ。これが字?俺にはさっぱりわかんねえぜ。惇兄は分かるか?」 「淵…俺が分かると思っているのか?」 「いいや」 「なら聞くな」 俺は淵を一瞥してから腕を組んだ。 淵がに言う。 「ところで、今朝のやつもこんな感じで書くのか?ちょっと変わった言い方してたろ」 「今朝のやつ…ああ、Allrightですか?」 「そう、それ」 「いえ。これはまた別の言語です」 そう言って、は腰に下げた包みから筒のような入れ物を取り出す。 蓋を取り中から筆を出すと、蓋から下げた別の入れ物の蓋を開けた。 墨壺のようだ。 そういえば、さっきもこれを仕舞っていたかと思い出す。 筆に墨を吸わせながら、が淵に手を差し出す。 「それ、お預かりしていいですか?」 「おうよ」 「Allrightは、書くとこうです」 そう言って、は開いていたそこの端へさらりと書いた。 淵にそれを戻す。 淵がそれを覗く横で、俺もまたそこに視線を落した。 それこそ意味が分からない。 「さらに分かんないぜ…こりゃ」 「ふん、分からんでも構わん」 「しっかし、は色んな事を知ってるな。ありがとよ」 淵が言いながら、それをに返す。 はそれを片づけた筆と一緒に腰のそれへ仕舞いながら言った。 「そんなことはないですよ。まだまだ知らないことの方が多いです」 俺はそれを聞いて、に質問した。 「だから調べるのか?」 「はい。知らないことをそのままにしておくのが気持ち悪くて」 「っかー、俺は全っ然気にしねえぜ、そういうの」 「気にならないなら、それが一番だと思います」 「…そういうことは、自覚しているのか」 「…?…はい?」 小首を傾げながらが相槌を打つ。 俺はそれを見てからに言った。 「いや、気にするな。こちらの話だ」 「…はい」 「それよりも、さっきの物盗り。見事だったよな、何か鍛練とかしてんのか?」 淵が杯に口をつけながら言う。 が手を振って言った。 「いえ、そんな大層なことは何も。そんなことより、あれをお二人に目撃されていたっていうのが、もうお恥ずかしい」 「なんでだよ。いいじゃねえか、すっげえかっこ良かったよな、惇兄」 「ああ、そうだな。無駄も隙もない動きが見事だった」 「や、やめてください…お褒め頂けたことにはお礼を言いますが、お二人の足元には到底及びませんから」 そう言って、は少し顔を赤らめ俯いた。 それから杯に口をつける。 そこで俺はあることに気づいてに言った。 「そうか。ならば俺が稽古をつけてやってもいいぞ。自信がないのだろう?」 「と、惇兄!?」 が目を見開く。 図星だな。 まあ、それだけという訳でもなさそうだが。 だが、もしこれをが承諾したら、俺は孟徳に文句を言われるかもしれんな。 「どうする?…といっても、俺もそう頻繁には付き合えん。そうだな、十日に一度ぐらいか」 「夏侯惇さんが、いいとおっしゃって下さるなら、お願いします」 「おいおい、。惇兄、結構厳しいぜ」 「それは構いません。厳しくないと意味がありませんから」 「そうか。ならば二日後の寅の初刻から、まずは半刻より始めるとするか。どうだ?」 「はい、よろしくお願いします」 そう言って、は卓に両手を八の字に揃えると深々と頭を下げた。 あまり見たことの無い所作だ。 多分、向こうの礼式か、と俺は思った。 その時、淵が言った。 「おいおい、そりゃいいけどな、。まあ、俺はおまえさんのその髪型結構好きだけどよ」 言ってを指差す。 が不思議そうな顔をして淵に相槌を打つ。 「はい…?」 「だけど、主公じゃねえけどよ…ただでさえかっけえおまえさんが、惇兄に稽古なんてつけてもらったら日にゃ、更に主公が騒ぐんじゃないか?」 「格好良いって……ん、んー…そう、でしょうね、きっと。でも、そこ禁止されてませんし」 「ならば、禁ずれば良いか?」 予想外の声が後方頭上から降ってくる。 目の前のはさっきまで目を瞑っていたせいか、同じように気づかなかったらしい。 驚きの顔を隠さず、俺の頭上を凝視している。 俺は、腕を組んだまま、上を見上げた。 あたり前のように、そこには孟徳が立っている。 俺たちと違い、平服だった。 笑みを浮かべ、俺を一瞥したあとの隣、俺の正面の席に腰かけた。 が僅かに身を引く。 孟徳が肘をついてから言った。 「おぬしたちだけ楽しむとは、ずるいではないか。のう、夏侯惇よ」 「…たまたま、だ」 「。そなた、今朝の言葉をもう忘れたのか?記憶力の高さは軍内一と思うておうたが」 「…そんなことは知りませんけど、私も人間なので忘れることぐらいあります」 「そうか…ならば、思い出させるためにも今一度助言するとしよう」 孟徳はそう言うと肘を下ろしてに居直った。 代わりに今度はが肘をつく。 あからさまに呆れた顔をする。 こういうことに慣れている、そういう印象を受ける。 もしかしたら、向こうでも同じような場面にあっているのかもしれぬ。 なんとなくそう思った。 孟徳が言った。 「もっと女子らしい格好をせよ。いっそ可愛らしくして見るのも良いとわしは思うが、いかがだ?」 は冷ややかな顔をして孟徳を見ている。 孟徳はに迫る勢いだ。 その時、丁度料理屋の娘がと孟徳の近くを通る。 前触れなく、がその娘を呼び止めた。 娘はほんの僅か顔を赤らめる。 「すみません」 「は…はい、いかが、なさいましたか?」 呼び止める意図が分からず、俺は淵と顔を見合わせる。 この際、娘の挙動が不審になるのは捨て置こう。 そんなことを気にする気配もなく、目の前のが言った。 「個室に移動したいのですけど、空いてますか?」 「はい…空いております。ご案内いたします!どうぞ、こちらへ」 「ありがとう」 そう言って、は娘に微笑んだ。 娘が俯いてに背を向ける。 は、ついていけていない俺たちをそのままに席から立ち上がった。 そんなへ視線をやる。 孟徳もまた視線を上げた。 が言った。 「場所、移しましょう。色々と人目が気になります。まさか、こんな所で…主公の名を失墜させるわけにはいきませんから。個室の方が、マシでしょう?」 「なるほど。抜かりがなくて助かる。さすが、よな」 「…こんな面倒なことするの、誰のせいかお分かりですか?」 「はて、誰であろうな」 「さ、行きましょう」 俺は内心、見事だな、と思った。 無論、感心したのではなく、呆れている。 隣で淵が言った。 「さすが、…やっぱ、かっけえな」 感心した様子のそれに、俺は息を吐き出す。 「行くぞ、淵」 「はいよ」 俺たちは、先を歩くと孟徳の背を追った。 日はいつのまにか沈んでいた。 * * * * * * * * * * 「、先の話だがな。格好から入るのも良いとわしは思うぞ」 「…待ってください。荀攸さんはいいです。けど、なんで郭嘉さんが一緒にいるんですか?」 そう言って、は肘をつきながら額に手を当てた。 個室に案内された俺たちは、孟徳の差配により席を勝手に決められた。 そのとき、見計らったかのように現れたのが郭嘉と荀攸。 郭嘉はいかにも楽しそうな顔をしていたが、荀攸は郭嘉に付き合わされたのだろう。 申し訳なさそうな顔をして郭嘉の後方に控えていた。 寧ろ、止めようとしていた。 しかし、そこは孟徳だ。 気にせず二人を招き入れると、有無を言わさず俺たちを席に配置して、無理やりを座らせた。 席順には礼法もへったくれもない。 俺の隣に、その隣に孟徳。 俺の正面が淵、その隣が荀攸、そして郭嘉だ。 郭嘉が言った。 「酷い言い草だね、。そんなに私のことは嫌いかな?」 「嫌いとか、嫌いじゃないとか…そういう話はしてません」 「そういうことなら、質問に答えよう。荀攸殿に付き合ってもらっていたら、丁度曹操殿と達が目に入ってね。こんなに楽しそうなこと、見逃すなんて勿体ない」 笑みを浮かべる郭嘉に は額に当てていた手で眉間を押さえ、盛大な溜息を吐いた。 そんなに郭嘉が続ける。 「それにしても、も結構妬けるね」 「何の話ですか」 「気づいてないのかな?」 「だから、何にですか?」 俺はすぐにそれを理解した。 多分、以外は理解しているだろう。 体勢を変えないに郭嘉が答える。 「君のおかげで、今日は女の子たちが私を振り向いてくれない、どうしてくれるのかな?」 「…言ってる意味がわかりませんが?なんで私のせいで女の子が振り向かないんですか?」 「…そなた、本気で言っておるのか?」 「こんな下らないことで嘘言ってどうするんです?それこそ意味が分かりません」 俺はの鈍さにただ驚愕した。 呆れて言葉の出ない空気を察したのか、が顔を上げる。 一通り視線を巡らせてから言った。 「なんですか…?私、そんな呆れられるようなこと、しました?」 「いや、俺は…まあ、いいんじゃねえの」 淵が言った。 そこへ郭嘉が言う。 「…君、さっき案内してくれた子や物盗りから贈り物を取り返してあげた子が顔を赤くしていたの、まさか気づいてないなんて言わないよね?」 「え、それ郭嘉さんも見てたんですか?もしかして、荀攸さんも?」 「はい」 「、それは後でいいよ。とりあえず、私の質問に答えてくれるかな?」 郭嘉がそう言うと、見計らったかのように酒と数点の料理が運ばれてきた。 それを慣れた動作でが迎え、運んできた娘に礼を言いながら卓へと促す。 当然の様に、その娘は顔を赤らめている。 が一通り人数分の杯を配り、これまた慣れた手つきで酌をして回った。 は妓女の経験でもあるのか?いや、まさかな。 だが、この場の誰もが同じことを考えているような顔をしている。 そこに、席へ戻ったが気づいたらしく、視線を巡らせてから行った。 「あ、しまった…癖で。ごめんなさい、こちらではこういうこと普通じゃないんでしたよね…向こうじゃ接待も仕事の内だったので、人数多くなってくるとどうしても勝手に動いちゃうんです、気にしないで頂けると助かります。今後気を付けます」 「仕事って、…おまえさんが?」 「はい…って夏侯淵さん、多分、何か誤解してらっしゃいます。接待って女が男の相手をするっていう意味じゃないですよ。単純に目下の人が目上の人にお酌して回ったりするの、俗に接待って言うんです。そういう暗黙のルールがあるので、取引先と席を設けたら、必ずやります。そういう意味で、接待も仕事です」 「そっか、ちょっと安心したぜ」 「誤解が解けたみたいで良かったです。私がそんな仕事しても誰も喜びませんから。そういうの必要な時には専門のお姉さま方呼ぶので、それはそちらの仕事です。さ、とりあえずやりましょう」 少ししんとする空気の中、誰ともなく杯に口をつける。 杯を下ろしてから、郭嘉が言った。 「とりあえず、どこから君に話をしたらいいのか分からなくなってしまったんだけれど、先にこれだけは言っておくよ。私はにお酌をしてもらえるなら嬉しいよ、この上なくね」 「わしもだ」 「へえ、そうですか…構いませんけど、私の酌についてこれますか?」 俺からはあまり表情は見えないが、声は冷ややかだ。 孟徳の顔が心なし引きつっている…ように見える。 郭嘉は変わらないが、一体は今どんな顔をしていると言うのだ。 間をおいて、が唐突に言った。 「まあ、冗談です。自分のペースで飲むのが一番楽しいですからね。そういう野暮なことはしません。仕事じゃないなら尚更」 そう言うということは、今は仕事ではないと思っているということか。 そういう事をいうは新鮮な気がした。 郭嘉がに言う。 「分かってるね、は。ところで、話を戻そうか。こっちが分かっているのかが、問題だよ」 「顔赤くしてたのっていうのですか?気づいてますよ、それは」 「それなら話が早いね。なら、なんで赤くしてたか、は気づいてる?」 に自然視線が集まる。 空になった杯に酒を注いでからを見た。 が言った。 「もちろんです。物盗りにあった子は、私が大衆の前で身形整えるなんて恥をかかせてしまったのと、野暮ったいこと聞いちゃったからで、さっきの案内してくれた子は、夏侯惇さん達がいらしたからですよね?」 「…それ、本気で言ってるのかな?」 「嘘言ってるように見えますか?」 「見えないね、残念ながら」 再び何とも言えない空気が漂う。 目の前で、淵が杯を口に運んだ。 郭嘉が溜息を吐き出す。 「あのね、。あの子たちが顔赤くしてた原因は君だ。君がその容姿で優しくしたからだよ、…髪なんて切るからそういうことになる」 「私?なんで、私が髪切って優しくするとあの子たちが顔赤くするんですか?なんとなく言いたいことは分かりましたけど…言っておきますけど、私、女ですよ?この格好からしても。こんな格好の男の人います?」 「いないね」 「でしょう?だったら可笑しいんじゃないですか?その考え方」 「…君ね、いま私を馬鹿にするようなことを言ったけれど、そもそも君がどれだけ男泣かせなことをしているか、いい加減気づいてくれるかな?」 「そんな酷いことしてますか?私…ていうか、郭嘉さんでもそんなことおっしゃるんですね」 「君は本当に酷い人だね…しているよ。そのおかげで、今日ここに来てからまだ一度も、私は女の子から声を掛けられていない。どうしてくれるの?」 「どうするこもうするも…うそですよね、それ。だって、私から見ても郭嘉さんがびっくりするほど美形で格好いいってのは認めてますよ。それで声掛からないって、嘘でしょ、流石に」 そのの発言に、俺は、いや俺たちは耳を疑った。 いま、なんと言ったのだ? 「…そなた、郭嘉にそのような認識でおったのか?」 「え?美形で格好いいってことですか?…まあ、そうですよ」 「意外だね、。意外過ぎて、申し訳ないけど言葉が出ないよ私は。喜んでいいのかな?」 「喜びたいなら、勝手にどうぞ」 「そうか、おぬしがそのような認識でおったとはな…」 「…なんか、私がどう思われてたのかは知りませんけど…流石に、向こうでもそうそう見かけませんから、郭嘉さんみたいな方。おまけに私、むさ苦しいおじさんたちに囲まれて仕事してたようなもんですからね。そりゃ、顔のつくりが違うことぐらい一目瞭然ですよ。間違いなく、美形で恰好いい部類です。因みにこれは、純粋に褒めてます」 「、君は残酷なことを言うね」 「そうですか?郭嘉さんでも褒められるのは苦手ですか?」 「…そういう事を言っているのではないのだけれど」 郭嘉が再び溜息を吐く。 曹仁が、は手強いと言っていたのをふと思い出した。 確かに、手強い。 この会話から分かるのは、の眼中に郭嘉はいない、ということだ。 無論、そういう意味でだ。 が杯に口をつける。 その時、珍しく荀攸が口を開いた。 「殿…変なことを聞くようですが、殿はこういう席に慣れているのですか?」 はほんの僅か動きを止めて、何かを考える。 それから杯を下ろしてから荀攸を見た。 「それって、単純にこういうお酒の席ですか?それとも、野暮ったいこと色々突っ込まれるお酒の席ですか?」 「……後者です」 普段の荀攸らしからぬ問いだが、眉一つ動かさないのは流石と言うべきか。 が言う。 「そうですね、大体お酒の席はいつもこんな感じでした。職方さんちと一緒のことが多いので、年齢層的にも仕方ないとは思いますけど…とりあえず、どこ行っても変わらないんだなっていう意味で、若干安心はしてます」 「…おまえ、こう言っては何だが、こんな席で安心できるのか?」 俺は思わず問うた。 「はい。人間どこ行っても同じだなと思って。ちゃんと楽しめてますから安心して下さい」 そう言って笑うは確かに楽しそう、といえば楽しそうだ。 だが…心配だ…。 郭嘉ではないが、そういう事を言いたかったのではない。 郭嘉が言う。 「…君、結構感覚ずれてるの、分かってる?」 「郭嘉さんこそ失礼ですね、もちろんです。私みたいなのが多数派だったら、世の中多分終わりですよ。そこは分かってます。大体同僚の女の子…て言っても、社内には他に二人しか女性はいないですけど…その子達は拒否反応出ちゃって駄目なので、用が済んだら早々に退散させてましたから、それが多分普通だとは思います…けど、今更自分のやり方変えるつもりもありません」 「退散って…おまえ、まさかそいつらの代わりに相手を?」 俺は最後の言葉に呆れはしたが、その前の言こそ怪訝に思い、に言った。 だが、は俺に顔を向け笑いながら手を振る。 「夏侯惇さん、そこまで私善人じゃないです。どちらの立場にしても場の空気が悪くなるので、お互いに良いだろうと思う妥協点取ってただけです。私もその方がすっきりしますし」 それをお人好し―善人―というのではないか、と思ったが、言うのはやめた。 のこと、全力で否定するだろう。 堂々巡りだ。 が続ける。 「それにそういう付き合いもしておけば、いざっていうとき急な頼みごとでも耳を傾けて下さるでしょう?他にも理由は有りますが、普段の付き合いって大事ですよ」 俺は思わず片眉を上げた。 それはつまり仕事の話だろう。 まさか、が個人的な頼みごとをするためのものとは思えない。 他の者も同じ様に思ったようだ。 淵などは頷きながら、感心している。 その空気に気づいたのか、がまた手を振った。 「あ、今はそんな打算的に考えてここにいませんからね」 「それは勿論、分かるよ」 「…ところで、他の理由とは何か、お聞きしても良いですか?」 郭嘉が相槌を打つ。 それから、荀攸が質問した。 は、短く答えて頷くと答える。 「まあ、大したことじゃないんですけど……職方さん達も色々外に出したいものがあるでしょうから、そういうの聞いたり好きに過ごしてもらって楽しんでもらう。それですっきりしてもらって、気兼ねなく綺麗な仕事してもらう。それが主な理由です。それに、中には綺麗なお酒の飲み方する職方さんもいらっしゃいますし、結構そういう場での方が技術的なこと語ってくれる方も多いので、私もためになって楽しいです。そんなところですね」 「おまえさんは本当に仕事好きだな…しかし、んなこと言ったって楽しいことばかりってわけにもいかないだろ。そんなんで本当に楽しめるんか?」 言い終わってから杯に口をつけるに、淵が杯を置きながら言った。 酒を注ぐ。 大分飲み進めているが、それもいつものことだ。 もまた杯を置くと、淵に向かって言った。 「もちろんです。だけど、楽しくないこともあるから、楽しいんじゃないですか?自分が楽しいって思う事ばかりだったら何が楽しいのか、いつか分からなくなると思います。苦しいことも辛いこともあるから楽しいんです……って、私は思ってます」 そう言って、は笑みを浮かべた。 俺は感心するのと同時に、複雑な気持ちになった。 そんな風に思えるということは、それだけ楽しくないと思うことを経験しているということだ。 そうでなければ、そんな風に自分の感じ方を整理できない。 しかし、そうであるからこそ、自分の境遇をそこまで悲観せずに過ごせているのだろうか。 出さないだけかもしれないが、漠然とそう思った。 淵が感心したように顎に手を当てを見る。 同時に言った。 「は〜、なるほどな…結構考えてんだな、おまえさんも」 「いえ、考えてませんよ。質問されたから言葉で表現しただけです。いちいちそんなこと考えて、普段付き合ってません。さすがにそれだと疲れます」 だが、ぱっと言葉で表現できると言うことはそれなりに、自分の中で整理できているからだ。 そのぐらいは俺にも分かる。 ふと、今朝の孟徳との掛け合いを思い出し、の言う『甘えている』が何に甘えているのかと、疑問に思った。 が言う。 「私の話はこれぐらいにしましょう?ところで、私から質問してもいいですか?こちらの習慣に関係することで」 そう言って、が孟徳を見る。 珍しく、ずっと黙ったままの孟徳が顎に手をあてたままに言った。 「かまわぬ。からそのような質問とは…よもや仕事に関係することではあるまいな?」 「いえ、全然関係ありません。寧ろちょっと野暮ったいことです」 そんなことをが言うので、皆、一様にに注目する。 仕事以外の質問など、しかも野暮な質問とは…。 は何を聞くつもりなのだ。 孟徳が、面白いと言わんばかりに言った。 「ほう。珍しいこともあるものだ。して、なんだ?」 皆が注目する中、はそれを気にした様子もなく、孟徳にというのか、誰にともなく質問した。 「はい。さっき物盗りに遭った子を見て疑問に思ったんですが、こちらでは異性同士の交際ってどの程度、一般大衆に対して開けてるんですか?例えば、公衆の面前で結婚前の異性同士が仲良く歩いたりするのって、有りなんでしょうか?」 恥らっている様子はない。 その話しぶりは、淡々と、という表現がしっくりくる。 この部屋に移る前、淵に『知らないことをそのままにしておくのが気持ち悪くて』と言っていたのを思い出した。 恐らくそういうことなのだろう。 純粋に疑問に思ったのだと思う。 思うが…。 当然の様に一瞬、場の空気が固まった。 そんな歯の浮くような質問をの口から聞こうとは。 郭嘉がを見て言う。 「…まさか、君の口からそんな言葉を聞けるなんて、思ってもみなかった。流石に、そこは興味があるのかな?」 「興味ないです。単純に疑問に思っただけです」 見事なまでに即答。 孟徳が言う。 「流石は…狼狽えもせぬな」 「なんで私がそんなことで、狼狽えなきゃいけないんですか」 さも不思議そうに言うに、当然か、と思った。 どうこれまでを思い返しても、自分がそういう対象になり得る、ということを微塵も考えていない。 そういう口ぶりだ。 孟徳が鬚を撫でながら言う。 「そうよな…逆にそなたのところはどうなのだ?」 「向こうですか?向こうは、殆ど人目もはばからずって感じです。結婚前の男女が手つないで歩くとか、くっついて歩くとか、もう普通です。見てて暑苦しい」 の口からそれらの単語が出て来ることに、こうも違和感を感じるとは。 郭嘉が感心したように言う。 「へえ、それは楽園だね」 「言うと思いました」 「まあ、でもやっぱり忍んでこそ、かな…相手にもよるけど」 「…言うと思いました」 が米神に手を当てて言う。 これはこれで気が合っている、というのだろうか。 多分、がこのような性格でもなければ、とっくであっただろう。 と、何がとまでは言わないが、そう思った。 が話を続ける。 手をおろし両手を組むと、組んだそこに顎をのせ肘をついた。 やはり酒が入っているせいか、勤務中とは所作が少し違う。 素に殆ど近いのだろうと思った。 だが、気にはならない。 それよりも、こちらの方が気も休まるし好感が増す。 「まあ、でも人によります。そういうの恥ずかしいっていうカップル…二人組は人前で手も繋ぎませんし、全然気にしない人は普通にキスとかしますからね。ちょっと神経疑うわ」 「きす?…ってなんだ?」 淵が杯を下ろし言う。 確かに何か分からない。 が組んだ手から顔をはなしながら言う。 たまたま、郭嘉と以外の全員が杯を口に付けた。 「あ、ああ…なんていうのかな、その…自分で言っておいてアレですけど、気まずくなったらごめんなさい」 やけに歯切れの悪い言い方だと思いながら杯を傾けた、その矢先。 「口づけ、接吻のことです」 想像以上に、それがはっきり聞こえて、思わず酒を呑み込む。 淵がむせている。 郭嘉はどこか楽しそうな顔をしている、というよりこの男は大体いつもそんな顔をしていたか。 荀攸は一見普通に見えるが、一度控えめに咳ばらいをした。 気づいてはいたようだが、驚きを隠さない孟徳が杯を置いてに言う。 「遊びと言う遊びは数多経験しておるが…流石にわしでも想像できぬな」 「でしょう?そんなこと家に帰ってからしろって話ですよ」 何事もなかったかのように、さも当然に返すが眉間に手を当てる。 溜息が一度聞こえた。 孟徳に想像できぬことが、俺に想像できるはずもない。 ただ、まったく気にした様子の無いは、どれだけ冷めているのだ、と思った。 が、思い出したように言う。 「ああ、そうだ。あと付き合う人数も人により違います」 「どういうことかな?」 「簡単な話、こちらで言う逢引を重ねる人数のことです。色んな人と付き合っては別れを繰り返して何回何十回経験する人もいれば、極端な話結婚するまで経験しない人もいますし。まあ、多分どっちも少数派でしょうけど」 「それは、同時に何人もっていう分けじゃないよね?」 「勿論ですよ。まあ、そういう不届き者はいますけどね」 「ふうん、どこも変わらないのかな」 話の内容がとんでもない方向に進んでいる、そう思った。 だが、なぜか気にはなる…。 誰一人、止めようとしないのは恐らく俺と同じだろう。 郭嘉が続けて質問する。 「なら、その何回も付き合うっていうのは普通なのかな?」 「普通…といえば、普通なのかな…?」 「へえ……平均どのぐらいの人数付き合うもの?」 「さあ…全然興味ないから調べたことないですけど…男女とも片手で収まるぐらいが一番多いんじゃないですか?二桁超えたら、ちょっと異常だとは思いますけど…ああ、そういえば職場にいた元同僚の部下は確か二桁行ってたかな…そっちじゃなくて仕事頑張ってもらいたいんだけどねえ」 腕を組んでしみじみ言うが、この光景が異様だ。 相変わらず楽しそうな顔をしているのは郭嘉と孟徳ぐらいだ。 淵は完全に手元が止まっている。 荀攸はどう思っているのか分からない。 俺は杯を口に付けた。 が下唇に指を当てて誰にともなく言う。 「……っていう感じですけど、こちらはまさか違いますよね?」 その言葉に、誰ともなく郭嘉を見た。 間違いなく、適任者は郭嘉、若しくは孟徳だろう。 自分も経験がない分けではないが、それとこれとは話が違う。 淵もそうだろう。 荀攸は…悪いが得意そうには見えない。 ここに曹仁がいないということが、少し惜しいと感じる。 昔は随分遊んでいただけあって、意外にこういう話が好きなのだ、他人のこと限定だが。 郭嘉が視線に気づき、一拍おいてからの質問に答える。 「まあ、結婚前に逢引はよくあるけど、ある程度人目は忍ぶね。でも、その辺りはそちらと同じで、人によるかな。特に、親同士が認めていれば気にしないことの方が多いけれど、並んで歩くぐらいまでだね」 「なるほど、まあ、想像通りかなあ」 「それに大体は親同士で相手を決めるから恋をして、なんていうのは稀だね。のいた所はそうじゃなさそうだけど」 「ああ、それ言うの忘れてましたね。その通りです。全くない分けじゃないですけど、ほとんど恋愛して一定期間付き合ってから結婚っていう流れですね」 「素晴らしい世の中だ……ちなみにこの際だから付け足すけど、結婚前の二人に許されるのはせいぜい、口づけまでだよ」 「言うと思いましたし、それも想像通りです」 わざわざそんな質問をする郭嘉に、が気にした風もなくそう言う。 俺は居辛さもあり、に問うた。 「…無理して話を合わせてはいないか?」 だが、はこちらの懸念を流すかのようにさらっと言ってのける。 「いいえ。向こうでもよくある話でしたから、気にしてませんよ。目の前で情事の話を具体的にされるより、よっぽどマシです」 俺は、いや他にも誰かいるだろうが、耳を疑った。 情事…だと? そんな話を目の前でする馬鹿が居るのか?と。 だが、それは本当のようで、さらに耳を疑うような話をがする。 「若いのに限って多いんですけど、ああでもないこうでもないって目の前で。そこにいないけど、相手が可哀想だわ……まあ、あれ半分私に対する嫌がらせ入ってましたけどね。賭け事のネタにもされてましたし」 「か、賭け事の…ネタ、ですか?」 今まで眉一つ動かさなかった荀攸が、戸惑い気味に聞き返す。 そんな荀攸を尻目に、は淡々と話した。 「ええ。私に恥ずかしがるか嫌そうな顔させたら、俺の勝ち、みたいな。私に聞こえないように掛けしようぜ、とか言って普通に聞こえてるんですけど…おかげで何とも思わなくなりました」 そんなことを言うので、郭嘉が当然の様に聞く。 「心境は?」 「表現するなら、無」 の答えるその声音そのものが、無、のように聞こえた。 とんでもない場所にいたものだと、俺は思った。 同じ様に感じたのか、淵が多少顔を引きつかせながらに向かって言う。 「…おまえ、本当にこっちに来て良かったな」 「そうですね。ひとまず、その点に関しては夏侯淵さんの言う通り、話していてつくづくそう思いました」 自嘲気味には言った。 二拍ほど置いて、郭嘉が口を開く。 「…ということは、話を元に戻すと、結婚前でも有りってことなのかな?」 またそういうことを聞くのか、と俺は内心額に手を当てた。 戻ってなどいない。 しかし、は相変わらず気にした様子もなく答える。 「有り無しかで言ったら、有りでしょうね」 もう何に驚けばいいのか、いい加減分からなくなってきた。 そこへまた郭嘉がとんでもない質問をする。 「ふうん。で、は経験ありなのかな?」 「そう来ると思いましたよ」 即答で相槌を打てるが信じられん。 それだけ同じような経験を、恐らく何度もしているということか。 年齢は聞いたが、どこからどう見ても十代そこらにしか見えないのこなし方が異様だ。 慣れ過ぎている…。 というよりそれ以前に、もう自分が女だということが抜け落ちているとしか思えん…。 俺は淵の杯に酒を注ぎ、次いで自分の杯に注いだ。 郭嘉が言う。 「当然の流れだね。何人とどこまで経験したことがあるの?」 「郭嘉殿…さすがに…」 荀攸が郭嘉を制す。 まあ、当然だろう。 孟徳の顔がこの上なく楽しそうに見えるのはこの際、見なかったことにする。 が言う。 「んー、まあ、私から振った話題ですし、向こうでもよく突っ込まれてた話なので…そうですね、一つだけ答えます」 そんなことをが言うので、意味も分からず緊張する。 しんとなる空気に、皆が耳を傾けているのが分かる。 まるで妓楼にでも来ている気分だ…。 そんなこととも知らないが肘をつきながら言った。 「向こうで生活していた以上、経験はあります。なんの経験かはご想像にお任せします」 いまここでそれが何かと質問すれば、きっとその者の負けだろう。 何かを勝負した覚えもないが、そう思わせるような言い方をはする。 それこそ妓楼の女のようだ。 不謹慎にもそう思う。 ただ、優しい類ではない。 そう見せかけて、いつのまにか落されている、そういう類だ。 ただ本人は無自覚だろう。 それから先に見たように、卓に両手を八の字に揃え、それこそ丁寧に頭を下げ言った。 「これ以上の質問にはお答えできませんので、悪しからず」 その所作の美しさ。 無駄のなさ、隙のなさ。 触れてはならぬと思わせるような静けさと鋭さ。 ゆったりと身体を起こす。 全く不思議なやつだ、と思った。 唐突に、孟徳が言った。 「」 「はい」 「そなた、やはり格好から入れ」 「嫌です。この衣裳で充分です」 俺はため息を吐いた。 それから一刻が経ったころ、俺たちは酒楼を出た。 各々の邸へ帰るにあたり、淵を孟徳につかせた。 俺がを邸まで送る。 そのことで一悶着あったといえばあったが、とりあえずそんなことはどうでもいい。 邸の門をくぐる。 が俺を見上げた。 「ありがとうございました、夏侯惇さん」 「ああ。明日もある、ゆっくり休め」 「はい、夏侯惇さんも」 そう言って笑みを向けるの顔が月明かりに浮かぶ。 満月ではないが、それなりに明るい。 俺は無言で頷いてから、に言った。 「では、明後日寅の初刻、鍛練場で待っているぞ」 「本当にいいんですか?」 驚いたように言うので、俺は腕を組みながらを見下ろした。 「なんだ、さっきそういう話をしただろう。孟徳も禁じてはおらん、気兼ねる必要もなかろう。それともやめるなら今の内だぞ」 「いえ、やめません。よろしくお願いします」 そう言って、は頭を下げた。 ふとした時に、こちらの礼法とは違うことをはする。 それが何ともいえず、新鮮だと思う。 また、どちらの礼法をさせてもの所作は息を呑むほどに美しい。 今もまた月明かりに浮かぶそれが、まるでこの世のものではにないように見える。 顔上げたに俺は腕を組んだまま言った。 「よかろう。ただし、覚悟しておけ。手加減はせんぞ」 「はい」 言って、は柔らかく微笑んだ。 俺は、つられて口元が緩むのを抑えながら、腕を下ろす。 に言った。 「もう、中に入れ。今夜は特に冷える。風邪をひくなよ」 「ありがとうございます、本当に楽しく過ごせました。夏侯惇さんも気をつけて下さい。では、失礼します」 拱手して背を向けるを見送る。 邸の中に入ったのを確認してから俺は、踵を返した。 門を出て自分の邸を目指す。 月が明るい。 無意識に口元は、笑みを作っていた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) また長い ヒロインがセクハラしたりセクハラに遭ったりする回でした もう仕事出来過ぎて、いっそ接待も無双 さて、わたしはこの後、どう収拾をつけようか…悩むところですな 基本逆ハーですけど、恋愛しない人もいるのでぼちぼち判断してみて下さい 2018.05.12 ![]() |
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