いつでも急だから驚く

驚かせる意図がないことは知っている

しかし、それでも心の準備だけはさせてもらいたい

きっと皆も同じだと思う






     人間万事塞翁馬 35















それは余りに唐突だった。

朝晩は大分冷え込むようになった。
日中も羽織るものが少し欲しくなる。
この部屋にいてもそれは同じだ。

すでに殆どの者が、部屋の中央を開けて両側にそれぞれ待機している。
定刻までもう暫く。
各々、近くにいる者と雑談をしながらその時を待つ。
他にまだ来ていないのは、主公、典韋殿、郭嘉殿そして殿だった。
それぞれの待機位置は、部屋に向かって左手上座から夏侯惇殿、夏侯淵殿、曹仁殿、曹休殿、李典殿、楽進殿。
向かって右手上座からは、郭嘉殿、私、公達殿、満寵殿、于禁殿、殿。
典韋殿は、曹操殿の傍に付く。

私は開け放たれている出入口を一瞥してから誰にともなく言った。



「時間にきっちりしている殿がまだですね」



公達殿が頷きながら言う。



「そうですね。何かあったのでしょうか?体調を崩したとか…満寵殿は何かご存知ですか?」

「いいや。昨日会ったけど、元気そうだったよ。ですよね?于禁殿」

「うむ。そのような気配はなかった」



二人は昨日、殿と会っているのか。
と頭のどこかで思いながら、そちらを見る。

于禁殿が答えると私たちの会話が耳に入ったらしく、向かい側にいる夏侯淵殿が顎をさすって言った。



「なんだ、のやつ風邪でもひいたのか?」

殿が風邪!?心配です」



曹休殿がそう言って首を振る。
私は曹休殿に言った。



「いえ、まだそうと決まったわけでは…」



その時、回廊から聞こえてくる足音。
早足なのだろう。
段々とそれは大きくなる。
そして、前触れもなくその声がした。



「ま、間に合った?セーフ?セーフよね?良かった…遅刻なんて洒落にならないわ」



向こうの単語を口にしながら、出入口で両膝に両手を付く殿の姿。
しかし、少しいつもと違う。
いや少し、ではなく、まったく違う。

皆、それに気づいて絶句している所へ、殿が変わらず綺麗な所作で拱手した。



「おはようございます、皆さん。文則さん、お隣失礼しますね」



言って、殿が于禁殿の隣に立つ。
殿の向かいに立つ楽進殿が言った。



「遅かったですね、殿。何かあったのですか?」



楽進殿は最初こそ驚いてはいたものの、その後は普段と変わらず殿に声をかける。
楽進殿の中では、それほど大きな問題ではなかったのだろう。

殿は普段と変わらず、楽進殿に相槌を打つ。



「ええ。それが今朝ときたら、近所のおばさんや道行く女の子にやたら声を掛けられて…色んなものをくれようとするから一人ずつ断わってたらこんなことに…何のために家を早く出たのか、分からなかったわ」

「そうでしたか、大変でしたね」

「本当に。明日からはもっと早く家を出ないと」



そう言って殿はため息を吐いた。
それから一拍おいて、満寵殿が殿に聞く。



…それ、どうしたんだい?」



平静を装おうとはしている。
けれど、満寵殿の声は少し引きつっていた。
どう反応したらいいのか分からないのだと思う。
多分、これが普通の反応。
私も、どう反応すればいいのか分からない。



「え?…ああ、髪のことですか?切りました。変ですか?」



言いながら、二歩前に出て殿が横を向いた。
前に出たことで、私の位置からも殿が良く見える。
首を元に戻しながら殿が続けた。



「…て言っても、もう切っちゃったので取り返しつかないですけどね。まあ、動きやすければ何でもいいです。どうせまた伸びるし」



いつもの調子で飄々と、後ろ首を手でさすりながら殿は言った。
私は意を決して殿に問う。



殿…そうも潔く髪を切るとは…その、心境の変化でもあったのでしょうか?何か、お辛いこととか…?」



すると一拍おいてから、殿は不思議そうな顔をして首を傾げた。
そして、言った。



「え?そういうんじゃないです…ていうか、そういうのこっちでもあるんですか?し…」

!如何した!!」



その時だった、殿の言葉を遮っていつのまにか、そこに来ていた主公が何の前触れもなく殿を抱きしめる。
その後方には郭嘉殿と典韋殿の姿。
二人とも驚いた表情だった。
郭嘉殿があんな顔をしたのを初めて見た。
その殿はといえば、曹操殿に抱きしめられながら手をばたつかせている。



「ま、まって!苦しい!苦しいからっ」

「おっと、いかん。いや、違う!!如何したのだ!何か辛いことでもあったのか!!」



主公が殿を解放する。
と同時にその両肩に手をのせてそう言い放った。
殿はそんな主公を尻目に、胸に手を当てながら呼吸を整え言う。



「何もありません」

「ならば、その髪は如何したのだ!」



私たちの疑問と同じ質問を主公がした。
殿は、一瞬動きを止める。
それから、主公を少しだけ見上げるようにして首を傾げた。



「質問に質問で返すようで悪いのですけど…こっちでもそういう心境の変化とかで髪を切るとかっていうのあるんですか?例えば、失恋したら髪を切る、とか」



失恋…。

一気に場の空気が固まる。
恐らく、この場の全員が殿に注目した。
三拍ほどのち、主公が殿の両肩を掴んだまま言った。



「なんと、失恋したのか!?それは辛かったであろうな!相手は誰だ!ただではおかん!」



しかし、殿は盛大に、それこそ大げさにため息を吐くと額に手を当ててさらっと言ってのける。



「…そんな人いません、ていうかそもそも、失恋するような恋をした覚えがないので失恋もしてません。ついでにいうと、もう何年もしてませんから。そういうのとっくに枯れてるのでやめてもらえますか?」



私はそれを聞いて、少し、複雑な気持ちになった。
と同時に、なぜそこまで言うのか疑問に思った。

主公がしみじみと言う。



…それも辛かろうな」

「毛の先ほども辛くありません。仕事できれば私は何でもいいです」



再び、しんとする空気の中で一体何人が呆れたかは知らない。
ただ、ほぼ全員が言葉をなくしたのは言うまでもない。

潔すぎる…。
確かに、いつ見ても殿は、仕事仕事と言っている気はする。

主公が言う。



「ぬう…ならば、なぜ切ったのだ」

「それは邪魔だからです、それ以外にありません。仕事するなら作業性重視は基本です」



于禁殿が頷くのが見えた。
私もそう思うが、殿は…女性…。



「そう言うならば、今まで長かったのは何故だ」

「切ってる暇が無かったからです。今回も二年ぶりぐらいに切りましたし。前髪以外を自分で切ったのは初めてですけど」



初めて自分で切った…。
いつか、公達殿が殿に器用だと言っていたのを思い出す。
確かに、器用だ。
けれど、それにしてもよくあんなに綺麗に揃えられたものだ。
感心してしまう。

今度は郭嘉殿が口を開く。



。人に切ってもらっていたなら、切る時間ぐらいあったんじゃないのかな?」

「え?もしかして疑ってますか?」



そう言って、殿は腕を組んだ。
確かに、郭嘉殿の言う通り人に切ってもらっていたなら、そう時間もかからないはず。
そのぐらいどうということも無いように思える。

その疑問を殿は、実に殿らしい理由で答えた。



「残念ながら、本当ですよ。切りに行ってる暇もないし、何よりその時間が惜しかったんですもの。短くキープ…保つには定期的に切らないといけないでしょう?それがまず面倒!そんなことしてる時間があったら、構造計算の手順確認してる方がよっぽど有意義だもの」

「…流石、よな…その心意気は見事」



主公がそう呟く後方で郭嘉殿が額に手を当てて溜息を吐いた。
多分、呆れたんだろうと思う…あんな郭嘉殿、そうそう見られない。
けど、気持ちは分かる。
呆れるほど仕事中心の考え方。
構造計算、が何を指すのか分からないが、きっとそれも仕事に関係することだ。
勿論、向こうの仕事だろう。

主公が気を取り直しながら言う。



「しかし、。その口ぶり…よもや、また伸びたら切るのではあるまいな?」



主公が何を懸念するのか分からない。
私はそのまま耳を傾けた。

殿が答える。



「切りますよ。というより、こちらのお休みって向こうで私が休んでたサイクルよりかなり頻繁に頂けてるので、このままキープしてもいいかも…あ、サイクルは周期です」



それを聞いて主公が鬚を撫でながら、右ひじを支えるように左手を当てた。



「ほう…して、向こうではどのぐらいの周期で休んでいたと?」

「短くて七日に一回。平均十四日に一回。最長は確か七十三日に一回だったかな」



そんなに働くものなのだろうか。
軍を動かしたり遠征するときは別だが、こちらは五日に一回。
そういえば、殿は向こうで色々掛け持ちをしていたと聞いた。
それでそんなに仕事を?

主公が更に質問する。



「この際ついでに聞いておくが…、一日の始業終業の時刻は?」

「そんなことも聞きますか?えーと、基本は八時始業。昼に一時間、任意で一時間の計二時間休憩が入って夕方六時終業…あ、こっちだと辰の正刻始まりで、酉の正刻終わりの一刻休憩あり、です」



就業の長さは大して変わらない。
定刻が異なるぐらいだろうか。

そう思っていると、郭嘉殿が言う。



…もちろん君は、その時間で仕事してない、よね?」

「…なんで分かったんですか」

「私は君の上司だよ、見ていれば分かる」

「そうですか…でも、私の就業時間なんてどっちだっていいですよね」



言って、殿は後ろ首に手を当てた。
言いたく無さそうにするのは何故だろうか。
気まずいことでもあるのか。

私は疑問に思ったが、その疑問は殿の言葉で解決した。



「そんなことはないよ。いま曹操殿は君のことを聞いてるんだよ、分かっているよね?」

「…いい加減評議始めましょうよ」

が早く答えれば、早く始まるよ」



そんなやり取りを見ながら、向かいの面々に目を配ってみる。

夏侯惇殿は呆れた様子で腕を組んでいる。
夏侯淵殿も呆れているようだが、こちらは腰に片手を当てている。
曹仁殿は感心した様子で顎に手を当て、曹休殿はただ驚いている。
李典殿は驚いているのと同時に呆れてもいるような顔だ。
楽進殿はただ頷き耳を傾けている。

殿がため息を吐いてから答える。



「……私の就業時間は何事もなければ五時始業二十二時終業…だから、卯の初刻始まりの亥の正刻終わりです。休憩は基本半刻。勿論これが毎日じゃないですけど、七、八割はそんな感じです」



耳を疑う。
殿はいつ寝ていたのだろう。
帰ってからすることもあっただろう。
そんな生活、いくら仕事が好きだと言っても窮屈に過ぎないだろうか。
殿は一体何を楽しみにしていたのだろう、ふとそう思った。

郭嘉殿が言う。



。君が今その通りに働いてなくて、少しいや、かなり安心したよ」



普段と変わらない話し方だが、驚いていることは伝わる。
殿が怪訝そうに言った。



「な、なんで郭嘉さんが安心するんですか…?」



そんな殿に、満寵殿が驚きを隠さずに言う。



…君、よくそれで身体を壊さなかったね」

「ええ、まあ…自分でも奇跡だな、とは思ってますけど。さすがに」



そこは自覚していたのか、と私はどこかで安心した。
まさか、向こうの人間が皆こんな働き方をしている、という訳ではないだろう。
ないだろうが、戦がない分それはそれで大変なのだろう、とも思った。
そしてほんの少し、殿がこちらに来て良かったと思う。
そんな働き方していたらきっと早逝したのではないか、と不謹慎にも思ったから。

暫くして、今まで腕を組み黙ったままだった主公が、何かを確かめるように徐に言った。



「よく分かったぞ、

「はい?」



殿が疑問を浮かべたまま返事をする。
主公が厳かに言った。



「今後、一昨日までの長さより髪を短くすることを禁ずる」

「はあ?そんなルール…規則、聞いたことないですけど」



素っ頓狂な声を上げる殿に、主公はすっぱりと言い放った。



「いま決めた」

「いやいや、ありえないでしょ。髪切るぐらい自由にさせて欲しいですけど」

「ならん!これは君命だ」

「職権乱用…そういうのがあるから下が乱れるんですよ?お分かりですよね」



もっともらしいことを殿が言うが、主公は引かないだろう。
ただ確かに、髪を切るのは自由だ。
とはいえ、周りは疾うについていけていない。
多分、この場で主公と殿以外に何か言える余裕がある者と言ったら、郭嘉殿と満寵殿ぐらいだろう。

主公が言う。



「それとこれとは関係ない」

「そんなことありませんって」

「これはそなたのためにも言っておるのだぞ、

「私の?何の役に立つんでしょうか?」



そう不思議そうに質問をする殿へ主公が答えた。



「そなたが女を忘れぬためだ」



ついに言ってしまったか、と言わんばかりの空気が漂う。
誰もが無言で殿を見た。

暫くして、間の抜けた声とともに殿が言った。



「………は?……いや、私、充分自分が女だって自覚してますよ」



言って手を横に振る。
とんでもない話をしている、と私は無駄に緊張する。

だが、主公は感心したように殿に問う。



「ほう?例えば?」

「まず、重たいもの持ち上げるのにも限度有りますし、登ったり下りたりするのだって男の人に比べたら体力そんなに続きませんもん。あと女ってだけで、よく侮られるし、嫌がらせされるし」



それは、多分自覚しているものが…。
と思っていると、満寵殿が単刀直入に言った。



「…、それ仕事の話じゃないかい?」

「そうですよ。現場に出るたび体力ないなーと思いますし、初めて一緒に現場持つ職方には変な嫌がらせされるし…嫌でも自覚せざるを得ません、世知辛いです」



今日何回、皆がここで呆れただろう。
まだ評議も評定も始まってすらいない。
殿は、鋭いが…どうも、変に鈍いところがある。
天は二物を与えず、とは言う。
しかし仕事の上での支障が無いとはいえ、私生活がものすごく心配だ…。
いや、私がそんな心配をするのも可笑しな話と言えば、可笑しな話だ。

そう思っていると、郭嘉殿が言った。



…君は曹操殿の言うことを聞いた方が良い。この際だからはっきり言わせてもらうけれどね……ただでさえ君は務めてやっと一月を過ぎたばかりだというのに、君より務めの長い者以上に仕事をこなす。その上…その物怖じしない性格と豪胆さ。更に加えて、あの青州兵たちを伸してしまう腕っ節の強さ…酷なことを言うようだけど、君から見た目を取ったら女性としてのものは何も残らないよ。、それを分かっているのかな」



余りに郭嘉殿がはっきり言うので、場が少し凍りつく。

流石にそんな言われ方をしたら、殿でも落胆するのではないか。
郭嘉殿が指摘する通りだと言っても、女性なのだからそこは流石に気にするはず。
それとも郭嘉殿のこと、何か裏でもあってそこまではっきり言うのか。
だとしてもしかし、どんな時だって女性に優しい郭嘉殿がここまで言うなんて…殿はそれだけ鈍いのだろうか。
そう、思わざるを得ない。

しんと静まる中、腕を組みながら殿が口を開く。
そして、静かに、めりはりをつけながら落ち着いた口調で言った。



「言いますね、郭嘉さんも。本当に、最高に、どうだっていいんですけど、流石にそこまでのことを人前で指摘されたら、私だって恥ずかしいです…そんなことおっしゃるとは、心外ですね…とりあえず、私は仕事に関係ないことを聞く気はありません」



そう話す殿の声音からは、その言葉ほど気にしている感じは受けない。

多分、本当に気にしていないのだと思う。
恐らく、自分の感情的なものを言葉として利用している。
一つの手段として。

何故、殿はそこまで仕事に打ち込むのか。
例えば、女性であることに引け目を感じて無意識に異性と張り合おうとするのか。

――いや、それは恐らく違う。
普段のことも思い出して推察するに、殿は女性であることに引け目を感じて仕事をしているわけではなさそうだ。
主公のためという気持ちの他に、もっと内に対する何かを感じる。
それが何かはまだ分からない。
そうやって考えると、やはりまだ理由は分からない。
分からないが、少し異常だと感じるのは間違いない。

主公が呟いてから、二拍ほど置いて突然言った。



「仕事……ほう、ならばこれから評議を始めるとしよう」

「唐突ですね…」



殿がこの場の殆どの者の意見を代弁する。
そして、また突然主公は言った。



「議題は、が今後髪を切ることに賛成か反対か」

「ちょっ、そんな下らないもの議題にしないで下さい!」



殿が間髪入れずに声を上げる。
夏侯惇殿が両の米神を片手で挟むようにして押さえているのが視界に入った。
そのままの流れで、向かいへ順に視線を滑らせると、夏侯淵殿もまた呆れた顔で後ろ頭を掻いていた。
曹仁殿はどこか楽しそうな表情を浮かべて腕を組み、曹休殿はおろおろとしている。
李典殿は何か考えている様子で、楽進殿もまた何かを考えている様子だ。

主公が至極真面目な声音で腕を組み言う。



「下らなくなどない。これは由々しき事態だ…いいか、もう一度言うぞ。由々しき事態なのだ、故に早急に結論を出さねばなるまい。誰ぞ良き案はあるか?…郭嘉よ、如何だ?」

「そうですね、それならば手っ取り早く多数決など如何でしょうか?以外の者達で満場一致となれば、さすがに言うことを聞くでしょう」



そこをさりげなく強調する辺りに、意図を感じる。
まるで示し合わせたかのような掛け合い。
主公と郭嘉殿は本当に相性がいいのだろう。
なんとなく、そう思った。



「うむ。それは良い案だ」

「それ!本当の本当に本気で言ってますか!?どう考えてもおかしいでしょ!」



殿がさらに声を上げる。
それとは対照的に、主公は落ち着いた口調で言った。



「安心せよ、。もし一人でも反対する者がおれば好きにしてよい。分かり易かろう?」



あからさまな協調が有無を言わせない空気を作る。
多分、皆が理解しただろう。
反対へ入れることは罷りならぬ、という主公からの物言わぬ指示を。
流石に殿を不憫に思う。

殿が半ば、狼狽えた様子で言う。



「わ、分かり易いですけど!すごく意図的なものを感じます!」

「それはそなたの気のせいよ。議題は下げぬ。良いな?



さらりと言ってのける主公もまた、策士だな、と思う。
殿はどうするのだろうか。
どうするも何もないような気はする。

暫く、俯き加減に目を瞑り黙っていた殿が徐に前髪をかき上げる。
そして、静かに言った。



「……オーケイ、分かりました…その前に、その議題下げてください」

「ほう。下げぬとわしは言ったが、内容次第で判断しよう。なぜだ?申せ」



主公が顎をさすりながら言う。
どこか楽しげに聞こえるのは、気のせいではないと思う。

殿が、身体の前で両肘を掴むようにして腕を交差させる。
溜息を吐いてから、よく通る声で言った。



「今後切らないと約束するからです。こんな下らないことに時間費やすなら本題に入って下さい、もう定刻過ぎてます。時は金なり…勤務時間の無駄遣いは許せません。その原因が私だっていうなら、更に許せない。そのためなら自分のことはこの際どちらでもいいです。Allright、問題ないわ」



今までとは違う発音で、一度は聞いたことのある単語を言う。

それにしても、殿らしいとは思う。
ただ、少し自分のことをぞんざいに扱い過ぎている気はする。
もう少し、自分を労わってもいいのではないだろうか。
この言葉が、もし本心からの言葉であるのなら、尚更。

主公が言う。



「よく言った、流石だ。有能な臣を持ててわしは嬉しいぞ」

「私も有能な主君を得られ嬉しく思います」

「そうか、ならばよい」



主公に拱手して言う殿の声と顔は呆れているが、意外にも僅かに笑みがのせられていた。
主公は満足そうに返して、典韋殿を促し定位置へと歩む。
その間に、郭嘉殿が殿に向き直って言った。



「物分かりのいい部下を持てて、私も嬉しいよ、

「私も策略に長けた上司を持てて最高に嬉しいです、手本にさせて頂きます」

「お褒めに預かり光栄だよ、期待しているからね」

「ご期待には添えませんので、悪しからず」

「最高だよ、は」



そう言って、郭嘉殿は殿の頭に手をのせようとする。
当然の様に、殿はそれを避けた。



、君は本当に最高だね」

「こんなところでそんなことをする君は最低だけどね」

「上司を君呼ばわりするとは、ね。怒ってるのかな?」

「呆れてます」

「最高だね」

「最低です」



そう言って、郭嘉殿は満足そうに笑みを浮かべた。
こちらへ向かって歩いてくる。
私の前を通って、隣に郭嘉殿が立った。



「まったく本当に最高だよ、は」



そう呟く郭嘉殿の表情は、いままでに無いぐらい楽しげだった。

そして今日から暫くの間、私と公達殿、満寵殿、そして郭嘉殿と殿とは同じ室で業務をこなすことになった。
理由は、殿に手広く業務に当たらせてその適性を見極めるため、とのこと。

私は、嬉しさと同時に東平へ向かう直前の日のことをふと思い出した。
同じ室で、大丈夫だろうか、と漠然と思った。













つづく⇒(次はヒロインが酷いセクハラ―下ネタ的な意味で―に遭ったりしたりします。苦手な方はご注意。)



ぼやき(反転してください)


荀ケにしたせいか、割とギャグ感が出なかったわ…
次回はセクハラ的な意味で酷い話なのでセクハラに耐性無い人はお控えください
ヒロインがセクハラされたりしたりします
まあ、この回もそういう意味では結構大概ですけどね

2018.05.12



←管理人にエサを与える。


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