どうかしてるぜ、俺

自分でもそう思う

だけど諦めるつもりはない

ただ一番の問題は敵が多い、ってことだ、多分






     人間万事塞翁馬 27















見回り警備の最中、俺は城壁に寄り掛かりながら、城下を見下ろした。
快晴で雲一つない。
紅葉した木々を見て、秋だなと思った。

のことを思い出した。

戦場で見かけた時。
初めて話した時。
濮陽の邸(やしき)の部屋に入った時。
耳を赤くして俯いた時。
他人事みたいに自分の話をしてた時。
倒れた時。
目を覚まして笑った時。
故郷の話をしてた時。
それで怒ってた時。
優しく笑ってた時。
また、と言って別れた時。

いくらでも思い浮かぶ。
俺はため息を吐いた。



「全然、わかんねえ」

「どうかしたんですか?李典殿」



声がして、振り向くと楽進が立っていた。
俺は身体を起こす。



「ああ、楽進か。なんだ、まあちょっとな」

「ちょっと、ですか」



言いながら、楽進が俺の横に並ぶ。
まっすぐ前を見る楽進につられて、俺も視線を同じようにやった。



「今日はいい天気ですね」

「そうだな、なんつーか…雲一つなくて、すかっとするぜ」

「はい、気持ちがいいです」



それから暫く、沈黙した。
そんなに長い時間じゃない。
城下を見下ろしていると、なんとなく視界に逢引している男女が目に入った。
俺は、楽進に聞いてみることにした。



「なあ、楽進。例えば、だ」

「はい…?」

「例えば、守りたいって思ってた女が、自分よりも強いってことが分かったとする…そしたら、あんたならどうする?」



楽進が不思議そうな顔をして俺を見る。
俺は慌てて手を振った。



「だ、だから…例えば、の話だ!」

「そうですね……その強いっていうのは、精神的にですか?それとも、物理的に?」

「ん?んー、そうだな…」



俺は一瞬、戦場で見かけたを思い出した。
何回思い出しても、隙がねえ…。

俺は楽進の問いに答えた。



「両方だな」

「なるほど。そうですね…とりあえず、物理的な方なら、その女性よりも更に強くなれるように日々頑張ります」

「精神的な方は?」

「それは、どうしようもありませんね」

「駄目じゃねえか…それじゃ」



俺は項垂れた。
けど、楽進がその先を続ける。



「ですが、強いと言ってもきっと全部じゃないですよね。同じ人なんですから、きっと弱いところもあるんじゃないですか?」

「ん?どういうことだ?」

「うまく言えませんが、弱いところがあるから強いんじゃないでしょうか?我々だって、戦場に出るとき弱いところがあれば、そこを補うために強くしようとしますよね?多分、そういうことなんじゃないかと…」



俺はただ、そう話す楽進をじっと見た。
正確には、見ていたが見ていない。
のことを思い出す。
弱いところがあるから、強い…。



「だから、弱いところ…えーっと、その女性自身が補いきれない弱いところを支えたり、守ったりしてあげればいいんじゃないでしょうか?」



俺はそこでピンときた。
なんで俺、気づかなかったんだ!

思わず、楽進の両肩を掴んだ。



「それだ!楽進!!あんた、勘が冴えてるよ!」

「そ、そうですか?李典殿に勘が冴えてるなんて言われると、ちょっと嬉しいですね」

「冴えてるってもんじゃねえ、冴えすぎだぜ!」

「そんなに言われると、照れます」



俺は楽進の肩から俺は手をはなしてから、拳を握った。
それから空を見た。
ただ、上に視線をやっただけだが。



「よし、そうと決まれば善は急げだ。俺、ちょっと行ってくるわ」

「え!?どこへですか?」

「ちょっとそこまでだ!あとは任せたぜ!」



俺は、それだけ楽進に伝えてその場を後にした。
楽進の声を背中で聞く。
何て言ったかは分からない。
あとで、謝っとこう。

ともかく、今はだ!
が目を覚ましてから四日会っていない。
勿論、の負担になっちゃいけねえと思ったから会いに行かなかった。
それに、于禁殿が怖かったし…。

まあ、それは仕方がないよな。
とにもかくにも、


――…と思って、于禁殿の邸の前まで来たのは良いが、俺に何を話せばいいんだ?
勢いで来ちまったが、なんにも考えて無かったぞ、俺。

ていうか、于禁殿は今日勤めに出てるよな。
確か、主公はの目が覚めるまでのあいだ休暇を言い渡す、とか言ってた筈。
で、そのはもう目が覚めてるから当然休みは開けている。
だけど、待てよ…に会うだけとはいえ、于禁殿に一言も告げずに勝手に上り込むっていうのは、なんか気が引けるぞ、俺…。
あー、だけど、駄目だ。
勤務中に于禁殿捕まえる勇気が俺にはねえ。
ど、どうするか…。

あー、何やってんだ、俺。
なんも出来ねえ。

俺が于禁殿の邸の前で、そんなことを考え、ひとり頭を抱えていたその時だった。



「おや、李典殿。君もに会いに?」



顔を上げると、于禁殿の邸の門をくぐって郭嘉殿が出てきた。
なんで、郭嘉殿が出て来るんだ…?



「郭嘉殿…なんで、あなたが于禁殿の邸から…?」

「勿論、に用事があったからだよ。李典殿は違うのかな?」



郭嘉殿が柔和に笑いながら腕を組み、首を傾げる。
男の俺から見ても、本当にこの人は美形だと思う。

やっぱりは、こういうのが好みなのかな…。
あとは、そうだな…似たところだと、荀ケ殿?
いや、満寵殿か?

って、何考えてんだ、俺。
そうじゃねえよ。



「ま、まあ…そんなところ、ですかね」

「ふうん、そうなんだ。まあ、私には関係ないことだけれど…でも、残念だったね」



郭嘉殿の言葉に俺は顔を上げた。
郭嘉殿が腕を解く。



「侍女が言うには、は寝ちゃってるみたいだよ」

「寝てる…?」

「ああ。まだ身体が本調子じゃないんだろうね…まあ、休める時に休んでおいた方がいい」

「そりゃそうだ」



俺は頷きながら内心ほっとした。
正直、今この状態でと会っても、何話したらいいのか分かんねえ。
助かった…。

どっちにしても、出直すか。



「じゃあ、俺はこれで…」

「おや、李典殿にしてはめずらしく素直だね」



郭嘉殿のその言葉に、俺は一瞬どきりとした。
顔色一つ変えないで、そういう鋭い所突いてくるのが俺はどうも苦手だ。
…郭嘉殿に限らず、軍師全般だけどな。

だけど、ここは何か返しておかないとな…。



「めずらしくって…俺をなんだと思ってるんですか…」

「いや、別に深い意味はないよ。そういう性なんだ、許してくれるかな?」



ほら、こういう所が苦手なんだよ。



「…まあ、好きにして下さい」

「うん、ありがとう」

「じゃあ、俺は失礼しますよ」



俺は郭嘉殿に背中を向ける。
とりあえず、この人から離れたい、今は。
楽進、どうしてっかな…。



「ああ、李典殿」



二、三歩歩き始めた時、郭嘉殿に急に呼び止められた。
な、なんだ…今度は…。

後ろを振り向く。
郭嘉殿が表情を変えずに言った。



「急に呼び止めて申し訳ない…一つ確認しておきたいことを思い出してね」

「な、なんですか?…俺、これでもちょっと急いでるんですけど…」

「うん、申し訳ない。すぐに終わるよ。この前、満寵殿と三人で話したこと、なんだけれど」



…それか、と俺は思った。

が、この先何が起きるのか、実は知っているってことだ。
五日前…が目を覚ます前の日だ。
郭嘉殿が、満寵殿を問い詰めて判明した。
やっぱり、この人は怖いって改めて思ったよ。
おまけに翌日、何食わぬ顔で普通に過ごせるんだから。
…それは満寵殿も同じだったが。

まあ、それはさておき…それでも結局のところがどこまでを知っているのかは分からなかった。
主公が陶謙を攻めることは知っていたらしいが…。

でも多分、呂布と陳宮が反乱を起こすことも知っていたんだと俺は思う。
だから濮陽で助けた時、みんなのことを聞いたんだと思った。
いや、が純粋に心配した、それも本当だとは思う。
もちろん勘だが…きっとのことだから。



「ああ。それがどうしたんですか?」

「くれぐれも、内密にね」

「…もちろんですよ。もし、そんなことが広まったら、またあいつはおんなじ目に遭っちまう。そんなのは、俺だって分かりますよ。もう嫌ですからね…あいつのあんな顔、俺は二度と見たくない」

「安心したよ、李典殿が私と同じ考えで」



俺はただ黙った。
この人の意図が、俺には分からない。
なんで今、そんなことを聞くんだ?



「ごめん、ごめん。そんな難しい顔させるつもりは無かったんだけれど…大丈夫、深い意味はないよ。ただ確認しておきたかっただけだから」

「そうですか…?」

「うん。…さて、用事も済んだことだし…私も務めに戻ろうかな。じゃあね、李典殿」



そう言うと、郭嘉殿は俺に背を向けた。
去っていく後ろ姿を見て、俺は息を吐き出す。

だったら、あの人の意図が分かるんだろうか?
……。



「ああ…!何考えてんだ、俺!」



額を手で押さえた。

溜息を吐いてから、身体を起こす。
于禁殿の邸の門向こうを見た。
もう一度息を吐き出す。

それから、持ち場を目指して一歩踏み出した。
空は相変わらず快晴だったが、俺の気分は曇っている。

そして、それから持ち場に戻った俺の心は更に曇った。
交代が于禁殿の隊だなんて、俺聞いてなかったぞ…。
于禁殿に怒られた―っていっても、一言二言注意されたあと、睨まれ続けただけなんだが―俺は、もう絶対勤務中は抜け出さないと心に誓った。
そう、二度と抜け出さない。

俺はまたため息を吐き出した。













つづく⇒



ぼやき(反転してください)


もう、やたら短い話はおまけかなんかだと思って下さい…
ヒロインの色んな顔を思い出す李典…仕事しろ…
かっこいい李典をご所望の方には申し訳ございません
多分、わたしの腕では李典をかっこよくできない…
まあ、でもこんだけやっといて李典には落ちないのでね
すみませんね
仕事内容は適当ですから、都合良いように作ってるので色々間違ってると思う
…ま、無双だし…いっか…

2018.04.18



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