何が良くて何が悪かったのか、私には分からない 任に就けば私自身、罪を犯し偽りを申す者には相応の行為をすることがある だがそれは罪があるからだ 彼女には何の罪があったというのだ もし誰かに罪があると言うのならば、それは… 人間万事塞翁馬 25 許昌に帰還する途中、早馬が私にのことを報せた。 我が耳をただ疑ったが、主公の早馬だ。 嘘であるはずがない。 私は、急ぎ許昌の私邸へ早馬を走らせ、が療養できる環境を整えさせた。 それから間もなくして、私も、も許昌へ帰還する。 聞いていた通り、の意識はなく、眠ったままだった。 なんとも痛々しい姿をしていた。 胸が張り裂けそうな気持ちになった。 侍女たちもまた、言葉を無くしていた。 部下に指示を出して自分の任を早々に済ませた私は、急ぎ邸へと戻った。 そこで侍女たちへ指示を出していると、主公が満寵殿を伴って現れる。 そして、ことの詳細を二人から聞かされたのだ。 それは怒りと言う感情で収まるようなものではなかった。 なんという、卑劣なことを…! しかし、それも四日前のことだ。 「お三方…そう毎日私の邸に参られても、困るのだが…」 「すみません、于禁殿。ですが、のことが気になって、どうもじっとしていられないんです」 「満寵殿に同じく。于禁殿には迷惑をかけていると、重々承知はしているのだけれど」 「お、俺は…たまたま…」 私は眉間を押さえた。 この調子で、彼ら―勿論、満寵殿、郭嘉殿、李典殿のことだ―が来る前に主公と夏侯惇殿、夏侯淵殿、典韋殿が我が邸に参られた。 それは今日に限ったことではない。 ここに戻ってきてから初日を除き、もう三日間、同じことの繰り返しだ。 いい加減、私も気が休まらない。 侍女たちも普段は来客などほとんどないというのに、こんな状態であるから忙しなく動いている。 ひと段落したら一日と言わず、二日三日休暇を出してやりたいぐらいだ。 私は客間の椅子に、平服の裾をはらってから腰を掛けた。 三人とも、自分と同じく今日は休暇なのか、同じように平服だ。 私は本来ならば勤めに出るのだが、主公からが目を覚ますまでの間そばについてやって欲しい、と休暇を与えられている。 三人に向かって言った。 「が目を覚ましたら、各々方にも報せよう…その様に申している筈だが」 「ううん、どうせならその時に居たい、かな。ねえ?李典殿」 「お、俺?…え、ええ、まあ、はい郭嘉殿の言う通りです、ね」 私は同じように椅子に腰かける二人を見てから、再度眉間を押さえた。 李典殿はどちらかといえば、郭嘉殿に言わされている感はあるが…。 いや、それでも恐らく本心であることに違いはないだろう。 同じく椅子に腰かける満寵殿が、私に問う。 「ところで、それから医者はなんとおっしゃってるんですか?」 私は頷いてから答えた。 「薬の作用は既に抜けているとのことだ。心身の疲労が大きい故、眠りが深くなっているのだろう、と。命に別状はなく、こればかりはどうしようもできない、待つしかない、とのことだ」 「そうですか…とりあえず、命に別状がない、っていうならいいけど」 「ただ…」 「ただ?」 「ただ、あと五日の内に目が覚めなければ、話は別。あまり眠りが深すぎると、身体は回復するどころか、衰弱していくだけだ。そう申していた」 私がそう告げると、皆一様に視線を落す。 当然と言えば当然だ。 五日以内に目が覚めなければ、命が危ないと言っているようなものだ。 私も医者からその話を聞かされた時は言葉を無くした。 暫く気が沈みもした。 だがの、思いのほか穏やかな寝顔を見て、そんな気は失せた。 のことだ、じき目を覚ますだろう。 そんな気がした。 「そう心配なさらずとも、のこと。直に目を覚ますであろう。ほど肝の据わった者を、私は他に知らぬ。皆も同じではないのか?」 私がそう言うと、一拍おいて満寵殿が言った。 「はは、確かに。無茶が過ぎるけど、ほど肝が太い人を私も他に知らないよ」 「だな。それには俺も納得だ。あの呂布を言いくるめようなんて、例え同じ目に遭っても思いつかないね、俺は」 「…のために、私ぐらいは否定してあげたいけれど……なかなか難しそうだ…女の子、なんだけれどね、は」 「そりゃ、勿論。びっくりするぐらい美人だ!それに、俺だって知ってますよ、の可愛いところぐらい」 「…ふうん、李典殿はとあまり接触が多い方じゃなかったと思うけど…満寵殿や于禁殿ならともかく、それをどこで知ったのかな?是非、私に聞かせてもらいたいな。私も知らないことかもしれないし」 「お、俺の…勘違い…だったかな、ははは」 「勘違い?の可愛いところを勘違いするのかな?李典殿は」 私は、話題の選択を間違っただろうか。 どうしたものか、と思い始めた時、満寵殿が言った。 「郭嘉殿。それ以上、李典殿に意地悪するのは野暮ってやつだよ、ねえ于禁殿」 私は満寵殿の言葉に黙ってうなずいた。 すると、郭嘉殿は降参したように両手を上げて言う。 「于禁殿にまで頷かれたら、私はさがるしかないかな」 「た、助かった…」 「李典殿、何か知ってたら、また教えてね」 「は、はい…」 これで良かったのだろうか。 いや、良かったことにしよう。 李典殿には申し訳ないが、私にはこれ以上何も出来ない。 「さて!それじゃ、私たちはそろそろお暇しようか。于禁殿にも迷惑だし。ね、二人とも」 そう言って、満寵殿が立ち上がる。 それに郭嘉殿が答えた。 「それはもっともだね」 立上りながら続ける。 「それに、この後もあることだし」 郭嘉殿はそう言いながら満寵殿を見た。 私には何のことか分からないが、李典殿は分かっているようだ。 私もまた、立ち上がった。 「ならば、お送りしよう」 私は三人を邸の中から見送る。 門までは見送らないのが礼法だ。 日はまだ高い。 秋も盛りを迎え、平時は過ごしやすい。 奥へ戻ろうとしたその時、再びの来客の気配に私は足を止めた。 間もなく、曹仁殿と曹休殿の姿が見える。 への見舞いだと言って二人はいくつかの品を持参していた。 侍女に対応させ、ひとまず二人を客間へ通し椅子へ腰掛けた。 移動の最中、先ほどまで満寵殿たちが居たこと、外ですれ違った、などと言ったことを話した。 右前に腰かける曹仁殿が、唐突に言った。 「殿はまだ目を覚ましておらぬのですな」 「はい。医者は命に別状はないと申しておりますが、五日の内に目が覚めなければそうもいかぬ、とも申しております。故に、油断は禁物かと」 「殿…おいたわしい…どうにもならぬのですか?」 首を振り俯く曹休殿に曹仁殿が言う。 「まあ、曹休殿。心が痛むのは自分も同じだが、殿のことだ。きっと元気に目を覚まされるであろう」 「うむ。曹仁殿のおっしゃるとおり。先ほど満寵殿たちとも丁度、同じような話をしていたところです」 「左様か。やはり、考えることは皆同じ。殿のことを気にかけている…無理もない、兵達ですらそうなのだ」 「…曹仁殿、それはどういうことか、お尋ねしてもよろしいか?」 私は曹仁殿の言葉に疑問を投げかけた。 主公から休暇を貰っているおかげで、外の情報に幾分疎い。 曹休殿が言った。 「そうか、于禁殿は主公から休暇を言い渡されているから、ご存知ないのですね。実は、兵達の間でも、殿を心配する声があがっているんです」 「なぜ、その様なことが…?」 「うむ。殿を戦場で見かけた兵達が、その姿が見えなくなったことで私や夏侯淵殿にその所在を聞きに来ましてな」 「確かに、戦場でのは私でも目を見張るほどの身のこなし。内容はさておき、従軍中も兵達は口々に噂しておりました…それで、曹仁殿はなんと?」 「諸事情で療養中であると、詳しいことは伏せて伝えたのですが…それが瞬く間に広がってしまいましてな」 「兵のいる場所ではその話で持ちきりなのです。あまりのことに、見かねた夏侯惇殿が箝口令を敷く始末…それでも、私たちの目を盗んでは話をしているみたいですが」 「そのようなことが…うむ…姿が見えぬ故、噂だけが飛び交うか…」 私は目を閉じた。 夏侯惇殿が箝口令まで敷くとは尋常ではない…。 は…。 「だが、殿が于禁殿の邸におると言うのは正解でしたな。これが他のものであったなら、どうなっていたことか…」 「はい。とても想像できません」 曹仁殿の言葉に曹休殿が相槌を打つ。 これは、素直に喜んで良いものだろうか。 些か疑問ではあるが…いや、考えるのは止めておこう。 が静かに休めるのであれば、それは喜ばしいことだ。 「それにしても、殿は本当にすごい」 曹休殿がそう言いながら首を振った。 「主公と棋を打った時も有利な条件を貰っていたとはいえ、互角に渡り合っていたし…東平へ向かう時も主公の早駆けに合わせられていた。そのあとも青州兵を帰順させてしまうし……あのときの身のこなし、いま思い出しても鳥肌が立ちます。それに、濮陽でのことだって陳宮に酷い目に遭わされたっていうのに、その直後に呂布を言葉で諦めさせているんだから……とてもじゃないけど、俺にはできません」 「たしかに、それは曹休殿の言うとおり。話を聞けば聞くほど、自分にも出来るかどうか…こんなことを言うのは失礼かもしれないが、殿はまこと、女人にしておくのがもったいない」 それは、私も思うところがあるので、無言で頷いた。 ただ、それでもが女人であることに変わりはない。 私としては、複雑な気分ではある。 その時、曹休殿が言った。 「それでも、殿は女性です。ちゃんと、可愛いところだって…」 「ほう、曹休殿は殿のことを気に入っておられるのか?」 「え、いや…そ、そ、そういうわけでは…!」 「ははは、それも良きこと」 「そ、曹仁殿…!」 「おっと、これは失礼」 そう言って、曹仁殿はわざとらしく咳ばらいをした。 曹休殿は実に素直で分かりやすい、と私は思った。 曹仁殿が、さて、と切り出す。 「あまり長居をしては于禁殿にも迷惑であろう。主公も連日顔を出している、と夏侯淵殿から伺っている」 「そうですね、曹仁殿のおっしゃるとおり。お話も聞けましたし」 「うむ。于禁殿、我々はこれにて失礼する」 そう言って、曹仁殿と曹休殿が立ち上がる。 私もまた立ち上がった。 「大したもてなしもできず、お詫び申し上げる」 「いや、こうして話ができただけでも、ありがたい」 「はい。于禁殿、ありがとうございました」 曹休殿が拱手する。 私もまた返し、それから言った。 「そこまでお送りいたそう」 二人を邸の出入口まで送る。 中から門へ向かう背を見送って、私は踵を返した。 自室へ戻る途中、の部屋の前で立ち止まる。 明確な理由はなく、ただ気になった。 戸に向き直る。 「、失礼する」 一言断わった。 当然のように、返事は帰ってこない。 部屋に一歩入る。 奥へ進むと、やはりは目を閉じている。 寝台の端に腰を掛け、を見下ろした。 規則正しい寝息を立てて眠っている。 相変わらず、穏やかな顔だ。 が話をしているときの印象と外見の印象は、どちらかといえば一致しない。 こうして眠っている顔を見ると、さらにそう思う。 ふと、主公と満寵殿が話していたことを思い出した。 そして、私の心に引っ掛かったこと。 この先に何が起きるか、知っている―― 知らぬ、とは彼の者らに答え、そしてそれが事実だと皆に説明したらしい。 私はその時、ただ黙って話を聞いていた。 ただ聞いて、自分自身の感情を抑えた。 それからやっと落ち着き、今、改めて思い出す。 そして、考える。 誰に言うつもりも無いが恐らくは、この先なにが起きるかを本当は知っているのだろう、と。 初めてと言葉を交わした時、私の話を聞いてから、は私に言ったのだ。 『ここはあなたのいた時代から、大体1800年ぐらい先の時代です』 『ここは河北でも中原でもなく、四方を海に囲まれた島国です』 私はその時、自分の知った情報が耳に入ったこと安堵したのもあり、それほど問題にはしなかったが…。 今になって冷静に考えれば、それは驚くべきことだ。 何故ならそのとき、私はに『自分の名、許昌にいたこと、主公に呼ばれていたこと、主公の名、張角のこと』具体的にあげればたった五つのことしか話していない。 それなのに、は見事に”ここ”のことを言い当てた。 それはつまり、たったそれだけの情報でもそれと分かるぐらい、は何かを知っている、ということだ。 それは間違いがない。 恐らく満寵殿も何かしらに気づいている筈だ。 ただ満寵殿は、がどの程度の情報を私から聞いてその答えに至ったかを知らぬ。 故に、どこまで確信しているかは分からない。 ただ、今回の事を考えると、満寵殿にはひとまず話しておいた方が良い気はする。 いつ話すかが問題ではあるが。 そのとき、が動いたので私は思考を止め、そちらを見た。 目を覚ましたのかと思ったが、身じろぎをしただけだったようだ。 掛け布が少しずれている。 露わになった首筋には、まだ薄くうっ血したあとが残っていた。 私は思わず、眉根を寄せる。 掛け布を元に戻し、そこを隠した。 それでも、の寝顔は穏やかそのものだ。 それを見れば、自然と眉間から力が抜ける。 静かだった。 身じろいだせいか、の目もとに髪がかかっている。 それをそっと、はらった。 そのまま、その肌に触れたい衝動に駆られたが拳を握り、それは堪える。 手を自身の膝においた。 「もう許昌に戻っているのだ…そろそろ目を覚ませ、」 返答はない。 代わりに寝息だけが聞こえる。 ただ、静かにそれを聞いた。 そして暫く、静かにただを見下ろした。 時がゆっくり流れているような気がした。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 客間って概念が無かったと思うし椅子とかも突っ込みたいけど、まあ無双だから← 深く考えたら負けな気がする しかしほんと、ここまでシリアスにする気はなかったんですけど とりあえず、30話ぐらいまででひとまずヒロインの何かを一区切りさせたいです それからは、もう、なんか楽しく終わらせたい 大抵のED見てると、明るくなるより切なくなるけどね… わたしの希望でした 希望なので多分覆る可能性が高い、残念なことに ところで、曹休を未プレイなので女性っていうのか女人っていうのか女っていうのかが分からない… どなたかご存知でしたらこっそり教えてください…ゲームしてる暇がない… 2018.04.13 ![]() |
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