曹操殿がを私に預けたのは、その適所を見極めさせるため

なるべく早めに見極めて、あるべき場所へ配置しなければならない

そんなことは分かっている

けれど、私は…






     人間万事塞翁馬 22















荀攸殿との話が終わってから、私は後ろを振り向いた。
そこに居る筈のが見当たらない。



「あれ?荀攸殿、を知らない?」

殿…?ああ、そういえば……話に夢中で気づきませんでした。次のこともありますし、探しましょうか」

「うん。じゃあ、荀攸殿はそっち。私はこっち」

「はい」



荀攸殿と別れて辺りを探す。
そんなに広い城じゃない。
よほど遠くにいかなければ、すぐに見つかる。
そう思っていたが、やはり見当たらない。
道行く兵に声をかける。



「君、を見なかった?」

様…?いえ、見ませんでした」

「そう、ありがとう」



は、こちらの想像以上に戦場で立ち回っていた。
そのことから、軍内では”突如現れた腕の立つ美女”と小さな噂になっている。
同行した軍内では、知らぬ者などほとんどいないだろう。
戦場で、身のこなし鮮やかに刀を振るい、血を払う彼女はかなり目立つ。
本人が自覚しているかは分からないけれど。

だから、普通に名を出せば、皆誰のことかすぐに分かった。
すれ違う別の兵に、再び声をかける。



「君、を知らないかな?」

「いえ、知りません」

「ありがとう」



こんな調子で、私は何人かに声をかけたが、ただ一人としてを見た者は出てこなかった。
どういうことだろう。
少し、嫌な予感がしてきた。

その時だ、今度は私が声をかけられた。
満寵殿に。



「やあ、郭嘉殿。お疲れさま。は一緒じゃないのかい?」

「ああ、満寵殿。今、そのを探しているところだ。君も知らないのか…」

「…どういうことだい?郭嘉殿」

「郭嘉殿、見つかりましたか?」



そこで満寵殿に答えようとしたとき、荀攸殿が現れた。
荀攸殿は、隣にいる満寵殿に気づいて言う。



「これは満寵殿。お疲れ様です」

「荀攸殿も、ね」

「荀攸殿…その様子だと、そっちも見つからなかったってことかな」

「そっちも、ということは、郭嘉殿もですか……おかしいですね。今までの殿の行動を考えると、余程のことが無い限り、軽率な行動は控える方だと思っていたのですが…城外でしょうか」

「いや、分からない」

「すまない、話しが全く読めないよ。何があったのか、聞かせてくれないか?」



荀攸殿と話をしていると、痺れを切らした満寵殿が、ほんの僅かに語気を強めて言った。
珍しい、とは思ったが、今はそんなことを考えている暇はない。
はどこにいった?

私は満寵殿に、手短に説明した。
それを聞いて、満寵殿は顎に手を当てる。



「それは、確かに…変だな。が勝手な行動をとるとは考えにくい。その辺りは、彼女も心得ている筈だ」

「満寵殿。私はちょっと嫌な予感がしているんだ。外れると思う?」

「…考えたくはないな」



私は、思案する満寵殿に視線を上げた。
それから荀攸殿に視線をうつす。
目が合うと、荀攸殿は一拍おいてから無言で一度、首を横に振った。



「あの、すみません」



急に声をかけられ、私たちはそちらを振り向く。
兵が一人立っていた。



「お話、少し聞いたんですけど…様なら俺、見ましたよ」

「本当に?それはどこで?」
「本当かい?それはどこ?」



見事に満寵殿と重なって、私たちはどちらともなくお互いを一瞥した。
その兵は、たじろぎながら答える。



「は、はい。え、と…最初はそこにいて、それから城外へ行きました」



そう言って、兵はある壁際を、そこ、と指差す。
そちらを見てから視線を兵に戻すと、荀攸殿が兵に聞く。



「一人で、ですか?」

「いえ。自分とおんなじような格好した奴に、腕引張られて出ていきました。結構強引な感じでしたよ」



そう言う兵に、満寵殿が質問をする。



「誰の所属か分かるかい?」

「え?いや…そこまでは、ちょっと。まあ、あんまり見ない顔でしたけど…私も全員は把握していないですし」

「…そうか。教えてくれてありがとう、もう行っていいよ」

「は、はい」



私は、その会話を聞きながら考えた。
それでも、まだ情報は足りない。
顔を上げて、二人を見てから私は言った。



「とりあえず、外に行ってみよう。他に見た人間がいる筈だ」

「ああ」
「はい」



荀攸殿と満寵殿が同時に答える。
私たちは、揃って城外へ向かった。
それからそれぞれに分かれ片っ端に聞き取りをしたが、期待通りとはいかず有力な情報は得られなかった。

私は立ち止まって考えた。

陶謙軍の何者かによるものだろうか?
確かに、の戦場での立ち居振る舞いは目立つ。
だが、特筆するほど戦果が大きいわけではない。
自分達の内の誰かならまだ分かるが、それを差し置いてをわざわざ狙うだろうか。
――いや、それは考えにくい。

ならば、たまたまそこにいたから、だろうか?
だとしても意図が分からない。
たまたまそこにいるものを連れ去って何になる?
何の得になる?

その時、荀攸殿に呼ばれそちらを見る。



「郭嘉殿、満寵殿。ちょっと、こちらへ来てください」



少し離れたところから荀攸殿が呼んでいる。
満寵殿が私の横に並ぶ。
お互い頷きあってから、そちらへ向かった。

そこは城の南西に位置していて、城壁と茂みに挟まれ目立ちにくい場所だった。



「これを見て下さい。戦の跡、にしては少し不自然な荒れ方だと思いませんか?」



荀攸殿が地面を指差す。
砂地のそこは城門前ほどではないが、無数の足跡が広がっている。
だが、指摘されたそこには、その足跡を消すように、何かそれなりに大きなものを引きずったような跡が残っていた。

荀攸殿がそこにしゃがみ視線を落す。



「何かを引きずった跡と見受けます。恐らく、そんなに硬いものではありません。あそこまで続いていますが、途中で途切れています」



そう言って、荀攸殿はあそこ、と指差す。
そうしてから、自分の服をまさぐった。
荀攸殿が何かを取り出す。

手にしていたのは、細くも太くもない紐だった。



「紐…?」



満寵殿が怪訝そうに言う。
荀攸殿が頷いてから言った。



「はい。あの途切れたところに落ちていました。多分、殿の髪の結わい紐だと思います」

「なぜ、そう思うんだい?」



満寵殿が問う。



「俺がこれを見つけた時、髪が数本絡んでいました。大体、これぐらいの長さの」



そう言って、荀攸殿が両手を離して長さを示す。
そして続けた。



「確認した訳ではありませんが…殿の髪の結い上げ方から見て、同じぐらいの長さだと思われます。また、絡んでいた髪の髪質は、男のものというよりは女性のものに近いと感じました。結果、状況的なことを考えると、この紐は彼女が使っていたものの可能性がかなり高い」

「ということは、やはりは何者かに連れ去られた…?」

「はい、満寵殿。俺はそう考えます」



暫く沈黙が続く。
顔を上げると、二人が私を見ていた。
私は、二人を順に見てから口を開く。

それにしたって、何故。



「私も、荀攸殿に同意見だ。だが、解せない点がある。なぜ、が狙われた?恐らく、この何者かは、を狙ったんだと思う。だとすると、それなりに理由があるはず。けれど、現時点でを狙う理由が私には分からない」


私は首を振る。
それから、顎に手を当てた。



「…たしかに戦場でのは、本人に自覚があるかは別として、目立つ。しかし、特筆すべき戦果があるわけじゃない。正直なところ、いま彼女一人が我が軍からいなくなっても、困ることはないんだ。そのことは対峙している陶謙軍も、他の軍勢からしてもすぐに分かることだと思う」


手を下ろしながら続けた。



「何より、陶謙軍以外の者たちは彼女の存在をまだ知らない筈だからね。たまたま知ったにしても、それをわざわざ狙うなんて考えられない…それは陶謙軍にしろ、同じことが言えると思う」


そこで一度区切ってから、私は満寵殿に視線を向けた。



「そこで、だ……満寵殿。もし何か知っていたら教えて欲しい。は何を知っている?どんな情報を持っている?この何者かは、それが有益だと思ったから、彼女を狙った。私はそう考えているのだけれど、なにか…知らないかな?満寵殿は」



満寵殿は訝しんで私を見る。

自身に、他の者にとって有益な何かがなければ、それを狙って連れ去るなんて考えにくい。
そして、それが何らかの事情で漏れたと仮定すれば、納得がいく。
だけど、それが何か分からない。

そして、その仮定があっているとして、もし、なにか手がかりがあるとしたら、彼か于禁殿に聞くのが手っ取り早い。
彼らは現時点で、最もに近いのだから。

ただ、私は満寵殿が何か知っているんじゃないか、とそう思った。
ほとんど勘に近いが。

満寵殿が言う。



「それが分かったら、私も悩んだりしないよ。逆にこっちが聞きたいぐらいだ。郭嘉殿はと一緒だったんだろう?何かそれらしいことは言ってなかったのかい?」



それは少し意外だったが、本人がそう言うのならば仕方がない。
怪しいところはないし、何かを隠していそうな感じもない。

何か知っていると思ったのは私の思い過ごし、だったのだろうか。
だが今は、そんなことを考えていても意味はない。



「いいや、何も。それこそ何か聞いていれば、私だってこうも悩んだりはしない。わざわざ満寵殿に確認したりもしないよ」

「それもそうだ」



満寵殿はそう言って、腕を組む。
その時、後方から声がした。



「こ、こんなところにおられましたか!」



振り向くと、息を切らした伝令兵がこちらへ駆け寄ってくる。
目の前で立ち止まって口を開いた。



「至急、こちらへお戻りください!兗州が呂布軍の攻撃を受けています!そのことで、主公がお呼びです…!」



私たちはそれぞれ顔を見合わせる。
荀攸殿が言った。



「とりあえず、いきましょう」

「そうだね」
「ああ」



私と満寵殿は、ほぼ同時に相槌を打つ。
ひとまずは、曹操殿のもとへと急いだ。









 * * * * * * * * * *










「急ぎ、許昌へ戻るぞ。兗州の地から呂布めを打ち払うのだ!」



私たち三人は、取り急ぎ斥候を放ってから曹操殿たちのもとへ戻ると、呂布の侵攻にあわせて兗州各地の城が造反したことを聞かされた。
ひととおり、事態は把握できたが、の問題は解決していない。



「ところで、郭嘉よ。はどうした?姿が見えぬが」

「はい…曹操殿、申し訳ありません。先に申し上げるべきでしたが…は何者かによって連れ去られました」

「なんだと!?」
「「なんだって!?」」



曹操殿と典韋殿、曹休殿の声が重なった。
曹操殿が言う。



「どういうことだ、郭嘉。何があった」

「詳しいことは、実のところ私も把握できていません。ただ、荀攸殿と満寵殿、二人と確認しましたが、状況的に見てその線が濃厚です。斥候を放ちましたが、彼らの情報を待つ以外、手だてがありません…面目もない」



まったく、軍師が聞いてあきれる。
我ながら、そう思う。

曹操殿が反芻しながら言った。



「斥候…ということは陶謙軍に連れ去られた、という風には見ていないということか?荀攸」

「はい。言い切ることはできませんが、その可能性は限りなく薄い、と考えています」

「満寵もか」



曹操殿が満寵殿を見る。
満寵殿が頷く。



「ええ。仮にここで彼女を人質にしたとしても、全く意味がないことを彼らはもう知っている筈です。そこから考えても、陶謙軍にいるとは考えにくい」



まだ、私は満寵殿を疑っているが、やはり何かを隠しているようには見えない。
それでもやはり、なにかが引っかかる。

そこへ曹休殿が疑問を投げかけた。



「だ、だけど、なんで殿を?」

「私たちも、それが分からない。それが分かれば、もう少し的を絞れるのだけれど…」



私は曹休殿に答えた。
それから、ちらりと満寵殿を窺ったが変化はない。
やはり、思い過ごしか?

曹操殿が頷く。
私を見ながら言った。



「…分かった。ならば、斥候の情報を待ちながら、許昌へ戻るぞ。それで良いのだな?」

「はい」

「ま、まってくだせえ!主公!あいつを探さないんですかい!?」



典韋殿が声を荒げる。
どうやら典韋殿も、この短期間でに入れ込んでいるらしい。

そうやって考えると、まったく不思議な子だ、あの子は。
…いや、もしかしたら、”子”と言うほど、は私たちと、そう歳は変わらないのかもしれないけれど。
少なくとも外見は、二十代手前の子たちとそう変わらない。

無事に取り戻せたら、改めて聞くとしようか。
いや、取り戻せたら、じゃない。
絶対に取り戻す。

――不思議だ、私がそんなことを考えている。
ありえない。
の”不思議”がうつったのだろうか。
それも分からない。

ただ、今は、を取り戻すことだけを考えてしまっている。
冷静にならなくては。

隣にいる満寵殿の顔が、少し怖いんだ。
自覚しているのかな?
多分、気づいていないと私は思う。
私ももしかしたら、こんな顔をしているのかも、と思うとますます冷静に努めないとね。

軍師が感情を表に出すのは、あまり褒められたものではない。



「聞いておったろう、悪来。手掛かりのない今、闇雲に探しても意味がない。斥候を放っているのだ、それを待つ。おぬしの気持ちも分かるが、今は抑えてくれ、悪来よ」

「主公にそう言われちゃあ…わしは……わかりやした」

「すまぬな……許昌へ戻るぞ!」



私たちは誰ともなく拱手する。
彭城を発つ。

それから許昌へ着く二日前の昼。
よく晴れた青空の下で、私たちは斥候から、の居場所を聞かされた。

場所は濮陽。
呂布のもとだった。













つづく⇒(次はヒロインが痛い目・流血沙汰に遭います。苦手な方はご注意。)



ぼやき(反転してください)


逆ハなので、みなさんに心配されてください
次はヒロインが物理的に痛い目に遭います
…ていうか、割とギャグ寄りの筈が、もうずっとシリアスなかんじなの…ごめんなさい
楽しくルンルン(死語やで)みたいな話を書いては見たいですけどね←


2018.04.04



←管理人にエサを与える。


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