任務に臨む彼女には隙が全くない 恐らく、出来る人、なのだろう それでもそう易々と認められないのは 俺の性、かもしれない 人間万事塞翁馬 20 東平を発つとき、”なんであんな無茶をしたの?”という郭嘉殿からの質問に殿は言った。 『単純に、頭に来たから』 それから郭嘉殿はまた質問した。 ”青州兵へ説いた言葉は君の本心かな?” 『本心…う〜ん、話し合いで済むなら、それが理想だとは思います。けど、私自身言っておきながら、ですけどそんなもん甘い、と思ってます』 また質問した。 ”なんで甘いと思うの?” 『例えば、自分よりも何倍も大きな石を動かそうと思ったら、気合だけじゃどうにもなりませんよね。まず動かしたい方向確認して、人手の確保。それから障害物を取り除いて、石に縄かけて、その石の前に丸太なりなんなり並べてから総動員で引っ張る、押す。そうやって筋道立てて計画しなきゃ、それだけのものは動かせないです』 そこで殿は一度区切った。 『…それと同じで、何か大きなことをしようとしたり、変えようとするのなら、情だけではどうにもならない。当然、話し合いだけじゃ、そうそう簡単にどうにかなるなんて思えません。それを考えたら、甘いと思います。だけど、人の心は情で動く。それも甘いな、と思います』 郭嘉殿が言う。 ”じゃあ、もし自身が彼らと同じことをしていたとして、さっきのの言葉を他の誰かから説かれたら、心は動いた?” 『……難しい質問ですね…う〜ん、百歩いや百万歩譲ってそうだったとして…いや、例え百万歩譲っても私はその選択をしない。ごめんなさい、その質問は答えられません』 ”なるほど。それじゃ、質問を変えてみよう。は、その情を利用すること、どう思う?” 『なんとしても達成しなきゃいけないものがあって、それを利用することが最善だと思うなら、そうすればいいと思います」 ”どう、とも思わないと?” 『…理想は私にもあるので、どう、とも思わないわけじゃないですけど、それが必要なら自分の感情は二の次です……心苦しい、とは感じます。だけど、ただそれだけ』 そこでまた、区切った。 『目的のためなら、やります。例え陰口叩かれても、蔑まれても関係ない。そうやって、向こうでも仕事してましたし』 そう言う殿の目は真っ直ぐだった。 真っ直ぐ郭嘉殿を見ていた。 ”頼もしい限りだね。ところで曹操殿に話してたのを聞いてはいるけど…改めて聞くよ、向こうではどんな仕事を?” 『まずは設計。他に建設現場の監理監督、人事、営業、経理。主なところはこんな感じです』 ”大まかなことしか聞いていないから詳細が私の想像通りかは分からないけど、随分手広いよね?” 『小さい会社でしたからね。明確に部署っていう区切りもなかったですし人手も少ないので、頼まれるままやれることをやっていたら、そうなりました』 ”なるほどね。質問に答えてくれてありがとう、。君の力を最大限発揮できるように、最適な場所を見繕ってあげるよ” 『…お、お手柔らかにお願いします……』 そんなことを思い出しながら、俺は山腹を駆ける。 馬首を並べるように、郭嘉殿が俺の左隣を駆けている。 「呂由を退けるため、曹仁殿が先行しています」 「そのようだね。楽進殿と李典殿が合流を急いでいる、そうだったね?」 「はい。そして我々の後方には念のため、于禁殿についてもらっています」 これからの動きを馬上で説明する。 下りて話している時間が惜しい。 我々が東平から西へ向かって出立したとき、先行した曹仁殿の動きを考えれば、既に出遅れていると言っても過言ではない。 因みに、東平から南へは文若殿が先行している。 今頃は後続の主公を筆頭に、夏侯惇殿、夏侯淵殿、典韋殿そして、満寵殿と合流を果たしているだろう。 全体の動きとしては、全軍を二つに分け、二方向から陶謙のいる彭城を攻める。 そういう手筈だ。 一方向から攻めるよりも心理的に効果がある。 何より途中、別働隊である呂由を撃破できれば、さらにその効果が増す。 俺はちらりと後方に視線をやった。 そこには郭嘉殿と俺についてくる殿の姿。 こちらの話に耳を傾けている。 聞き逃すまいとしていることは、すぐに分かった。 「前の軍とあまり距離を開けたくありません。もう少し詰めます」 「ああ。荀攸殿に私たちは従うよ」 後ろを再び窺うと、殿が頷くのが見えた。 郭嘉殿を一瞥してから、俺は馬の速度をあげる。 暫くして後ろを確認すると、思いのほか、難なくついてきている。 もう少し速度を上げても問題はなさそうだと判断し、俺は更に速度をあげた。 切る風は冷たい。 勢いが増したそれに、少しだけ目を細めて前方を見た。 兵卒でもない、戦慣れしていない人間を同行させるのは、個人的にはあまり気が進まない。 しかし、主公の意向だ。 ならば、ひとまずは異論はない。 何より、本人も承知の上なのだから俺が口出すことでもない。 郭嘉殿は殿を気にかけているようだが、実際のところどこまで、いや何を考えているのか、俺には分からなかった。 * * * * * * * * * * そこに着くと、想像以上に混戦していた。 左に郭嘉殿、右に于禁殿、そして殿は私と郭嘉殿の間の後方にいる。 大分駆けてきたが、脱落することなく殿は付いて来た。 俺は、少々意外だと思っていた。 「ちょっと想定外だったかな。ね、荀攸殿」 「はい。思っていたより敵の数が多い。尚の事、攻略を急がねばなりません。加勢しましょう」 「そうだね。それに、ここをどうにかできれば、陶謙軍の心もさらに挫ける」 「ならば、先行しよう。荀攸殿、郭嘉殿、そしては我らのあとに続かれよ」 いなや、于禁殿はそう言って馬を駆けた。 于禁殿の部下たちが後を追う。 誰ともなく、得物を手にした。 「では、行きましょう。離れては意味がありません」 「ああ。、私たちから離れちゃだめだよ……もし無理そうだったら、ここに残ってもいい」 「今更そんなこと。私も行きます」 「ふふ。ああ、いい返事だ」 「行きましょう」 馬に鞭うった。 剣戟を交えあう集団に突っ込む。 鋼鞭剣を振るい、道を開く。 先行した于禁殿のおかげで、進むのに苦はない。 だが、誰でもいい。 呂由の下へ急ぎ、退かせねば。 辺りを見渡す。 どこかにいる筈だが、見当たらない。 応戦している、曹仁殿や楽進殿、李典殿は見つけることが出来たが、そこには居ないようだ。 于禁殿がその体格を生かして敵を薙いでいる。 そのごく近くで郭嘉殿が目にもとまらぬ速さで、敵を突き、崩している。 殿もまた、刀で応戦していた。 馬からは下りている。 だが、敵の命までは奪っていないようだ。 見ていると、腕や足の健を巧みに狙ってその戦闘力を削ぐ、そういう作戦のようだった。 甘い、それではいつか自分が命を取られる。 そう思った時、敵兵が飛び跳ね空から攻撃を仕掛けてきた。 俺は、それを防ぐが、体勢が悪く馬から落ちる。 受け身を取り、起きあがった。 考え事をしている場合ではない。 自分こそ、命を取られる。 「荀攸殿!危ない!!」 郭嘉殿の声がした。 俺は後ろを咄嗟に振り向く。 敵兵が剣を振り上げている。 ――しまった、間に合わない。 そう思ったのも束の間、敵兵の胸から鋭く刃が突き出た。 目の前で、地面に対し垂直に立っていた刃が抉るような動きで平行に寝る。 その切先から血が滴る。 それがすっと目の前から引くと、敵兵の身体が地に崩れた。 視線をそこに落としてから、戻す。 今まさに、殿が血を払い落としている。 「大丈夫ですか?荀攸さん」 「はい。助かりました、礼を言います」 「いいえ。今はそんな場合じゃないです。呂由を探せば良いんですよね?何か特徴はありますか?」 落ち着いた声音で、殿はそう言いながら、刀を構え直し俺に背を預ける。 思っている以上に殿の方が冷静だ。 戦の経験はないと言っていた。 東平を除けば、これが初めての戦、ということになる。 しかし、本当にこれが初めてだろうか。 そう思いたくなるほど、殿の声音もしぐさも落ち着いていた。 余程、その辺りの兵達よりも。 だが、ちらりと見える切先は、ほんの僅か震えている。 恐らく、息が切れているから、ではない。 ちり、と罪悪感を覚えた。 表情は全く見えない。 俺は、殿に背を預けながら喧騒に呑まれぬように言う。 「特徴という特徴はありません」 「それじゃあ、他の兵達と違う格好の人を探せば良いですね?」 「はい、寧ろそれしかありません」 「ありがとうございます、わかりました」 言いながら、殿は敵兵を切り伏せる。 何かが、吹っ切れたようだった。 俺のせいだろうか。 それは分からない。 視界の端に、曹仁殿が見える。 その先に、明らかに兵とは違う敵が一人。 あれが、呂由だ。 俺ははたとして、もう一度殿を見た。 殿も曹仁殿と呂由に気づいたようだ。 私の視線に気づいた殿がこちらを見てから言った。 「曹仁さんに任せて、私たちはここを耐える、でいいんですよね?」 「はい。それで構いません」 どちらともなく、地を蹴った。 暫くして、呂由の退却の号令と曹仁殿の勝鬨が辺りに響いた。 周囲への警戒は解かず、無意識に殿をちらりと見る。 刀を鞘に納めようとしている。 所作が、何ともいえず綺麗だ。 その横顔からは何の表情も読み取れなかった。 ただ、無、だった。 それが、ただただ美しいと感じた。 すっと立っているだけだ。 だが、隙はない。 その居住まいが、ただ美しく、綺麗だった。 「荀攸殿、怪我はない?に助けられたね」 「郭嘉殿…はい、怪我はありません…そうですね、彼女が居なかったら危ない所でした」 「荀攸殿が、珍しいね。戦の最中に考え事なんて」 「考え事…そうですね、些事に囚われました」 「そうなんだ?ふうん」 殿に再び視線を戻すと、于禁殿と話をしている。 于禁殿は相変わらず眉根を寄せているが、殿はそれを気にした風もなく笑っていた。 切先は確かに震えていた筈だ、俺の勘違いなのか。 于禁殿が部下たちのところへ戻っていく。 殿がこちらに気づき、小走りで駆けてきた。 「、ひとまずはご苦労様。怪我はないかな?」 「郭嘉さんも、荀攸さんもお疲れ様です。怪我はないです、お二人は?」 「このとおり、大丈夫だよ」 「はい、ありません。殿もお疲れ様です。先ほどは、ありがとうございました」 俺は改めて殿に礼を述べた。 殿は首を振る。 「いえ、お礼はさっきも頂きました。それよりも、先を急ぐんですよね?」 「はい、主公たちとの合流を急がねばなりません。目標は彭城です。そこに陶謙もいます」 「、彭城はどこか分かるね?」 「はい…えっと、小沛の南で下邳の西辺りですよね?」 「よくできました」 そう言って、郭嘉殿は笑うと殿の頭に手を伸ばした。 まあ、殿はそれを避けたが。 郭嘉殿は何がしたいのだろうか。 俺は気を取り直す意味も込めて殿に言った。 「殿は覚えが早い。良いことです」 「良かったね、。荀攸殿のお墨付きを頂いたよ」 「郭嘉殿、勘違いしないで下さい。俺はまだ認めたわけではありません。まだ出発地点に立っただけです」 「手厳しいね、荀攸殿は。だって、。荀攸殿のお墨付きをもらえるように、一緒にがんばろう」 「郭嘉さん…話をややこしくしないで下さい。私は私にあったペース…えっと、私なりに焦らずやっていきますから」 殿はそう言い直して郭嘉殿を見上げた。 郭嘉殿はただ笑っている。 やはり、何をしたいのか分からなかった。 ただ、これだけは分かる。 殿を認めさせたい。 そう思っているらしいことは。 兵達が、俺たちの馬を引いてこちらに向かってくるのが見える。 「行きましょう、二人とも。まだ日が高いですから、もう少し先まで行って、それから野営にします」 「うん、そうだね。行こうか」 「はい」 俺たちは馬のもとへ急ぐ。 風が吹くと、砂埃と血肉の臭いが鼻を掠めた。 辺りには命を落とした兵らが物言わず伏している。 無意識に、殿の背中を見つめる。 この光景も、臭いも空気も、初めての筈だ。 だが、その後ろ姿は清々しいほどに、凛としている。 弱音も吐かず、目も背けず、そしてさっき話をしていた時の彼女の目は、それらから逃げようともしていない。 忘れようともしていない。 ただ、事実だけを見ている、そんな目をしていた。 強い――。 それだけ思って、俺はまた真っ直ぐ前を見た。 心にはまだ、罪悪感が残っている。 それはほんの僅かなものだったが、できれば忘れたいと、俺は思った。 風に乗り、あの独特の臭いが、記憶を甦らせるように鼻を掠めていく。 ほんの一瞬垣間見えた、俺を助けた時の殿の顔が、脳裏に焼き付いて離れない。 長く、ただ長く溜息を吐き出した。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 荀攸の独白回でした 短いね、あんま進まないね… ところで、ゲームだとこっちルートは典韋が行きますが 曹操のそば離れちゃあかんでしょ、と勝手に思ったので于禁を入れて交換しました 馬駆けながら喋ると舌噛むと思うので、普通しないと思うんですけど 無双なのでいいよね、っていう無茶ぶりです 因みにリアルだと怒られました、当然ですよね そんなことより、書いてて郭嘉の口調と満寵の口調が同じになる時あるんですけど… あってます、よ、ね?← 2018.04.04 ![]() |
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