覚悟を決めるとき、私はいつもどうしていただろう

いくら考えたって答えは出ない、きっと覚悟を決めるとき私はそんなに考えていないから

考えても、理解しなきゃいけない対象が何なのか分からないなら

私はただ、やると決めて、やる

単純なことだ

だから私は、逃げない






     人間万事塞翁馬 19















それは突然だった。
誰かが叫んでた。



「敵襲!青州兵です!」



私は声のした方を見た。
いつのまにか、剣戟の打ち合う激しい音が周りに溢れていた。
鼓動が早くなるのを感じる。
少し、息が詰まるような感覚を覚えた。



!下がっていろ!」
!下がって!」



左前方にいた曹操さんと右前方にいた伯寧さんがほぼ同時に叫んだ。
私は二、三歩後ずさる。
その時、なにかが前方頭上から飛んできた。
咄嗟に左へ身をかわす。
さっき立っていた辺りから少し後方へ行ったところに、矢が突き刺さった。

避けなかったら、多分あたっていた、足かどこかに。
ぞっとしながら顔を上げる。
いつのまにか、群衆がすぐそこまで来ていた。



!離れておれ!!」



曹操さんが相手の剣を受け止めながら叫び、それを弾き飛ばす。
私は無言で二度頷いた。

少しずつ後ずさりながら距離を取る。
全体がなんとなく見渡せる位置まで来た。
ここまで離れると、なんだかテレビでも見ているような感覚になる。
だけど私は、嫌でも伝わってくるこの緊迫した空気を経験したことが無い。
気持ち的には大きなミスしたあとに上司に怒られるかもしれない、と戦々恐々とするあれに似ているけど…空気感はそんな生易しいものではない。
あの空気の中に、私は身を置けるんだろうか、と思った。

その時だ、私をさらに混乱させる出来事が起きたのは。

私はただ、その光景を見ていたが、ふと違和感に気づく。
そういえば、なんか、郭嘉さんとか荀攸さんとか戦ってない?と。

私はさらに目を凝らす。
荀ケさんもどうやら戦っている。
伯寧さんは…百歩譲っていいとして、だけど持ってる武器、不審じゃない?
ていうか、割と皆その武器、不審じゃない?
しかも、なんか曹操さんとか、武器は普通?だけど…なんかやたらキラキラしてない?
何?何を出してるの?アレは…。
私、張角の面妖な技が一体どのレベルなのか、とてもとても不思議なんだけど。
私の目の前に起きているこのミラクルは一体なんなんでしょう?

と、混乱する頭の中をさしおいて、視界には血飛沫を上げて倒れていく青州兵が入る。
もう、どこから突っ込めば…いや、どこから考えればいいのか分からない。



「あはは…私、ほんと知らない世界に来たのね、多分」



ただ呟いた。

覚悟、か…私、何に覚悟したらいいんだ?
わ、分かんなくなったぞ、また…。
ていうか、ある程度してたつもりなんだけど…ナニコレきいてない。
つもり、つもりだから駄目なのか。
考えるなってことか、逆に。

私は無意識に、再び数歩後ろへ後ずさった。



「ぅわっ…いたた……」



急に何かに躓いて私は後ろのめりに倒れた。
尻餅を盛大についてそこをさする。
何に躓いたのか、そちらに視線をやった。

それを見て、最初は言葉が出なかった。
なにか鈍器のようなもので頭を殴打されたのか、そこがぱっくり割れている。
赤黒いそれが顔面を濡らしていて、目はかっと見開かれていた。



「死んでる…し、死体…?」



一度目を逸らして、もう一度恐る恐る見る。
見ていて気持ちがいいわけないのに、目が離せなかった。
頭の中には、どこか冷静な自分がいる。
いつだってそう、なにかの時、必ず冷静な自分がいる。

ふと、その死体の顔は見たことのある顔だと気付く。
そういえば、さっき何か運んでた人だ。
頭下げたら返してくれた。
…そうか、死んじゃったのか、とただそれだけ思った。

こういうとき、他の人だったらどうするんだろう。
もっと騒ぐのかな、泣くのかな。
私はどこかおかしいんだろうか。
なんで、この人は死んじゃったんだろう。
どうして死ぬ必要があったんだろう。
何かしたんだろうか。

いや、きっとまだ何もしていなかったと思う。
それなのに、何か分からないことで死んでしまう。
恐らく、確たる理由もなく死んでしまう。
この人が納得できる理由なんかそっちのけで、誰かの勝手な理由だけで死んでしまうんだ。
ここはそういう時代なのか、そう思った。

なら、私は何を考えればいいの。
理由なく殺されるかもしれない、そんなことがあたり前に存在している世の中で、私はどうしたらいいの。
きっと曹操さんの所で働かなくたって、いつかこうなるかもしれない。
なら、私はこの世界にいる限り、訳も分からず死んでいく、そのことを覚悟しなくちゃいけないんじゃないの?

……でも、待って…それでも私は、今”現在”置かれているこの状況をまず理解しなきゃいけないと思うの。
そっちの覚悟する前に。
ここで何があったの?
…なんで、この人ここで死んでるの?
何があったんだ?ここで。

私はゆっくりと、けれど確実に周囲を見回す。
右に首を捻った時、その後方に転がっていた何かに気づく。
両手を地面につきながら、四つん這いになって後ろを振り向いた。
左手に刀を握っていたことを、この時も私はすっかり忘れていた。

そんな私の視界に飛び込んできたのは、三人の人。
同じように皆、頭が割れたり、胸を刺されたりして死んでいる。
血に濡れたそれは、真新しく、血の独特の匂いが鼻につく。
私はそのままの体勢で生唾を呑み込んだ。



「なんだ、まだいたのか…お?女か。しかも良い得物持ってるじゃねえか]



ふいに声が降ってきて、私は頭だけを上げる。
そこには下卑た笑みを浮かべ、鈍器のようなやたらデカい武器を手にする男が立っていた。
両脇には、剣を手にする男が一人ずつ立っていて、その後ろにも控えがいるようだ。
私は背筋が凍りついた。
動悸が、する。



「女、大人しく言うことを聞いてこちらに来れば、命だけは助けてやる。こっちへきな!ただし、その得物抜いたら容赦しないぜ」



それはやけにはっきり、私の耳に届く。
他にも喧騒があるはずなのに、それしか聞こえなかった。



やばい…

「あ?」



私は小さく呟いた。
その男は怪訝そうに聞き直したが、私の耳にはもう届いていない。
ゆっくり両手と上半身を足の方へ引き寄せながら体を起こす。
ニヤニヤしているその男が油断しきっているのを確認して、私は素早く身体を反転、思いきり地面を蹴った。



「待ちやがれ!この…追うぞ!殺っちまえ!」



それを背中で聞きながら全速力で走る。
後ろをちらっと見ると武器を振り上げた男たちが一斉に追ってきていた。



「じょ、冗談でしょ!なんで何もしてないのに、そんな本気なの!?」



私はただ走った。

待ってよ、私、何もしてないってば!
嘘でしょ、ちょっと待ってよ!!



「走れ!!!!」



ずっと先で、敵の剣を受け止めながら、曹操さんが叫んでる。

だから、走ってる!

私は唾を飲み込んで、もう一度ちらっと後ろを見た。
さっきよりも距離が縮まった気がする。
変わらず見たことも無い形相で、走ってくる集団。
私はただ戦慄した。



「うそうそうそうそうそ!ちょっと、待って!!」



そんなことを言ったって待つわけないのに私はただ叫びながら走った。



「やばいやばいやばいやばい!!シャレになんない!!!」



腕を思いっきりふる、ずっと先でやっぱり曹操さんがなんか叫んでる。
伯寧さんもなんか叫んでる。
だけど、私には何も聞こえない。

うそうそ、遠い、遠いよ!
ちょっと待ってよ、私こんな遠くに来てたの!?
全然遠いよ!あそこが!!
やばいでしょ、後ろ迫ってんのに、前詰まらないってウソでしょ!?


ていうか、私なんでこんな目に遭ってんの!?
なんかした!?
そもそも、なんだっけ?
覚悟?覚悟だっけ?
ていうか、覚悟って何さ!
何に覚悟するの?私!
何に覚悟すればいいの、私!

これ?これか、これに覚悟しろってことなの!?
訳も分からず殺されるかもってこと?
前触れもなくいきなり殺される可能性があるってこと?
相手の勝手な理由で殺されることもあるってこと?
これに覚悟すればいいの!?
それとも、そもそもそういうことが普通に転がってる時代だってこと?
結局、どんな理由にしろここで生きる限りはそういうことを理解しとけってこと?
そういうことなの?

いや違う、そうじゃない、それどころじゃない!
今覚悟決めても、死ぬ覚悟決めそう!!
そうじゃない、まだ死にたくない!
こんなわけわかんない状態で死ぬなんてまっぴらごめんよ!
殺される覚悟するなら、生きる覚悟もするわよ、私。

わかったわ、こういう理不尽な殺され方が、普通に隣にあるような時代なのね!
この世界はそういう世界なのね!!
そういう世の中で皆生きてるわけね!
分かったわ、分かったけど、まだ死にたくない!
例えそれ理解したって、まだ訳わかんない状態なのは変わんないでしょ!
そんな状態で私まだ死にたくないわよ!
なんだっていいけど、こんな殺され方するなんて冗談じゃない!

あれ、そもそも私なんで逃げてんだ?
ていうか、なんで追われてんだ?
私何もしてないじゃんね、そもそも。
どんな理由があるにしろ、無抵抗の女を本気で殺しに来るこいつら何なの?
おかしいでしょ、理不尽でしょ。
ていうか、そういう理不尽さは経験済みじゃないのか?こいつら。
黄巾兵だろ、元。
元・黄巾兵だろ?
経験済みだろ?
おかしいでしょ、そういうの分かってて同じことするっておかしいでしょ。
そういう世の中だから、とかいう前に、同じ人間だよな?
人でしょ?
おかしいでしょ。



「絶対おかしい!」



いいわ、決めた。
とりあえず、私、こいつら懲らしめないと気が済まない。
もしそれで殺されたら、もういいわ。
いけすかないけど、諦めるわ。

けど、もし生きていられたら、私曹操さんの手伝いすることにする。
そこで仕事するわ、仕官でもなんでもするわ。
曹操さんの意見に私は賛成よ。
だから、ここで生きる限りはそこに全力尽くすことにするわ。
絶対逃げない、めげない。

それに、腰据える覚悟が出来たら、心置きなく伯寧さんや文則さんへの恩返しも出来るし。
そしたら、全部丸く収まるじゃない、多分。
分かんないけど、もう考えてる余裕ないけど、そうよね。
いいわ、もうそうする。
決めた、もう決めた。
そうする。
あとのことは、あとで決める。



「だから、逃げない。決めた」



私はそこで意を決すると、足を止めた。
息を吐き出してからその足元に、刀を置く。

何も知らなかった五日前が懐かしいわ、そう思いながら。
後ろを振り返って、背筋を伸ばすと真っ直ぐに前を見た。



「馬鹿か!おめえ!走れ!!」



どういう状況になっていたのか、典韋さんの声が聞こえたけど、私はそれを背中で聞き流す。
他にも何人かの声がする。
だけど、今は私はそれどころじゃない。

武器を置いたにもかかわらず、全力で突っ込んでくるあいつらをどうにかしてやらないと、気が済まない。
私はいま、丸腰だぞ。



「オーケイ、覚悟はした。どうなっても、知らないからね!」



私は息を吐き出すと、地面を蹴った。
先頭を行く馬鹿みたいに大きい鈍器を手にする男に向かって全力で走る。

私は何故かその時、どういう風に身体を動かせばいいのか、なんとなく感覚で分かった。
その理由まではわからない。
ただ、もうそこも含めて、そういう世界じゃないかと勝手に思うことにした。
今は考えてる暇はないし、それどころじゃないし、ともかくこの阿呆どもに鉄槌下せるならそれでいい、と思った。



「なめんなあ!」



男が叫ぶ。
私も叫びながら身を沈めた。



「その腐った性根、叩き直してあげるから覚悟なさい!」



地面に両手をついて、下から上へ両足を勢いよく突き出した。
男が両手にしていたその武器の柄を上へ蹴り上げる。
想像以上に、それは軽快に男の手からはなれ吹き飛んで行った。

そのまま、私は狼狽える男の首を、両足首で挟む。
そして、自分の体をひねり、男を地面に叩きつけた。
私はさっと立ち上がると、怯んで動けずにいる他の男たちをそのままに、仰向けで呻くその男の鳩尾めがけ左足を屈伸させて右の踵を落した。
足元から、呻き声が聞こえる。



「さあ、あなたたちはどうするの?」



立上りながら、まっすぐにそちらを見た。



「お頭!」

「ちくしょー、お頭の仇!」



そう叫んで二人が剣を振り上げて向かってきた。
私もその二人に向かい走る。
間合いをはかって右足を踏み込んで跳ぶ。

身体を右に捻りながら、向かって左の男の顔面に蹴りを入れた。
着地と同時に、狼狽えるもう一人の男の顔面に向かって左足からの回し蹴りを入れる。
男が二人地面に突っ伏した。
そういや、中学あがってすぐの頃、同じようなことがあったな、とどこかで思い出した。



「そっちこそなめんな。もう容赦しない」



それから私は、次々突っ込んでくる男たちに、鼻っ面めがけ掌底を叩き込んだり、鳩尾に肘鉄を入れたり、背負い投げたりして倒していく。
我ながら、よくもまあ、大の男をこんなに倒せたもんだと、頭のどっかで思っていた。
…人間じゃないな…間違いなく。



「さて、あなたが最後みたいだけど…どうする?」



一人立ち尽くしている気弱そうな男を見た。
しばらく動くのを躊躇っていたみたいだけど、意を決したかのように剣を振り上げ突っ込んでくる。
私は、その手元を蹴り上げて手から武器を落とすと、怯んだ瞬間に後ろ回し蹴りをその側頭部に入れた。
失神しているのを確認して、後ろを振りかえる。
お頭、と呼ばれていた男のもとへ歩み寄った。

まだ、呻いて仰向けになっているその男の足元で仁王立ちする。
鳩尾を手で押さえて首を横に振るような仕草から、意識は朦朧としているのだろうと思った。
その足を4の字に固めて、男の右足を自分の左足で挟み抑えるようにした。
俗にいう監獄固め。



「ああああああああ!!」

「私、あなたに質問したいことがあるんだけど、聞いてくれる?」

「な、なんだってんだ!」



私はなるべく、穏やかでいられるように、笑顔を作った。
人間の脳ってこれだけで自分の気持ちを騙せるんだから、案外単純だ。



「なんで無抵抗の女相手に本気で殺しに来たのかな?」

「そ、そんなもん意味なんかねえ!そこに、居たからだ!」

「そう、素敵な回答有難う」

「あああああああ!!!」



私は更にその足を締め上げる。



「ところであなたは、元は民だったと思うのだけど、なぜ青州兵に?」

「す、住んでたところを追われて、食うもんにも困ってたからだ!仲間も養わなくちゃなんねえ!っ…」

「そう…そのために略奪を繰り返している、と?」

「そうだ!悪いか!国に現状を知らせるために立ち上がったってのに、国は俺たちを理解せず虐げた!故郷を追われ、食べるもんも住むところもねえ!だから、お前たちを襲ったんだ!ここから出ていけ!ここは、俺たちのもんだ!…つっても、お前たちには俺たちの気持ちなんて分かんねえだろうがな!」

「あ、そう。まあ、分かんないね。あんたたちの気持ちなんか」



痛みをこらえながら叫ぶ男に、私は吐き捨てるように言った。
声音だけは、なるべく穏やかに聞こえるように。



「な、なんだと!俺たちを馬鹿にしてんのか!」

「じゃ、聞くけど、あなた私の気持ち、いま分かる?」

「分かるわけねえだろ!」



私は呆れて腕を組んだ。



「でしょ?だから、私も分かんないんだってば。あなたは私の気持ちは分からない。私もあなたの気持ちが分からない。お互い分からないなら、話し合わなきゃムリでしょ、分かるわけないもん」

「っ…話し合い?そんなことしたって無駄だ!どうせ分かりゃしないさ!」

「どうしてそんなことが分かるの?いま、分かんないって言ったばっかなのに」

「…っこの…」



男の言葉を遮り、少し身を乗り出しながら私は言った。



「あのさあ、私ここの人間じゃないからよく分かんないんだけど、どうして膝付き合わせて話をしないの?分かんないんなら話し合いなさいよ。私はさ、欲しい答え知ってる人が多分一人もいないの。だから意味ないんだけど、あなたは少なくとも私と違って、国や州を治める誰かとちゃんと話をすれば欲しい答えをくれる人絶対いると思うんだよね。なのにそれをしないで、まるで癇癪起した子供みたいに手を振り上げて、恥ずかしくない?理不尽に何かを奪われる苦しみを知っているんだよね?それはさ、どこに所属してても、人ならみんな同じように苦しいと感じるんだよ。それを知ってるのに、よく他人に同じこと出来るね。仮に家族がいたとして、あなた人として彼らに胸張れる?子孫や先祖に胸張って報告できる?私は出来ないね。顔向けできないよ。自分達の生活のため無抵抗、無防備の女子供に手を上げました、なんて。人として恥ずかしいわ。あなたは何がしたいの?人であることを捨てたいの?違うでしょ?あなたがすべきことは誰かに八つ当たりしながら何かを奪う事じゃなくて、話を聞いてくれる国や州の人と話し合って分かってもらう事じゃないの?そういうまっとうな道で養ってあげなさいよ。その場凌ぎなことばかりじゃなくてさ。それに、力があるなら奪うことに使わないで、何かを守ることに使ったら?男のくせに意気地のない。そういうもんでしょ?結局は」



私はそこまで一気に言うと、男を無言で見下ろす。
男はこちらをただ睨みあげていた。
私はなるべく平静を保つように努める。
じゃないと、相手次第でブチぎれそう。
ていうか、もうキレる寸前、ていうか、キレてる。



「ま、これでも分かんないって言うなら、もう何話しても無駄だから、これからお仕置きしますよ」

「っああああああ゛あ゛あ゛あ゛!!」



後から、すっごい笑顔だったと聞かされたが、意識してない。



「わ、わかった!分かったから、放してくれ!!」

「……本当に分かったの?何もしない?」

「しない!もう、しません!!だから、放してください、お願いします!!!」



私はしばらくじっとみて、それからぱっと足を解放し立ち上がった。



「いいよ」



自分の足に手を伸ばし体を丸める男に、他の男たちが駆け寄る。



「お、お頭!」

「大丈夫ですか、お頭!!」



私は、地面に座る男を見下ろす。
男は暫くじっと黙っていたが、唐突に俯きながら言った。



「……俺らの負けだ。まいったよ、目が覚める思いだ。あんたの言うとおり、俺らは話し合わなくちゃいけなかったんだ。元々、話し合うために黄巾かぶったってのにな」



私はため息を吐き出した。
まあ、なんか分かってもらえた?みたいだから、これでいいか。
なんか疲れた。
そう思いながら、後ろを指差す。



「それなら、あそこにいる曹操さんに話をしなよ。きっと分かってくれるから」

「あんたは…曹操…いや曹操様んとこに仕えてんのかい?」



男はそう言って頭を上げる。
私は視線を空に一度やってから男に戻した。



「……まぁ、これから、だけどそうなるかな?」



そう答えたが、未だにそれが良い返事の仕方だったのか、この後起きたことを考えると私には分からない。



「そうか…なら決めた!俺ら、あんた…いや姉御についていきやす!姉御のために戦って姉御を守りやすぜ!」



一瞬思考が停止した。
もしかしなくても、あの時のデジャヴじゃね…?



「え…は?…ちょっと…」

「おめえら!姉御に頭下げろ!お願いしやす!!」

「「「「お願いしやす!!姉御!」」」」
「「姉御!」」
「「「お願いしやす!!」」」



私は足元で土下座している集団を前に、固まった。
デジャヴ、デジャヴだ…。
中学ん時のデジャヴだ。
うそ…。



「姉御!」



頭の男が再び叫ぶ。
はっと我に返った。



「ま、まって…その、とりあえず、その姉御っていうのはやめて!」

「じゃあ、姉さん!!俺らに指示をくだせえ!!姉さんのためならなんでもやりやすぜ!!!」



か、変わんねえ…。
変わらないよ、それ!



「ちょ、わ、わかったから…えっと」



私は、集団の男どもから揃って何か、期待を込めたような視線を向けられ怯んだ。
集団に睨まれるよりも怖いのは何故だろう。



「と、とりあえず、曹操さんと話をして、自分たちの腹の中ちゃんと伝えて。その後のことは、曹操さんの指示に従って。それが私からの指示です」

「わかりやした、姉さん!!」



そう言うと、男は景気よく手下?を引き連れて曹操さんのところへ行った。
そしてそれから、はたと気づいて顔を両手で覆った。

なんてことだ…やってしまった…。
またやってしまった…。
デジャヴを…しかも大衆の前で…。
もう、なんだったっけ…。

私は前髪をかき上げて、そのまま手を額に当て目を閉じた。

…まあ、もうしょうがないか…過ぎたことを考えても始まらないわ。
終わったことだ…あらゆる意味で…。

その時だ。
何か誰か叫んでる。



ー!」



私は顔を上げてそちらを見る。
いなや、思考する間もなく、何故か私は典韋さんに脇下から持ち上げられ振り回された。
多分、子供が高い高いしてもらいながらぐるぐる回っている、そんな絵面だったと思う。



「おめーすげーじゃねーか!最高だぜ、!!」

「ちょ、ちょっと!まって!なに!ま…ちょっと!おろして!!」



やっとのことで私は下ろしてもらった。
大衆の前で恥ずかしいことを…!
けれど、そんな私をそっちのけで典韋さんは私の両肩をがしっと掴んで興奮気味に言う。



「おめえ、優しいだけじゃねえんだな!さっきの技!なんてえんだ!?すげーな!」

「さっきの…?監獄固めのこと?それともローリング・ソバット?」



私はどれのことだろうと、最早考えすらせず、掛けたプロレス技を口に出す。



「監獄固め…!おお!格好いい名前じゃねえか!!」

「そ、そう…?かな?」



中二っぽくない?
私はもう、テンションあがりまくりの典韋さんについていけていない。

な、なにがどうなって…。
じゃない、もっと重要なことがあるでしょ。



「ごめんなさい、典韋さん。またあとでゆっくり話すので、今は失礼します」



そう典韋さんに告げて、私は曹操さんのもとへ向かった。
とりあえず、さっきの青州兵達はどこか場所を移したみたい。
他の青州兵たちも何かどさくさに紛れて帰順したっぽいけど、今はそれはいいわ。

段々、曹操さんとの距離が縮まる。
あと数メートルぐらいになった時、急に曹操さんに抱きしめられた。
何の前触れもなく。



「わ、ちょ、ちょっと…」



ぎゅーっと力が込められて、私は伸ばした片手をばたつかせた。
息が…。



「曹操殿、が苦しそうです」

「おっと、いかん!」



この時ばかりは、郭嘉さんに感謝した。
助かったばっかなのに死ぬとこだった、こんなところで。



、怪我はないか」

「な、ないです。不思議なぐらい無傷です」



曹操さんが私の両肩を掴みながら顔を覗き込んで言うので、そう答えた。
そう、びっくりする位無傷です、ミラクルです。



「すまなかった、怖い思いをさせたな」

「あ、いえ…そのことなんですが」



私は両の手の平を曹操さんに見せて制止する。



「もう、いいんです、それは。それじゃなくて……曹操さん」



改めて曹操さんの目をまっすぐに見た。



「私、曹操さんの所に仕官します。覚悟、決めました」

「良いのか?断っても良いのだぞ」

「はい。ここで生かされる限りは、どこにいてもどこで働いても同じです。なら、私は私のできる範囲で曹操さんの理想を実現するために力を尽くしたい。曹操さんの理想に賛同します。ただ正直な所、私自身が何のお役にたてるのか、分かりませんが……だけど、覚悟は決めました。勝敗の結果関係なく、私は曹操さんに仕官します」



思うところは他にもいくらだってあるけど、まず言いたいことはこれだけだ。



「それに…」



私はそこまで言いかけて、口を閉じた。
十秒ほど経ってから言い直す。



「いえ、なんでもありません」

「なんだ、気になるではないか」

「すみません、大したことじゃないんです。けど、今はちょっと…」

「そうか、まあいいだろう」



そう言って曹操さんは笑った。
私は呑み込んだ言葉を心の中で呟く。

これが見ず知らずの私を放り出さずにいてくれた人たちへの恩返しに、少しでもなればいいと思う。
どういう思惑があるにせよ、路頭に迷わずに済んでるんだから。
そして何より、伯寧さんと文則さん二人への恩返しになればいい。
私のこの決断が、そこに繋がっていけたら、それでいい。
ひとまずは、それでいい。



。ならばこれより、よろしく頼むぞ。おぬしのその才も武も頼りにしておるからな」




覗き込むように言われて、私は一瞬で耳が熱くなるのを感じた
顔まで熱い。
多分、顔面真っ赤だろう。
さっきの事を思い出して下を向いた。



「か、可能な限り頑張ります、よろしくお願いします」



それだけ言うのが精一杯だった。
そういえば、刀…置きっぱなしだ……取りに行かないと…。
テンパりすぎだ、私。



。ほれ、大事なもんだろ?」



そんなことを思っていたら、典韋さんが持ってきてくれたみたい。
…申し訳ない。



「ありがとう、典韋さん」

「どうってことねえぜ。ま、無理はすんなよ」


そう言って、典韋さんは私の肩に手を置いた。
私は典韋さんを見上げ、口角を上げながら頷く。
そんな一部始終の後、曹操さんが口を開いた。
典韋さんが肩から手を放し、数歩後退する。



「よし。では早速だが…郭嘉。暫くの間、おぬしにを任せる」

「承知いたしました」



え、そこなの…。
特に深い意味はないけど、そう思った。





「はい」

「聞いておったな。暫くの間、郭嘉の下で学び、覚えるが良かろう。慣れぬこともまだ、多々あるであろうからな」

「はい、分かりました」

「じゃ、改めてよろしくね、



私は気配を察知してその場から退いた。
郭嘉が行き場の失った手を宙に浮かせている。

思った通り。
…何度もぽんぽんされてたまるか…!

と、私は至極下らないことを心で呟いた。



「どうして逃げちゃうのかな?」

「どうしても、こうしてもないです」



寧ろ、どうしてそういうことをするのか聞きたい。
人がいる前で、こっちが恥ずかしいわ…。



「残念だね。満寵殿でも逃げた?」

「なんで」



そうなるんだ…!



「もしかして、私よりも満寵殿のところの方が良かったのかな、って思って」



私は米神を指でつまむ様に押さえた。



「そういうんじゃないし、そもそも、何でそうなるんですか」

「いや、なんとなく」



そう言って郭嘉さんは、どこも悪びれる様子もなく笑って両手を広げて見せた。

…この男は……。



「うむ、上下の仲に問題はなさそうだな。では、各々配置につけ、行くぞ」



曹操さんが言って歩き出す。

問題なさそうに見えましたか?
そう見えます?
いえ、そう見えるならなんでもいいんですけど。

周りも歩き出す中、ふと、郭嘉さんがこちら見て微笑んでいる。
目が合うと、そのまま郭嘉さんが歩き出した。
私は、その背中をじっとりと見つめながらため息をふっと、吐き出した。
私も行くか、とそのあとを追おうとしたとき、伯寧さんに名前を呼ばれた。







そちらに足を向け、伯寧さんを見上げた。



「本当に良かったのかい?これで」



心配そうにしているのが窺える。
私はなるべく明るく言った。



「はい、決めたことです」

「無理はしてないんだね」

「無理はしてません」



一転、真剣な眼差しで私の目を見る。
射抜かれるような視線だった。
私は、それをまっすぐに見返す。
私の言葉に偽りがないか、見極めようとしているのか、と心のどこかで思った。

勿論、偽りなんてない。
だから、後ろめたいこともない。
暫くして、伯寧さんの目もとが和らいだ。
そして、微笑んだ。



「わかった。の言葉、信じるよ。主公のため、一緒にがんばろう」

「はい、改めてよろしくお願いします」



頭を下げ、そう言った。



「うん、こちらこそ。それはそうと、さっきみたいな無茶はもうやめてよね。刀を置いたときは、さすがに心臓が止まるかと思った」



私は再び恥ずかしくなった。
足元を見るが、そんなことで顔や耳の熱が引くわけない。

すっごい、耳の先が熱い。

恥ずかしくて赤くなるのって本当に何年ぶりぐらいだったのに、私こっちに来てからもう、何回顔赤くしてんだろう。
数えたくないな。
それより、いい年して私、何やってんだろう。
我ながら、落ち着きがない…。



「ま、でも于禁殿に説教したっていう話は納得したよ。いいんじゃないかな、それはそれで」



…穴があったら入りたい……。



「私は嫌いじゃないよ、のそういうところ」



耳がさらに熱くなる。

あれを見てそんなこと言う人…はじめてだよ…。
なんでだ、すっごい恥ずかしい。
…なんでだ……。



、置いてくよ」



少し離れたところから郭嘉さんの声がして、私はパッとそっちを見る。
おかげで一気に冷めた。



「ごめんね、。引き止めちゃって。じゃ、またあとでね」



伯寧さんが言った。
私は見上げて頷く。



「はい、またあとで。失礼します」



それから頭を下げて、郭嘉さんのもとへ急いだ。

何はともあれ、どうなるか分からないけど何とかなるでしょ。
そう思いながら。
日は傾いていたけど、まだ空が焼けるには時間がかかりそうだった。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


ヒロインの心の叫びが長くなりました
そして説教も長くなりました
無双世界なので不思議パワー貰っててもいいかな、と←
そして、流血っていうよりグロくてごめんなさい
ヒロインをテンパらせて白紙に戻すのにこのぐらいは必要かと思いました
色んな意味で、強く生きて頂きたいですね
次から暫く満寵とお別れです


2018.03.28



←管理人にエサを与える。


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