不思議な奴だなって思ってたし、悪い奴じゃないなとも思ってた

腕がいいかは分かんねえがいいもんは持ってるなとも思ってるし、頭もいいんだなとも思ってる

わしにはないもんを沢山もってる

だけど、そんなもんはどうだっていい

わしはただ、が笑う顔を見ていたい

優しく微笑んだ、あの顔を、ただ見ていたい






     人間万事塞翁馬 18















東平に着くと、わしは一旦、主公から離れた。
力仕事もわしの仕事だ。
兵卒たちに交じって、幕張がまだのところを手伝う。
主公はさっき、をつれて軍師たちのところにいっちまった。
わしには難しいことは分からねえ。
理解する前に頭が痛くなっちまう。



「よっ、典韋。ご苦労さん」

「夏侯淵の旦那!」



声がした方を振り向くと、夏侯淵の旦那が木杭の束を担いでいた。
わしは慌てて駆け寄った。



「そんなことはわしがしますぜ。旦那は休んでて下せえ!」

「ああ、こんぐらい、いいってことよ。それより、手伝ってくれた方が早く終わるってもんだ」

「そりゃそうですね!勿論、手伝いやす!」

「ほんじゃま、ちゃちゃっと片づけちまおうぜ!」

「へい!」



それから暫く、夏侯淵の旦那とわしは、木柵に使う木杭の束を所定の場所へ運んだ。
運び終わると、丁度そこへ夏侯惇の旦那が来た。



「淵、典韋。すまんな。……まったく、他の奴らは何をやっている」



そう言って、夏侯惇の旦那は腕組みをした。
夏侯淵の旦那がすぐに答える。



「いや、俺が言い出したことだ。兵卒たちを責めないでやってくれよ、惇兄」

「…そうか、それならばいいが。典韋……は孟徳のところか?」

「へい。軍師たちと会議をするって言ってましたぜ」



そう答えると、夏侯惇の旦那は眉間に皺を寄せた。
すこし視線を上げて、まっすぐ先を見るようにしている。
つられてそっちを見ると、主公と、軍師たちが少し遠くで集まっているのが見えた。
多分、さっきからそれは見えていたのに、なんでそんな質問をしたのかわしには分からなかった。



「まったく、孟徳のやつ…に何をさせるつもりだ」

「さあ…わしにはさっぱり」

「ところで、典韋。の様子はどうだった?ここまで一緒に来たのだろう?」

「へい。そうっすね…」



わしはここまでの道中でのことを思い浮かべてみる。
の顔を思い出しながら答えた。



「大体いつも笑ってましたぜ。にこにこ〜って感じで。あとメシの準備だとか、なんか手伝ったりしてましたね。そんなことはいいって、わしは言ったんですが、場違いなりにやれることはやるっつって…そういや調子悪いって言ってた兵卒にが何かしたみたいで、なおったって言ってました…なにしたのか知らねえですけど」

「へえ〜。そりゃ大したもんだ。なにしたのか、今度きいてみっかな」



夏侯淵の旦那が感心しながらそう言って腕を組んだ。
夏侯惇の旦那は相変わらず、難しそうな顔をしている。



「他に変わった様子はなかったか?」

「いや、他には特に」

「そうか。なら、孟徳はに何か言ったり、したりしていないか?なんでも、思いつくことで構わん」



わしはもう一度、道中のことを思い出した。



「そういや、袁紹とか袁術とかのことを話してましたぜ。この辺りの地形だとか、なんだか難しいこと話してたんで、わしの方が頭がいたくなっちまいやした」

「…陶謙や劉表のこともか?」

「ああ〜、どうだったかな…多分、言ってたと思いますが。ここいら一体のことを話してたと思います」

「その時の、の様子はどうだった?」

「わしはの後ろにいたんで、どんな顔してたかまでは分かりやせんが、返事しながら頷いてました」



わしがそう答えると、夏侯惇の旦那はあごに手を当てて、さらに眉間に皺を寄せた。
夏侯淵の旦那は、そんな夏侯惇の旦那をただ見ている。
わしも暫く、夏侯惇の旦那を見ていた。
思い出そうとしたわけじゃなく、許昌を出てからここに着くまでの間のが頭に浮かぶ。
そこで、ふと思い出して、わしは思わず声を出した。



「あ。そういや…」

「なんだ、なにかあったのか?」



夏侯惇の旦那がそう言って、わしを見る。
わしは慌てて首を振った。


「いや、大したことじゃねえんです」

「構わん、聞かせてくれ」

「そうですかい?いや、わしが感心したことなんですが…許昌を出発してすぐのとき、のやつ馬に乗り慣れてねえみたいで、覚束無かったんです。まあ、暫くしたらすぐに慣れたみたいですけど……けど、そのあとですぜ。主公が行軍を早めるっつって号令出したあと、そんな状態から何日も経ってねえが、主公の全速について来たんですわ。わしは、あのとき本当に感心しやしたぜ。なんつったって、呑み込みも早いが、それ以前に馬の操り方が上手い!あんなやつ初めて見たもんで、なんつうか、感動しましたよ!」

「へえ〜、大したもんだ。典韋が言うんだから、間違いはないわな。俺も今度、遠乗りに誘ってみっかな」



夏侯淵の旦那は、さっきと同じようなことを言いながら、あごを指でさすっている。
夏侯惇の旦那は、相変わらずだ。
わしは、頭を手でさすった。



「礼を言う、典韋。悪かったな、変なことを聞いて」



夏侯惇の旦那がそう言うもんで、わしは顔の前で両手を振った。



「いや、いいんですよ。なにかのお役にたったのなら、わしはそれで構わねえんです」



わしがそう言うと、夏侯惇の旦那は、ふっと笑った。



「にしたって、惇兄。まさか、主公は本気で…」



そう夏侯淵の旦那が言いかけた時、頭の上の方から飛んでくる気配にわしは身をかわす。
地面に矢が突き刺さっているのをわしは見て確認した。
誰ともなく、武器を手にして構える。



「大丈夫ですかい?旦那らは」

「ああ、問題はない。それよりも、敵襲か?」

「みたいだ、惇兄。誰か叫んでやがる」

「しまった!孟徳は、はどうしている?」



夏侯惇の旦那がそう言っているのを聞きながら、わしは何よりも早くそちらを振り向いて視線をやった。
主公と満寵が応戦しているのが見える。
他の軍師たちも同じだ。
だが、の姿は見えない。



「覚悟!」



その時、敵兵が突進を仕掛けて来る。
わしはそれを吹き飛ばした。
夏侯惇の旦那と夏侯淵の旦那も、いつのまにかそれぞれ応戦している。
それにしても、は、どこに行ったんだ?

そう思っていると、夏侯惇の旦那がわしのところへ駆け寄る。
並ぶように立ちながら、同じ方向を見ていた。
その時だ、ずっとはるか遠くからこちらの方向へ走ってくる何かが見える。
大分小さく見えるが、あれは間違いない。
わしと、夏侯惇の旦那の声が重なった。



「「!?」」



夏侯惇の旦那が舌打ちをして声を荒げる。



「なんだって、あんな遠くに!淵!!」



夏侯淵の旦那が、こちらに並んで弓を構えた。
だが、すぐに下ろす。



「駄目だ!さすがに遠すぎるぜ!!ちくしょう!」

「わしに任せてくだせえ!!わしが行きやす!」



二人の声が後ろで聞こえる。
わしはただがむしゃらに走った。

間に合ってくれ!
間に合ってくれよ!!



「頼む、悪来!」

「任せてくだせえ!主公!!」



すれ違いざま、主公に声をかけられ、わしはそれだけ返した。
ギリギリ間に合うか微妙なところだが、わしはそれでも走った。
そして、わしは思った。
慣れねえ場所で、あんなに優しく笑うやつを放っておけねえ、って。

わしがだったら、知らねえ土地でどうしたらいいかなんて分かんねえし、きっとなんも出来ねえ。
それなのにあいつは、戦に出るのが初めてだっつう兵卒に優しく笑いながらメシをやってた。
そうだ、いま思い出した。

不安そうな顔してやがる兵卒もいんのに、あまりにもあいつ笑ってやがるからわしは聞いたんだ。
おめえ、なんでそんなに笑ってんだ、って。
そうしたら、あいつ”不安な時こそ、誰かの笑顔を見れたら、その不安は例え一時でも和らぐでしょ?だから、私のできることを今してるんです”そう言ってやがった。
あいつだって、戦は初めてだ。
だから、おめえだって初めてだろ不安じゃねえのかって聞いたら、あいつはまた笑って”人間初めてのことには、多少の不安を抱くだろうからそんなこと、いちいち考えたってしょうがないです”そう言った。
そして、”それに、不安な顔をしているより笑ってた方が何となく、何とかなるような気がするんです。何とかなるって思えたら、きっと何とかなりますよ。だから、自分のためにもできることをしてるだけです”そんなことぬかして、また笑いやがったんだ。

の境遇を考えれば、一番不安なのはあいつ自身だろうに。
わしには難しいことはわかんねえ。
けど、出来ることやってるっつったって、自分も不安な中で普通、あんなに優しく笑えるもんじゃねえ。
あいつは何かを一人で抱えて、多分、難しいこと考えて無理してやがんだ。
わしは心底、無理をして欲しくねえ、と思った。
上手く言えねえが、無理しながらあんなに優しく笑えるんなら、わしは、安心しながら笑って欲しい、と思う。
だから、ぜってえ死なせねえ!
もっとちゃんと、あいつの心の無理してるもん、全部なくなってから笑って欲しい。
それをわしは見たい。

そう思いながら、わしはただ走った。
だから、このあと起きたことは、わしはただただ驚いたし、どっかで嬉しいと思った。
ていうより、つい浮かれて興奮しちまった。

同時にそのあと、またどこかで不安にもなったが、わしは何より自身がそう決めたなら、とりあえずそれでいいと思ったんだ。
そのときのあいつの顔からは、少なくとも無理をしているような感じはなかったから。
わしはただ、そう思った。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


典韋が意外と鋭いっていう…
夏侯淵をどう呼んでるんだか、分かんなかったので
ゲームのここで呼んでるよ!みたいなの知ってる人いたらこっそり教えて下さい
さて、この後どうしようか…←


2018.03.28



←管理人にエサを与える。


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