その人は、綺麗な人

その人は、可愛い人

その人は、変わっている人

そして初めて、自分から興味を持った人






     人間万事塞翁馬 16















「どう?荀ケ殿。 から迫られた気持ちは?」



と、東平へ向かう道すがら、郭嘉殿が馬首を並べて私に尋ねた。
なぜ、今そんな質問をと思いながら、私は郭嘉殿を見る。
郭嘉殿はいつもの笑みを浮かべて私を見ていた。



「ど、どう、と言われましても…別に、私は…」



話しながら、私はその時のことを思い出してしまい、なんだか恥ずかしくなった。
自分の耳が熱くなるのを感じ、郭嘉殿の顔を見ていられなくなる。
誤魔化すように、正面を見て言った。



「どう、とも思っていません」

「そうなの?結構可愛かったじゃない。は荀ケ殿の”声のファン”なのに」

「からかわないで下さい、ただの演出だと、彼女は言っていたでしょう?」

「それでも十分だと思うけど。まあ、私はのファン、かな?」



郭嘉殿はそう言って笑いながら、なんてね、と付け足した。

東平へ向かうこの一群には郭嘉殿の他に、公達殿と満寵殿の軍も加わっていた。
私と郭嘉殿はその先頭にいて、公達殿と満寵殿もすぐ近くにいる。
私たちの行く道に立ち並ぶ木々は紅葉を始めており、朝露に濡れていた。
それが朝日を反射して輝いている。
靄はかかっていないが、遠くは少し霞んで見えた。



「冗談はさて置き、をどう見る?」



いつもと調子は変わらないが、視線をそちらに向けると、そこには郭嘉殿の真面目な視線。
私は少し空を見上げながら、言葉を探しつつ答えた。



「そうですね。主公との会話、そして棋の攻守からの考察になりますが……視野の広げ方、問題点の探し方、率直に言って素晴らしいと思います」

「なるほどね。使えると思う?」

「そこまではわかりません、実際と机上では分けが違いますから」

「荀ケ殿にしては珍しく辛口だね…じゃあ、荀攸殿は?」



表情を崩さずに郭嘉殿はそう言って、私の左後ろを駆けていた公達殿に今度は質問した。
私は、公達殿をちらりと見る。
公達殿は、視線を左に少し流しながら、ほんの僅かの時間なにか思案したのちに、馬を左にずらすように移動した。
私と郭嘉殿は、私たちの間へ来るのだと理解して、公達殿がそこへ並べられるように間隔をとる。
公達殿はそこに進み出てから言った。



「すみません、あの位置では聞こえぬかと思いましたので」

「いや、こちらこそ煩わせて、すまない。是非、荀攸殿の意見を聞かせて欲しい」



郭嘉殿がそう言うと、公達殿は真っ直ぐ前を見たまま答えた。



「彼女は…荀ケ殿の言うように視野の広げ方がいい、着眼点も申し分ない。また、どんなものにも全力で挑めるということは、その気質の真面目さと素直さを窺わせる。そういう意味で、俺も荀ケ殿と同意見です」

「…じゃあ、さっきと同じ質問だけど、使えると思うかい?」

「俺も、そこまではわかりません。ただ良い意味で、化ける可能性は高いと思います。ですが……仮に、このままあの勝敗どおりに話が進んだ場合、仕官の目的が薄く、いざというとき果たして使いもになるのかは、甚だ疑問です。もし、仕官し主公の下へ入るのであれば、根付く目的、理由がなければ期待するに値しない。と、俺は思います……まあ、それは俺の意見です。実際の所、他の人間の仕官の理由に意見するつもりはありません、好きにすればいい」

「なるほど、なるほど。荀攸殿らしい意見だ。意外と皆、が仕官した場合、外向きに配置される前提で考えているんだね」



そんなことを郭嘉殿が言うものだから、私はどちらともなく、公達殿と顔を見合わせて言った。



「そういうことじゃなかったんですか?」

「いや、私は一言も、外向き配置前提でどう思うか、なんて言ってないよ。ねえ?満寵殿。聞こえていただろう?」



そう言って、郭嘉殿はやや後方にいた満寵殿をちらりと見やった。
満寵殿は、郭嘉殿の左やや前方まで進み出て私たちを見る。



「それは意地悪ってやつだよ、郭嘉殿。私もてっきり、そういうつもりで質問していたんだと思っていた。それならそうと言わないと、流石に私たちでも分からないさ」

「おや、分が悪いな」



そう言って郭嘉殿は肩をすくめた。



「そんなことより、郭嘉殿はどうなんだい?」



満寵殿がそう聞くと、郭嘉殿は満寵殿を見て、そのあと公達殿と私を見た。
言葉は発しなかったが、満寵殿の言葉への同意を込めて、私は郭嘉殿を見る。
郭嘉殿は空を見上げてそれからまっすぐ前を見た。



「私も、基本的には荀ケ殿や荀攸殿と変わらないさ。だけどね、私は…は絶対に化ける、そう確信してるよ」

「…言い切りますね、なぜですか?」

「一番は、勘、かな」



私がそう聞くと、郭嘉殿はそう言った。



「勘…」



公達殿が呟く。



「そう、勘さ。あとは、そうだね……三人は、気づいたかい?昨日の棋」

「もしかして、主公の攻め手を封じた時の事かい?」



満寵殿がそう問うと、郭嘉殿は頷いた。
私は郭嘉殿をて言う。



「あれは、さすがにまぐれでしょう」



私は率直に言った。
郭嘉殿は首を傾げながら言う。



「そうかな?私は違うと思う。少なくとも、なにか考えたのは確かだ。まあ、ある程度、棋を心得ているのだから考えるのは当たり前なんだけれど、初めて打つ相手とあの場面になったら、普通はあそこに置きに行かない。あれは、主公の癖や好み、弱点に気づかなければ取らない手だよ」

「だから、それがまぐれだったという話じゃないのかい?」



満寵殿が郭嘉殿に言う。
郭嘉殿は満寵殿を見て、どこか神妙そうに言った。



「意外だね。私は満寵殿も、私と同じ考えだと思っていたのだけれど」

「私はまぐれだ、なんて言っていないよ。さっきの郭嘉殿の話が結局、荀ケ殿からしたらまぐれだったんじゃないかって話さ。そうだね、あえて今それに私自身が答えるなら…私もまぐれではないと思ってる。恐らく、ね」



暫く無言で、二人はお互いを見合っていた。
私も、公達殿もそんな二人をただ見守る。
ふと、郭嘉殿が息を吐き出した。



「ま、百歩譲って、まぐれだったとしよう。それを私は、まぐれじゃないと証明してみせるよ、近いうちにね」

「また、唐突だね。どうやって証明すると?」

「私が今度はと打つ。”ハンデ”なしでね。そうすればすぐに分かる事だ」

「ならば、その時は教えて下さい。同席します」



そう言ったのは珍しく公達殿だった。
私は公達殿を見た後、郭嘉殿を見る。
郭嘉殿は私を見て笑った。



「君もかい?荀ケ殿」

「はい」

「いいね、なんだか楽しくなってきたよ」



そう言って郭嘉殿は空を見上げた。
なんとなく、私も少し顎を上げて前方の空に視線をやる。
薄い膜をさらに引き延ばして千切ったような雲が広がっていた。

私はもう一度、殿のことを思い出した。
不思議な人だけど、悪い人ではない。
そして、きっと強い人だ、と思った。
ふと、懇願されたときのことまで思い出して、それが真意ではないことを知っているのに、再度耳が熱くなるのを感じる。
それを振り払うように、ゆっくりと深呼吸をした。

東平まではまだ暫くの時間を要する。
私はもう一度深呼吸をしながら、手綱を握り直した。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


軍師さん達の井戸端会議でした
他にも突っ込みたい話とかあったんですが無駄に長くなるので
また今度別のところに突っ込んでみます
前回まで同様、わたしの頭が悪いんで、話の内容が幼稚で申し訳ありません


2018.03.20



←管理人にエサを与える。


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