選択肢の無い道を突き付けられた時は、大体そのあとも選択肢がない

だけど、だからって勝手に道を作られるのは嫌だ

例え、誰かが用意した道だったとしても、その上から新しく作ることだってできる

行く先を変えられなかったとしても、私は私の道を作る

望まなかった道だとしても、それが私の道だったと言えるから






     人間万事塞翁馬 15















回廊を大所帯でぞろぞろ歩きながら、私たちは東屋まで来た。
そのごく近くに植えられた梅の木が僅かに紅葉を始めている。
けれど私はそれどころじゃなくて、左の曲げた人差し指の第二関節部分を自分の下唇に押し付けていた。
いつもの癖だ。

勝負するからには本気で行くけど、多分負ける…。
絶対負ける。
何年ぶりだと思ってるの。
ていうか、現役で軍略練る人たちに勝てるわけないでしょう、この能天気で平和ボケしている脳みそで。

ていうか、そもそも問題はそこじゃない。

別にいいのよ、私は。
ぶっちゃけ、就職先がどこだって。
仕事してお給料もらえるなら、この世界のどこにいたって多分同じだもの。
今更、好きな事を仕事にしたいの!なんてことは言いませんよ、この状況で。
だから、別にそれは構わないの。
そうじゃなくて、そうじゃなくてさ…問題なのは…。



「大丈夫?



私は名前を呼ばれて、指を唇から離しながら声がした方へ顔を向けた。
伯寧さんが私を見ている。
私は肩から少し力が抜けるのを自覚した。



「もし、どうしても嫌なら…」

「大丈夫です、いいんです、別に…問題はそこじゃないんです」



そう言うと、伯寧さんは首を傾げた。
けど、私はそれどころじゃなかった。
無意識に、先ほどと同じように人差し指の関節部分を下唇に押し付ける。
どこを見るでもなく、視線を足元に落とした。



「そこじゃないんです…問題は…」

…」



伯寧さんがそう、私の名前を呟いたけど、そのときの私にはただ耳を通り過ぎただけだった。



「準備が出来たぞ、



ふいに、曹操さんの声がした。
指示があったわけでもないのに、私の目の前から人が分かれ道が出来る。
私は手を下ろしながら無意識に背筋を伸ばした。



「考えたってしょうがない…とりあえず、やることをやる」



自分に言い聞かせた。







声のした方へ顔を向ける。
文則さんが私を見ていた。



「健闘を祈る」



深い意味はないんだろうな、と思いつつ、私はただその言葉に小さく頷いた。
前に歩み出て、曹操さんの正面、用意された椅子に腰を下ろす。
目の前には、自分が知っているものとは少し違う碁盤と、自分が知っているものとほぼ同じ形状だが木製の碁石が用意されていた。



「では、さっそく…」

「待って!」



曹操さんがそう切り出したのを、私は手の平を見せながら制止した。



「念のため、私が知っているのと同じなのか確認したいの。勝ち負けの決まりと流れを一度確認させてもらえませんか?」

「いいだろう」

「じゃあ、それは私から説明しよう」



曹操さんが郭嘉さんに目配せすると、郭嘉さんはそう言って説明を始めた。
だって、これは必要よ。
まず碁盤の路の数が違うんだもの。
それに、たしか現代でも日本と中国じゃ微妙にルールが違った筈。
まして、時代…いや多分、恐らくだけど世界が違うんだから当然、違いがあっても不思議じゃない。
私は、郭嘉さんの説明に耳を傾けて、違う部分を頭に叩き込んだ。



「…と、こんな感じだけど、分かったかな?」

「ありがとう、何となく分かった」

「何か違う所はあったか?」



曹操さんが聞く。
私は盤から目を離さずに答えた。
もう、さっきから私は半分自分の世界に入ってしまっている。
だからその時も、言葉遣いを気にかけている余裕は無かった。



「路の数と死に石は数えないこと、それが一番大きな違い…細かい所も微妙に違うけど、なんとかなる…なんとかする…オーケイ、はじめましょう」



言いながら、顔を上げ曹操さんと目が合ったところで、はたと気づいた。



「あ、しまった、ご、ごめんなさい…言葉遣いが…」



私は両手で顔を押さえた。
けれど、曹操さんは笑い出してその足を打つ。



「ははは、構わん。その位の方がわしも楽だ!楽しければ何でもよい!」



そう言って笑い続けていたが、唐突にそれはピタリと止んだ。



「さて、はじめるぞ」



その真剣な目に、私は思わず生唾を呑み込む。
こういう目をする人と、私は今まで会ったことが無い。
曹操さんが無言で盤の隅星に、私の石―こっちでは枯棊というらしい―をそれぞれ三個置き、残りの一ヶ所に曹操さん自身の石を一個置いた。
私は驚いて、曹操さんの顔を見返す。



「このぐらいはしてやらんと、流石に難しかろう?まあわしも、この場の誰も皆、おぬしの力量を知らぬゆえ果たしてこれがおぬしにとって吉とでるか、それとも変わらぬのかは、分からんがな」

「ハンデ下さるとは思いませんでした。感謝します」

「なるほど、ハンデ、な」

「はい」

「さあ、打て。おぬしからだ」

「では、はじめます」



私は、その場で深々と礼をしてから傍らの石を摘み、打った。
曹操さんが、白木でできた石を打つ。
私は無い頭をフル回転させながら、再び打った。

どうせ勝負するなら、勝ちに行く気持ちでいかなきゃ気が滅入る。
全力で当たって負けたなら、とりあえずその後の結果に不満は無い。
それに、一番の問題を、今は考えたくなかった。



はよく打つのか?」



曹操さんが問いかける。
私は頭の中の動きは止めずに、口だけ動かした。



「いいえ。祖父が身体を壊してからはほとんど」



ぱちりと石を置く。
曹操さんがその隣へ石を置いた。



「最後に打ったのは、どのぐらい前だ」

「五年以上」



正確に何年前かを、今は思い出している暇がない。
石を手の中で弄びながら考える。



「初めて打ったのは?」

「五つの頃」



石を置いた。
それからは質問は無くなって、ただ二人で黙々と打った。









 * * * * * * * * * *










途中、私はある二カ所のうち、どちらに打つか迷った。
石を右手の中で弄んで、左の人差し指の関節を下唇に強く押し付ける。

どちらに打てば、先が活きるだろう。
あえてどちらにも打たずに別の場所を取る選択肢もある。
けど、そちらを取っても大きな違いは無い。
それどころか可能性としては、そこが一番不利になる。

ならば、と私は最初迷ったうちの一カ所を選んで打った。
なんとなく、曹操さんならこちらを選ぶ気がする。



「むう、そうくるか…なかなか、やりおるな」



それからまた、私たちは無言で打ち続けた。
そしてどのぐらい時間がたったのか、碁盤にはもう活かせる石を置く場所が無いと思った時、曹操さんが言った。



「どうだ、。そろそろとわしは思うが」

「はい、私もそう思います」



お互い、どちらともなく死に石を除き、並べる。
私の右横に立って盤上を見ていた郭嘉さんが言った。



「へえ、これは驚いた…三目、主公が勝ちだ」

「わしにはさっぱり分かんねえですな」

「ふ、ふふ…ま、まあ、こんなものよ」



典韋さんが呟いたあと、曹操さんが腕組みをして言う。
どこか曹操さんの顔が引きつっているのは気のせい、だろうか。
そう思っていると、曹操さんの左隣でずっと腕組みをしていた夏侯惇さんが言った。



「孟徳、救われたな。おまえ、最初の枯棊を全てにやるつもりであっただろう?」

「え?」

「黙っておれ、夏侯惇。勝手にわしの心を読むでない」



私は思わず顔を上げた。



「残念だったな、。だが、孟徳相手によくも、まあ」

「ま、まあ…おまけも頂いてましたし、まぐれですよ、まぐれ…それに負けは負けですし」



私はもう疲れ切っていたので、色々突っ込みたかったが、その気力は無かった。
どっちにしたって、石一個のハンデで、確か十目分ぐらいの差だったよね…。
しかもこっちの方が路の数少ないし、あはは…。

そんなことを思っていたら、曹操さんが一度咳払いをして私を見た。



「さて、勝負はついた。忘れてはおらぬだろうな、?」

「ええ、忘れてませんとも」



採用試験が囲碁って新しい…。
現実逃避にそう思ったが、それどころじゃないんだ。

私は黙ったまま俯いた。



?」



伯寧さんの声がした気がする。
けど、私はそれには答えずに、意を決して曹操さんを見た。



「あの、そのことなんですけど…五日…私に猶予を頂けませんか」



その場にいた殆どの人間が、不思議そうに私を見たのが分かったけど、私はそれを気にしなかった。
曹操さんが言う。



「なんだ、逃げる算段でもするつもりか?」

「ちがいます、そうじゃないんです」



私は努めて平静に、そして即答した。
心を落ち着かせるために、一度息を吐いて、それから続ける。



「私、自分が決めたことから、逃げたくはないんです…」



言葉を選びながら。



「例え、どんな状況で、どんな道を行って…その先にどんな結果があっても……それこそ、今は想像できないようなことがそこにはあって、望まない結果だったとしても…私、逃げたくはない……もしかしたら、そういうことと直接には無縁で終わるかもしれませんけど、それでも私は…心に決めておきたいんです、絶対に目を背けない、自分の心から逃げない……」



私は無意識に拳を握った。



「確かに、そういう心構えは、してもしすぎることは無いだろうね。特には’そういうこと’とは無縁だったみたいだし。ここに身を置く限りはしておいて損はない」

「郭嘉殿…!」

「何かな?荀ケ殿。本当のことだろう?」

「…もう少し、言い方があると思います」



私は二人を見なかった。
それは本当の事だから、言い返すつもりも無い。







曹操さんが私の名を呼ぶ。
私は視線を上げた。



「それは、乱世だからか?例えば、おぬしの国におったら、おぬしはそのような覚悟をせなんだか?」



真っ直ぐ射抜くような視線。
私はそれを見返した。



「いいえ。心に決めたら、どんな結果でも自分の心からは絶対に逃げない…これは、私の誇り、プライド……向こうの仕事に臨もうが、こちらの仕事に臨もうが、それは一緒です……ただ、向こうでは無いであろう道を選ばなければなさそうなので、少し時間が欲しいんです…中途半端にオーケー出して、いざって時に狼狽えたくはない……本来なら優劣つけるようなものでもないのでしょうけど」



私は拳を握り続けた。
それは無意識だった。

話をするたびに、フラッシュバックする記憶から、私は逃げたいと思っているのに、何を言っているんだろうと思いながら言葉を選んだ。
けれど、選んだ言葉も事実だ。
むしろ逃げたい記憶があるから、私はそう思うようになった。
少なくともその記憶の時より後ならば、ここぞという時に私は逃げたことはない、それは胸を張って言える。

だけど、不思議なことに私はそのフラッシュバックする記憶の中に出て来る人物が誰なのか思い出せなかった。
ずっと思い出せずにいる。
それは、誰だったんだろう。



「いいだろう、五日、猶予をやろう」



曹操さんがそう言った。
だけど、その時あわただしく誰かが駆けてきて叫んだ。
兵士っぽい男の人だった。



「も、申し上げます!」

「…凶報か?申してみよ」

「そ、曹嵩様が陶謙軍に襲われ、殺されました!」

「なんだと!?」



曹操さんをはじめ、その場の誰もがみな動揺を隠さない。
私は伝令の兵士から視線を曹操さんに移した。
ずっと俯いてその表情は見えない。
暫くして顔を上げた。



「最低限の守備を残し、残りの者全員で徐州を攻める!時間が惜しい、動きながら指示を出す!まずは準備の整った者から、東平へ向かえ!!」



私以外の全員が拱手する。
若干、取り残されている私に、曹操さんが言った。



「そして、。おぬしはわしと共に来い」

「え?」
「孟徳!?」
「「「と、主公!?」」」



私と、夏侯惇さんと、曹休さん、荀ケさんに伯寧さんの声が重なった。
曹操さんは腕組みしながら体勢を崩さずに言う。



「戦がどんなものか…その目で見た方が早かろう。おぬしの言う、そういうこと、とは戦に関係することであろう?もし、目の当たりにし怖気づいたら、先の話、断っても良いぞ」



私は無言で曹操さんを見る。

曹操さんの言うとおり確かに、見た方が早いし、その場で感じた方がもっと早い。
けど、もしかしたら、私…この場合、命落す可能性があるのは否定できないよね…。

夏侯惇さんが曹操さんに何か言っているけど、私の耳には入っていなかった。

この時、正直なところ、私はもうある程度の覚悟はしていた。
昨日、練兵場からその様子を見学した時、練兵台の上から街を見下ろして、要所に作りものじゃない本物を手に警備にあたる兵を見た時、そして向こうとはちょっと違う、言葉では説明できない空気を感じた時に、もうある程度の覚悟はしていたんだ。

だから本当は、今更、何を考えたって行き着くところは同じだと、気づいてた。
あとできることがあるとしたら、それは実際に見ること。
そのあとのことは、いくら考えたって想像の域を超えることはないのだ。
それで自分が何を考えるか、それも正直な所わからない。
ただ、逃げ出すことはしたくない、後悔することもしたくない、そう思っているだけだ。



「わかりました、ご一緒します。確かにその方が、早いかもしれません」

「おい!おまえ、自分の言っている意味が分かっているのか!?」



声を張り上げる夏侯惇さんに、私は顔を向けた。
ああ、ほとんど初対面に近いのに、あんな顔して心配してくれるんだ…優しいんだな、そう思った。



「分かってます、もしかしたら私も怪我をするか、命落すかもしれないってことです。それから、例に漏れず…足手まとい」



私は自嘲気味に言ってから、気を取り直して続けた。



「だけど、もう決めましたから、行きます。そのかわり万が一のために、ちゃんと自分の武器、持って行きますね」



…まさか、こんな役の立ち方するとは思わなかったし、本来の使い方に近い状況になるとも思ってなかったけど。



「よし。ならば一足先に于禁の邸で待機していろ。行軍のための衣裳一式と兵を一人遣わす。準備が出来たら、その兵に伝えよ。あとはその者の指示通りに動くが良い。わかったな」

「わかりました」

「于禁よ、すまぬが先に、を送り届けよ」

「承知いたしました」

「では、各々解散」



そう言って、曹操さんは典韋さん、曹休さん、夏侯惇さんを伴って私の横をすり抜けていった。



「じゃあ、私たちも行こうか」



そう言って郭嘉さんは荀ケさんと伯寧さん、荀攸さんを見た。
…荀攸さん、一言も発しなかったな…。







郭嘉さんが私の名前を呼ぶので、そちらを見上げようとしたとき、ふいに手が降ってきた。



「がんばってね、危ないときは守ってあげる」



だから、そのぽんぽんを止めんかい、と私は気分が上がらないなりに睨みあげる。
そんなこと、気にしている感じは当然なくて、郭嘉さんはにこにこしながら、荀ケさん達と行ってしまった。
ふ、とまだ残っていた伯寧さんと目が合う。
伯寧さんが私に向き直って言った。



…とりあえず、東平までは何事もなく行けると思う。だけど十分気を付けて……ただ、主公と一緒ということは、典韋殿も一緒の筈だから、大丈夫だとは思うけど………正直、こんなことになってすま」

「謝らないでください」



私は、段々と暗い顔になる伯寧さんの言葉を遮って、言った。
伯寧さんはびっくりしながら私を見ている。



「別に伯寧さんは悪くないじゃないですか。だから、謝らないでください。どんな状況にしろ、最後に決めたのは私です。私が決めたことだから、誰かのせいじゃないです。そこ謝られると、私も謝りたくなります…だから、謝るのはやめましょう?」

…」

「伯寧さんは笑っててください。私、その方が元気貰えるので……まあ、勝手に、ですけど。今死ぬわけじゃないんです、そんな深刻に考える必要ないですよ……さ、行きましょ、出遅れちゃったらマズイです」



私は行くと覚悟を決めた割に、どきどきとする心臓や少しの漠然とした不安が自分の中にあることに気づいていた。
それを表に出さないように悟られないように、笑いながら伯寧さんの背中を押してその歩みを促すことで、何よりまず自分のために誤魔化した。
そして、文則さんの方を振り向く。



「文則さん、お待たせしました。行きましょう、よろしくおねがいします」



文則さんは無言で頷いて、私たちはそこを後にする。
私は、もう何を考えたらいいのか、何から整理した方がいいのか分からなくなって、深く考えるのをやめることにした。
どうせ、考えても同じだし、考えなきゃいけない時は嫌でも考えるものだろうと思ったから。

それが逃げることかどうかまでは、分からなかったけど。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


囲碁は詳しくないのであれですけど、後漢時代は置碁始まりが通常だった気がします…
そして、あんまり頭良くない会話で本当ごめんなさい
とりあえず、やっとゲーム本編に足突っ込めそうです


2018.03.20



←管理人にエサを与える。


Top_Menu  Muso_Menu



Copyright(C)2018 yuriwasabi All rights reserved.  designed by flower&clover photo by