いつも、何事も基本は全力でやるようにしてるんだけど 後から考えたら、何もあそこまで全力でやる必要なかったな、と思った だけどそれって今更だから、もし何か頼まれるようなことがあったら 謝罪の気持ちを込めて何でも引き受けよう、とそう思った 人間万事塞翁馬 14 まさかこんなに質問攻めにあうなんて…。 私は準備された椅子に腰かけながら気づかれないように、静かに息を吐き出した。 目の前には曹操さんがいる。 その向かって左後ろに典韋さんがいて、右後ろに夏侯惇さんと曹休さんがいる。 そして、私の左後ろには文則さん。 右後ろの壁沿いには、郭嘉さん、荀ケさん、伯寧さん、荀攸さんが順に立ってる。 荀攸さんは初見だけど…こんなに勢ぞろいするなんて、私、聞いてないぞ…。 …ていうか、尋問されてるのかな……。 多分、そんな絵面になってると思う。 因みに、伯寧さんは案の定掛け違えてた。 ……気になる。 ともかく、朝っぱら出だしからびっくりだった。 文則さんに連れられて宮城に来たまでは良かったけど、曹操さんがまさかのお出迎えをしてくれたのだ。 なんで部屋にいないの? 一緒にいた夏侯惇さんの呆れた顔が、すごく印象的だった。 それから城の中歩きながら、まあ聞かれる聞かれる。 なんてことはない挨拶の作法から始まり、まあ出てくる、出てくる。 そんなに質問することってある? ってぐらい出てくる。 で、実はさっきまで向こうの政治のしくみと、会社やその社会のありようについて話をしていた。 ○年以上勉強から遠ざかってる私は、忘れかけていた単語を引っ張り出しながら説明したことは言うまでもない。 ただ、段々話ながら自分の会社で置かれていた……というか主に税金の制度とか法の縛り方の甘さや、現場を知らない机上の空論ばかりな規定への、不満や怒りが込み上げてきて、爆発する前に話を一度強制終了させた。 それは、ついさっきの話。 「よく分かった。実に面白い話だ。しかし、その話は参考になるが、その前にこの乱世を終わらせねばならぬな」 「乱世…」 私は無意識にその単語を反芻した。 曹操さんが無言で頷く。 「国が乱れ、民の中には明日の生活をもしれぬ者も少なくない。私欲を貪る者どもが蔓延り、もはや朝廷は意味を成しておらん。まずはその状況を一日でも早く打破し、少しずつでも着実に、そして迅速に秩序を取戻し乱を治めてゆかねばならぬ」 「なんとなくですが、この国が置かれている状況は、先ほどの問答で分かりました。一日も早く、平定されることをお祈りします」 そう言って、私は頭を下げた。 「うむ。その為にも、まずわしは一人でも多くの才を必要としている」 「はい、それが夏侯惇さんや、郭嘉さん達ですね」 「そうだ。それでな、…」 「はい…?」 私は、急ににやにやしながら前かがみになった曹操さんの意図が分からないまま、相槌を打った。 なんだろう…ちょっと不安しかないんだけど。 「おぬし、仕官先を探していると、郭嘉から聞いたが、真か?」 「は?……んー…仕官先っていうか…就職先は探してますけど……」 「同じだな」 「…同じ…ですかね?」 「同じであろう」 「…そうですか?」 「そうだ」 「そうですか?」 「そうであろう」 「そうでしょうか?」 「……そうであろうな」 途中でこの人がどうしたいのか気づいたので、私はしらばっくれてみたんだけど…。 すっごい、ドスの利いた声と視線で言ってくるので、とりあえず、これ以上しらばっくれるのを私は諦めた。 だってさ、マジで修羅場を抜けてる人でしょ。 そこらのチンピラと分けが違うじゃない…。 「そうですね」 …でも、絶対、ニュアンスが違うと思うんだけどな、私…。 「わしのところに来い。おぬしの才が欲しい」 「大変ありがたい申し出ですが、おことわりいたします」 まったく、唐突だな、おい。 そう思いながら、私は即答した。 「即答か。良いではないか、利害は一致しておろうに。能力次第では優遇するぞ」 「それは勤労者にとっては何よりですね。ですが、謹んでおことわりいたします」 「なぜ、そんな頑なに断るのかな?すごく魅力的な就職先だと思うけど」 私は突如声がした方へ顔を向けた。 当然、その先には郭嘉さん。 目が合ってしまった…。 こちらに近づいてくる。 …逃げたい。 傍まで来ると、顔を近づけ覗き込むようにして言った。 「やっぱり、私の紹介先じゃ嫌かな?」 私は眉間に皺を寄せる。 「とりあえず、紹介して下さってありがとうございます。ですけど、そういうんじゃないです。そうじゃなくて……その、私が仕官したところで、何の役に立つんでしょう?一言に才、とおっしゃいますが、ならば私にはどんな才が?さっきもお話しした通り、私はただの民衆の一人ですよ。その他大勢のうちの一人。大した能力もないし、それはこっちに来たって、変わることもない。いうなれば、不変。そして、私は無能です」 「君が気づけていないだけで、充分、君は才に溢れているよ」 「郭嘉の言う通りだ。おぬしが気づけておらぬだけよ。だが、だからこそわしはおぬしの才が欲しい」 私は困惑した。 だってそうでしょ、この人たち私の理解の範疇外で話してるのよ。 この二人以外、誰も話してくれないし…誰か、誰かヘルプミー。 「そんな漠然と言われましても…熱烈なファンコールはありがたいんですけど、承服しかねます」 「ふぁんこーる?」 ああ、しまった…また横文字を…。 曹操さんが不思議そうに繰り返す。 私は顎に手を当てながら、床を見つめて唸った。 「んー、なんていうんだろうな、これ……えーと、気に入った人とか贔屓にしている人なんかにかける、かけ声…かな」 「贔屓にしている人にかける、かけ声…?」 曹操さんが首を傾げる。 「いまいち掴めないな…今のやり取り意外に、例えば?」 と郭嘉さんも首を傾げる。 えー、ウソでしょーー、だめ?今のじゃ…? 「んー、困ったなー…それ今、重要?」 「重要だ」 「曹操殿に同じく」 「ウソー…えーっと、そうね…」 そうね…。 例えばね…。 あー、うん、あーいうのかな…。 あれやるのか、嫌だな…。 けど雰囲気も必要だよね、空気感とかさ…。 ニュアンスって口では説明しにくいし…。 やるの? 「んーと…」 私は辺りを見回した。 皆、不思議そうに私を見ているけど、私今それどころじゃない。 あれを、平静装って出来る相手じゃなきゃ…。 曹休さんと目があった。 ああ、曹休さんでいいや。 典韋さんでもいいけど、遠いし…夏侯惇さんだと、私多分表情筋堪えられなくなる。 私はそこから立ち上がって数歩前に出てから両の手の平を顔よりやや下の前で合わせた。 「曹休さん、ちょっと協力していただけませんか?」 不思議そうな顔をして曹休さんが曹操さんを見る。 曹操さんも、私が曹休さんを名指ししたことでそちらを見ていた。 「文烈、協力してやれ」 「はい」 そう言って、曹休さんが数歩前に進み出てくれた。 私は内心、曹休さんに土下座する。 手を合わせたまま、頭を下げた。 「すみません、協力よろしくお願いします」 「は、はあ…それで、私は何を…」 そこで、私は一度目を閉じて息を吐き出した。 ちょっと心を落ち着かせないと、これ出来ない。 頭の中で即興のセリフを反芻する。 あーあ、これやりたくないな…。 でも、いい表現が浮かばないんだよな…ああ、語彙力…。 「よし…」 私は目を開けると、不思議そうな顔をしている曹休さんの左手を両手でぱっととり、普段でも絶対しないような笑顔を作って見上げた。 そして、間髪入れずに、普段より声音をワントーンあげて言う。 「私、曹休さんのこと大好きなんです!ずっと応援してました!これからも応援してます!頑張って下さいね!!」 一瞬、場がシーンと静まり返る。 そりゃそうだろ。 行き成りこんなことされたら、普通引くだろ。 私は、三秒ほどあけてから、一瞬で表情を無くすと固まったままの曹休さんに、直角90度で頭を下げた。 「すみません!ご協力感謝します!今のはただの演出ですので、全力で忘れて下さい!!」 恐ろしくてもう顔見れないわ。 そう思いながら、これだけでは例えとしては足りないと考えている私は、気を取り直して顔を上げた。 羞恥プレイに間違いはないが、それよりも今は”ファンコール”が何なのか伝えねばなるまい。 と、私はそれに必死だったのだ。 後のことはあとで考える。 「…とか…割と意味合いが広いからな…え、と…」 「ほう…」 この時の私は、もう自分の心の中の言葉が全て表に出ていることに気づいていなかった。 それどころじゃなかったから。 またきょろきょろしてると、近くにいた郭嘉さんが私に言う。 「私が協力してあげようか?」 「や、いいです。大丈夫です。調子狂うので勘弁して下さい」 「ならば、荀ケよ、協力してやれ」 「え、わ、私ですか…はい…」 そう言って、曹操さんが荀ケさんを見た。 私は、曹操さんを見てから荀ケさんを見る。 ちょっとうろたえてるけど、…まあ荀ケさんならなんとかいけるかな。 目があうとわざわざこっちに出てきてくれた。 いい人だ。 それを…ごめんなさい…。 私は曹休さんの時と同じように手を合わせて頭を下げた。 「すみません、ご協力よろしくお願いします」 「は、はい…こちらこそ」 目を閉じたまま息を静かに吐き出す。 ゆっくり目を開けてから、自嘲した。 「…やるか…」 私は一度口を閉じ、意を決して全力の笑顔を作った。 もう暫く愛想笑いはしなくていいや、一年分ぐらい笑ったもん。 そして、身体を伸ばすようにして荀ケさんを見上げながら、祈るように両手を組んですがるように懇願した。 「私、荀ケさんの声が好きで…荀ケさんの声じゃないと、朝起きられないんです!私のために、朝起してくれませんか?」 勿論、声も作りましたよ。 本日二度目の、この空気。 自分でも何言ってんだろって思ったよ。 私は三秒ほど間を取ってから、気持ち前へ押し出していた自分の体を起こして、同時に手を解いた。 表情筋と言う表情筋を全て下ろす。 なんていうか…。 「ほんっと、自分でやってて気持ち悪いわ…、ありえない」 口内で呟きながら、首を横に振った。 それから、曹休さんと同じように固まったままの荀ケさんに、私は直角90度で頭を下げる。 「申し訳ありませんでした!御無礼お許しください!ご協力に感謝いたします、今のは演出ですので、全力で忘れて下さい!!」 ああ、同じく恐ろしくて顔見れないよ。 とりあえず、今は顔見ないようにしよう。 そう思いながら、私は曹操さんを振り返り、自分の座っていた椅子の前まで進んだ。 「そして、最後に…」 そこで私は直角90度で頭を下げる。 それから少しだけ声を張り上げ、声音を作らずに言った。 「曹操さんの詩は、大変抒情的でよく拝見いたしております。昔から大好きでした!大ファンです!これからも素敵な詩を詠んで下さい!楽しみにしています!!」 シンと静まる中で、私はゆっくり体を起こして、まっすぐに曹操さんの目を見た。 同じように、曹操さんも私を真っ直ぐに見ていた。 身体を起こして、三秒後ぐらいに私は肩の力を抜く。 「…みたいな感じでしょうか。伝わりましたか?」 「うむ…わしが悪来に、よくやった!というようなものか?」 「え、違います違います、それは多分、激励ですよ」 「ほう…では、告白とは何が違うのだ?」 「そもそも告白は、表に出すのを躊躇っている心の内を明かすこと、ですよね?例えば、さっきの曹休さんに、私がもし恋心を抱いてずっとそのことを心の中でだけにしまっていた。その上でそれを打ち明かした、というのなら、まあ告白になりますけど、さっきのはそういうのが一切なくて寧ろ表に出したいんです、そこに躊躇いとかないんです。だから、告白とはちょっと違います。同様に、単純に同僚へ声をかけるのも違います、そこには”お気に入り”だとか”贔屓”はないでしょう?例外がないわけじゃないですけど、基本恋愛感情を超越している”好き”という感情がないと、それはファンコールといいません。ただの応援、声掛け、激励です……と、まあ私は解釈してますが」 違っていたら、ごめんなさい。 「うむ、大体わかったぞ」 「私も分かった」 「ああ、お分かりになられましたか、それはようございました」 私は棒読みしながらにっこり笑っている郭嘉さんを見て、彼が何に合点したのかを理解した。 そう、あの街のお姉さま方、そこに行きついたに違いない。 …まあ、多分あれは恋愛感情も抱いているだろうけど、どちらかといえばファンコールに近いだろう…多分。 私は、なんとなく固まっていた場の空気が、”なるほど”に流されていることに気づき、はたとした。 それじゃない。 問題はそれじゃない。 「ていうか、話し元に戻しましょうよ。ファンコールとかどうでもいいですよ。これはちょっと置いときましょう。つまるところ、私は丁重にお断りいたします」 そこまで言って、もう一度私は頭を下げた。 頭を上げると、曹操さんと目が合う。 「それは、困る」 「いや、そう言われましても…私も困ります」 私は、椅子に腰かけた。 見下ろしてるの、いたたまれなくなって。 その時だ、まったく問題を色々と投下してくれるな、この男は…。 「曹操殿、私に提案がございます」 「なんだ、申してみよ」 すると、郭嘉さんは私を見下ろしながら一瞥した。 そして、曹操さんに拱手した。 「棋の勝負をなさっては如何でしょうか?曹操殿が勝てば、が仕官をする。が勝てば、曹操殿はを諦める。如何ですか?」 「棋!?って囲碁!?…しまっ」 私は、思わず声を上げ立ち上がってしまった。 途中で、しまったと口を手で押さえたが、もう遅い。 これでは、棋を知ってますと言っているようなものだ。 いや、まあ、きっとここでは割とポピュラーな遊びなんでしょうよ。 だけどさ…。 ちらりと郭嘉さんを見ると、こちらを見下ろしながら片方だけ口角をあげた。 なんて嫌味なヤツなんだ…! くそ〜、もうしらばっくれるのは無理だなぁ…。 棋?ナンデスカソレハ…って言いたかったなあ…。 「どうやら、も心得があるようです」 「そのようだな。よし、そうしよう。早速、盤をもて」 「え、いや、私まだいいって言ってないですけど」 「今回ばかりは、選択肢はないぞ、。勝つか負けるか、どちらかだ」 そう言う曹操さんの目は、大変素晴らしく輝いておいででした。 私は立ち尽くしながら額に手を当てた。 なんてことだ…。 絶対負ける。 「折角だ、場所を移すぞ。文烈、いつもの所へわしらが着く前に準備させろ」 「は、はい!」 そう言って、曹休さんは部屋を出て行った。 いつもの所、で通じるの凄いな。 私は半分現実逃避を始めた。 「おぬしらも来るか?」 曹操さんは誰にともなくそう言う。 「無論だ。ここまで立ち会わせておきながら、行かぬものなどおるものか」 夏侯惇さんが答えた。 「では、行くとするか」 曹操さんがいい笑顔で私を見たけど、きっと私の顔は引きつっていたと思う。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) ていうか、ファンコールって何? と、自分でも書きながら訳が分からなくなりました きっと、ヒロインも訳わからない状態で演じていることでしょう お分かりかと思いますが、単純にヒロインに演技してもらいたかっただけです そして、人選は割と適当です 荀攸とかでもいいかな、と思ったんですけど、とりあえず荀ケにしておきました 恐らく、ファンコールの例えは間違っていると思います もう、告白でいいでしょ… 2018.03.20 ![]() |
Top_Menu Muso_Menu
Copyright(C)2018 yuriwasabi All rights reserved.
designed by flower&clover photo by