私と満寵殿以外の誰かであっても、同じように思ったのだろうか

そればかりは分からない

ただ、この素直すぎる気質がいつか仇にならなければいい

漠然とそう思った






     人間万事塞翁馬 13















日が沈み、しかしまだ山の際に明かりが残る時分に私は邸へ戻った。
用があり厨房へ向かう途中、侍女たちの話し声が耳に入ってくる。
どうやら三人いるようだ。
私語は慎めと日頃から注意し、それを守っていた筈なのにおかしいと思いながら、私が叱りつけようとした時だった。



様のお肌ってなんであんなにスベスベなのかしら?」

「ね〜たしかに!どんなお手入れをしていたらあんなに?って感じよね。教えて頂きたいぐらいだわ」

「え、それ本当?私まだだから、明日は私にさせてもらいたいわ」

「ほんと、ほんと。もう、うらやましいぐらいよ。是非あなたが明日は流して差し上げて」

「そういえば、様…今日ももしかして眠られちゃった?」

「ええ、あたり!お身体流して差し上げてたら、いつのまにか寝息を…!あなたの言った通りね、まったく可愛らしい」

「でしょ〜、冥利に尽きるわね!あんなに気持ちよさそうにしていただけるなら、毎日流して差し上げたいもの」

「ああ〜、わかる〜」

「ええー、いいな〜。私も見たい〜」



私は、聞いてはいけないものを聞いてしまったような気がする。
自分を断罪せねばならんのではないだろうか。
いや、だがその前に侍女たちの口を黙らせねばなるまい…。
私は、なるべく大きく咳ばらいをした。
すると、ぴたりと止む会話。
それを見計らって、私はその部屋に入った。



「勤務中の私語は慎めとあれほど言っていた筈だが」

「ご、ご主人様…!も、申し訳ございません」

「「も、申し訳ございません!」」

「誰がどこで話を聞いているか分からぬ。常日頃伝えているのだ、言いたいことは分かるな?もう、これ以上言わぬ、肝に銘じ厳に慎め。だが、次は無いぞ」

「「「はい」」」



常日頃から言っていることだ。
今回はこの程度で効くだろう。
反省しきり拱手して頭を下げる三人を見下ろしてから、私は一番務めの古い侍女に向かって言った。



「ところで、はどうしている?」

「はい、先ほどお料理を運び終えましたので、今はお食事中でございます」

「そうか」

「…それで、その様から言伝を預かっているのですが」



言いながら、その侍女は拱手した手を少し下げ上目づかいでこちらを見た。



から?」

「はい、ご主人様が湯あみを終えたら部屋まで来てもらえないか伝えて欲しい、と」

「そうか、分かった。報告、ご苦労。湯の準備は出来ているか?」

「はい、いつでも」

「ならば、行こう」



私はそれだけ伝え、その部屋を後にした。
の意図がまったく読めないが、どちらにしても埃まみれのまま会うのは失礼だろう。
先にの様子を確認しようと思っていたが、私はあとにすることにした。









 * * * * * * * * * * 










汗を流し、着替えてから私はのいる部屋へ向かった。
湯を終えた時に、侍女には二人分の酒を用意し持ってくるように指示を出した。
確かは酒を嗜んだはずだ。
あった方がいいだろう、と思った。
日は完全に落ち、辺りは夜の闇に包まれている。
目的の部屋の前に着くと、私は中に向かって声をかけた。



、私だ」

「どうぞ」



すぐに返答があり、私は戸を開けると中へ入った。
油燈で照らされた室内は、外に比べれば大分明るい。
しかし、の邸へ邪魔した時とは比べ物にならない。
あれは確か、火ではないと言っていたか。
全く不思議な体験をさせてもらったものだ。
もし、自分ではなく他の誰かがあそこへ行っていたら、どうしただろうか。
と、ふと思ったが、それはの問いかけによって中断された。



「お仕事お疲れ様です、お帰りなさい、文則さん」



改まって言われると、案外気恥ずかしいものだと思った。
…それともだから、だろうか。



「うむ…今帰った……ところで、。食欲がないのか?あまり進んでいないようだが」



立ち上がろうとするを歩みながら制し、そのごく正面に腰を下ろす。
努めて平静を装いながら、私は疑問を口にした。
侍女たちが運んだ料理に手を付けた痕跡は見えるが、時間の経過具合を考えるとそれ程進んでいないように見える。
どこか具合でも悪いのだろうか?
もし、そうならば医者に見せねばなるまい、と考え始めた時、それが間違いだったと教えてくれたのは自身だった。



「そうじゃないんです、折角なのでお食事ご一緒に出来ないかと思って、勝手ながらお待ちしてました」



私はただ驚いた。
まさか、そんなことで。



「そうか…だが、もし今日も私の帰りが遅かったらどうするつもりだったのだ?些か、無謀であろう」



そう問うと、予想外の答えが返ってきた。



「それはありえません」

「なぜそう思う」

「……実は、練兵場からの帰り際、詰所の当番表が目に入ったので悪いとは思いつつ、ちらっと見たんです」



と、悪戯したあとの子供のように言うのだ。
私は正直面食らった。
そして、意外に鋭い観察眼を持っていると思った。
…いや、多分意外ではないのだろう。
私はそう思い直した。



「そうであったか…は諜報員に向くかもしれんな……無論、冗談ではあるが」



そう望んでいると思われたのではないかと思い、私は慌てて付け足した。



「失礼いたします、お酒をお持ちいたしました」



丁度その時、侍女の声がする。
不思議そうな顔をするをそのままに、私は戸の外へ向かって返事をした。
間もなく侍女の一人が酒の入った取っ手付きの瓶と杯を二人分準備して現れる。
私は傍らを指し示しながら言った。



「ここへ。それから、私の食事もここに持ってきてくれ」

「かしこまりました」



部屋を後にする侍女の背を見送る。
すると、が声を上げた。



「え、ご一緒してくれるんですか?」

「無論だ」

「ありがとうございます、やった



そう言って、最後に小さく呟いたのを私は聞き逃さなかった。
この時の嬉しそうな顔は、多分忘れないだろう。
そしてふと、昨日の持ち物を帰した時のことを思い出した。
あのときも、こうやって笑っていた。
思わず口元を片手で押さえる。
ああ、自分を断罪せねばなるまいな…。
自分の邸へ帰れなくなった彼女に対してこのような…。



「文則さん、どうしたんですか?どこか具合でも悪いんですか?」



そう言って立ち上がろうとしたを私は制した。
私は何をしているのだ。



「大事ない、気にするな。それよりも、一献どうだろうか?の邸で飲んだビールほどではないだろうが」



気を取り直しながら、私はに杯を差し出す。
はそれを受け取りながら言った。



「是非。大丈夫、きっと美味しいですよ。だって文則さんと一緒に飲めるんですから」

「そうか」



明日、自分に罰を科そう、と私は心に決めた。
酒を注ぐ。
注いだそれを手に、私は目線より少し低い位置まで掲げ左手を添えて、丁度拱手するような形をとる。
は一瞬目を見開いたが、すぐにその意を介し笑みを浮かべて同じようにした。
それを見計らって、私は手にしたそれをに向かって少し押し進め、そして一気に飲み干す。
これがこちらの一杯目の作法だ。
不思議そうにしていたは小さく、なるほど、と呟くと私と同じようにして飲み干す。
手を下ろしてから視線を上げると、は言った。



「こんなかんじですか?」

「うむ。こちらでは、大体初めはこうする。覚えておいて損はないだろう。二杯目以降はその場の雰囲気にあわせればよい」

「はい、ありがとうございます」



再び、の杯に酒を注いだ。
その時、がそうだ、と声を上げたので、私は視線を上げた。



「私、文則さんにお礼を言いたいんです」

「礼ならば、今朝も聞いた。昼にも聞いている。そのように気を遣わずとも良いが…」

「違うんです、ちゃんとお伝えしたくて」



そう言うと、は杯を手にした両手を下ろし、少し俯いたので私はの言葉を聞くことにした。



「わかった、聞こう」

「ありがとうございます」



そう言って、暫しの沈黙ののち、徐に口を開いた。



「…昨日、一人で食事をとった時に、誰かと一緒に食事ができるのって、すごく楽しくて、素敵なことだったんだなって気づかされたんです。一昨日、文則さんと私の家で食事をした時、私、本当に何年ぶりにあの家で、自分以外の誰かと一緒に食事をしたんです。祖父は二年前に亡くなりましたけど、その前から身体の調子を悪くしていて、もうずっと家にはいなかったので。その時は何とも思わなかったんですけど、昨日一人で食べていて、ふと一昨日のこと思い出したら、お恥ずかしい話、寂しいなって思っちゃって……それで気づかされたんです、誰かと一緒に食事できることの大切さが。勿論、向こうでも昼間は職場の人間と一緒に食事を取ってたので、ずっと一人だったわけじゃないんですけど…だけどそれがあたり前だったので、きっと分からなかったんです……だから、それに気づかせてくださってありがとうございました」



そう言って杯を卓に置くとは頭を下げる。
しかし、その頭を上げるや否やぱっと両手を合わせて言った。



「それと、ごめんなさい…あともう一つ。これは、伯寧さんにも別れ際にお伝えしたんですけど…」



私はを見る。
すっと目を閉じてほんの暫くそうしたが、一度息を吐き出すとすっと目を開けて、何か意を決したように口を開いた。



「…私の家にきたのが、文則さんと伯寧さんで良かったです。気を遣うなと言ってくれる、また明日と言ってくれる、そんなお二人だから、私多分、自分のことを考えていられるんだと思います、上手く説明できないんですけど……えっと、だから…うーん、とりとめがなくなっちゃったな…ごめんなさい、だから、ありがとうございます。多分きっと…すぐには帰れないだろうし、もしかしたら…ううん、だから…どうかこれからもよろしくお願いします」



最後の方は、どこか寂しそうというよりも、諦めの様に見えたのは勘違いだろうか。
満寵殿から話は聞いた。
主公がそれを望むのならば私に異論はないが、しかしそれでも、はどう思っているのだろう。
だが、それは今聞くべきことではないように思い、口にするのは止めた。



「だから、気を遣うなと言っている。こちらこそ、よろしく頼む。そして尽力しよう、が自立して生活できるようにな」



そう付け足すと、は驚いたあとに破顔した。
きっとこの答えが、一番望みのものだろうと思う。

―――基本は、素直だ。
ただ、こういう場面で素直に聞かぬところが多々見受けられる。
そこが歯がゆいが、寧ろそれこそがの良いところなのだろう。
今は、そう思うことにした。

その後、私たちは杯を重ねた。
誰かと語らいながら飲む酒が、こんなにも美味いと感じたのは初めてだった。
この一度だけで終わって欲しくないと願う。

明日は、主公のもとへを連れていくことになっている。
昼間、遣いの兵から聞かされた、主公からの指示だ。
それをに伝え、ひとまず私の一日は終わった。

…そして自室へ戻る途中、明日とは言わず暫くの間、私は自分に罰を科すことに決めたのだった。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


侍女でしゃばりすぎて、すみません
ギャグにするつもりじゃなかったんですけど、何かすっごいギャグだった
しょうがないか、于禁だし←
いや、褒め言葉ですよ
多分、ヒロインは飲む前から酔ってるんでしょうね、困った子だわ
于禁は兵の統率上手そうなので、割と感情読んだりするのは得意な方だと思いました
そういうことにしてください

ところで、飲食の作法は全然違うし出鱈目です
注がれた一杯を一気飲み、ぐらいしかあってません、多分
しかも最初の一杯じゃなく、何回でも、注いだら一気飲みらしいです。消防団か…?
そして、お酒は普通食後にしかやんないらしいです
食事してから→酒宴、らしいのでまあ、色々出鱈目なのはお分かり頂けたかと
以上、お知らせでした

2018.03.16



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