が郭嘉殿と話していたことを聞いて私は自分が馬鹿らしくなった 例え自分の考えに迷いがあったとしても、味方でいたい 今、そう心に決めた 人間万事塞翁馬 12 建築途中なのは兵舎だと伝えると、は、そんなものを素性が分からない人間に見せて良いのか、と言ってきた。 ここに連れてくる前までの反応だと、てっきりそのまま飛びつくと思ったのに。 ああ、そこに目がいくのか、と彼女は案外どこか冷静なのだと思った。 あれだけ建築そのものに興味を示していたのに。 確かに、素性の知れない人間にこんな場所は見せられないが、はどんなにひっくり返っても、敵にはならないだろう。 見ていてそう感じる。 それに、”ここ”に来たばかりなのを知っている私からすれば、に限ってだけど、これを見せても何の問題はないと思っている。 なぜなら、これだけを知った所で他の情報を知らないなら計略をめぐらすことなど出来ないからだ。 そのことを伝えると、何か言いたげではあったがそこでは何も言わず、気を取り直すように私を見上げ、じゃあ良しとします、と言って見学を始めた。 彼女はこんな調子で色々切り替えてるみたいだけど、果たしてそれで本当に気が休まっているのか? そこは甚だ疑問だった。 彼女の真意も分からない。 そんなことを考えていたせいか我ながら珍しく、好きなもの、を前にしていたのに不思議と気分は上がらなかった。 兵舎の建築現場にいたのは巳刻。 その後、昼の腹ごしらえを終えて、今は詰所が併設された練兵場の中だ。 昼の時には、またが不思議な行動をとっていたことだけは言っておこうと思う。 食べ物に挨拶するなんて聞いたことが無かったけど、に話を聞いて、私は納得した。 それにしても、彼女はしっかりしているのか抜けているのか分からないな、と思ったのはとりあえず、黙っておこうかな。 「何か、やたら空気がピリピリしてませんか?伯寧さん」 練兵の様子が見渡せるように建つ建物の外階段を登っていた足を止めて、が視線を向けずに言う。 私は、同じように足を止め、を振り向いた。 「ああ、それはね…ここを登りきったら分かるよ」 それだけ伝えて私は石階段を再び上る。 後ろから、ついてくる気配が分かったので振り返りはしなかった。 最上段の階段を登り切り、四、五歩進んでからうしろを振り返る。 は最後の階段に足をかけようとしていた。 「こういうことだよ」 様子を見計らって私がにそう言うのと、が登りきって顔を上げるのと、それはほぼ同時だった。 「そこ!動きに乱れがある!周りに合わせろ!!もう一度、最初から!!!」 清々しい青空に、その怒号は響く。 ほぼいつもの光景だが、は動きを止めてそちらを見ながら目を見開いていた。 というより、固まっている。 私はつい込み上げた笑いを押し殺すように、拳を口元に当てた。 そんな中、が戦慄きながら言う。 「絵に描いたような鬼教官……なんと…私、そんな人に説教しちゃったのか…良かった怒られなくて」 のその小さな呟きに、私は一気に笑いがおさまった。 己の耳を疑いたくなるだろう? だって、今。 「え、于禁殿に説教なんてしたの?」 は、しまったというように手で口を押さえたが、私にはしっかり聞こえていた。 じっと彼女を見つめると、観念したかのように手を下ろしてはため息を吐いた。 「…成り行きです…」 何故だか肩を落としていたが、私はを責めているわけじゃない。 寧ろ、それが本当ならば…。 「いや、私が言うのもなんだけど、それ凄いことだよ。それが本当なら、きっと殆どの者は君に逆らわないだろうね」 私は率直に思ったことを言った。 はそれにおずおずと答える。 「そ、そんなレベル…じゃなかった、そんなにですか…?」 「間違いないね」 私は頷いた。 この際、の使う向こうの言葉はその意味を聞かなくても、大体顔を見ればわかる。 「…お願いですから、それ、周りに広めないで下さいね」 懇願するように手を合わせる。 私は疑問に思い首を傾げる。 「やたらに話すつもりはないけど…わざわざ釘を刺すなんて、どうして?」 「…いい思い出がないんです、それだけです」 が何故か遠い目をし始めたので、私はそれ以上聞くのをやめた。 すごく、気になるけど…まあ、しょうがない。 人間、話したくないことの一つや二つあるものだし、と于禁殿を見やった。 それにしても、彼の練兵はいつ見ても圧巻だな、と改めて思う。 まあ、会ってまだ日も浅い方だけどね。 この建物自体が少し高いせいもあって、風が吹いている。 下にいれば、ほとんど風の動きは感じない。 しばらく二人並んで、腰壁―私には腰の高さだが、には胸の高さだ―越しに練兵場を見下ろす。 会話はない。 先ほどの于禁殿の言葉が聞いたのか、さらにその動きが全体的に引き締まったようだ。 ちらりとの顔を覗き見ると、何か考え事をしている様子で眉間に皺が寄っている。 何を考えているのか知らないけれど、折角の顔が台無しだな…。 まあ、気難しそうな顔も、嫌いじゃないけどね。 「やめ!次の号令まで、休息とする!!」 その声に、私たちは于禁殿へ視線を移した。 「何をしに、二人はここへ?」 こちらへ歩み寄りながら于禁殿が問う。 私はを振り向きながら言った。 「大したことじゃないよ。私の着想の為に、散歩に付き合ってもらってるんだ。ね、?」 「え〜と、はい。そういうことになってます」 歯切れが悪いけど、否定しないだけよしとしようかな。 「そうであったか」 于禁殿がそう答えると、が、はいと短く答える。 けれど、暫くするとは于禁殿を見ながらまた、何か考え事を始めてしまったようだ。 于禁殿を見ながら、とは言うが、恐らく見えてはいない。 が、傍目では于禁殿を見ていることに違いはない。 そんなに、于禁殿は当然困惑した様子でを見下ろしている。 多分、は…。 私は、が何を考えているのか思い至り、助け舟を出すことにした。 「、自分の口から話したいことがあるなら、遠慮せず話すといい。きっとその方が、自身もすっきりするだろう?」 「伯寧さん……そうですね、はい」 本当は私から話したいことだったけど、の今までの行動を考えると、自分から言わせてあげた方が自身の心が落ち着くんじゃないかと思って、そう言った。 は頷いて、改めて于禁殿を見る。 「文則さん…、実は、あの鏡が…壊れちゃったんです」 「何と…それは真か?」 于禁殿が私を見る。 私は深く頷いた。 が続ける。 「はい、そうみたいです。でも、それはいいんです。物が壊れるのは当然でしょう?壊れないモノなんてないんですから。結局それが早いか、遅いかってだけです」 郭嘉殿との会話を聞いてはいたが、やはりの言い方は何かひっかかるな、とこのとき私は思った。 しかし、それが何かまではわからない。 何も言わず、そのまま于禁殿と同じように耳を傾ける。 「でも問題はそこじゃなくて…その、すぐ向こうへ帰れない状況になってしまったので…もう暫くの間、文則さんのお屋敷に居候させてもらえないか、お願いしたいんです。その代わり、といいますか、お屋敷のことで私に出来ることはお手伝いさせて頂きますし、なるべく早くこの状況を打開できるように、就職先を早く見つけて一人で生活できるように努めますので、その間だけでも…なんとかお願いできないでしょうか?」 そう言っては深々と頭を下げる。 これには正直、私も面食らった。 于禁殿も同じだ。 お互い顔を見合わせて、それからまず于禁殿が口を開く。 「、頭を上げよ。私は一向に構わぬし、手伝いも要らぬ。は客人なのだから」 「そうだよ、。私たちはのおかげで許昌に戻ってこれたんだ、私たちにしてみれば命の恩人みたいなものだから、そんなに気を遣う必要はないよ。仕事をしたいって言うなら別だけど、そうじゃないなら無理して仕事を探す必要もないし、一人で生活する必要もないんだ。は少し気を遣い過ぎじゃないかな」 「そう、ですか?」 「満寵殿の言うとおりだ。気にする必要はない」 「お二人がそう言ってくれるのであれば…お言葉に甘えます。よろしくお願いします、文則さん」 もしかしたら、また変な気をまわして断るんじゃないかと思ってたけど、意外と素直に聞き入れてくれて、私は内心ほっとした。 けれど、それも束の間、意外な事を于禁殿が言い出した。 「ああ。…だが、は本当に私の邸(やしき)でいいのか?満寵殿の邸に行くと言う選択肢もあるのだぞ」 それを聞いて、私に視線を向ける。 于禁殿がそんな提案をしたことには驚いたけど、勿論、が望むなら私の邸に来てもらったって構わない。 だから、私は笑い返した。 が再び于禁殿に視線を戻す。 「文則さんがご迷惑でないのなら、私はこのままでいいです。なんだか行ったり来たりする方が迷惑な気もしますし」 「そうか、ならばもう何も言うまい」 「とはいえ、。私の所にも遊びに来ていいからね」 「…ありがとうございます」 私がそう言うと、はどこかほっとしたように、そう笑顔で返した。 勿論、その意図までは分からなかった。 「向こう側…見てもいいですか?」 言って、は于禁殿の後ろの方を指差す。 「構わぬ」 「行っておいで、。私は于禁殿とちょっと話をしたいんだ」 「わかりました、ごゆっくり」 そう言って私が笑うと、は登ってきた石階段と反対側の階段の降り口に向かって小走りで駆けていく。 その背中を見送りながら、ちょうど向こうが風上だ、と確認して、私は于禁殿を見た。 于禁殿の顔には、なぜ鏡が壊れることになったのか、と書かれていたから話をしなければならない。 といっても、元々話すつもりでここに来たんだけどね。 まあ、前後しちゃったけど。 「手短に話します。事情を知らない典韋殿に主公が壊させた。主公と、それから郭嘉殿は、彼女を我が軍で使いたいとの考えらしい。鏡が危険と判断したから、とは言ってますが前者が主な理由でしょう」 「そうか。私は主公のお考えに逆らうつもりはない。主公がそう決められたのならば、それに従おう。だが、彼女はそれを知っているのか?」 于禁殿は眉一つ動かさず、そう言った。 そういえば、于禁殿自身は実のところ、どうしたいと思っているんだろう。 頭の片隅でそう思いながら、私は于禁殿の問いに答える。 「壊れた経緯も、主公の考えもまだ知らない筈です。少なくとも私からは話していないし、彼女は郭嘉殿から壊れたことを聞かされている。ただ、強いて壊れた経緯のみに言及するなら、彼女は知りたいとは思っていないようです。興味がない、という表現が一番合っていると思います」 「それは、そのようだな…わかった、ひとまず私は私ができることをしよう。何か進展があれば、また聞かせて欲しい」 「ええ。とりあえずは于禁殿の邸へ送りますから、あとのことは頼みます」 「承知した」 ひととおり話を済ませ、于禁殿の承諾の言葉に、私は無言で頷く。 どうしたいかまでは分からないが、于禁殿のことだ、を無下にはしないだろう。 それに、私よりも于禁殿の方がの世話になっている筈だから。 ちらりと于禁殿の後ろの方へ視線をやると、が周囲を見渡しているのが目に入った。 その背中に声をかける。 「」 こちらを振り向いたを手招いた。 「どう?何かめぼしいものはあったかい?」 「はい、ちらほら」 「じゃあ、そこへ行こうか?」 「あ、いえ。今日は朝からずっと歩き回らせてもらったので、またの機会にします」 「そうかい?流石に疲れちゃったかな?」 「いえ、そうじゃなくて…楽しみをすぐになくしてしまうのは勿体無いな、と思って」 「なるほどね。それじゃ、一足先に于禁殿の邸へ帰ろうか?」 「はい、そうします」 「…と、いうことですので、于禁殿。また」 「ああ」 于禁殿は短く答えると、に向き直る。 そのまましばらく、無言でを見下ろしていたので、どうしたのだろう、と私は思った。 そして、于禁殿がに言う。 「……、満寵殿が一緒とは言え、気を付けて帰れ。街にはどんな輩がいるか分からぬ。満寵殿から離れてはならぬぞ」 それだけ言い残して、于禁殿は踵を返すと元いた場所へ歩いて行った。 珍しいこともあるもんだ、と私は思った。 を促して階段を下りる。 于禁殿の号令が、練兵場に響いていた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) 全然話が進まないね… 一人称視点で書きはじめたのはいいけど、語彙力無くて途中で詰まります 全くこまったもんだ 2018.03.16 ![]() |
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