人の笑顔を見るとすごく安心できる

なのに、人はこの笑顔で人を騙せるんだ

そう思ったら、なにも信じられなくなることを私は知っている

だから私は考えずに、ただ信じたい

素直でいることが一番、相手の真意を読み取れる方法であることも知っているから







     人間万事塞翁馬 11















「さ、ついたよ」



待っていましたと言わんばかり、私は郭嘉さんの袖から手をはなす。
…やっと羞恥プレイから解放されたわ。

それでも、郭嘉さんなりに気を遣ってくれていたらしく、大通りはあらかた見て回れた。
おかげで、途中その”羞恥プレイ”を忘れていたのも確かだ。
しかし、彼はこんなことに構っていていいのだろうか?
兵が言伝に来たぐらいなら、何か急ぎの用事でもあったのでは?
それともそういうのとは関係ないのだろうか。
なんだかんだ構ってもらっておいてこう言うのもなんだけど、どっちにしろ早く仕事行け。
仕事しろ。

と、割と周りから仕事人間と言われる私は、そう思ってしまう…。
ま、最終的に困るのは本人だから、どっちでもいいんだけどさ。



「やあ、満寵殿。お待ちどおさま。あとは頼んだよ」

「ご心配なく」

「伯寧さん、おはようございます」



私は二人の声で顔を上げると、伯寧さんに挨拶をした。



「おはよう、。昨日はあれだけのことを豪語したのに、結局何も出来ず仕舞いで申し訳なかったね。服は借り物かい?よく似合ってるよ」

「あ、いえ…そんなことはないです…えーと、色々気にかけて下さり、ありがとうございます」



今や、伯寧さんに対する最初の印象がどんどん薄れている。
たった一日で。
というより、もう忘れかけてすらいる。
だって、あまりにも、この男のインパクトが強すぎて…。

と、私は郭嘉さんをちらりと見やった。
それに気づかれて、にっこり笑い返されたので、私はすぐさま視線を逸らす。



「随分、仲がいいみたいで安心したよ。じゃあ、邪魔者の私は行くよ」



またこの男は…、と私は郭嘉さんに再び視線を戻したが、伯寧さんが口を開いたので、何か言うのは止めておいた。



「郭嘉殿」

「ん?なんだい?満寵殿」

「主公にはなんて報告するつもり?」

「そのままだよ。それが一番曹操殿が望んでいる答えだからね」

「そう」

「不満?」

「いや」

「その様子だと、”準備”は出来たようだね」

「ああ。いつまでもそのままには出来ないからね」

「流石、満寵殿だ。では、私は失礼」



私は何となく二人の会話を聞いていたが、主語が全て抜けているので全く理解できなかった。
…まあ、理解しようと思ってないんだけど。
戦かなんかの話でしょ、多分。
それなら、私には関係ないわ。
去っていく郭嘉さんの背中を私は見送る。
5,6メートルぐらい行ったところで、唐突に郭嘉さんが振り向いた。



、私や于禁殿がいない時に、満寵殿から離れちゃ駄目だよ」

「…何言ってんの、あの人…」



私は、ひらひらと手を振りながら訳の分からないことを言う郭嘉さんに、小さく呟きながら眉根を寄せた。



「私のことはいいので、早く仕事に行って下さい」

「励ましありがとう。おかげで頑張れそうだよ。じゃあね」



まったく減らず口だな…と、私は呆れた。
小さくなっていくその背中を見ながら、はたと気づく。



「しまった!ここまで連れてきてもらったお礼言い忘れた!あ〜、やっちゃった」

「ははは、は郭嘉殿は嫌い?それとも苦手?」



頭を抱える私に、伯寧さんがそう問うので、私は伯寧さんを見た。



「苦手、です。そう見えますか?」

「ん〜、なんとなく、かな」

「そうですか…じゃ、本人も気づいてるかな」

「隠したいのかい?」

「全然」



そう即答する私に、伯寧さんは一瞬目を見開くと、腹を抱えて笑い始めた。



「ははははは、隠す気はないのか!いいね、潔くて!」

「そんなに変ですか?郭嘉さんにも色々笑われたんですよね、さっき」



自分が変か変じゃないか、と問われれば間違いなく変の部類に入ると思うのでそれは気にしていないが、それでもそんなに笑えるかな、と私は小さく溜息を吐いた。
すると、伯寧さんは涙をぬぐいながら言う。



「ごめん、ごめん!変とかそういうんじゃないんだよ、なんていうのかな、あまりに面白かったから、つい」

「フォローになってないです、それ」

「ふぉろー?」

「ああ、えっと…うーん、助け舟、が近いかな」

「なるほどね。まあ、なんとなくは分かってたけど、それは失礼」

「いや、いいです。そこまで気にしてないですから」

「そう言って貰えると、助かるな……それじゃ、いつまでも立ち話をしているわけにもいかないから、そろそろ行こうか。どこか見てみたいものはあるかな?わかる範囲で構わないけど」



そう言う伯寧さんは、私に笑顔を向けている。
ああ、人好きのする人って、こういう人の事をいうのかな、と思った。



「ああ、でも分からないか…じゃあ、とりあえず大通りに出ようか」



顎に手を当てて、何かを思索するように中空に目をやった伯寧さんへ、私は手を振った。



「あ、えっと違うんです。大人しく郭嘉さんに付いては来ましたけど…私、付き添いして下さるのをお断りしようと思ってるんです」

「え?そうなの?なんでだい?」



そう言って不思議そうにこちらを見る。
私は、右手を後ろ首に添えながら視線を逸らした。



「だって、きっと伯寧さんもお忙しいでしょ?わざわざお手を煩わすのも申し訳ないですし…しかも、急ですし。それに、なんだか郭嘉さんに気を遣っていただいたみたいで、ある程度大通りは見れましたから……だから、大丈夫です」

「そう?私には何が大丈夫なのか、よく分からないけど…とりあえず、言うほど私は忙しくないよ。宮城(しろ)にいても邸(ここ)にいてもすることは同じだけど、今日はたまたま休みだし」



私は手を下ろしながら伯寧さんを見た。



「たまには息抜きも必要だろう?それに、と一緒にいた方が、何か新しい考えが浮かぶ気がするんだよね」

「…はあ、それはどうか分からないですけど…」

「あ、そうだ。じゃ、こういうのはどうだい?私の着想のため、散歩に付き合ってくれないかな?どう?」

「…そういう言い方されると、断りにくいですね……お付き合いいたします」



そう来たか、と昨日を思い出しながら肩を落とした。



「うん、ありがとう。そうと決まれば早速行こうか」

「あ!ちょっと、待ってください!」



と、くるりと背を向ける伯寧さんを私は慌てて引きとめた。
不思議そうな顔をする伯寧さんに、私はずっと気になっていることをぶつける。



「それ、その服!」

「?」



それでも何のことか分かっていないらしい彼に、私は呆れ、仕方なく歩み寄った。



「だから、これです、このかけ違い。ずっと気になってたんです」



そう、昨日もこうなってたけど…まさかいつもこうなってるの?
ていうか、この服…何着も同じの持ってるのかな………いいや、それは深く考えないようにしよう。
そんなことを考えながら、私は前合わせのかけ違いを指差す。



「ああ、これ?んー面倒だから、これでいいよ。気にしてないし」

「ちがう、私が気になるの、なんか無性に」

「そう?私は気にならないけど」



これは水掛け論になりそうだと、私は頭が痛くなった。
気になるものは気になるんだから、しょうがないじゃない。
なんか、こう気持ちがすっきりしなくて落ち着かないわ。



「ごめんなさい!失礼かもしれないですけど、どうしても落ち着かないので…ちょっと失敬!」



私はそう彼に告げると、腕をひっぱり屋敷の門の影に連れて行った。
往来でするの、どうかと思ったから。
そして、かけ違えている前留めを外しながらかけ直す。

くっそ、やっぱり背が高いな…私これでも160は超えてるんだけど…胸が目の前だ。
ていうか、あれ?これこのベルト?なに、どうなってんの?
この腰巻の下にもう一つ隠れてる…絶対脱いだ方が早い。
うわ、ああ…この下、素だった…生肌だった……。
気にしない気にしない気にしない私は何も見ていないし知らない。

ほんの少しだけ後悔しながら、なんとか私はそれを直した。
といっても、時間にしたらほんの僅かの筈だ。



「よし、これでオッケー」



二,三歩後ずさりながら、両手を腰に当てる。
それは無意識だったけど。



は、きっちりしてないと気になる性格かい?」

「ものによります。少なくとも、服装の乱れは心の乱れ、ということで服装は気になります、特に裏表、かけ違い、とか」



私は左手の曲げた人差し指の第二関節部分を顎に当てて、視線を横目で流した。



「なるほどね。はそういう所、荀ケ殿や荀攸殿と気が合うかもしれないね」

「荀攸さんは御存じないですけど…、荀ケさんは確かに、きっちりしてそう」



私は昨日のことを思い出しながらそう言った。
視線を上げると、伯寧さんはただにこにこと笑っている。
多分、また明日以降には元に戻ってるな、と私は思った。



「さて、それじゃ改めて行こうか」

「ええ、よろしくお願いします」



気を取り直すように、私はそう答える。



「大通りは見たって言ってたから…とりあえず、こっちに行こうか」



と、伯寧さんは私が歩いてきた道の反対側を指差した。
異論はないので、はい、と答える。
そして、歩き始めた彼の、左斜め後ろについて歩いた。
今歩いている通りは、どうも屋敷通りらしく、さっきから両側には各屋敷の敷地を囲む塀がずーっと続いていた。

ここまでは、まあなんとなく想像通りかなあ。
やっぱ塀の壁は版築っぽいなあ、いいなー。
なんちゃってじゃないもんな、本物は違うなー。

そんなことを考えながら、伯寧さんについて歩く。
因みに版築というのは、仕上げたい壁の厚さ分、板を離して枠を組み、その中へ土や砂、砂利、粘土や藁とかを入れて棒なんかで突いて固めて作る壁とか構造物のこと。
狭義では、その作り方・方法そのものを指します。
気になる方は、ググってみてね。
版築で検索!



「そういえば、は建物の設計が専門だって言ってたっけ?」



足を止めずに、伯寧さんはそう言って私を見た。
私は、自分の今の距離感だと声がよく聞こえないことに気づき、それに答えながら少しだけ早足になって横に並ぶ。



「はい、そうです。よく覚えてますね」

「まあ、覚えておくのも専門みたいなものだからね」



…仕事的な意味かな。
よくわかんないな。
私は、そうなんですか、と相槌を打った。
伯寧さんは、それに笑顔で返した後”私の事より”と前置きをしてから、言った。



「それじゃあ、は建築中の現場なんかには興味ある?」

「はい!すごく!」



私は思わずその場に立ち止まって拳を握る。
はたと気づいて、しまった、と拳に視線を落した。


「あはは、それは良かった。じゃ、そこにお連れするよ。まあ、あまり大したものを建ててるわけじゃないんだけど、とりあえず、何かは行ってからのお楽しみってことで、行こう」

「お願いします」



私は、しまったなとは思ったが、それでも逸る気持ちを抑えることが出来なかった。
”ここ”や自分に起きたこと自体に謎なことが多すぎるが、考えたところで恐らく答えは出ないだろうから仕方がない。
楽しめることは楽しんどこう。
今はともかく、”ここ”の現場ではどんな道具を使って、どんな仕事をするのだろう?
ただそれだけが、気になって仕方がなかった。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


行きあたりばったりで、思いついたことを書き殴っているので…
あれ?前こうじゃなかったっけ?
みたいなことが出て来るかも…
いま一番それが、わたしは恐ろしい←
おかしいところあったら、笑い飛ばしてください
一人称視点なので、なるべく拾うようにはしてますが、前後で説明の無い部分は御想像にお任せ致します←


2018.03.12



←管理人にエサを与える。


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