自分でも何だか不思議な感覚だ 優しくしたくもなるし、ちょっと苛めたくもなる 楽しいことに代わりは無いけど 最終的に私は彼女をどうしたいのだろう 人間万事塞翁馬 10 「このあたりでいいかな」 市井を離れ、水路の流れる付近までやってきた。 物売りのできる幕が周囲に転々としていたが、人はほとんどいない。 この時間帯は、まだここの市は開かれていないから当然と言えば当然だ。 誰が置いたのか、水路際には椅子が置かれていて、暑い日には涼むことができる。 すぐそばには、見張り台として高楼が建っていた。 私は、私の言葉を聞くや、手を振りほどくように距離を取ったの背を目で追う。 「随分、嫌われちゃったかな?」 「ご自分でお考えになったら?」 「そんなに照れなくてもいいのに」 「……もう、いいです…見事なお考えですね」 「それほどでも」 本当に、からかい甲斐がある。 普通に返さない辺りが本当に面白い、普通なら”照れてません”だろうね。 私が興味を持つには十分だ。 だが、そろそろ本題に入らねば、と私はに近寄る。 さて、この子は、これを知ったらどう反応するだろうか? 途方に暮れ、落ち込むだろうか? 「さて、そろそろ本題に入ろうか」 が私を振り返る。 見上げてくる目は、まっすぐに私を見ていた。 「君ならきっと、これを見ればすぐに意味を理解してくれると思っているのだけれど、分かってくれるかな?」 私は、曹操殿から受け取った石鏡の欠片をの目線まで上げて見せた。 それをは注視する。 私は、彼女の左手を取ると、手の平を上にさせてその中へ、欠片を落した。 右手でつまみ、ほんの一寸(約、2.4センチ)ほどのそれをまじまじと見つめる。 私はただ、じっと観察するように、彼女がどうするのか、ただ待った。 そしてそれは、想像以上に唐突だった。 「これ……あー!これ!!うそっ!!これ、あれ!」 急に声を上げる。 ちゃんと気づけたみたい。 「分かってくれたかな?」 「えーっ!壊れちゃったの!?うそでしょっ!?………あー、マジかー…コレあればもしかしたら再来週までには帰れるかもって思ってたのに…やばい、発注どうしよう!……あ〜、落ち着こう、自分。大丈夫、共通サーバーにデータは入ってるし、指示ボードにも書き込んできたから…流石に一週間も無断欠勤してたら最悪、誰か気づいてくれるハズ…大丈夫、うん、それを信じよう…今はそれしかできない、何故なら私は今ここにいるから…電話もないし、メールも出来ないし、手紙出しても届かないし、どうしようもないもん……連絡手段ないって問題大アリだわ」 「大丈夫かい?」 私は呆気にとられ、驚きのあまり、ただそれだけ言った。 早口で、しかも理解できない単語を捲し立て、自分の世界に入ってしまっているにそれ以外の言葉をかけられるだろうか? 恐らく、誰もそれ以外の言葉はかけられないだろう。 いたら是非、見てみたい。 「あ、ごめんなさい、一人で取り乱して。大丈夫、ですけど問題が…」 「問題?」 「はい…いつ帰れるか分からない状態で、いつまでも文則さんちに居候させていただくわけにもいかないですから、住む場所どうしよう、っていうのと、生活するためにはお金も必要ですし、もしかしたらもう帰れないってことも考えられるので、そのためには稼がなきゃいけない。だから、仕事どうしよう…ていう大きく二つの問題が…」 私は更に呆気にとられて、何も発することが出来なかった。 彼女が冷静なのか取り乱しているのか…どちらかといえば、取り乱しているのだろう。 しかし、ある意味で冷静ともいえる。 この場合、結局はどちらも正解、なのだろうか。 だが、私にはどうしても疑問に思うことがあった。 取り乱している、というのならば話は別だが、そこまで理解しているのなら、何故…。 「は、どうして”それ”が壊れたのか、知りたくはないのかな?」 問うと、彼女は一瞬、目をぱちくりとさせた。 とても不思議そうにしているその顔は、なぜそんなことを聞くのか、と言わんばかりだ。 そして、それは当たりだった。 「え?どうしてですか?物が壊れるのなんて、当然ですよ。壊れるのが早いか、遅いかの違いですもん。形あるものはいつか壊れる、あたり前じゃないですか。これは、たまたま昨日壊れる、そういう縁だったんです、きっとこれの…それに、壊れた理由を聞いたって、これが元に戻るわけでもなし。それならこれから先の事を考えた方が、よっぽど生産性あると思いますけど、少なくとも私には」 それは確かに、もっともだ。 「…それとも、聞いてほしかったんですか?わざわざ話さないってことは、きっと、これが勝手に割れたわけじゃないんでしょう?もし、勝手に割れたなら、きっとそうだって、お話ししてくれたんじゃないかと思うんですけど……そうじゃないなら少なくとも、割れた理由を話す必要がないと判断されたんでしょうから、聞く必要はないです。なんせ、頭の良い人たちが考えることですもん。それともやましいことでもあるんですか?」 「いや。ただ疑問に思ってね。じゃあ、私がこの石鏡を知っていることを聞かないのも、同じ理由?」 「同じです。そのことは伯寧さんに”お任せ”しましたから、私が口出すような事じゃないです」 「会って間もないのに、随分、満寵殿のことを信じているんだね」 「私には、少なくとも四日以上前から知っている人が”ここ”には、誰もいないんです。私を知っている人もいない。例え、ただの顔見知りだと切り捨てられたとしても、私には……たまたま”知らない地”にきて私と出会い、そして一緒に”ここ”へきた、似た境遇を体験してる伯寧さんと文則さんぐらいしか、信じられる人がまだいないんです。少なくとも、私自身を除いて………それに、今は打算的に物を考えられるほど、そこまでの心の余裕は私にはないですよ。多分、御存じのとおり」 「…流石に私にも、の気持ちまでは分からないけれど……仮に信じるとしても、もし、騙されていたらどうするのかな?その可能性だって拭いきれないだろう?」 私は腕を組んでを見る。 は、まっすぐにこちらを見返して、そして笑った。 「そのときは、そのときです。例え、一人が騙そうが、集団で騙そうが、騙した相手を信じた自分がまず悪いんだから、自分でどうにか考えます。そのぐらい出来なきゃ、世の中生きてけないもの」 「そう……なら、例えばだけど、騙した相手に責任取らせるとか、そういうことは考えないの?」 そう聞くと、彼女は声を出して笑った。 「あはは、それは難しいでしょ。騙した相手は責任なんて取らないですよ、普通。少なくとも相手を騙すのが目的なんですもん。騙した本人が”責任がある”って自覚しなきゃ、そんなの見込めないですって。それに、責任は取らせるんじゃなく自発的に取るもので、この場合は”騙した相手に罰を与える”方がしっくりくるんじゃないですか?ま、どっちにしろ騙された本人が私自身なら、落ち度は私にあるので、感情論で言うなら相手を責めるつもりはないですよ。けど理論上、騙した相手に何かしらの義務が生じているのであれば、それはちゃんとこなしてもらいますけどね。少なくとも、義務、ですから」 私は思わず、笑みを作った。 本人にそれだけの覚悟があるならば、話が早い。 満寵殿は大分心配していたようだが、どうもそれを超える次元に彼女はいるらしい。 ならば、私にできることは…。 「の話はよく分かった、聞かせてくれてありがとう。ひとまず、住む場所は心配いらないから、安心してくれていい。”仕事”に関しても、明日明後日までには紹介できるように探しておくよ………ああ、私の言葉は信じられない、かな?」 探すと言っても、曹操殿に報告するだけ、なのだけれど。 「さすがに、こんな程度のこと嘘ついたって、郭嘉さんに利益はないと思うので、信じますよ……ていうか、なんで素直にお礼言わせてくれないんですか?」 「君が面白いからだよ、。君が素直になってくれれば、私も素直になるかもね」 「…それ、いちばん信用できない言葉だわ」 「ははは、それじゃ信用してもらえるように、私なりに努力しよう」 「がんばってください」 そう言ってそっぽを向くの頭を、なんとなく私はぽんぽんと叩いた。 勿論、やさしくだよ。 けれど、やっぱり露骨に嫌な顔をしてこちらを横目で睨みあげてくる。 眉間に皺まで寄せて。 これはこれで、ちょっと寂しい気もするけど…。 まあ、たまには攻略法が分からないっていうのも、 「いいかもね」 「何か言いました?」 聞こえちゃってたか。 けど私は、なんでもないよ、と彼女に一言。 ふーん、と興味は無さそう。 さて、そろそろ出仕しないと駄目かな。 曹操殿にも報告しないといけないし。 「それじゃ、話は済んだし、そろそろ私はお暇しようかな」 「お仕事ですか?」 「うん。は、この後どうするの?」 「…私はヒマ人ですからね…珍しいもの結構あるので、街をちょっとブラつきます」 「そう…仕事がなければ一緒に行きたいのだけれど…」 「…一人でいけますから、お構いなく」 「君はまだここのことを余り知らないだろうから仕方がないことだけれど…ここ許昌は他と違って比較的治安はいい方、とはいえ、それでも危ない所はまだあるから気を付けないといけない。特に、路地裏には入らないようにしないとね」 これは本当のことだ。 ”ここ”に慣れていないのなら、尚のこと。 騙そうとする人間は、その慣れていない人間の雰囲気をよく心得ている。 …なんだか、少し危なっかしい。 さぼってもいいが、曹操殿には報告しなきゃならないし、ね…。 仕方ない、動ける人に動いてもらおうか。 「、ちょっと、ここから動かないでいてね」 なんだか考え事を始めたらしい彼女に、私はそれだけ言い残して高楼の裏に回った。 からは死角になって見えない筈だ。 そして私は、そこに居た人物に声をかけた。 「やあ、満寵殿。立ち聞きとはいい趣味してるね」 「郭嘉殿…」 まったく、”抜かりがない”満寵殿が珍しいことだ。 それだけ調子を狂わせる、彼女は何なのだろう。 私はに聞こえない程度の大きさの声で満寵殿に言った。 「大体は聞こえていただろう?は市井見物をしたいらしい。けれど街はまだ彼女の知らない危険もある」 「だから、私に付き人をしろ、と?」 「そうだよ。少しゆっくり歩くから、満寵殿には邸で待っていて欲しい」 「…わかったよ」 それだけ話をつけると、私は満寵殿に背を向けた。 「郭嘉殿…なぜ私がここにいるか、聞かないのか?」 「…じゃないけど、それを聞いても、恐らく私にはなんの利益もない。だから、その質問は聞かなかったことにするよ」 背を向けたまま、そう答えた。 「そうかい」 一歩踏み出そうとしたとき、私は思い出して、そこで初めて満寵殿を振り向く。 「ああ、そうそう。私の見立て通り、の方が先に”準備は整っていた”みたいだ。満寵殿…今度、私の酒に付き合ってくれないかな?」 「…賭けまでしていた覚えはないよ」 「残念だね…誘うなら荀攸殿かな」 私はそれだけ言うと、再び満寵殿に背を向けた。 水路の際にしゃがみ込むの背中に声をかける。 「お待たせ、兵が伝言しにきてね」 「そうだったんですか?気づかなかったです」 「さて、行こうか」 どこへ?と首を傾げる。 その無言の質問に、私は手を顎に当てて答えた。 「満寵殿の邸だよ」 「伯寧さんの?なぜ?」 「街をブラつきたいんだろう?さっきも言ったとおり、街には危ない所もあるから、一人で行かせるわけにはいかない。だから、満寵殿にお願いに行くんだよ」 そう言うと、彼女は激しく手を振る。 まったく、百面相だな、この子は。 勿論、褒め言葉だけど。 「そんなきっと、お忙しいでしょうから、いいですよ…!それだったら、今日は大人しく、文則さんちに引きこもってます。お心遣いはありがたいですけど」 ああ、そこは素直に引き下がっちゃうのか。 それなら…。 「そう?でも、さっき呼び出しに来てくれた兵に、一足先に伝言を頼んでしまったんだよね。彼は足が速いから、きっと今から追いかけても満寵殿の邸に着くまでに止めることは出来ないと思うけど」 「え゛っ……」 「それでも、このまま于禁殿の邸へ戻るかい?」 「………わかりました、とりあえず伯寧さんちに行きます」 作戦は成功、かな。 彼女にも、楽しみは必要だろう。 満寵殿なら彼女の好きそうなものと恐らく趣味も合うだろうし。 彼女が誰かへ同じ気を遣うにしても、まるで意味が違うからね。 今は残念なことに。 「じゃ、行こうか。はい」 そう言って、私は右手を差し出した。 勿論、彼女は不思議そうだ。 「手、繋いでおかないと離れでもしたら道が分からないだろう?」 「離れません」 私は引かずに手を出し続けた。 どうするかな? すると、彼女は私に近寄って右手を取らずに、下ろしていた私の左の服の袖をつまんだ。 「これで勘弁して下さい」 「う〜ん、まあ、よしとしようか」 私は満寵殿の邸に向かって歩き始めた。 ちらりとを盗み見ると、周囲に視線をやっている。 私の袖をつまみながら目移りさせるその姿に、まるで子供の様だ、と思った。 そういえば彼女は一体、いくつなのだろう? 私はふ、とさっき大通りで会った時のことを思い出しながら、空を見上げる。 今日は良く晴れそうだ、と昇る太陽に手をかざした。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) よく語るヒロインです。 なんか溜まってるんでしょうな。 文章力無いんで分かりづらい表現あったら大変申し訳ございません。 今んところ于禁と全然絡みがないことに一番わたしが驚愕しています。 あれれー、おかしいな。 2018.03.12 ![]() |
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