結局のところ私が一番、自分がどうしたいのかを分かっていないんだと思う いっそ利用するとか突き放すぐらいの方が楽なんだろうけど、それだけはしたくない 見て見ぬ振りができないなんて、計略を扱う者としては失格だろうな 人間万事塞翁馬 8 「郭嘉、今の話どう思う?」 「そうですね…不確定要素ばかりですが、少なくとも、この石鏡を使って”むこう”と行き来できるのは”一人一度まで”という満寵殿のお話に、私もそうであろうと推測いたします」 「うむ」 私は主公と郭嘉殿を交互に見た。 主公は、石鏡のくぼみを机に伏せて、綺麗に磨かれたその面を凝視している。 郭嘉殿もまた、その石鏡に視線を落しているようだ。 机の向こうに主公、それを挟んで私の右隣に郭嘉殿。 立ったまま相対する私たち三人に、囲まれるように置かれたその石鏡には、日の下で見た時の僅かな緑色は見られず、日の沈みかけた今は、ただ黒く暗くどこか禍々しげにうつった。 「ところで、満寵。あの娘、をどう思う?」 「そうですね、中々に面白い逸材とは思います」 「郭嘉はどうだ?」 「満寵殿に同じく。彼女を知る者は”ここ”にはいませんから、私たちの目でもう暫く見極める必要があります、が…非常に良い目と才を持っているかと。それに…見ていて楽しい」 やはり、こうなったか、と私は内心、額に手を当てた。 昼間の主公とのやりとりを見て、きっと主公は傍に置きたいと思うのではないか、とそう思った。 これは、やはり的中…かな。 のことを手放しで信用しているわけじゃないのは本当だ。 性分から、多少警戒していると言った方が近いか。 けれど彼女がいなかったら、私と于禁殿は許昌に戻ってこれなかっただろう。 これは事実だ。 彼女のおかげで帰ってこれた。 私自身、たった数刻前に出会ったばかりの彼女にどうしてここまで思い入れるのか、ただの恩返しの念だけではないそれをうまく説明が出来ないが、ともかく彼女を、を無事に”もとの場所”へ帰してやりたいと思っている。 警戒しているくせに、帰してやりたいと願うなど自分でもおかしな話だが、そう思っているのは事実だ。 ただ、そのためにはまず、主公が興味を示さぬようにしなければならないが、そんなことは無理な話だ。 興味を示される対象が自分ならまだしも、それはだ。 自身がどうにかしなければならないことだ。 そして、興味を示すか判断するのも主公自身。 自分の手の内から既に出てしまっている。 何より正直なところ、私もの持つものに興味を抱いてはいるのだ。 自分が抱くぐらいだ、主公が興味を示さぬはずがない。 もう、どうすることもできない。 だが、それでもやれるだけのことはやらなければ。 「…とはいえ、彼女のいたところでは、どうやら争いと言う争いはなかったようです。それは素直すぎる彼女の言動からも窺えます。ともすれば、大変に無防備だ。仮に才を望み取り立てたとして、恐らく戦を知らぬ彼女にどれほどのものが務まるでしょうか?」 「そうよな…それも確かに一理あるな」 「満寵殿は彼女を帰したいと思っているのかな?」 「帰る場所があるならそうするのが一番だと、私は思っているよ。何より、許昌(ここ)に帰してもらった恩もあるからね」 私は郭嘉殿を見て笑みを作った。 彼にどんな意図があるにせよ、直球で聞いてくれるのはありがたいと思う。 これで、主公にこちらの腹の中は伝わった筈だ。 暫く無言で腕組みをしていた主公が、おもむろに石鏡を手にする。 すると、外に向かって言った。 「悪来、そこにおるな」 「ここにおりやす」 言って、典韋殿が部屋の戸をあけて中に入ってくる。 なぜ、主公は急に彼を呼んだのだろう。 私はこのとき、疑問に思いこそすれ、その意図までは分からなかった。 分かっていれば、止められたかもしれないのに。 いつもの自分なら、当然に気づけた筈なのに。 「今の話、聞こえておったか?」 「すいやせん、何のことでしょう?わしはみなさんみたいに、何かしながら話を聞くっていうのが、どうも苦手でして…」 「そうか、何、責めてはおらんよ。おぬしの力を改めて知りたいのだ。こいつを、今この場で壊せるか?」 何を言っているんだ、と思ったが、何故かその時、全く頭が回らなかった。 「そんくらい、お安い御用でさ!見ててください、よ!」 典韋殿は、主公から石鏡を預かるや否や、面を床と垂直にしたそれを両の手で一気に押しつぶした。 それは、なんとも言えない音を立てて、一瞬の内に、その手の中で砕かれる。 粉々とまでは行かないが、それに近いぐらいにはバラバラになってしまった。 机の下と、机の上にかつて”石鏡”だった石屑が落ちる。 私はただ、呆気にとられた。 「すいやせん、もっと堅いのかと思ってたんですが…少し…やりすぎちまいやしたかね?」 「いや、見事だ、悪来。試すような真似をして、すまんな。興じて見たくなったのだ。ゆるせ」 「いやあ、主公の御為ならば、わしはなんだってしますよ」 「うむ。さすが、わしの悪来よ。ご苦労であった、用があればまた呼ぶ。下がってよいぞ」 「へい」 典韋殿が戸を閉める音で、私は我に帰った。 部屋の中は、夕日に照らされてほんのり赤い。 「主公!なんてことを…!」 「満寵殿、曹操殿は賢明なご判断を下したまで、だよ。こんな危険なもの、ない方が良い」 「郭嘉殿…」 私は、郭嘉殿に視線を移した。 しばらく、その顔を凝視していると、主公が口を開く。 「満寵、わしの考えが分かるな」 「…はい、あの石鏡を使って、もし他の誰かが”むこう”へ行ってしまった場合、恐らく確実に帰れる方法がありません。もし我が軍内の将、あるいは最悪、主公であった場合、我が軍の損害は絶大です。それを防ぐには、本を断つのが最善」 「そうだ。そして、少なくとも他の方法が見つかるまでの間、はここに留まることになる。満寵の、使いものになるか分からない、という懸念も確かにあるが、わしは…あの娘は、まだ伸び代が優にあると踏んでいる。ならば、早くにここの環境に慣らしてしまった方が賢明だろう。酷かもしれんが、どちらにしろ、その方があの娘、のためにもなる。いつ帰れるか分からない状況で、目的がないのは苦しかろう」 「…ですが……」 「満寵。明日、早速このことをに伝えよ」 そう言って、まだ整理のしきれない私に、主公は石屑の、比較的大きめな欠片を床から拾い上げ私に差し出した。 何を、伝えると言うのか――。 「にとっても、すぐに帰ることが出来ぬ、その事実を知ることは、早ければ早いほど良いだろう。心の準備というものも、したいであろうからな。どう伝えるかは、おぬしに任せる」 どう、伝えるか? 何をどう、伝えるんだ。 「いいえ、曹操殿。ここは私が行きましょう」 ぱっと、郭嘉殿が主公の手にした欠片を摘み取る。 はじかれたように、私は郭嘉殿のその手を目で追った。 郭嘉殿は、自分の顔の横でそれをちらつかせながら言う。 「どうも、理由までは分かりませんが…珍しく、満寵殿にも心の準備が必要そうです。お任せいただけませんか?」 「いいだろう、郭嘉よ。そなたに委ねる」 「お任せを」 多分、私は困惑しているのを隠し切れていない。 郭嘉殿が、下から私を覗き込むようにして言う。 「満寵殿と、どちらが先に”準備が整う”か…楽しみにしているよ」 そして、主公、私と視線を送りながら言った。 「それでは、曹操殿、満寵殿。お先に失礼します」 主公が満寵殿に相槌を打つ。 私は、去り際に笑みを向けた郭嘉殿の背に何も返せず、ただ見送った。 部屋の中の赤と黒の境界がいつのまにか戸の近くにまで迫っている。 日はほとんど沈み、夜のとばりが下りようとしていた。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) なんか、郭嘉が悪人みたいだけど 別にそういうわけじゃないので ご安心を←何を ウチの満寵さん、なんかヘタレオーラ出してて、なんかすみません …毎回謝ってる気がする、わたし 2018.03.08 ![]() |
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