私は彼女を帰したいと思っている

帰る家があることを知っているから

それでも心のどこかで、もう少し居て欲しいと、願ってしまった






     人間万事塞翁馬 6















「まったく、いい加減にしろ、孟徳」

「まま、そりゃ今更ってやつでしょ、惇兄。いざってときは、典韋、于禁と俺らでなんとか、ね」



于禁殿が見つかったと聞いて、夏侯惇殿と夏侯淵殿が主公のもとにきたのは、つい先ほどだ。
私はどこか居心地悪そうに二人と主公のやりとりを窺っているを見る。
そこから、郭嘉殿、荀ケ殿に視線をうつした。

ここまでの展開を明確に予想した訳じゃなかったけど、には私たちを字の方で呼ばせておいて正解だったかな。
少なくとも、私と于禁殿がそこまで警戒していない、ということがあの二人に見せられれば、が間者だと疑われるのをずっと軽減できる。
ま、といっても私もの全てを手放しに信じているわけじゃないんだけど、なんとなくあの子は、そういうきな臭いことと無縁のような気がするんだ。
それに、黙ってればただの綺麗な人なのに、ひとたび動くとそれだけじゃない、あの不思議な面白さ。
私は嫌いじゃないんだよね。

思わず、笑みがこぼれたのを、自覚した。
何となく視線を感じてそちらに目をやると、おや、郭嘉殿がこちらを見ている。
笑っておこう。

彼もきっと、彼女に興味を示すだろうな。
敵には回したくないな…なんてね。
それは、冗談だけど。

そういえば、于禁殿はどうだろう。
唯一、”一晩ともに過ごした”からね。
とはいえ、于禁殿、だからなあ…純粋に興味を持つっていうことは考えにくいな。
というと、于禁殿に少し失礼かな?

…どちらにしろ、もし、私があの場に行かなかったら…。
うーん、もしって話は良くないね。
けど、それはさておき少なくともあの場に行かず、いきなりここで出会ってたら…最初の内は、を間者として警戒したな。
今の所の結論としては、私も行って良かった、かな。
けれど、問題はこの石鏡なんだよね。
これが一番深刻だな。



「さて、どうしようか」

「考え事か、満寵殿」

「あれ、独り言が漏れてたかな?」

「ご注意なされ」

「そうだね」



いつのまに于禁殿は私の横に?
それよりも、私は独り言をどこから漏らしたかな?
于禁殿を見る限り、”さてどうしようか”しか言ってないと思うけど。

石鏡のことはあとで主公と郭嘉殿だけで話がしたいんだよね。
じゃないけど、うっかりの独り言でこの存在をもらしたくない。
そんなことを考えていたら、竹を持ってきた曹休殿に、主公が何か指示をしている。
主公も面白いこと考えるね。



「さあ、。準備ができたぞ」

「…立派な竹ですね、よく成長してらっしゃる御様子」

「とびきり肉厚で堅いのを準備させたからな」

「わーすてきー配置もすてきー」



ほんとにおもしろいな、あの子。
主公の意地悪に引いちゃってるね、アレは。
さて、どうするのかな?

様子を見ていると、は観念したように背筋を伸ばした。
袖元から何かを取り出す。
なるほど、タスキとは、準備がいい。

―――そう思った次の瞬間、私は目を奪われた。
のタスキをかけて袖を始末する様子に、思わず見惚れた。
なんてことはない動作だ、けれどまるで時が止まったように見えたのは、何故だろうか。

が、曹休殿から刀を受け取る。
そして、彼女はまず主公に向かって、頭を下げた。
何かの儀式のように見える。
刀を目線の高さまであげて、また頭を下げた。
あれは、あの刀に対してしたのだろうか。

刀を抜き、鞘を曹休殿に預ける。
実際はそのようにしないらしいが、今彼女の着ている衣裳ではそうする他ないのだと、先ほど話していた。
どちらかといえば、人好きのする空気を纏っていたが、今の彼女からはそんなものは感じられない。

ぴんと研ぎ澄まされた、鋭い空気。
知らずに近づいたら、斬られそうだ。
なんて張りつめた空気を作るのだろう。
きっとこれが、彼女の内面、根本にあるものなのだろう。
それを少し、垣間見た気がした。

それにほら、みんな全く動けないでいる。
あの夏侯惇殿や夏侯淵殿、そして于禁殿さえも、何かを見極めようとしている。
彼女が間者かどうか、なんかじゃない。
彼女の持っているものをだ。

視線の先のが三本の竹に相対する。
構えた刀の切先はぴたりと定まって動かない。
―――しんと静まった空気の中で、が動いた。

向かって右の竹を右上から左下へ斜め切り、素早く足を切替し、彼女の背後になった向かって左の竹を今度は左下から右上へ掬い上げるように斜め切り。
最後に中央の竹を横真一文字に上下真っ二つ。

ほんの少し垣間見えるその表情が何故かこの世のものではないように思えて、私はまるで心臓を掴まれたような錯覚に陥った。
けれどは、私も、そして周囲の者も置き去りにして、ただゆっくり上体を起こすと、静かに息を吐き出す。
くるりと踵を返し、少し放心している曹休殿から鞘を受取り、刀を納めた。
それには、厳か、という表現がピッタリだろう。
恐らく、誰もこの空気を壊せない。



「良かったー、ちゃんと斬れて。見苦しいものをお見せしました」



例に漏れず、自身が空気を見事に壊す。
曹休殿がはっとして、地面に転がった竹に駆け寄り、そして拾い上げた。



「すごい、こんなに綺麗に切れてる…そ、その刀を見せてください!」

「どうぞー」

「刃こぼれしてない…すごい…すばらしい腕をお持ちなのですね!」

「いやいや、褒めすぎでしょ。きっと皆さんもできますよ。刀がいいのよ、刀が。道具は大事よねー」



刀は道具じゃないけどね、と彼女は付け足す。
そんな彼女に、曹休殿は質問攻めだ。
曹家の血かな。
ふ、と気になって主公を見た。

ああ、なんだかマズい展開になりそう。
郭嘉殿は…興味津々ってところか。
于禁殿は、相変わらず気難しそうだし。

―――…さて、と。
を無事に返してあげられるかな?

私は不安を抱きながら、タスキを解くを、ただ静かに見つめる。
視線に気づいたらしいがこちらを見た。
なんだろう、とでも言いたそうな顔の彼女に、私はただ笑みを投げる。
無意識に握っていた拳の中は汗で濡れていた。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


あとから読んで気づいたんですが、竹のくだり…
読み方間違えると、すごく下ネタだな…ってことで
頑張って言い回し変えてみたんですけど、あんまり変わらなかった…
そういうつもりじゃなかったんですが、変える前はもう馬鹿みたいに下ネタワードでした
全然気づかなかった…

しかし頑張ってもあの程度…許してください
もう、あれです、下ネタだって思った人はわたし含め心が穢れてるんだって思って下さい←人のせいにするなよ

2018.03.01



←管理人にエサを与える。


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