無事に戻ってこれたのはいいが 果たしてこれが、最善といえるのだろうか 人間万事塞翁馬 4 「あー、びっくりした。なんだったんだ、今のは…おや?」 満寵殿の声で私は構えを解くと、一瞬の出来事に驚いた。 昨日から驚くことばかりだ。 ここは、殿…いや、の家では無かった。 「私の執務室だ。案外あっさり帰ってこれたね。于禁殿も一緒か。なんだかよく分からなかったけど、これで万事解決だね。あの、かいちゅうでんとうとやらを見せてもらえなかったのが心残りかな」 何故、満寵殿の執務室に移動したのか、理由はさだかではないが戻ってこれたのならば、問題はない。 満寵殿の言葉を聞いたあと、ふとつい先ほどの事を思い出し、私ははっとした。 あの場にいた私と満寵殿がここにいる、ということははどうなったのだろう。 満寵殿を見ると、同じことを考えたようだ。 二人で一度、部屋をぐるりと見回すが、他に誰もいないようだった。 こちらへ来ていないことに安心して、胸をなで下ろす。 どこか、寂しい気もするが、”夢”に近いことだ。 きっとすぐ忘れるだろう。 とはいえ、なんだか名残惜しい気もする。 上手く言えないが、もう少し話をしても良かったか、と思った。 会話をするというのはそれほど得意ではないのだが、ただ…、なんとなくだ。 ああ、それよりもまず主公のもとへ行かねば、と後ろを振り返ると満寵殿と目が合う。 「私は大して向こうに居なかったけど、結構急に一人いなくなるっていうのは寂しいもんだね。もっとゆっくり話をしてみたかったんだけどな、とは」 「致し方なかろう、…もともと時代が違ったのだ。それよりも、まず主公のもとへ行かねば」 「ふふふ、于禁殿は真面目だね」 「真面目も何も、当然のこと」 「まあ、確かに。主公のところには急いで行った方がいいね。なんせ…」 「う〜ん、なんなの…目がまだしぱしぱする……パソコン見すぎな私には勘弁願いたいわ…メガネだけは避けたい」 場違いな声とまたもや初めて聞く単語に、耳を疑いそちらを凝視する。 満寵殿も同じようだ。 そして、凝視した先、満寵殿の執務机の向こうから、目頭を押さえているがのっそりと身体を起こしているのが見えた。 まさか…。 「あれ?ここウチじゃなくない?ここどこ?しかも、私いつのまに靴履いたの?しかもなんでブーツなの?は?え?……って、伯寧さんと文則さん!」 ”やだ、うっかり声に出しちゃった”とが口元を押さえる。 勿論、ともそうなのだが、満寵殿ともまだ出会ってから日が浅くあまり知らぬとはいえ、それでもそういう所が二人ともに似ているな、と思った。 だが、今はそんなことではない。 「あらら、やっぱりも一緒に来ちゃってたか」 と満寵殿が頭を掻く。 だが、という人物は、相当肝が据わっているらしい。 次の言葉に、私は思わずあっけにとられた。 「大丈夫、ここに鏡ありますし!きっとさっきと同じようにくぼみを照らしてみたら帰れますよ!丁度日も出てるので…お邪魔しました!」 「そんなに急いで帰らなくてもいいんじゃない?帰れるならさ」 「いやいや、そういう訳には。帰れるのに、長居するのも失礼ですから」 満寵殿にそう告げながら、は私の横を会釈してすり抜け、背後の回廊の欄干から身を乗り出した。 手にはあの謎の石鏡をもって、くぼみにむかって必死に日の光をあてている。 だが、先ほどとは打って変わり、いつまでたっても変化はない。 じっと待っていると、そろそろ退屈だと感じ始めるぐらいには、長くはないが短くもない時間だった。 私の横まで来た満寵殿が、腕組みをしながらじっとを見つめている。 表情をちらりとうかがうと、いつもと違い神妙な面持ちで、何か考え事をしているようだ。 不思議に思い声をかけようとしたその時。 「于禁殿」 満寵殿が先に声をかけてこちらを見上げた。 「なにか」 「于禁殿は、先ほどの光の中で何か声を聞きませんでしたか?」 突然の質問に、私は顎に手を当て記憶をたどる。 何か聞こえただろうか…? ああ、言われてみればしゃがれた老人の声で何か、たしか… 「いちど…」 「ああ、やっぱり。私も聞き覚えの無い老人の声で、”いちどまで”と聞こえたんです。もしや、と思っているんですが、本当にもしかすると…」 その意図に気づいて、私は必死に身を乗り出しているの背を見つめた。 「確定した訳ではありません。ですから、とりあえずには黙っておきましょう。あの調子では声に気づいてなさそうだ。それに、まだ他に我々の気づいていない何かが、”あれ”にはあるかもしれませんし」 それだけ言うと、満寵殿はがっくりと疲れたようにうなだれるに近寄った。 「どうして何も起きないの…疲れちゃった…」 「、ここは一度諦めて少し時をおいてみてはどうだい?」 「ダメ!駄目なんです、伯寧さん…だって、洗い物そのままだし、戸締りしてないし!ああ、泥棒に入られたらどうしよう…第一、いつ帰れるか分からないならブレーカー落して来ればよかった!白菜もそろそろ収穫時だし……あ〜!そうだ、しまった再来週までに発注掛けなきゃいけない案件が〜〜〜!!誰か気づいてー!!現場が遊ぶ!!!!」 よく分からない単語を口走りながら天に祈るような仕草をするに、何やら大変そうだな、と不謹慎かもしれないがそう思ってしまった。 満寵殿は可笑しかったのか、笑っている。 すると、がはたと我に返ったかのように、ぴたりと動きを止めて手を打った。 「ま、けどしょうがないか。じたばたしても何にもなんないし」 どれだけ逞しいのか…。 「はは、恐ろしく切り替えが早いね、は」 笑いを隠さない満寵殿の言葉に、口には出さなかったが、おおいに同意した。 がくるりとこちらに振り返って、満寵殿に言う。 「それだけが取り柄みたいなものですから。それに、起きたことはもうどうしようもないじゃないですか。今考えることは、次どうするか、です」 「うん、お見事。それじゃ、于禁殿」 満寵殿がこちらを振り向く。 目配せに、声には出さず、頷くこともせず、ただ目で答えた。 不思議そうにこちらを見て小首を傾げるを一瞥する。 「も。これから主公のもとへ一緒に報告へ行こうか」 「との…?って曹操、さん?のこと?」 「そうだよ、曹操殿のところ。さあ、行こうか」 「え、い、いや…そんな偉い人のところに見ず知らずの私が一緒に行くなんて恐れ多い…」 手を振るに満寵殿が続ける。 「大丈夫、曹操殿はそういうことを気にしない人だから。それに、私たちに起きた事は、が一緒に来てくれた方がうまく説明出来ると思うんだ。だから、私たちのためにも協力してくれないかな?」 「…そういう頼まれ方すると、断れないです…ご一緒します」 「良かった、それじゃ于禁殿、行こう…あ、そうだ、もう一つお願いが」 そう言って、満寵殿はを振り返った。 は満寵殿を不思議そうに見上げている。 「その鏡のことはひとまず伏せて主公には報告したいんだ。きっかけは、あの”祠”ってことにしたいんだけど、合わせてくれる?于禁殿も」 「私は構わぬ、満寵殿にお任せする」 「分かりました、私も伯寧さんにお任せします」 「ありがとう。とりあえず、その鏡は私が預かっておくよ」 「はい。どうぞ」 は頷いて、手にしていた石鏡を差し出す。 満寵殿はそれを懐に仕舞うと、私とを促して回廊を先に進んだ。 「あ、そうそう。重要な事を言い忘れてたよ」 そう言って、満寵殿が振り向く。 「帰るまでの間の生活は、私が責任持つから安心してくれていいよ、。いざとなったら、于禁殿もいるし、ね?」 私は短く答えて、頷いた。 旅をしていたわけではない故、多少意味合いが違うが…一宿一飯の恩義もある。 何より出会い初めに無礼な事もした手前、謝罪と礼の意を込めて私が面倒を見ても良かったが、きっと満寵殿の方が気が楽だろうと思い、それ以上何か言うのはやめた。 私の所に来ても、には気まずい思いをさせるだけだろう。 私は満寵殿ほど会話が得意ではない。 最後尾を歩く。 日はまだ高く、日没までには暫くの時がかかりそうだった―――。 つづく⇒ ぼやき(反転してください) とりあえず、以降の話はヒロイン→誰かの順を基本で語り手が変わります(例外稀に有) また、話によりヒロイン不在のまま、無双武将同士のみで話が進む回もあります まどろっこしいのが特技みたいなところがるので、ぼちぼちお付き合い下さい 文章力、表現力が足りないのはいつものことです 2018.03.01 ![]() |
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