私の判断は正常なんでしょうか

結果が出なきゃ、分かんないよね、そんなこと






     人間万事塞翁馬 3












食事を終えて、私は今湯船の中。
食事中のことを思い出していた。
初めて目にするものばかりだと言って、がっついてはいなかったが、不思議そうに食べていた。
料理が出来ることや、味をやたらに褒められたが、それが問題じゃない。
その前の風呂をすすめた時だってそうだ。
蛇口捻った時の驚き様…確かに俳優並みに演技が上手いっていう可能性も捨てきれない。
けれど…。

どう考えても、アレはやっぱり演技じゃない。

今までしれっと人を騙すやつには必ずと言っていいほど共通点があった。
それは、笑っていること。
にこにこでも、へらへらでもいい。
ともかく人がよさそうに笑っている。

そんな奴が一番怪しいし、この短い人生の中で本当、そんな奴にばかり騙されてきた。
騙された人間も見てきた。
もちろん、そういう人がみんな、人を騙す悪人だとは思っていない。

けれど笑わず、寡黙で、不器用さが滲む真面目なタイプほど、騙すというよりは、騙されている人間が多い。
騙されて、逆に”騙した人間”としてでっちあげられている。
そんな人ばかり見てきた。
所謂、職人タイプはそんな人が多い。

それでも”もしかしたら”という懸念は確かに拭いきれないが、それを言っていても始まらない。
ともかく何となく勘にも近いが、あれは本当に……マジだ。



だとしても…。
――…さて、どうしたもんか。
演技じゃなく、マジだ、とある程度確信できたとして、それでも、三国時代からトリップってありえる?
ありえない。
けど、今、多分起きてる。

…さて、どうしたもんか。
もし、私が逆の立場なら、自分の境遇に困り果てるだろう。
少なくとも最初のうちは、絶対。

困っているのなら、力になりたいとは思う。
君子危うきには近寄らず、とは言うが、残念ながら私は君子ではない。

お人よしすぎるのは反吐が出るが、それでもそんな自分もお人よしが理想だと思うのは確か。
しかし――…。
どうやって帰すことができるのか。
思いつくわけがない。

そういや、昔じいちゃんが、”子供の頃、気づいたら知らない土地にいた”とかいう話してくれたことあったな…。
あれ、もしかして本当だったのかな。
だとして、そのあとどうやって戻ってきたって言ってたっけ?

そんなことをふと、思い出しながら私は湯船を出た。
考え事をしながら寝間着用の浴衣に着替えて羽織を羽織るとふらふらと台所へ向かう。
湯上りのビール一杯が癖だから、もうオートルートとしてインプットされてるのね。

冷蔵庫をあけてビール片手に首をかしげる。
あー、本当になんて言ってたっけ…。
はたと気づいたら知らないところにいて、そこで何を拾ったら戻ってきたって、言ってたんだっけ…?
プルタブをひいて、一口。

―――……………。



「あ〜〜っ、やっぱこれだわ、たまんない!……あ、思い出した!鏡!……あ」



そこではたと気づいた。
そういえば、茶の間に于禁がいるんだった。
うっかり独り言を……。

最後に、あ、と声を上げたのと同時に、そちらへ目をやると怪訝そうにこちらを見ている于禁。
私はぱちぱちと目を瞬かせてから、誤魔化すようにビールを目線まであげて、一言。



「飲む?お酒だけど」



その後、もう一杯だけ于禁とビールを飲んだことは、言うまでもない。
そして于禁がビールに驚愕していたのも、言うまでもない。

勿論、”思い出した”話もしましたよ。









 * * * * * * * * * *










朝7時。
やっと日が出てきた。
着替えの後に朝食を食べ終わって、于禁と庭に出る。

因みに、朝食はごはん、味噌汁に、目玉焼き。
付け合せに、サラダと漬物。
大体、いつもコレ。
焼き魚がいいんだけど、今日は切らしていて無い。
後ろから于禁が言った。



「すまない、色々と手数をかける」

「あー、いいですよ、気にしなくて。帰れないと困るんでしょう?」

「おおいに困る」

「だからとりあえず、出来ることからしましょ……たしか、祖父の話だと祠の辺りって言ってたから…」



誰にともなく、ひとりごちて私は庭の片隅に建っている祠の近くまで来た。
お稲荷さんっぽいけど、そうじゃないみたい。
祠のまわりをぐるぐる私は見回しながら、最後に中を覗いてみる。

于禁は少しだけ離れたところで見守ってるようだ。
祠の奥に丸い何かが見えた。
手を伸ばしてそれを掴む。
彫刻の施されたそれをひっくり返すと、裏は綺麗に磨かれていた。
どうも石でできているようだけど、これは間違いなく…。



「鏡だ」

「見つかったか」

「ひとまずは。他にも何かないか覗いてみるので、悪いんですけど、これ持っててもらえますか?」



于禁に鏡を渡して、再び祠を覗き込む。
けれど、他には何もない。
じゃしょうがないか、と祠を背にして二歩進んだとき、なんの前触れもなく身体に何かのしかかった。

たまらず潰されて、そのまま地面に突っ伏す。
かろうじて受け身だけはとったものの、重たいぞ、なんだ何か背中に乗ってる…。



「おや!于禁殿じゃないですか!こんなところに居たんですね」

「ま、満寵殿!」

「いやあ、主公と郭嘉殿から目の前で于禁殿が消えたと聞いて、丁度お探ししてたんです。今ちょっとした騒ぎになってますよ」

「ま、満寵殿…その…」

「ん?下?ああ、なんかさっきから柔らかい…おや」

「く…お、おもい…」

「これは、失敬!まさかお嬢さんを椅子替わりにしてるなんて、すまない、悪気はなかったんだ」

「い、いいえ…お構いなく」



差し出された手を掴んでやっとのことでその場に立ち上がる。
何がどうなっていたのか分からないけど、多分私の背中に座ってたのね。
そら、重いわ。

そして、顔を上げて再びびっくり。



「…また変な恰好のイケメンが増えた……」



私は眉間の皺を指で押さえてから、もう一度顔を上げる。



「怪我はないかい?本当に、すまない」

「……夢じゃない…」



どっかでヤマバトがポーポー鳴いてる。
甘いマスクの彼を尻目に、私はもう一度眉間を押さえた。









 * * * * * * * * * *










家に一度入り、私は着替えた。

土の上に突っ伏したので服が汚れたのだ。
何かもう面倒くさかったのでどこにも出かけないし、とたかをくくって二部式着物に着替える。
楽なんだよね、これが。

ぱぱっと着付けてから、改めて自己紹介をしあった。
増えたイケメンは満寵なのだという。

…ふふん、くっそ三国志じゃないか。
どうなってんのよ。
詐欺グループとかじゃないよね、と満寵の笑顔を見て思う。

だが、あの鏡を入手するまでの過程を話したところ、クソまじめに”帰る方法”を模索し始めたので、とりあえず、その疑いは置いておくことにした。
詐欺するために、話にのってるとしたら、嫌だな…と思ったのは言うまでもない。
それ考えちゃうと、自分が阿呆みたいで何も考えたくなくなるから、考えるのをやめた。
でもやっぱり、詐欺グループだとか詐欺だとかとは、違うんじゃないかと話を進めながら思っていた。

満寵が、さっき渡した紙に筆ペンでいまの状況を箇条書きにしている。
やたら達筆。
しかも全部漢字。
話言葉通じてるのに、なんでそこだけソレ?
とんだミラクルだわ。

因みに、筆ペンと紙に感動していたことはここで伝えておこうと思う。
まあまあまあ、二人の出自が本当なら、そうなるわよね。

そして、なぜ筆ペンかっていうのはね、茶の間の文箱に入ってたからよ。
熨斗袋と一緒にいつもそこに置いてあるの、必要でしょ?
それにしても、全く関係ないんだけど、満寵の服のかけ違いが、すごく…すごく、気になる…。
気づいてないのかな…。



「さて、ひととおり現段階で分かっていることを書き出してみたけど…一、何がキッカケで互いの場所へ行けるかわからない。二、帰りはどうやらこの鏡が鍵を握っているらしい。三、何度も行き来ができるのかは不明。四、鏡の使い方が分からない」



…と、書いてあるらしい。
言われればね、何となく字の感じで分かるけどね。
言われなきゃ、分かりませんよ!



「んー、どうしたものかな」

「満寵殿でも分からぬか…」

「そうだね、いかんせん情報が少ないし。第一私は兵器、罠、築城が専門だからね。郭嘉殿ならもしかしたら、と思うけど…どっちにしても、やっぱり情報が少ないかな」

「そうか…」



気難しそうな顔をし始めた二人を置いて、私はそそくさと台所に向かう。
お茶を飲みたくなったの。
10時にはまだ遠いけど、話し合いするなら喉湿しにお茶ぐらい欲しいでしょ。
そんなわけで、私はお茶と干菓子を盆にのせて茶の間に戻った。



「あのー…」

「なんだい?殿」

「お茶入れてきました。茶請けに干菓子を用意させていただいたので、良かったらお召し上がりください」

「これはありがたい。于禁殿、いただきましょう」



…話が本当なら”当時”の人だよね?
正体不明の人間が出す食い物をこうもあっさり…警戒って言葉、知らないのか?
と、失礼ながら私は思った。



殿、昨夜から気遣いいただき、この于文則感謝の言葉もない」

「あ、いや、そう改めて言われると恥ずかしいから、そういうのはいらないですよ。こんな状況になったのも、不可抗力っぽいですし…ほんと、お気になさらず‥」



心から気にして欲しくない、と思ったので顔の前で手を振った。
勝手にやってることをあまり気にされると、気が重い…。
まあ、私も気を遣いすぎないように気を付けよう。



「へえ、于禁殿は昨夜から殿と?ふ〜ん」



意味ありげに満寵が呟いて、茶をすする。
絶対、変なこと考えやがったな、このイケメン。
こんちくしょー、とか思っていたら、于禁がすかさず釘を刺しにかかった。



「言っておくが、満寵殿。殿には宿と食事の恩をいただいたまで。そのような物言いは、いささか無礼であろう」

「これは、失礼。悪気はないし、勿論、私は于禁殿の正大さを信じているよ」



…な、なんだこの居心地の悪さは。
帰りたい…。
しまった、帰りたい…って、ここが家だ、どこに帰るんだ…。

私は二人に気づかれないように、小さくため息を吐いて座り直す。
そして、話題を変えるために質問することにした。



「ところで、すみません。今更ながら質問なんですが…」



そう告げると、二人はこちらを同時に振り向いた。
言葉で帰ってこなかったが、聞く態勢になったのを察知して続ける。



「私、お二人を何て呼ばせて頂いたら良いでしょうか?お話しした通り、字とか、習慣が無くて…どう呼ぶのが失礼に当たりませんか?」



言うや、満寵はちらりと于禁を見た。
于禁もその視線に気づいて満寵を見る。
満寵が先に言った。



「まあ、私は于禁殿のことは”于禁殿”って呼んでいるから、呼ぶなら”満寵殿”?かな?」

「はあ、なるほど。じゃあ、満寵、さん…と于禁、さん…で良いですか?」

「こちらではそう呼ぶのかい?それならそれでいいんじゃないかな…ああ、でもいっそ…」



満寵は何やらそう呟いて天井を見ている。
多分、天井を見るのが目的じゃないと思うけど。
何か、考てるっぽい。

…別に、話題を変えるためにした質問だから、実際呼び方なんてどっちでもいいんだけど……、とはまあ、言えませんよね。
人に質問しておいて。



「そうだね、いっそ字で呼んでもらおうかな。私のことは伯寧と呼んでくれ。そのかわり、殿のことは””って呼ぶことにするよ。その方が呼びやすいし」

「…は…?」

「そう、伯寧」



違う、さっきのは、突拍子もないこと言うもんだから、うっかり”は?”って言っちゃっただけなんだってば。
ま、いいや。



「は、くねい…さん」

「そうそう。…于禁殿は…?」



そう言って満寵は于禁を見た。
ごめん、言いだしっぺだけど、私はこのイベントについていけてない。
こんな予想はしてなかった。



「…好きにすればいい」



難しい顔をさらに難しくしている于禁に私はごめんと謝りたい。
呼び方なんて、もう変なあだなとかじゃなきゃ、なんでもいいじゃん…。



「じゃあ、于禁さんで…」



遠慮気味にそう伝えるが、そこを見事に打ち砕いてくれる男が一人。



「于禁殿」



すっげ笑って言ってるけど、ほんっと性格悪いな。
無言の圧力ってこれじゃないの。
于禁が目を閉じて言う。



「文則で構わん」



うーわー、ほんとごめんなさい!
せめて、せめてこれだけは言わせてくれ。



「い、嫌なら無理しないで下さい、私は気にしないですから」

「文則で構わん。私も”殿”……いや、””と呼ばせて頂く」



うわー、何于禁を無言で小突いてんだそこのイケメン!
”殿”付きでいいよ、”殿”付きで!
私の名前呼び捨てにするのなんて、身内しかいないよ!
他人に呼び捨てにされるのって、なんか落ち着かない…!!
何言わせてんだ、このイケメン!
ていうか、私か、私が悪いのか!
なんてこった。



「じゃ、これで解決だね。よろしくね、



よろしくね、じゃねえ。



「えーと、よろしく…おねがいします…伯寧さん、と文則さん…」



笑おうと思ったけど、顔ひきつっちゃった。
しょうがないよね。
楽しそうなのはあなただけだよ、は・く・ね・い・さん!

私は湯呑に手を伸ばして茶をすすった。
…落ち着く。
ついでに落雁を口に放り込む。
この和三盆、たまんない…。

とりあえず、落ち着いたところで、満寵が…いや、伯寧さん。
例え心の中であっても、ちゃんと伯寧さんって言っとかないと、多分私の事だから、何かのはずみで”満寵”って言っちゃう。
しかし、”さん”って言いにくいな…。
かといって、呼び捨てはまずいし、私が”殿”っていうのも何かおかしいし…。
…まあ、しょうがないか、もう呼んじゃったし。
あ〜、しまった”様”ていう手があったか…。
”様”ねー…いや、なんかやっぱ違う気がする。
ま、いっか。

そんなことを考えながら落ち着いたところで、伯寧さんが落雁に感動して文則さんに勧めているのを尻目に、私はテーブルに置かれた石鏡を手に取った。
彫刻のある面をよく見ると、真ん中のくぼみに何か小さく彫りこまれている。
すぐに、何かの字だと気付いて凝視するが、なんか小さいし暗くてよく見えない。
そんな私に気づいたのか、文則さんが声をかける。



「どうした?

「いや、何かここに書いてあるなって思って…よく見えない」



呟くように言う私に、伯寧さんがちょっと見せてと、手を伸ばす。
手渡すと、同じように覗き込むがやっぱり私と同じだったようで…。



「う〜ん、暗くてよく見えないね」

「あ、懐中電灯」



ぱっと思い出して、私はダイニングにある収納棚の引き出しから懐中電灯を取り出した。
二人の所へ戻ってきて、腰を下ろしながら天井に向けて一度パッとスイッチを入れた。



「おお〜」
「なんと…」

「LED懐中電灯。便利になったよねー本当」

「ふ〜ん、えるいーでぃー……あとでそれ見せてくれないか?」



そうですよね、興味持ちますよね。
だけど、ちょっと馴染み過ぎじゃない?
流石です、伯寧さん。
だけどね…。



「あとでね…とりあえず、先にこっち…」



言って、私は石鏡のくぼみを照らすように懐中電灯のスイッチを入れなおした。
なんかもう、心の呟きがそのまま出ちゃって、タメ口になってるし…。
もうなんでもいいや。

それにしたって……、よく見えない。
どうなってんの、と色々角度を変えてこれでもかと照らしていたその時。

びっくりするぐらい辺りが真っ白に包まれた。
何が起きたのか、全く分からなかった―――。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


割とどんな口調か分からなくなります、二人とも
色々考えながらやってますが…キャラ崩壊してたら、すみません
思い出す意味でゲームやりはじめると、手が止まるので、それが悩ましい所…
大体、他の話でもそうですが、ヒロインが酒好きです
酒嫌いな方いたら、すみません

2018.02.27



←管理人にエサを与える。


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