仕事柄、年上のおっさんに説教することあるんだけど

不法侵入者に説教するのって、どう思います?






     人間万事塞翁馬 1












「あー、疲れたー。帰って風呂入ってビール飲みたい」



会社のデスクで伸びをする。
みんな定時で帰って残ってるのは私だけ。
別に仕事は嫌いじゃない。
好きで選んだことだから、多少会社内外の人間関係で苦戦しようが、クレーム貰おうが、そういう経験重ねて成長させてもらうもんだと思っているし、そういう事含めて仕事だろうから別に嫌いじゃないの。

…まあ、そりゃ理不尽なクレーム貰えば、私だって腹立つし、時にはがっかりして沈むけど。
それでも何日か何か月か、もしくは何年かしたら、経験させてもらって良かったなって思えるからその時苦しくても、何とか乗り越えようと思う。
立ち止まるぐらいなら、一歩でも数ミリでも前に進む方がマシだわ。
嫌だ嫌だって言って、何もしないのが一番嫌い。
慣れないことだって、やり続けたら、その内慣れるわ。
嫌でも。

まあ、ムリせずそのまま流される方がマシかな、って思う時にはそのまま流されることにしてるけどね。
タイミングさえ間違わなければ、解決策をその時無理して出さなくたっていい、ていうのが私の考え。
いざって時に出せれば、それでいいんじゃない?
出ない時は、身を任せるわ。
割といい加減よね、私って。

…え?何の仕事してるのかって?
建築よ、建築のお仕事。
設計したり、現場出たり、職人足りない時はドリルでコンクリ砕くし、足場上って金物付けるし、まあ出来ることはなんだってやるわ。
自分で動いて現場の職人衆から話を聞いた方が、手順や決まり事を体で覚えるから図面引くにもすごく勉強になる。
色んな指南書出てるけど、知識だけじゃ中々覚えきれないものね。
一番手っ取り早いし、近道だと思う。

だけど、まあ…材料加工してる時が、もしかしたら一番楽しいかも。
造作材電ノコで加工したり、カンナかけたり。
建て方の手元したり。

建て方っていうのは、簡単に言うと建物の構造のメインになる柱や梁を組んでいく工程のこと。
全部組み終わって、屋根に下地の合板…ベニヤの方が分かりやすいかな、それが張り終ったら、建て前、所謂上棟式っていうのをやったりしてお餅なげたりするの。
手元っていうのは、まあざっくり言うと、補助ね。
一人じゃ出来ない作業のお手伝いさんや、単に手伝うことを、俗に手元って言ってる。

と、まあそんなことはどうでもいいわ。
私の仕事の話なんかしても何にもならない。
ともかく、帰りましょう。
誰も待っていないけど、私のビールが待ってるわ。









* * * * * * * * *










カーポートから内門をくぐって庭に入る。
家がね、やたらにデカいのよ。
おじいちゃんち。
でも、今は誰もいないの。
おじいちゃん二年前に死んじゃって。

両親も別のところ。
父は建築家で、県外拠点にしてる。
母は医者だけど、若いころから海外医療ボランティアしたかったんだって言って、定年を機に自分のしたいことしてるみたい。
どちらも、ものすごく有名人っていう訳ではないけど、なんか業界の方では割と名が知れてるみたい。
家の中じゃ、二人ともただの変人だったけどね。

一緒に住んでたの、何年も前の話になるから、過去形ね。
…でも多分、今も変人なままだと思う。







長くて広い庭。
家は平屋建て。
まあ、旧家だから。
友人たちにはよく金持ちだ、ブルジョワジーだ、とからかわれたものだ。
今思えば、そんなこともあったな、と懐かしくなるが、当時はあまり気分は良くなかった。

さて、勝手口の鍵を開け家の中へ。
やっと帰ってきた。
玄関は昔の家なので、鍵がネジタイプなのだ。
中からしか開けられない。
だから、勝手口から入るしかない。
上がれば、すぐそこは台所。
広くて料理しやすいのが好きだな。

私が部屋に使ってるのは台所の先の、田の字になってる北西の部屋。
台所から続き間になっている茶の間は北東の部屋。
南東が客の間で南西が床の間。
部屋と部屋の間は障子か襖で区切られてる。
あ、そうそう台所と茶の間のあいだはダイニングになっていて、そこはテーブル席。
リフォームかけたんだよね。

部屋に入り荷物を下ろす。
西の壁際に押入れが二つあったけど、一つを潰してそこにワークスペースを作ってある。
自分で作ったんだけどね、我ながら完成度には満足している。
その自作机に置いてある時計を見ると時間は20時を少しばかり過ぎたころ。

明日は日曜で休みだから、今夜はゆっくりできるかな。
と、そんなことを考えながら私は”休み”の準備を始めることにした。
…大したことじゃないのよ、風呂やら夕飯の支度よ。
風呂は24時間風呂だから溜める必要はないんだけどね。
本当便利だわー。

冷蔵庫の中を確認しようと茶の間に出た時だ。
なんとなく、視線を感じた。
ふと、客の間に視線を向ける。
なんの変哲もない、毎日見ている障子戸。
一度気になるとずっと気になり、気のせいかなとも思ったけど、やっぱりそこから何か気配がする。

そんな気がする―――。

全部戸締りをしているのだから、誰かがこの中に入れる訳がない。
庭をまわったときも、割れた窓なんて無かったはず。
気のせいならそれでいいけど、そうじゃなかった時どうしよう…。
幼少期から思春期までしか続けなかった、なんちゃって柔道で太刀打ちできるかしら。
今は趣味で居合道をしているけど、アレ、形をやるだけだから撃退、とかっていう感じじゃないよね…。
剣道やってれば別かも知れなかったけど。

それでも、無いよりマシか、と思って茶の間の隅に転がしてあった木刀を手にした。
たまたま片づけてなくて良かった…。
稽古に使っている刀は床の間に置いてあるのよね。
それっぽいから。

障子に手をかける。
心臓はドキドキしてるけど、頭は割と冷静だった。
暗い部屋を見回すが、誰もいない。
念のため床の間の障子をあける。
やはり、誰もいない。
ならば縁側だろうか、と床の間に入り南側の障子を開けて覗いてみるが、やはり誰もいなかった。



「誰もいない…気のせいか…」



自分を落ち着かせるために、思わず独り言。
一人になってから、独り言が本当に増えた。
マズいと思う。
ともあれ、ほっとして息を吐き出した。
その時だった。



「お前に尋ねたいことがある」

「!!!??」



声は出なかった。
あんまりびっくりすると、人間声も出せないんだなって、後で思ったけど、ともかくこの時はそんなことは考えすらしなかった。
びっくりして振り向きざま後退しようとしたから、障子に体が当たり、そのままうしろへ倒れそうになる。
けど、倒れることはなかった。
気づいたら、その謎人物に身体を支えられていたのだ。

左の上腕と右肩にその人物の手があった。
パニックになりかけているが、必死に頭はこの状況を理解しようとしているし、自分はどう動くべきなのか考えようとしている。
それだけ頭が回せるなら、とりあえず、大丈夫。
恐る恐る顔を上げるが、薄暗がりで良く顔が見えない。
よく見えないが、普通の格好をしていないことだけは分かった。



「え…と…どちら様ですか」



そうじゃないでしょ、自分…!
不法侵入者に丁寧に質問してどうすんの!?
落ち着け、自分。



「それは私が聞きたい。お前は誰だ?ここは許昌の宮城内のいずこか」



降ってくる声はなんとも渋い。
いい声ですね。

そうじゃない…。

私は内心頭を振って思考をフル回転させる。
いや”私が聞きたい”って、私が聞きたいんだけど。
キョショウの球場内?
ううん、多分変換間違えてる。
どこの話…。
その前に、これは新手の詐欺?窃盗の手段?
最近の窃盗犯ってこんな斜め上の手段使うの?
どう返したら無事にここを抜け出せるんだろうか。
理不尽クレーマーの対処より難しいぞ、多分コレ。



「えーと…すみませんね、私が状況についていけてないので、少々お時間いただけますか」



ちょっと時間を稼ごうと思ったのよ。
やっと吐いた言葉がこれ。
ちょっとマヌケよね。
けれど私、選択間違えたみたいで。



「答えられぬというのならば、致し方ない。やはり、黄巾の張角のような面妖な技で私を陥れようとしているのだな?ならば、まずはお前を厳罰に処し、そののち祭器を探し出して破壊するとしよう。覚悟せよ」



私がその言葉を理解しきるのと、この侵入者が私にどこから出したのか形状が謎の刃物を突き付けたのは、ほぼ同時だった。
刃物だと気づいた瞬間、私の何かが一気に切れた。
怖いを通り越して、怒りしかなかった。
なんで私がこんな目に合わなきゃならんのか!?



「なんっで、私が侵入者にそんなこと言われなくちゃなんないのよ!!人が大人しくしてるからっていい気になるな、人ん家に勝手に不法侵入しておきながら、何様なの!?第一まず、それが人に物を聞く態度!?お前?はあ?モノ尋ねるなら、まず自分から名を名乗れ!礼儀を知らんのか!!大の大人が恥ずかしい!!!」



思わず木刀を突き付けていた。
頭に血が上っている。
上っているが、どこかで、やっちまった、と思っていた。
頭の隅にやけに冷静な自分がいる。

もし、相手が凶悪殺人鬼とかだったら、これ絶対入れちゃいけないスイッチ入れちゃったな、って思った。
けど、もう遅い。
そこまで短気じゃないと思うけど、何かの時に、キレちゃうんだよね。
もしこれで生き残れてたら、もう少し良いストレス発散の方法を早急に考えなきゃ。

でもね、それでも私は今、頭にきてるのよ。
理不尽な言葉を浴びせられながら、なんで刃物で脅されなきゃなんないの?
刃物だしときゃ何とかなるって思ってるの?
いい加減にしなさいよね。

けど、相変わらず侵入者の顔は良く見えない。



「…ここはお前…あなたの屋敷、なのか?」

「そうよ」

「そうか、それは失礼を致した」

「当然よ。とりあえず、あなたの話を私が聞くのが先。それからあなたの質問に答えます。キョショウとか球場とか抗菌とかチョーカクとかまるで話の見えない単語ばかり並べられても、全く意味が分からないわ」



と自分で声に出しながら、抗菌のチョーカクってのは三国志ワードでは?と気づく。
でも、だからって問題が解決したわけじゃないし、寧ろ謎は増えただけだった。














つづく⇒



ぼやき(反転してください)


変換する箇所が一つもない…
割と設定がコアかもしれませんが…
一緒に楽しんで頂ける方がいらっしゃれば幸いに御座います

2018.02.24



←管理人にエサを与える。


Top_Menu  Muso_Menu



Copyright(C)2018 yuriwasabi All rights reserved.  designed by flower&clover photo by