戯家の愚人 ― 双ツ無キ者ノ死・中弐 ―























戟を交わしているのは、気付くと二人だけだった。
敵の兵も味方の兵も遠巻きにその行く末を、固唾を呑んで見守っていた。

張遼と戯の荒い息遣いが、剣戟の合間に聞こえてくる。
二人の肌に落ちる粉雪が、音もなく溶けては消えてゆく。
吐く息は白かったが、二人の額や顔、首筋は流れる汗で濡れていた。

二人が初めて得物を交わしたときから既に、半刻が過ぎようとしていた。
打ち合う数はそれ程多くは無かった。
その上、戯は張遼の攻撃を受けることに重点を置き、その攻撃を流す、或いはその反動を利用して反撃に転じるという形を基本にしていた。
だが、それも半刻も続けば体力を削る。
このまま持久戦になれば、女である戯にとって不利な状況になるのは目に見えていた。
―ただ、ここにいる全員・自軍の兵すらも、女であることには気付いていなかったが――

張遼は、真っ直ぐに戯を見ていた。
この一刻、変わることの無いその眼差しと流れるような動き、そして、こちらの力を受け流し反撃に利用する絶妙な技。
隙のない動きと、その集中力の高さに舌を巻いた。
油断すると、その動きに見惚れてしまう。
それが兎も角厄介で、やりにくかった。

ただ、その攻撃の殆どが反撃によるものということには、早い段階で気付いていた。
小柄な体格ゆえに体力面では他に劣るのであろう。
と、そういうことも考えていたが、かといって、持久戦に持ち込んで勝ちを得る、ということはしたくないと思った。


荒くなった呼吸を静かに整える。
ちらちらと降る雪は、先程よりも幾分大きなものになったように思う。

張遼が地を蹴る。
下から掬い上げるような攻撃を戯は右に飛びのいてかわす。
足が地面に着くと、間髪いれずに一歩二歩と踏み込んで、今度は戯が張遼の脇腹めがけて戟を突き出した。
が、それを予測していた張遼は左半身にかわすと、左手でその柄を掴み動きを封じた。

張遼の得物が自分に向かってくる。
そう思ったのも束の間、戯はそれを冷静に判断すると、左足を一歩前へと踏み込んだ。
張遼に掴まれた柄を左回りに捻りながら突き出す。
予想外の動きに、張遼は思わず怯んだ。
その間も、戯の視線は真っ直ぐ張遼の瞳を射抜いていた。

刃先がその左頬を裂いても、そしてその兜を弾き飛ばしても、瞬き一つしなかった。
が、張遼の手の外れた戟をくるりと回して、その鉤の部分を丑の方向へ起こす。
右足を踏み出した瞬間、下腹に力を入れて戟を手前に引いた。
鉤についている刃が、張遼の左の二の腕の内側を勢いよく切りさいた。


「っ」


その一瞬の隙を逃さず、戯は得物が全て両手に収まらないうちに、今度は握る手を軸に柄を右に回して、張遼の柄を握る手にめがけて振り下ろした。
生身の指に打ち下ろされた一撃は、直にその力が伝わって思わずその得物を落させる。
すかさず戯は、張遼の肋骨の下、鳩尾に柄を押し付けてそのまま地面に突き倒した。

痛みに耐えながら張遼が視線を上げると、喉元に剣が突きつけられていた。
が、自分の身体を跨ぐように仁王立ちで立っている。
戟は右手に握られていた。
暫く何も言わず、お互い視線を交し合う。
兵達がどよめいていた。



「都尉、本陣からの早馬です」



陽蒋が戯の背中に向けていった。
いつのまに早馬など来たのだろうか、そう思いながら戯は答えた。


「そのまま、報告しろ」


息はまだ整っていなかった。
数歩離れたところで戯の背中に向かって、膝をつき拱手した伝令が言った。



「下邳城、今朝、降りましてございます!」



その言葉に、一気に兵達がざわめき始める。
は張遼から視線を外さずに言う。


「伝令に問う。呂氏のその後は」

「生け捕りにされ、牢にございます。処断については、明日中にも下されるものかと」


それに対する兵達の反応はわかり易いものだった。
そんなざわめきの中、戯は、今度は張遼に問うた。


「・・・だそうだ。どうする?その首、まだつけておくか?」


兵のざわめきが収まっていた。
皆、二人の会話に耳を傾ける。


「貴殿に委ねる」


は視線を上げた。


「皆、聞こえたな。伝令、主公に伝え願いたい。捕虜を連れ参ります、と」

「は、確かに」


そう言うと暫くして馬蹄が遠くへ消えていく。
再び、戯が口を開いた。



「季長、負傷者の応急処置を済ませたら直ぐに発つ、準備を進めてくれ」

「は」

「それから」


一度言葉を区切る。
陽蒋は、改めて戯に視線を向けた。


「縄をかけるのは次に私が令を下した時だ、わかったな?」

「は、しかし・・・」

「責任は私がとる、わかったな?」

「・・は」



陽蒋は戸惑いつつそう答えると、指示を出しにその場を去った。
は視線を足下の張遼に落しながら、その喉元に突きつけていた剣を引いて鞘に収めた。
空いた左手を張遼に差し出す。
張遼は意味を理解してその手を掴むと身体を起こした。
何となく違和感を感じたが、開きかけていた口は既に言葉を発していた。


「後悔するかも知れぬぞ、良いのか?」

降ってくる言葉に、戯は視線だけを上げた。


「最初からそのつもりなら、今頃この私が地に伏しているだろうさ」

「油断させるための手かも知れぬぞ」


その言葉に、戯は張遼の方を振り向いて、暫くその視線を注ぐ。
目を細めていった。

「生憎、そんなまどろっこしい手を打つような玉には見えないがな」


何も言わない張遼だったが、どこか呆れているようなのは戯にもわかった。

「ま、無駄口叩くのはここまでにしよう。その傷を見たら、直ぐに下邳へ向かわなければ・・」

ふっと笑って言いながら、戯が張遼の腕を掴む。
張遼が眉根を寄せたのを見たわけではなかったが、空気を読み取った戯が視線だけを上げた。



「どうせなら、可愛い娘にしてもらいたいというのは十二分に分るがこっちも急いでいるんでね。まあ、我慢してくれ」

「いや、そういう意味ではない」


茶化してみたが、意外にも冷静な返答で、戯は一度目を閉じると言った。

「分っている、・・甘い、と思ったのだろう?」

再び視線を上げる。
そして笑った。



「私も、そう思う」



の背後から一人の兵が、先程弾き飛ばされた兜を手に声をかける。
は一瞥してから、持っていてくれと再び背を向けた。
そのままでは、被っていても意味がなさそうだ、と付け加えて。

張遼は戯の手元を見て、次にその顔に視線を移した。
こちらを見る気配はない。

空を仰いだ。
雪がちらついている。
重たい雲が覆っていた。
下邳に行けば命はない、分り切っている事だったが、心は何故か晴れやかだった。






















つづく⇒




 いい訳とか。↓(拍手いつも有難う御座います




ちょっと仲良くしすぎじゃないか、とか。
実際はもっとシビアだと思いますorz
激しくそう思います←
しかし、自分無双厨杉じゃないかと思う、今日この頃。

ここまでお付き合い下さり有難う御座いますorz


2011.03