其之十八    セ ル





「ここは…神様んち、だっけ?」




はのっそり身体を起こすと辺りを見回した。最後に居た場所はここではないが、しかし雰囲気は似ている。何故屋内にいて、そしてベッドで寝ているのか一瞬戸惑いながら記憶をたどった。そういえば、ポポに何かされたんだと思い出した時、同時に自分の知らない、強大で何とも形容し難い気に気づいた。はたとして、はベッドから飛び降りる。直ぐ近くにピッコロの気を感じて、無意識に瞬間移動を使った。その方が探すより早い、と身体が先に反応したからだ。急に現れたに、目の前のピッコロはただ驚いた。そのごく近くにいた天津飯もまたそうだ。傍にいたブルマが小さく驚きの声を上げたあと、に向かって言った。




!あなた、もう身体は大丈夫なの!?ポポから聞いたわよ、体調良くないって」

「ポポ…」



はブルマの言葉に、ほぼ真後ろに居たポポに視線を向けた。相変わらずの無表情でポポがを見ている。はそれを一瞥してから、訝しむピッコロに視線を移した。



「大丈夫。それより、今どうなってるの?この気は何?色々混ざってるみたいですごく気持ち悪いし、大きさも尋常じゃない感じだけど…これがあの抜け殻の中身ってことかな?」

「結果だけ言えばそうだ。だが、今はそんなことを言っている場合ではない…このままではまずい。トランクスもベジータも皆殺されるぞ」




ピッコロの言葉に、は目を見開く。気をさぐれば、確かに消え入りそうな知っている気が、その問題の気の近くにある。ブルマが誰にともなく言った。




「ね、ねえ…なんとかならないの!?」




が口を開く。




「詳しいことは分からないけど、分かったよ。ところで、悟空と悟飯は?」

「精神と時の部屋だ」

「…なにそれ」



さも当たり前に返すピッコロに、が訝しんで聞き返した。ピッコロがに言う。




「ここでの一日が部屋の中では一年に相当する。宮殿の中にある空間のことだ。そこで悟飯達は修行している…さっき入ったばかりだ、暫くは出てこんだろう」

「そういうこと…」




はそれだけ呟くと、唐突に自分の右腕を左腕で挟み身体の前へ引張りながら言った。




「なら、私が行くよ。悟空たちには一応、恩があるし」




そこにいたピッコロ、天津飯、ブルマ、ポポが一斉にを見る。は身体を伸ばすように、ストレッチを続けた。そこへポポが言う。




、まだ寝てないとダメ。ポポには分かる。、大丈夫じゃない」

「それも分かったよ、ポポ。だけどね、そんなことも言ってられないよ……私これでもちょっと怒ってるんだからね」

、ダメだ」



尚もに向かって言うポポに、天津飯がピッコロへ耳打ちする。



「何がダメなのだ?」

「オレにも分からん…ポポがの何を知っているのかもな」



ブルマが言う。




「聞いてみたら?」

「すでに聞いたが、何も答えなかった…どうしようもできん」




三人は同時にとポポを見た。ポポは相変わらずで、もまた先と変わらなかった。その時、がぴたりと動きを止める。




「さて、行こうかな」




言うや、前触れもなくが消える。残された四人はただ、そのいなくなった場所を見つめた。













目の前に突如として現れたに、セルはただ驚いた。それは、今や絶望と言う二文字しか頭にないトランクスも同じだ。何が起きたのか、一瞬わからず、しかしこちらに笑みを浮かべるをトランクスはただ凝視した。




「ごめんね、遅くなって」




そう場違いと思うほどの笑みを浮かべ言うが早いか、は手をかざす。途端、身体の痛みや重さ、倦怠感までもが一気に消え失せたことにトランクスははっとした。それは、あの仙豆を食べた時の感覚と同じだった。自分は、によって全快までに治癒―回復―してもらったのだと、状況についていけていない頭の中で思う。その時、の背後にいるセルが言った。




「おまえは誰だ?どこから現れた」




セルはただ、それだけを問うた。は、セルの記憶やDr.ゲロのデータにはない存在である。状況についていけていない、という点でセルはトランクスと同じだったがその理由はまるで違っていた。は、セルの方へゆっくりと振り向き、そしてまっすぐに視線を向ける。




「はじめまして。君が誰か私も知らないけど、私は。どこから来たのかは、秘密だ」

「ふん、このオレを前に随分な余裕だ。楽しませてくれると言うのか?」

「悪いけど、君と楽しむつもりはないよ。悟空たちに恩があるからここに来たんだ…早速だけど、全力で行くから覚悟してよね」



はそう告げると、何の前触れも無くセルとの間合いを一気に詰め上空へと蹴り上げた。不意を突かれた形のセルは、の蹴りを鳩尾に喰らい宙へと蹴り飛ばされる。それを追うように、は地を蹴り空高く跳びあがった。その一連の動きにトランクスは目ですら追えずにいた。気づいたときには爆風に目を瞑っており、すかさず視線を上空へやったときにはもう、すでには気を最大にまで高めていた。自分達と同じように髪の色が金に変わった訳では無いが、溢れる気はそれ以上だ。セルのそれよりも遥かに上回っている。これなら勝てる、とトランクスは心に希望を抱いた。

身に受けた衝撃と共に、高度がどんどん上がっていく。セルは、腹を押さえながらなんとかそこに静止すると、思わず奥歯を噛みしめた。相手が自分よりずっと弱ければ、たとえ不意を突かれたとしてもここまで頭にはこない。しかし、自分とそこそこ渡り合える相手が欲しいと思っていたところに、この圧倒的と言えるような力を持つ正体不明の人物――が突如として現れ、こんな仕打ちをする。その上、楽しむつもりなどないと言い放って。セルは初めて、悔しいという気持ちを抱いた。だが、それは明確に悔しいと思ったのではない。なんとなく、心の中で消化しきれず残る不快な感覚だ、としか感じていなかった。不快で仕方がない。足下をねめつける。その瞬間、目の前にの顔があった。その瞳の色は金色。地上で話をした時は、たしか紅だった筈だ。セルは思わず身体を引こうとした…が、気づいたときにはまたそこから蹴り飛ばされ、身体は地上、いや海上へと向かっていた。飛ばされながら、自分は左頬にの蹴りを喰らったのだとやっと理解する。同時に、痛みと共に怒りを覚えた。





「いいぞ、これなら勝てるかもしれん!」

「え!?どういうこと!?がやってくれてるってことなの?トランクスは!?」




思わず、ピッコロはそう声をあげた。傍らのブルマが、矢継ぎ早に質問を投げかける。ピッコロのように下界の様子が分かるわけではないが、の莫大な気を感じることが出来る天津飯はただ、その気を感じる方向に視線を向けた。ピッコロが視線を外さずブルマに言う。




「トランクスは無事だ。が気を使って治癒したようだ。それよりも、…強いことは分かっていたが、まさかこれほどまでだったとは……だが、いいぞ。これなら孫たちが出て来る前にセルを倒せる」




ピッコロには、とセルの戦う様子が見えていた。正確に言えば、の動きが早すぎて目で追う事すら難しい。あの絶望的だとさえ感じたセルが全くについていけていないのだ。ただ、一方的にやられている。の瞳は金に変化しているようだが、暴走している様子は見えない。ベジータとの修行で克服できたと言っていたのは、嘘ではなかったかとどこかで思った。同時に、たまにはベジータも役に立つ、と思う。このまま一気に片を付けてしまえ、そうピッコロが心の内で呟いたとき、再びピッコロは絶望の淵に立った。目を瞑れば見えるその先で、突如動きを止めたがセルの攻撃をまともに、その身体へと受け続けていた。










「こんな、ときに…」




突如、揺れだした視界に、は片手で顔を覆う。一瞬過ぎったポポの言葉を思い出して、内心思った。なぜ、そんなことが分かったんだ、と。直後、腹部に衝撃が走る。一瞬、視界が暗転した。同時に、後頭部にも衝撃。セルによる攻めの手が、を襲っていた。空から一気に地上へ。の身体が叩きつけられる。ぴくりとも動かないの身体、その頭を地上に降り立ったセルが掴み上げた。そして直後、容赦なく地面へと叩きつける。何度も何度も、幾度となく叩きつけ、そして何十回目かして、セルは徐ろに掴んだそれを自分の目線まで持ち上げた。




「さっきまでの威勢はどうした。もう終わりか?ならば、借りを返してやる」

「……っ…」




はただの一言も返せなかった。額のどこかが、どくどくと脈打っている。閉じた目を開けることが出来ない。セルの声を耳にしたあとからは、自分の身体の中で響く鈍い音しか聞こえなかった。休む間もなく続く強い衝撃と、痛みと言うには余りにも重く鋭い感覚が全身を走る。には最早、呼吸をまともに行う余裕すら無かった。ただ、そんな中にあっても尚、その衝撃と痛みのためではない、朦朧とする感覚がを襲う。幾度目かの時、海へと叩きつけられたことでやっと、その目を薄っすらとではあるが開けることが出来たの視界に、二人の様子をただ見ていることしか出来ず狼狽えていたトランクスが遠く霞んで見えた。そして直後、セルの足がその視界を占めるように現れる。セルは、足元に倒れるの頭を再び掴み上げ、そしてまた、自分の視線よりも更に高く持ち上げてから言った。




「これで終わりだ。結局貴様が何者なのかは分からず仕舞いだが、オレを馬鹿にした罪は重い。消えろ」




言うが早いか、セルは空いた手をの身体にかざし、そして容赦なく気弾を放った。セルの手から離れ、その気弾によって吹き飛ばされたの身体は、彼方の岩山に叩きつけられたあと、そのまま落ちた。それをトランクスは絶句したまま膝を崩し、ただ弱々しく見つめる。見たいわけではない、視線を外すことが出来なかった。セルはが飛ばされた先を見ながらゆっくりと手を下ろす。




「跡形もなく吹き飛ばすつもりで放ったのだが…意外だな、消えずに残るとは。一体、何者だ、あいつは」



暫く、セルはじっとその方角を見つめた。それから一度目を閉じると、ふっと息を吐き出す。




「まあ、いい。終わったことだ…さて、さっきの続きと行くか」




そう、誰にともなく呟きセルはゆっくりと後ろを振り向いた。その視線の先には、ピッコロと同じように再び絶望の淵に立たされ思考を停止したトランクスの姿があった。





















To be continued⇒


←管理人に餌を与える。




2019.03


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