金風






















「あ〜、どうしてこんなに新米って美味しいんだろう!稲作普及させた人は神だわ!」

「君は本当に面白いね、



と、正面で正しく至福を噛み締めているにそう告げると、一瞬目をぱちくりとさせる。
そんな反応も面白くて、思わず目元が緩む。



「郭嘉さんは美味しいって思いませんか?」

「うん、美味しいと思うよ」

「心が躍りません?」

みたいに、その美味しさをそういう風に表現する人は私の知る限り君ぐらいだ。少なくとも、ここではね」

「そうですか……、まあ、そうかもしれませんね。贅沢に生きてるなー、私」



そう一度、考えをめぐらすように視線をはずしてから、は答えた。

ここはとはよく来る酒楼の個室。
初めの頃は、誘っても遠まわしに断られることが多かったが、今は違う。
契機は、許昌で一番美味しいお酒、を教えてあげたところから、かな。
ただ、今も変わらず”プライベート”で私と二人になることをは大分警戒しているみたいだ。
荀攸殿が一緒のときは、二つ返事なのだけれどね。
二人だけ、というのを渋る理由はもちろん、女の子たちの標的にされないため。
の言葉を借りるなら、『お姉さま方憧れの郭嘉さんと二人で過ごすなんて虎穴に入るようなもの』、だそうだ。
因みに、その虎穴にいる虎子は私か、と問うてみたら、そんな虎子はいりません、と返されたよ。
酷いものだね。
…けれど、は気付いているのかな?
君自身も、その女の子たちの憧れの的なんだってことを。
取り越し苦労をしているだけだと思うのだけれどね。

それはさておき、そんなにしては珍しく飲みはじめからそれを頼むので何かと思えば、そういう季節か、と納得する。
興味の無い者からすれば然も無いことだが、は”建造物”と同じぐらい、食べ物や料理に興味を示す。
それこそ、貪欲なほどに。
ただ、単純に食べられればなんでもいい、という訳ではなさそうだ。
こだわりがすごい。
その気質は、仕事や戦場に出たときにも垣間見えるが、今はその話はいいだろう。

口に運ぶその一連の動作を見ながら、私は片肘を卓についてそこへ顎をのせた。



「まあ、私はね、こうしてを見ている方が美味しいと思えるよ」

「……なんですか、それ」



手を止め飲み込んでから、視線を上げる。
そうしてから眉根を寄せ聞き返すを私は見返した。



「知りたい?」

「いえ、知りたくありません」

「釣れないね、新しい境地を知る”チャンス”かもしれないよ」

「…流石ですね、郭嘉さん…なんか私、郭嘉さんと話してると、たまに自分が今いる場所を忘れそうになります」

「忘れてくれても構わないよ」

「そういう訳にはいきません、忘れそうになるってだけです」



そう言って、は杯に手を伸ばし、口をつけた。
口唇が湿り気を帯びて、艶っぽく映る。
杯の縁を拭うその指先を見ながらに言った。



「物を口にするときの仕草が凄く色っぽくて、それだけで美味しいと思えるよ」



はぴたりと手元の動きを止め、ゆっくりと私に視線をあげた。
それから数拍じっとこちらへ視線を注ぎ、唐突に呆れの色を見せて口を開く。



「どこから突っ込めばいいのか分かりませんけど、とりあえず…そうやっていつも女の人口説いてるんですか?」

「いや、まさか。こんなこと思ったの、が初めてだよ。新しい発見だね」

「…それも口説き文句の一つですか?」

「酷いね、本心だ」

「例え本心でも呆れます…ただのセクハラです、それ」

「ううん、そうかな?他の子に言ったことがないから統計はないけどれど、乗ってくれる子は多いと思うよ。こういうところでは気が合わないね、残念」

「合わなくて結構です…ていうかもう、その乗る人も含めて、どういう思考回路してるんですか…本当にどこから突っ込めばいいのか分かりません」



その言葉に笑顔だけ返すと、は更に呆れの色を深めてため息を吐き出した。
顎にあてた手を再びは杯へと伸ばす。
一瞬止まってから、私に視線を上げる。



「…見ないでくださいね」

「嫌、と言ったら?」

「もう金輪際、付き合いません」

「それは困るね。いいよ、向こうを向いててあげる」

「………」



疑いの目を向けるの表情に思わず口元を緩めながら、私は手元の杯に手を伸ばした。
が自分の杯を口元に運ぶ気配を確認して、私もまた杯に口をつける。
あまりからかいすぎてはいけないと分かってはいるものの癖になるな、と思いながら、横目でを盗み見た。
視線を落とし、丁度、杯を置いたところだった。
それから筷(はし)に手を添え、饙(むしめし)を口にする。
それは稲を蒸したものだが、の時代では炊く方が主流だと言っていたのを思い出した。
今はといえば、炊くこともあるが蒸す方が断然多いらしい。
ふと、もそろそろ侍女の一人や二人雇えばいいものを、と思った。
仕事の絶対量は確実に増えている。
向こうでも同じだったとは言うが、それでもその手段を視野に入れない理由が、まだ私には分からない。
見当はいくつかつくが明確には分からないので、まだ、と今は言っておく。



「そういうところがなきゃ、言うこと無いんですけどね…」



不意に、前触れもなくがそう言う。
思考から我に返り視線を上げると、丁度が筷を置いたところだった。
伏し目がちなその顔を見て聞く。



「どういうことかな?」

「いえ、こっちの話です。なんというか、そういうところも含めて郭嘉さんだな、とそう思っただけです」

「意味深なことを言うね。少しは期待してもいいのかな?」

「何を期待するんですか、深い意味なんて無いですよ」

「それは残念だね。やっと私を見てくれるかと思ったのに」



の目を見ると、訝しげな色を隠しもしない。



「何言ってるんですか、いつも見てますよ。郭嘉さんは郭嘉さんです、押しても引いても勝てる気がしない私の中では間違いなく最強の軍師さんです」

「…それは、なりのお世辞かな?」

「いいえ、本心です。私、お世辞言えるように見えますか?」

「ううん、私の知る限り、見えないね」



真っ直ぐに私を見てくるにそう返した。
そんな真面目にそんなことを言われると、流石にこそばゆいものがある。
けれど、それはだから。
他の者に同じ事を言われても、こうは感じない。
自分にもそんな風に感じることが出来たのか、と思う。
とはいえ。



、そんなこと真面目に言うなんて、恥ずかしくない?」

「何故ですか?これっぽちも恥ずかしくないです、本心ですもの。そんなこと郭嘉さんがおっしゃるなんて…もしかして、恥ずかしかったですか?」

「いや」



そう返すと、は射抜くような瞳で、じっと私を見る。
ここでそんな眼をするのかと思いながら、一度目を伏せた。
になら、多少譲歩しても言いか、とふと思う。
本当に調子を狂わされる。
平時と同じように笑いかけ、を見た。



「…というのは嘘だよ。まあ、少しだけ、だけれどね」

「……」

「まだ、疑うのかな?」

「こう言っては何ですが、全て疑いたくなります」

「ううん、どうしたら信じてもらえるだろう」

「長い目で見て判断します。ですけど、とりあえず今はそれを信じましょう。これであおいこってことにします」



そう言うと、は酒瓶を手に、私へと差し出した。



「さ、飲みなおしましょう?」



それから、笑みを浮かべて言う。



「但し、恥ずかしいことはもう無しです。今度はお互い、楽しいことをしましょう」



その気はないと分かっているのに、どうしても期待したくなってしまう。
とならその先が望めなくても、今はそれでいいか、と思える。
自分でもおかしいと思うけれど。



「…いいね、となら何をしても楽しいよ」



杯で受ける。
更に、笑みが返ってくる。



「それは、光栄です」



いつかこういう夜の過ごし方に慣れてしまわなければいい、と私は密かに思った。


















⇒おわり



ぼやき(反転してください)


実家の新米食べてて浮かんだ話
新米は香りが好きですが、味は古米が好きです
毒気抜かれてる感じの郭嘉…
アリなのか?
日常のひとコマってことで
無双8の郭嘉は、なんていうか割と人間らしいなって思います
私だけ?
とりあえず、新米最高
香りを楽しむ贅沢な嗜好品だと思う

2018.10.22



←管理人にエサを与える。


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