敵は易るべからず





    
戯家の愚人 ― 春麗ニシテ亦嵐也・中 ―























許から離れたところに位置する丘陵。
丈の短い草が辺りをうめつくす様に生い茂る。


曹丕は、跨る月毛の速度を緩めるとそのまま背から力なく降りてその草地に身体を放った。
主が居なくなった月毛は、丘陵の向こうに見える川までゆるゆると歩いてゆく。

ごろりと仰向けに寝転んだ曹丕は、その乱れた息を整える様に、空を流れる雲を暫く見つめていた。



ぎゅっと瞳を閉じて、そしてそれを隠すように、そこへ右手の甲を押し当てる。
拳を握れば、放られた左手もまた、草の上で握り拳を作っていた。

身体を掠めていく風は、湿気を含んだ重い風。
雨が降り出す予兆であった。



ならば分かってくれると思ってたのに・・・!」




地面に強く叩きつけた左の拳に僅かな痛みが走る。

唇を噛み締めてそう漏らされたその言葉は、誰の耳に届くこともなく、近くにそびえ立つ大樹の枝葉の擦れ合う音に掻き消された。





































どのぐらい、そうしていたのか。
空はすっかり雲に覆われ、辺りは薄暗くなっていた。


既に下ろされた右手は、今は拳を握ることもなく、腰帯の右側に垂らされた、あの玉の飾りを意味もなく弄んでいる。
流れる雲をねめつけながら、心の中で燻ぶっているその思いに苛つきを覚えていた。



今すぐにだって行軍している曹操たちを追えば、あっという間に追いついて仇討ちを果たせよう筈なのに、どうしてか、それができない。
頭から、戯表情(かお)が、言葉がはなれようとしなかった。


結局、分かってくれてなどいないのだからそんな事は気にせずに行ってしまえばいいじゃないか、そう自分に言い聞かせるのに次には、どうして分かってくれないんだという悔しさと、悲しさと、虚しさとあらゆる感情が入り交ざってぐるぐると葛藤を繰り返す。

もう居ない兄に、どうしては分かってくれないのだろうと、返ってくる筈も無いのに問いかける。
そうして今度は、兄を思い出す度に復讐の念に駆られ沸々と怒りが込み上げて、また最初に戻りどうしてなのか、ともう誰に問うているのかも分からず、しかしただ一心に問いかけていた。





なぜは分かってくれないのだ、と。







何故問うているのか、初めは何を問うていたのか分からなくなるぐらいに。




そのせいで、曹丕は周りに気を配りきれていなかった。
忍び寄る黒い影。

鉛のように重い雲がその頭上を通過した時、確かに曹丕の目には振り下ろされた白刃の刃が映っていた。


























































「(子桓様はどちらへ行ってしまわれたのか・・・行商に聞いてみても主公を追った気配は見られない・・・)」



長く続く舗装されていない道のずっと遠くに視線をやる。
だが、やはりらしき影は見当たらない。

黒く覆われた空を仰いで、溜息を一つ吐いた。



もう許からは大分離れた筈だ。
この辺りは最近、旅者や行商を襲う賊が出ると噂されている付近である。

いくら曹丕の腕が立つといっても所詮、まだ11を数えたばかりの子供だ。
賊の数が多ければ、その体力は未だ長続きなどしないだろう。
まして、今は一人だ。





「(何か・・・胸騒ぎがする・・・)」






元々そういうものを信ずる方ではないというのは既出だが、仕え始めてからというもの、そういうものも存外馬鹿に出来ないと思い直し始めている。
宛での折も、それは正しく的中していたのだから――。


心の中の不安が焦りでどんどん膨らんでゆく。

は大きく深呼吸をすると、もう一度辺りをゆっくりと見回した。
何か手がかりがある筈だ、と。
そしてそれは、程なく戯の目の前に現れた。


東北東の方角からこちらへ向かってくる一頭の馬。
それは主を乗せず、ただ一頭こちらへ向かって走ってくる。
ははっとして近づいた。


そう、それは曹丕の月毛である。
利口な馬だと、軍内では評判だ。

月毛は戯が近づくと、それと理解しているのか耳をぴんとさせて前足で地を蹴り、或いは首を上下させてどうも落ち着きがない。
しきりに何かを要求しているような。


まさか、と戯はぽつりと呟く。





「子桓様の居所を知っているのか・・・?」





すると月毛は、その言葉を理解したかのように首を振りながら、一度ぶるると鼻を鳴らすと、もと来た道を戻り始めた。
は全力で駆けていく月毛の後を追って、自分の跨る栗毛の腹を力強く蹴る。

視線の先、月毛のずっと向こうには、大きな樹の頭が見えていた。





























































曹丕はその一撃をかわして身を起こした。
少し先に見える今まで自分の頭があった草地には、朴刀の刃が立っていた―朴刀とは薙刀の先のような形をした刀のことである―


刀身、そして柄をたどってその先の人物に視線を移していく。
顔を上げてそれを見れば、そこにはいかにもと言った色黒の男の顔。
にやにやとこちらを見る目、口角の上げられた口。
ちらりと見える黄ばんだ歯が不快感を一層あおる。


「意外とすばしっこいガキだな。格好を見るといいとこのお坊ちゃんのようだが」

「そうみてえだな。これも相当値の張るもんだぜ」


色黒の右隣にいたひょろりとした長身の男が言いながら、手に持つ物を顔の高さまで上げてまじまじと見やった。

曹丕ははっとして、右手で腰帯の下辺りを探る。
だが、そこにある筈のものがない。
そう、今目の前で長身の男が手にしているものこそ、己の腰帯に下げてあったものであり、先まで自分の手の中にあったものだからだ。





「それを返せ!」





身を乗り出して叫ぶ。
だが、男は口角をあげ、いやらしく笑って見せるだけでそれを手放す気配はない。

曹丕はその男をキッと睨み上げると、腰に佩いていた剣を抜いた。
そして、剣先を男に向ける。
男は、色黒と顔を見合すと声高らかに笑った。
そんな男たちの反応に、曹丕は眉間に皺を寄せる。





「ははは・・・よお、ガキが大人にそんな物騒なものを向けちゃ駄目だぜ・・へへ、おめぇら、もう出てきていいぞ」




長身がそういうと、周りからぞろぞろと男たちが現れる。
ぎょっとして、曹丕はしきりに周囲を見回した。

数にすれば優に二十人は超えている。
背中を嫌な汗が伝った。





「さあ、ガキはガキらしく大人の言うことをきいてもらおうか、ん?」





片眉を持ち上げてみせる長身へ、曹丕は一層眼光鋭くすると剣先を下げずに口を開いた。


「俺を甘く見るな。それは返してもらう」




言うが早いか、地を蹴ると長身めがけて突っ込む。
だが、男は怯む所か、余裕の笑みを浮かべて曹丕を見るだけだ。
曹丕が剣を振り上げる。

その時、右手が急に痺れた。
一瞬何があったのか理解できない。
剣が手から離れて遠く弾かれ、そして草地に突き刺さった。

その時、はじめて自分は剣を矢で弾かれたのだと理解する。
右手の方に視線をやれば男が一人、弓を手に矢を番えてこちらを狙っていた。





「残念だったな坊ちゃん。さあ、お仕置きの時間だ。大人に刃向かうとどうなるか、じっくり教えてやろう」




長身の男はそう言うと、顎をしゃくる。
すると、それを合図に周囲の包囲が段々と狭くなっていった。

痺れていうことをきかない右手を押さえながら、曹丕が奥歯を鳴らしたその時、




「ぐあっ!」

「な、何だ貴様・・うあ!」




後方から男たちの狼狽する声が上がった。
呻きすら聞こえるほどだ。

曹丕は上げた視線の先の色黒と長身の顔色が変わっていることに気づき後ろを振り向いた。
そこへ飛び込んできたのは、大の男に拳を振るう戯だった。
官服の長い袖を絡めとって応戦するその表情は、きっと戦場でのそれと同じなのだろうと直感した。
しかし、それよりもまず、





「っ!?」


思わず漏れた言葉。
曹丕の後ろにいた長身が何かに気づき目を細めた。
そして、色黒と顔を合わせると、にやりと笑いあってどちらともなく頷いた。
瞬間、



「おい、てめえ!大人しくしねえとこのガキの命はねえぞ!」



色黒が、後ろから曹丕の首に腕を回してその顔に刃を当てる。
曹丕はその圧倒的な力に抵抗することも出来ず、肌に感じる刃の冷たさに、ただ冷や汗を流した。

はそれに気づくと、掴んでいた男の胸倉から手を離して向き直る。
数歩進んだところで長身が叫んだ。




「おっと!それ以上近づくんじゃねえ、このガキがどうなってもいいのか!?」



横で色黒が曹丕を押さえる腕を持ち上げる。
肌に立てられた刃がぎらりと光を反射した。
は表情を変えずに口を開く。




「その手を離せ。その方はお前が触れていいような方ではない、それから・・・」

ちらりと視線を色黒から長身に移す。
その手には玉の飾り。

「それも、お前たちが手にしていいようなものではない。返して貰おう」




その冷たい声音と刺すような視線に色黒は額から汗を流す。
長身もまた体中から嫌な汗を流していた。
だが、顔を引きつらせながらも戯を睨み返す。




「・・・てめえは今の状況が何もわかっていねえようだな。不利なのはてめえの方なんだぜ」

はさも平然に、だが問いかけた。

「目的は金か?」

「へへ、野暮なこと訊くじゃねえか」




長身は口角を上げる。
は溜息を吐いて空を仰ぐ。
しかし、それは僅かな時間で直ぐに視線を長身に戻すとその目を真っ直ぐに見据えた。




「ならば、金に換わるものを渡せば人質とその飾りを返してくれるな?こちらとしては、無用な争いは避けたい・・・」

「それはこっちもだ。但し、交換するかどうかはモノにもよるがな」




そう言って長身は含み笑いをする。
はそこから視線を外さず、徐に懐へと手を突っ込んだ。
そこから間もなく出てきたのは、見事な翡翠でできた龍の彫刻だった。

それは手の平にすっぽりとおさまるぐらいの大きさで、その龍の首の付け根辺りに削りだされた穴には紐が通してあり、戯の首から下げられているものだというのがわかる。
淡い空色を混ぜたような、しかし確かに鮮やかな翠。
通常見かけるものとは大きく違うその透明度の高さは、即ちその玉の希少価値と質の高さを物語っていた。
誰もがその美しさに魅了され、息を呑む。




「これと交換、で問題はない筈だ。お前たちの目にも、これがどの程度のものかわかるだろう」


言いながら、戯は龍を持つ手に少しばかり力を入れて、それを自分の身体からはなした。
紐がはらりと垂れる。
龍は戯の顔と同じ高さにあった。




「ああ、いいぜ・・それを寄越しな、そうしたら交換してやる」


長身は警戒しながらも、笑みを口元に浮かべてそれを催促するように空いている方の手を差し出した。
は龍を持つ手を静かに下ろす。




「それはできない、そちらが先だ」

「んだとぉ!てめえ、こいつの命が・・・!」




食って掛かる色黒を、意外にも冷静な長身が手で制す。


「わかった、なら同時交換だ。いちにのさんでガキを解放してこいつをそっちに投げる、兄さんはそいつをこっちに投げる」

「投げる、だと?」



はあからさまに眉根をよせ訝しんだ。

あの飾りは曹昂の大切な形見であり、それは曹丕にとっても大きな意味を成す。
それをぞんざいに扱うなど出来よう筈がない。

だが・・・





「そのぐらいは勘弁してくれよ、兄さんは相当の腕を持っているんだ。近づいて交換したら、そのままやられたなんて洒落になんねえだろ?」


長身がそういうと、色黒がまた曹丕をおさえる腕に力を込めるのが見えた。
は小さく舌打ちをする。


「分かった、それに従おう・・・周りの奴らを下がらせろ」




が一度下ろした手を再び上げるのを確認して、長身が空いた方の手で合図をする。
さっ、と周りの囲いが広くなった。

風が吹く。
激しく吹いて大樹の葉をさらってゆく。
長い、官服の袖がばさばさと音を立てた。





「じゃ、いくぜ。いち」


長身が言う。


「にの」


がそれに続く。


「「さん!」」




二人同時に言葉を発して、それぞれの手から玉が放たれた。
長身の手から放たれたそれをちらりと見て、戯は曹丕に目を向ける。
視界に飛び込んできたのは、色黒が勢いよく曹丕を突き飛ばして、その手に握る得物を振り上げている瞬間だった。

はそれを想定していたかのように即座に近づくと、前のめりになった曹丕の後ろ衿を掴み、思い切り自分の方へと引き寄せた。
曹丕が片膝をつく戯の横に両手をついて倒れこむ。
色黒の振り上げたそれは、空を虚しく切るのみだった。

はそれを見ながら左手を高く上げる。
緩く弧を描いていた玉の飾りがそこにおさまる。
右隣で両膝をつく曹丕に、戯は襲い掛かってくる男たちから目を離さずに玉の飾りを差し出した。


「どうぞ、大事にお持ちなさいませ」





曹丕はただ無言でそれを受け取った。
上げた視線の先に、戯の横顔が見えた。

向こうに見える空は重い雲に覆われて、風もうなる程に強い。
周りを見渡せば、声を上げて襲い掛かってくる屈強な男たち。


どこから見ても不利な状況であるのに、戯のその横顔は、凄く、何よりもずっと頼もしく思えた。





「それから、囲いが崩れたら隙をついて離れて下さい。子桓様ならば、できますね?」


曹丕はこちらを向かずに言う戯に、承諾の言葉をつげて頷く。
はそれを耳で確認し、或いは視界の端で確認するとその場に立ち上がって真っ直ぐに正面を見据えた。

色黒が得物を構えなおして戯を睨めつける。
長身の手には既に、玉の龍が握られていた。


そこへ左手側から五人の男たちが襲い掛かってきた。
はそれをちらりと確認すると左腕を大きく横に薙ぎ払う。
官服の袖が男たちの顔に次々と当たる。

勢いと遠心力のついたそれは彼らを退かせるには充分だった。
突然のことで重心の狂った五人は数歩退いた後、後方へと倒れこんだのだ。

それを唖然として見ていた長身と戯の視線が合う。
は袖の乱れを直しながら、至極挑発的に言った。



「意外と官服の袖も役に立つ、そう思わないか?お前も」





その言葉に、顔を真っ赤にした長身が叫んだ。


「おい、てめえら!何をぐずぐずしてやがる!やれ!!」




奮起した男たちが雄叫びを上げて襲い掛かる。

はまず、右側から剣を振り上げてきた男の腕を掴み、左の拳で鳩尾に一撃を入れる。
それを右足で切り飛ばしてその後ろにいた男たちを退けた。

後方からもまた、襲い掛かってくる。
それには、地に着けたばかりの右足を軸にして左足を蹴り上げる。
それは、男の無防備な下あごへと綺麗に入った。





そうして、次々に男たちを倒していくが丸腰での攻撃はその命までは奪わない。
しかし、それらは確実に彼らの急所を狙って戦う気力を奪ってゆく。
中には意識を手放すものもいた。

気づけば囲いは最早、囲いと呼べる状況ではなく、男たちがまばらに散っているのみである。
曹丕は、彼らの隙をついてそこから抜け出すと、五歩(≒7.2m)程離れたところで待機した。




その間にも、戯は男たちを倒してゆく。
十四、五人ほどを倒したところで、戯が右前方に眼をやると、矢を番えこちらに構える男の姿。
は男に向かって真っ直ぐ走った。

男は躊躇いもせず突っ込んでくる戯に怯みながらも、矢を放つ。
しかし、その手元を見て矢が放たれる瞬間を予測していた戯は、それを巧みにかわして男の懐にまで入り込んだ。

弓を手にするその腕を掴んで、拳を鳩尾に入れる。
前のめりになったところを、今度は左手を引いてその掴んでいる腕を離すと同時に、右肘を男の鼻の付け根めがけて打ち込んだ。
右手に添えた左手で加速していたこともあって勢いよく入ったその一撃は、男を後方へと倒すと同時にその意識までをも退かせた。





が目の前からいなくなったことで、男三人が曹丕に向かって一直線に襲い掛かる。
はそれを確認して、今倒したばかりの男の手から弓を奪うと、矢筒から飛び出していた矢を二本番えて同時に放つ。

それは二人の男の足に命中し、男たちは激痛と共にその場へ崩れた。
残された一人も、素早く番えた矢に太腿を貫かれ、立つこともままならずその場に倒れこむ。

間髪いれず、こちらへと向かってくる六人の男たちへと走った。
残されたのは、その六人と長身と色黒の八人だけだった。


最初に飛び込んできた男の顔面を戯は右拳で殴り飛ばす。
その直ぐ後ろから切りかかってきた男の一振りをかわして身を低くすると、素早く足を払った。



「おい、俺たちも行くぞ!」


今まで、呆然と見ていただけの色黒と同じくやっとのことで言葉を発した長身が視線を交す。
それぞれに得物を振りかざして戯に突っ込んだ。
はといえば、それにただ一瞥をくれるのみである。

そんな中でも、後ろから襲い掛かってくる男の顔面に左の裏手を入れることを忘れない。
そして、そのまま流れるようにその肘を鳩尾めがけて一突き。
完全に怯んだところで、その手に握る剣を奪うと、とどめとばかり蹴り飛ばした。


間を置かず、残りの襲い掛かってくる三人に横一線の一振りで軽傷を負わせ退かせる。
後ろを振り向いて構えなおすと、左手にある剣の刀身が白く輝いた。







曹丕はただ、それを見ていた。
いや、見ていることしかできなかった。


圧倒的な力で、見るからに屈強な男たちを次々と倒していく戯に、ただ驚いていた。
寸分の隙もなく、流れるような動き、臨機応変な武術。
どれをとっても申し分がないというのは、まだ未熟だろうと言える自分にも十二分に分かる。





・・・まさか、あんなに強かったなんて・・・」



曹昂(あに)よりも強いのではないかと思ってしまうほどに。
そして、そう思うと同時に、ならばなぜは兄の仇討ちにただの一度も名乗りを上げなかったのかと、また沸々と怒りがこみ上げてきた。
あれ程の強さを有していながら。






俄かに、戯の声が耳に入る。
顔を上げれば、長身の喉元に剣を向けていた。
色黒は腕をおさえて呻き声を上げている。



「さあ、どうする?もう誰も残っていないぞ」


がそういえば、長身はうっと詰まる。
だが、そんな長身が苦し紛れとばかり何かを戯の顔めがけて投げ放った。

は、咄嗟にそれを空いた右手で受け止める。
手にあるそれを見ると、石ころだった。

しまったと思うが、時既に遅し。
長身と色黒は近くにいたのであろう男たちを連れて逃げ去っていた。
他の男たちも各々が各々を連れて立ち去っている。


「油断したな。捕らえられれば、口実の裏づけにはうってつけだったんだが・・・」



手に握っていた剣を地面に突き刺す。
頭を掻きながら周囲を見渡すが、残っているのは彼らの置いていった武器だけだ。
あとは何も残ってはいなかった。
あの、玉の龍も結局持っていかれてしまった。



「(すまない、兄上)」



心の中で謝って、深呼吸を一度する。
視線の先には、曹丕の剣が地面に突き刺さっていた。


歩み寄り、それを引き抜く。
一度振って、剣先についた土を払い、右の袖口で軽く拭く。
そのまま、袖で受けて曹丕の元へ向かった。




「お怪我は御座いませんか?」

問いながら、複雑な表情をした曹丕の前で片膝をつき、剣を差し出す。

「・・・助けてくれなどと、頼んだ覚えは無いぞ」



柔らかく笑む戯を見下しながら言い放つ。
柄を乱暴に握りとって、鞘に納めた。

そんな曹丕に、戯は怒ることもなく、ただにっこりと笑みを返す。



「はい、私が勝手にやったことですから。・・・さあ、許へ戻りましょう、どうやら一雨きそうですよ」


言いながら、戯は立ち上がると、東の空に眼をやった。
ずっと遠くに見える雲の下だけ空気の色が変わっている。
白く見えるそれは、間違いなくそこで雨が降っているという証拠だ。

は曹丕の脇を通り十数歩前に出ると、馬の姿を探して辺りを見渡した。
だが、月毛も栗毛も見当たらない。



「子桓様、とりあえず歩きましょう。馬たちが見当たりません。途中で合流できたとしても、それが遅ければ閉門までに間に合うかどうか分かりませぬ故」



振り向いて言うが、曹丕は背を向けたまま動こうとしない。
は息を小さく吐いて眉尻を下げる。



「行きますよ」


言って四、五歩進んだところで、近くはないが背中に突き刺さる”何か”を感じて立ち止まる。
その直前、耳に届いたのは剣を抜く音。
背を向ける戯に曹丕は真っ直ぐ、その剣先を向けていた。





「はい」



曹丕の呼ぶ声に戯は振り向かずに返事をする。
遠くもなく近くもないところで雷鳴がした。
頬に冷えた空気が当たる。





「俺と剣で・・・勝負しろ」







止むことのない風が唸りをあげていた。



















つづく⇒




 いい訳とか。↓(お待たせしましてすみません・・・!拍手いつも有難う御座います!



長かった、長かったよ・・・!←でもまだ終わりじゃないってゆう
私なんでこんな長くしたんだ・・・マテ

そういえば、歴史的に見て当時の「玉=翡翠」って硬玉じゃなくて軟玉のことなんだよね、って・・・
硬玉が中国に入ってくるのは清に入ってから。
しかも、翠が好まれるようになったのも清からで、当時は多分未だ白い方が皆様のお好み・・・・・・
・・・フツーにねえよ、秀吉←ジャンル違い
ま、まあ矛盾は常のことなので気にしないで下さいまし←
とりあえず、今回は「玉=翡翠」にしてますけど・・・
ご存知の方もいらっしゃると思いますが、簡単に言うと玉は美しい宝石の総称なので、単に翡翠だけのことじゃないらしいですが。
でも、ま、大体玉って言うと翡翠のことを指すらしいです、一番翡翠が珍重されたからだそうで。

ってウンチクはどうでもいいよ、と。
えーと、まだ続きますので、また懲りずにお付き合い頂ければと思います。

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こんなところまで読んで下さって有難う御座います!


2009.06