我は皇帝なり





    
戯家の愚人 ― 秋空ノ煌キ ―
























何処までも広がる青空の下、風に揺れる金の稲穂。
その合間の風を切って進むのは陥陣都尉・楽進。
手には自分の得物を、後方には五千の兵を引き連れて一路、陳へと向かう。

その右後方で同じく手綱を手に馬を走らせるのは戯
もまた同数の兵を引きつれていた。
そして、そのもっと後ろには別の軍が続く。
先方として五万の兵が動員されていたが、その中でも楽進、戯の二軍は先頭集団として他の軍よりもやや差をつけて先陣を切っていた。

しかし何れも、陳に侵入した袁術を迎え撃てとの曹操の命を受けていることに変わりはない。
またそれとは別に、曹操は各地に伝令を飛ばしていた。



長平を過ぎ暫く経ったころ、偵察に向かわせていた兵が馬を走らせてこちらにやってくるのが二人の目に映った。
それはみるみる近づいて、しかしお互い馬の足を止めることなく、兵は合流すると馬首を返し楽進の傍らにきて言う。



「敵大将・袁術!四武将率いる軍を残し撤退いたしました!その数九万!しかし兵卒達は浮き足立っている模様、逃げ出すものも多数続出しております!率いる武将は、橋
、楽就、李豊、梁網の四名かと!」




楽進は顔色を変えることなくそれを聞き届けると一拍置いて口を開いた。

「報告ご苦労、承知した。我々はこのまま敵の迎撃にあたる。これより後方に、于校尉はじめ友軍が同じく敵を迎撃すべく向かっている。そなたは袁術撤退の報と共にその旨報せてくれ」

「はっ」




そう言うと、兵は馬上で拱手して再び馬首を返し後方へと消えていった。
はそれをちらりと見やると、左前方を行く楽進に視線を移しその横まで馬を進めて問うた。


「文謙殿、何か作戦がおありですか?」

馬蹄に、唸る風に、かき消されぬように声を張り上げる。
楽進はそれをしかと耳にして、しかし視線は向けずに一度頷いた。

「このまま敵陣を突破する。先ずは敵を惑乱し怯んだ所をあたる、兵の士気はこちらの方が上であろうが、逃げ出すものがいるとはいえ数は敵の方が上だ。まともに当たるのではこちらが不利だろう、友軍が追いつくまでに敵の戦意を可能な限り喪失させる」



楽進の言葉を聞き、即座にその先の策を読み取り、そしてまた自分の意見と合致したことに口角を上げ短く答えた。
つまり、

「挟撃、ですね」

と。


小さく頷きながら再び楽進が口を開く。

「後方の友軍も状況を見て即座に判断してくれるだろう。我らが突破を完了する頃には追いついている筈だ。敵陣を突破したら号令と共に軍を二つに分け、それぞれ一軍ずつあたる。状況を見て分が悪ければ、敵軍に当たる前に再び合流し、これを討つ」

は無言で頷くと口を開いた。

「…では後方の兵達に通達しましょう」

「任せた」



首が縦に振られるのを確認して戯は後ろを振り向くと空気を目一杯肺に送り込んだ。


「全軍に告ぐ!我らはこれより敵陣を突破する!その後、号令と共に二手に別れ馬首を返せ!あとに友軍と共に敵を挟撃する!敵は既に士気を削がれ意気消沈している!力は我らの方が上であるということ敵に見せつけよ!号令を聞き落とすな!日頃の成果を発揮し、怯むことなく前に続け!!」

「「「「おうっ!」」」」



の通達と激励の言葉に兵の士気も愈々上がり、発せられた応の言葉は空気を大きく振るわせた。
は大きく頷くと顔を正面に戻し手綱を握りなおす。

楽進もまた高まる兵の士気を背中で感じて誰に気づかれることもない小さな笑みをその口元に浮かべた。
一軍は間も無く、苦県に差し掛かろうとしていた。



































「将軍!前方より曹公の軍勢が真っ直ぐこちらへ向かってきます!」

駆けつけ、下馬して報告をする兵の言葉には顔を上げた。
先日、皇帝と称した袁術より大将軍の位を賜っていた。




「誰が率いている?曹操か?」


その問いに兵は拱手し身を低くしたその頭をまた一層低くして答える。

「いえ、陥陣都尉の楽はじめ先ごろ都尉についた戯他複数の隊です!数は二万余り、多くても二万五千かと。曹公の本隊はこちらに向かっているようではありますが、もう暫くかかる模様!兵数ははっきりと致しません!」

「ふん、本隊でなければ問題はない。第一たったそれだけの兵で何が出来る。李豊・梁鋼・楽蹴にも兵をやって伝えろ。そして、陣を展開し奴らを包囲、返り討ちにする、とな。曹操に一泡吹かせてくれるわ」

「はっ!」




再び兵は馬上の人となり、傍らに居た二名の兵に2,3言葉を発して自身も三将のうちの一将の陣へと駆けていく。
は、その口ひげを左の指でつまむと軽く扱きながら空を見上げた。
流れる雲を目で追いながら、ふっと口角を上げて鼻を鳴らす。



「楽だか戯だか知らんが所詮わしの敵ではないわ。陥陣都尉か…ふん、この大将軍である橋
に敵うものか」


徐に手を止めて静かに下ろす。
後ろを振り向くとずらりと整列する歩兵達が眼下に広がる。
心中を満たす何かを感じながら息を吸い込んだ。




「これより敵軍を返り討ちにする!わしに続け!遅れたものは厳罰に処す!よいな!!」

しんと静まるそこに声が響く。


一拍して応の言葉がその耳に届くと、橋蕤は満足げに笑みを浮かべ馬首を返した。
手綱で鞭を打ち前進する。
風が稲穂の香りを運んでいた。










































「文謙殿!」

「ああ」



二人のはるか前方から、袁術が残していった橋
ら四武将の軍勢がこちらへ向けて前進していた。
目に映るその光景を睨みながら楽進が再び口を開く。



「どうやら、こちらを包囲するつもりの様だ。両翼が僅かだが張り出ている」

「そのようですね」





敵の軍勢が進軍する場所はここよりも僅かに土地が低いのか、馬上にあればその軍の陣形を何とか把握できた。
悟られぬようにしているのか、それともこちらをなめているのか、些か粗末といえるその陣形を目に映す。
横陣の様な、しかし僅かな両翼の張り出しは鶴翼か。

粗末ととれる形をとるのは練兵が余程できていないのか、それとも橋
が指揮官として力及ばずなのか。
だが、袁術に正規ではないとはいえ”大将軍”を任され、ひいてはこの地に留め置かしめた者だ、舐めてかかるのは好くない。
とはいえ、どちらにせよ、疾きを尊きとなして局所を攻めれば突破できるだろうと二人は読んだ。


「好都合だ、あれならば容易に突破できよう」

「はい」


答えると戯は小さく頷いた。
楽進がちらりと後ろを見やって息を吸う。

「全軍に告ぐ!間も無く我らは敵軍と衝突する!気を許してはならん、一段と気を引き締めよ!敵陣を突破し勝利を手に!我に続け!!」

「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」



得物を高らかと掲げる楽進の姿に兵の気は最高潮に達する。
もまた応の言葉と同時に鞘から剣を抜くと柄を握り締め、きっ、と前方を睨んだ。
敵軍は既に眼前にまで迫っていた。





































雄叫びをあげ、こちらを見向きもせずに横を素通っていく敵軍に橋
はただ狼狽えた。



「な、やつらは我らを討ちに来たのでは…」



呟くがその答えは返ってこない。
しかし、すぐさま一つの可能性が頭をよぎる。

「!まさか、奴ら天子様のあとを追うつもりでは…!?そ、そうはさせまいぞ!」



拳を握るとそれを振りほどいて声を張り上げた。

「追えーっ!奴らを追えーーっっ!天子様の下へ行かせてはならん!何をしている!!追えーーーーっ!!!」



言うが速いか、手綱を引いて稲妻の速さで突破していった楽進の軍を追う。
しかし、兵達は直ぐに行動に移せず狼狽えたまま訳の分からない状態であった。
馬を持たぬ歩兵達は皆、互いに顔を見合わせたがそのとき頭によぎったのは、橋
の”遅れた者は厳罰に処す”という言葉だった。

瞬間顔色を変えて後を追う。
彼らを動かすものは、ただ”厳罰”という恐怖だけだった。
砂埃に消えた大将軍の後姿を追ってただ必死に後を追う。
息を切らし得物を掴む手に汗を握りながら砂埃で遮られた青空の下を走った。


そんな彼らの背中から、同じくずっと後ろから追っていた同僚の兵らの何やら必死に叫ぶ声が耳に入る。
それは伝言遊びのように伝わってきてそれが己の耳に入ったとき、また自分も後ろの兵達と同じように叫んでいた。





「敵襲だーー!!平慮校尉の于が来たぞーーーっ!!!」










































俄かに後方にある敵兵の声色が変化したことに楽進と戯はお互い顔を見合わせた。
于禁の軍が到着したのだと悟る。
どちらともなく一度強く頷くと楽進が後ろを振り向き声を張り上げた。


「馬首をかえせーーっ!!二軍に分かれ敵を討てーーーっ!!!」



そして馬の背から身体を浮かせると左手を掲げ、それを下ろしつつ左方を示した。
同時に戯もまた、後ろを振り返りながら馬の背から身体を浮かせて右手を掲げ、下ろす動作と共に右方を示した。

常から様々な状況を想定しての練兵がなされている兵たちは迅速に判断すると、楽進或いは戯の後へと続く。

馬首を返し、再びこちらへと迫ってくる楽進の軍に敵兵は皆立ち止まり固まった。
進退定まらず、右往左往する敵軍は既に収集のつきにくい状態へと陥っていた。



「…き、挟撃か…!!」


は苦々しげに顔を歪めると声を絞り出すように呟いた。
自軍の兵に囲まれながら顔を上げれば、李豊、楽蹴の軍が既にこちらへと馬首を返した楽進軍の応戦に向かっているのが馬上から確認できる。

内心胸を撫で下ろしながら、馬首を于禁の軍が迫る方へと向ける。
が、束の間己の耳に届いた言葉を疑った。




「梁将軍が敵の平慮校尉に討ち取られたーーーっ!」





どっと汗が噴出したのがわかる。
動揺で揺れる視界には兵卒達が逃げ惑う光景だけが映っていた。
得物を握る手に自然力がこもる。
奥歯をかみ締めると、徐に馬に鞭打って駒を進めた。



「道を開けろ!大将軍であるこの橋
が直々に相手をしてくれる!于禁め覚悟しろ!!!!」

叫び声を上げ、我武者羅に突っ込んで行く橋蕤を誰一人として止めるものはない。
ただ、絶望的な眼差しで、或いは少しの希望を含めた眼差しでそれを見つめる。
間も無く、橋
の首が刎ね上がり、血煙が青空に散った。


耳に届くのは于禁の声。
戦意を完全に失くした彼らは、それに従い武器を下ろす。
遥か彼方に砂埃が舞い上がる。

何とか確認できた赤地の旗には”曹”と描かれていた。
そして、既に取り囲うように横に広がる大軍にはそれに混ざり”青”の旗。
それぞれ合わせれば、十万は優に超すだろう。
彼らにはもう、喪失した戦意を再び呼び起こす気力など全く残っていなかった。












































は、馬首を返すと、一目散に黄地に”楽”の文字が翻る軍勢へと突っ込んでいった。

「将軍・楽蹴どのは何処!」


楽蹴は、勇猛と忠義の士でその武名は戯の耳にも及んでいた。
しかしその顔までは知らなかったので、叫びながら剣を振るい敵兵を蹴散らして辺りを見回す。
これだけ呼ばわっているのだ、出てこない筈はない。
案の定、暫くもしないうち答える声があった。





「ここにいる」





は声のした方に視線をやると、向き直って言った。


「私は、戯と申すもの。僭越ながら、楽将軍、その首頂戴致す」


楽蹴はそれを聞くと、豪快に笑った。
後方では既に”梁”の旗が下ろされ、兵も皆色めき立っていると言うのに、戯の目の前に現れた男は泰然自若・堂々としていた。


「いや、失礼。貴殿が殿か。名声は聞き及んでいる。風の噂では女人と聞いたが、やはり噂は噂。線は細いが…なんとも立派な益荒男よ、その意気や好し!だが、主公のためにも、そう易々とこの首取られるわけにはいかん。いざ、勝負!」




言うが早いか、馬腹を蹴ると戟を構え戯の懐へ真っ直ぐ向かってくる。
もまた一拍遅れて馬腹を蹴ると、剣を握る手を少し緩めた。


自分の首めがけ、戟が凄まじい速度で振り出される。
しかし、それを戯は身体を仰け反らして、いとも簡単に避けると柄を握る手に今一度力を込めて水平よりもやや上方向に角度をつけた剣先をすれ違い様、思い切り楽蹴のわき腹めがけ突き刺した。


遠心力でほぼ正面に身体の右側面が向いている無防備な楽蹴のそこに、互いの馬で加速された戯の一撃が突き刺さる。
それは、鎧を容易につき抜けその身体を貫通するほどであった。

深々と刺さるそれに楽蹴は驚きの眼のまま視線を落とす。
やがて口から血を流すと、同時に力なく下ろされた手から得物が落ちた。
楽蹴の馬が歩を止めて立ち尽くす。



「…み、みご……」



どさりと音を立てて地に落ちる。
それは、皆まで発せられることのない賞賛の言葉だった。
傍まで馬を進めていた戯は無言のままただそれをじっと見下ろす。
一度目を閉じて、そして天を仰ぐと声を張り上げた。



「敵の将軍・楽蹴はこの戯が討ち取った!兵は直ちに武器を捨て投降せよ!逆らわずば命の保証はする!」



その言葉にそここで慌てて武器を投げ出す敵兵の姿。
既に、遠くを見渡せば辺りを取り囲むように”曹”の旗が翻る。

この状況、指揮官がいない中、自分達だけどうにかしようなど出来る筈も無い。
は、部下が楽蹴の身体から引き抜いてきた剣を受け取ると視線を周囲にやった。
遠くの方で歓声が聞こえる。

”橋”の旗が下ろされたのが見えた。
近くに見えるのは”于”の旗印。


「流石、文則殿。文謙殿の方は…」

呟きながら馬首を返し後ろを振り向く。
同時に歓声が沸きあがって”李”の旗が消えた。

「こちらも問題ある筈もないか」



ふっと微笑んで首の後ろを右手で掴んだ。
辺りを見渡せばいつのまにか、完全に包囲を完成させている曹操の大軍。
は勝利を確信してまた、一足先に腕を掲げる于禁であろう小さな人影を確認して剣を握る腕を高々と掲げた。





「我が軍の勝利だ!勝ち鬨を上げよーー!!」

「「「「うぉぉぉおおおおお!!!!!!」」」」




大地を揺るがす声は遥か青い空をも揺るがして、豊穣の地に響き渡っていた。






















































部屋中を満たすのは食欲をそそる食事の香りと酒の匂い。
そして、文武諸官の楽しそうな声だ。

大軍を差し向けてきた偽帝・袁術を寿春に撤退させ、そして彼が残していった四将を討ち取り、その軍の悉くを下したことにより許に凱旋したその日の夜、曹操が戦の勝利を祝って酒宴を設けたのである。
また、戦が終了して直ぐ戦功の報告の折、特に目覚しい結果を残したとして、まず敵陣に一番乗りを果たした楽進、次いで戯の昇進が下されていた。
後日、上表した後改めて儀をとり行うとのことだ。


そんな酒宴の主役ともとれる二人は、既に宴もたけなわとなった今、一通りの酌も受け終わり、どちらかといえば隅の席に固まっていた。
酒が入って収集のつかなくなった中央から抜け出してきたのだ。
その横には于禁もいる。


というのも、戯が酒の弱い楽進を気遣ってそっと抜け出してきたのであるが、たまたまそれに気づいた于禁も後を付いてきたというものだった。
そして、その于禁がいつもの如く愉快なことになっているのは言うまでもない。

于禁はその酒臭い息を吐きながら戯の肩に手を回すと自分の方へと引き寄せてろれつの回らない口を開いた。



「坊主〜聞いたぞ、あのらく蹴を討ち取ったんらってなあ!昇進おめれとー!」

「あ、ありがとう御座います。ですが、文則殿ほどではありませんよ。流石に文則殿には敵いません。それから、それさっきも聞きました」



受け答えつつ、いつのまにか手にしていた酒瓶をつきつけられ杯でうける。
の顔は依然涼しいものだった。

「おう、そうらったか〜?ははは、まあ、いいけろよ〜坊主おめえ、飲んれ食ってるか〜?まら全然いけるらろ、ほれ」




促されて、先ほど入ったばかりの杯を呷ると、再びなみなみと注がれたそれを、向けられる視線に耐え切れず再び呷った。
上機嫌な于禁が益々上機嫌になって再びその空になった杯に酒を注ぎながら口を開く。



「相変わらずいい飲みっぷりら!らがなあ〜、坊主〜。その一時らけいいんじゃあ、らめなんらぜ。ちゃんと毎日しっかり食べれ飲んれ、そんれもってえ〜鍛錬をしてえ、よく寝てらなあ〜…ヒック…それから…あー、それから……まあ、なんら、あれら!兎も角毎日続けなきゃあ、俺みたいにれかくはなれないぜっ!ック、とぉ〜」

「は、はあ…(言ってること…分かってないだろうなあ…」

全く支離滅裂だと、眉尻を下げながら杯に口をつける。
だが、それは後に間違いだったと気づかされた。





「らからなあ!敵にまで女らなんて噂が流れたり、見てると欲情してくるらなんて言われちまうんらぜ〜!」





「!っゲホげほゴホっっ!!!!」
「………」




上から、于禁、戯、楽進である。
びっくりして腕を離した于禁が大丈夫かと声をかける。
大丈夫かと聞きたいのはこちらだ、というのは余裕がなくて言えるわけがない。
盛大に噴出したり、一部を気管に吸い込んだりでむせ返っていた。
受け答えすらできない。

その横にいた楽進は杯を手にしたまま、座して動かなかった― 因みに杯の中は水である ―
完全に固まっているようである。
漸く、呼吸が整い、しかし、どこから突っ込めばいいのか分からない先の言葉に、戯はとりあえずこう切り出した。


「い、一体そんなこと、ど、どこで耳にしたんです…?」

「うん?欲情してくるってえころかあ?そんらの兵卒達はみーんな言ってるぜ〜ック、特に「文則殿」



何かとんでもない事を言い出しそうだと、戯が于禁の口を押さえようとした瞬間、救いの神が降り立った。
李典が現れて、彼の字を呼んだのだ。
二人は顔を上げてそちらを振り向く。
そこに立つ李典は右手に酒瓶を持っていた。


「おう、ろうした曼成〜?」

歯切れの悪い言葉で顔を上げる上司に嫌な顔一つせず李典が再び口を開く。

「よろしければ一献と思ったのですが…主公がお呼びです」




笑顔を浮かべて人だかりで見えない上座に視線を向けた。
于禁も、またそちらを見やるとご指名頂いたことが相当嬉しかったのか、満面の笑みでその場を後にしていった。
色々と解放された戯を尻目に、李典は楽進を振り向く。




「文謙殿、昇進おめでとう」





酒を勧めて笑顔を向ける。
楽進はいつのまに持ち直したのか、年下の上司の言葉に礼を言いながら酌を受けた。
は杯に酒を注ぐ李典に言葉をかける。


「ありがとうございます、将軍。おかげで助かりました」

「別にお前を助けたわけじゃない。主公のお言葉を文則殿に伝えに来ただけだ」


楽進の杯から酒瓶の口を離しながらそっけなく返す。
次には、ずいっとその酒瓶の口が戯の方へと向けられた。
は一瞬きょとんとしたが、すぐにその意を汲み取り持っていた杯を前に出した。
しかし、一向にその酒瓶が傾くことはない。

何かと顔を上げれば、鋭い眼差しの李典。
表情を変えることなく、戯は言葉を待ち、そしてその目を見た。
途端、李典は目を伏せると口を開く。




「別にまだ、俺はお前の事を認めたわけじゃないからな。…でも、まあ、昇進、おめでとう」

視線を外して言う李典に戯は笑顔を作って言った。

「ありがとうございます、将軍」





ちらりとそちらに目をやる李典はその礼に釈然としない表情をしながらも、耳を僅かに赤く染めた。
そして、それを誤魔化す様に、その戯の差し出した杯に酒を注ぐ。
楽進はそんな一部始終を横で眺めながら素直じゃない李典の姿に見守るような眼差しで柔らかく目を細めた。



明日になればまた、忙しない毎日である。
周囲の諸州諸侯の動きにも予断を許せない状況だ。
それは彼らにも言える状況ではあるが。

楽進は杯に注がれた酒をぐいと呷ると自らも酒瓶を手にして視線の先の李典、戯に勧めた。
渋り顔の李典を含め談笑をはじめれば、主君の周りの人だかりが俄かに散って、于禁を筆頭に2,3人の武隊長たちが舞を始める。
誰から始めたのか、釣られるように手拍子が広がる。
そして、一定の音頭でそれは部屋に響き渡った。


世の情勢がどうであろうが、この場の誰もが皆、今はただこの夜、この束の間の休息を愉しんでいた。

夜空に細く月を画く。
こうして夜は更けていった。



















つづく⇒




 いい訳とか。すっごい長いです↓(拍手有難う御座います!届いてます・・・!!



これは夢ですか?←
ええ、すみません、最初の方無理があるな(戦術が)と思いながら、三國志シリーズより戦記みたいなイメージになった・・・
というか、都尉ってどのくらい兵を指揮できるんだろう・・・と。
楽進は仮がついてるけど司馬だからイケそうだけど
しかし、どちらにせよ将・校よりも下のはずだから、そんなに持てないと思うんだ・・・校が確か700〜1200だった気がするので
でも、あれかな、校は編成単位だからもうちょっと指揮できるのかな。
とりま、私の頭の中では↓の構成のつもりだった・・・

        ┏各隊
   ┏楽進╋各隊
   ┃   ┗各隊
   ┃   ┏各隊
   ┣ ╋各隊
   ┃   ┗各隊
   ┃  
曹操╋荀ケ(軍師)
   ┃
   ┣各隊(複数)
   ┃   ┏各隊
   ┣于禁╋各隊
   ┃   ┗各隊
   ┣青州兵
   ┃
   ┗その他の軍、書いてないだけで徐晃軍も参戦してました

ま、何にせよ私の手元に資料が少なくてわからんw
知ってる方には大変粗末で申し訳なく・・・ただの数だと思って気にせずにいてください、お願いしますorz
あ、詳しいこと知ってる方おりましたら、ご教示いただけると小躍りして喜びます←

李典が将軍職なのは太守だからってことで。
太守には将軍の名号与えるってあるし。意味履き違えてたら笑えるけどな!←
とりま、あまりのツンデレっぷりは自分でも吹きました
あ、あれですよ、冒頭の始まりの一文句は無双5の袁術氏の言葉を参考にしmry
ゲームじゃ”なり”じゃなくて”である”だけどね・・・

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こんなところまで読んで下さって有難う御座います!