「いたたたた……あー、久しぶりに飲み過ぎた…」
酔イ覚マシ
そう呟いて、はズキズキと脈打つ頭をどうすることもできず、その額に手を当てた。
朝議に出席したあとのその足で、回廊を進む。
向かうは、自分の執務室。
市井巡回の仕事が入ってなくて良かった、と内心胸をなで下ろした。
ひとまず今日は報告書さえまとめてしまえば、終わる。
吐き気はないが、ともかく頭が痛い、と清々しい秋晴れの空をねめつけた。
ふらふらとは言わないが、のっそりと怠そうに歩くこと暫く。
曲がり角に差し掛かったその時、誰かとぶつかった。
そう、お約束通りに。
「ご、ごめんなさい…」
「ん?か…前を見て歩け…」
低めの声が頭上から降ってくる。
ぶつけた鼻を抑えながら視線を上げると、そこに立っていたのは曹丕だった。
他人行儀に謝っただったが、それを確認すると、すっと身内の色を見せる。
「なんだ…子桓か……ごめん、前見てなかった」
「…なんだ、はないだろう…まあ、どうでもいいが……どうした、二日酔いか?」
そう言って、曹丕はの顔を覗き込む。
は手を下ろしながら言った。
「御明察。よく分かったね」
「顔を見ればわかる…何年の付き合いだと思っている」
「ほぼ生きてる分だけ」
そう答えるに、曹丕は鼻で笑う。
は再び頭を押さえた。
そんなに曹丕が問う。
「誰と飲んだのだ」
「奉孝殿、伯寧殿、あと文和殿、それから文姫殿と…他にも数名」
「…何の集まりだ…?」
「さあ…私にもよく…ただの飲み会?」
と首を傾げ目を瞬かせるに曹丕はただ呆れた。
ため息を吐いて腕を組む。
を見下ろして再び口を開いた。
「まあ、なんでもいいが……それで、何故そうなった。二日酔いになるまで飲むなど、らしくもない…よっぽど羽目を外したのか?」
その問いに、は目を瞑り渋い顔をしながら答えた。
「いや、だって文姫殿ってばお酌上手すぎなのよ…羽目外したっていうより、飲まされたって感じ」
あー頭痛い、とついでに呟いて米神を親指でぐりぐりと押す。
そんなを曹丕はしばらく無言で見下ろしていたが、唐突にその額に当てていた手を掴むと踵を返した。
は曹丕のこの行動に驚いてその背を見やる。
「ちょっと、どこ行くの!?子桓!」
「いいからついてこい、いいものをやる」
「え、ちょっと」
言うが、曹丕は見向きもせずに、ずんずんと曹丕自身が歩いてきた回廊を戻る。
は自分の執務室のある方向とは違う方へゆく曹丕に、ただ従うしかなかった。
間もなくして、曹丕は急に、ぴたりと止まった。
は訝しんで見上げるが、後ろを向いたままの曹丕の表情はまったく窺えない。
くるりと曹丕が振り向く。
何事か、と驚くに曹丕が言った。
「ここで待っていろ」
「は?…あ、ちょっと!」
止めるのも聞かず、曹丕は再びに背を向けてどこかに行ってしまった。
ふと視線を左わきに落とすと、回廊から庭園へ向かう階段が傍らにあることに気づく。
ため息をついてから、徐にその階段へ腰かけた。
両膝に頬杖をつく。
まだらに流れる雲を目で追いながら、もう一度ため息を吐いた。
そよと風が吹くと、秋独特の枯れ始める葉の香ばしいような不思議な香りが鼻を掠める。
ときおり、思い出したかのように、ずきり、と痛む米神にしかめっ面をした。
「あー、ほんと、あたまいたい…」
何もせず、ただ目を瞑る。
昨夜のことを思い出しながら改めて、飲み方を考えなくては、と心に決めた。
ふいに、足音が聞こえて後ろ振り向く。
と、同時に自分の膝の中に何かが下ろされる。
すぐさまそこへ視線を落とすと、そこには濃い紫色の粒が輝く一房の葡萄と鮮やかな橙色をした二個の柿。
深めの底の少し大きめの椀に盛られたそれから、甘い芳醇な香りが漂う。
「二日酔いにはそれが一番だ」
言いながら、左隣に曹丕が腰を下ろす。
膝の上の籠から紫色の粒を一つとって口に運んだ。
果汁が口内を満たし、芳醇な香りが広がる。
ほんのり甘く、少し酸味が強いが、しかし確かに、二日酔いのの口にはちょうど良かった。
胸がすっきりしていくのがわかる。
次に柿に手を伸ばす。
そのまま、かりっとひと齧り。
こちらは葡萄と違い甘く、華やかな香りだ。
固めの歯ごたえが、たまらない。
「どうだ、丁度良いだろう?」
「うん、ばっちりだよ、子桓!子桓は色んなことを知ってるよね〜、感心するよ」
「当然だ、いまごろ気づいたのか?」
「残念ながら」
「…ふん、嫌味な奴だ」
「どっちが」
お互い目を見合わせた後、まずが笑った。
曹丕はふっと笑うと目を閉じて、ただ穏やかに笑みを浮かべた。
幼いころから共に過ごした二人には、ただ穏やかな時間だった。
それは日常の、ただ普通の出来事で、けれど、二人にとってただ幸せな時間だった。
――――ある酒家の前で、平服姿の曹丕は足を止めた。
前触れもなく、すっと中に入ると、一点に向かって突き進む。
ぴたりと、ある席で歩を止めた。
そこには、郭嘉、満寵、賈詡の姿。
三人が一斉に曹丕を見上げる。
「これは曹丕様。このようなところにお顔を出されるとは…いかがなさいましたか?」
郭嘉の言葉に曹丕が眉根ひとつ動かさず、口を開く。
「何、どうということはない。…が、忠告に来た」
「…、といいますと?」
「簡単なことだ。あまり、で遊ぶな。どういう意図があるのかは知らぬが、度が過ぎれば、例え父の股肱といえどただではおかぬ」
「これはこれは。何か誤解をさせてしまっているようだ、このとおり、謝ります」
「…ふん、構わぬ。謝罪の言葉を聞きたかったわけではない。あくまで忠告にきただけだ」
それだけ言うと、曹丕はその場を後にした。
席から立ち上がった郭嘉は、再び腰を下ろすとどこか、残念そうに同席する二人へ向って言った。
「どうやら思っていた以上に、曹丕様は勘が鋭い」
「あははあ、そのようですな。う〜ん、これは手強い」
「うーん、それにしても、あれだけのことを言いながら、甄姫殿をまず先に奥方へ迎えたのはなぜでしょう?どこから見ても、お二人は”できてる”と思いますが」
「それは、あれだよ、満寵殿。お互いが近すぎるんだ。あまり近すぎるのも、考えものかな」
「なるほど。お互い気づけていないと、そういうことか」
言いながら手を打つ満寵。
「それにしたって、お二方は人が悪い。新妻を迎えたばかりの我が主君のご子息とその義妹と呼ばれるお二人の仲を探ろうと言うのだから」
「あなたには言われたくないな、賈詡殿。一番乗り気だったのをもうお忘れですか?ねえ、満寵殿」
「まったくだね。私たちはもう、一蓮托生。どうやって曹丕様と殿をくっつけるか、そこに互いの策を出し合う仲だよ」
「それは、確かに。戦場より難しそうだが、話に乗ったのは事実」
「じゃあ、次はどうするか。二人のうちのどちらかが考えてほしい。私はもう破れてしまったけどね」
「それじゃあ、次は俺といきますか!」
そう、何やら楽しそうに話し合う三人の軍師の姿が見られたとか、見られないとか。
⇒おわり
いい訳とか↓見ない方はスルー
「反転ここから」以降に簡単ヒロイン設定書いてあります。
読んでみたい方は反転してみて下さい
⇒
(正史)曹丕が果物大好きっていうのをネタにしたかっただけです
大分前に書きかけてたやつを引っ張り出したんですが、無双7の頃だったので…
官渡後なのになんで郭嘉いるんだっていうのは目をつむって下さい←
ここまで読んでくださり有難う御座いました。
2018.02.27
反転ここから⇒簡単なヒロインの設定てことで。全然血は繋がってないけど、曹丕と一緒に育てられた妹的な立ち位置。戦には主に武で参戦。頭脳派と比べると、そこまで頭は良くない。以上。 |