「孟徳」
― ふ た り ―
開け放たれた居室の中を覗いた瞬間、はしまったと顔を歪めた。
その視線の先には、何やら振り付けをしている張郃そしてその向こうには正座をし、その膝の上でこぶしを握りながらも、救われたといった風な笑顔を作る曹操の姿。
即座に状況を理解して、は笑顔を作ると手を振った。
「やっぱり、用事思い出したので戻ります、失礼しました〜」
「お待ちなさいっ!さん、今来たばかりじゃありませんか。さあ、貴方も主公とともに私の華麗なる舞をご覧下さい!主公以外の方々には次の戦で披露する予定だったのですが、今回は特別にさんにもご覧差し上げますよ!さあっ!」
有無を言わさず、長身の彼はずずいと迫るとの腕を引っ張って曹操の横に座らせた。
どうしようもできないので、なされるがまま、その横に同じように正座をする。
間も無く、張郃が何とも素晴らしい舞というより軽業を披露し始める。
よくこの狭い部屋―といっても一般人のものに比べれば相当広い部屋ではあるが―の中でこうも飛んだり跳ねたりできるものだと、顔を引きつらせながら感心してしまう。
――…決して褒めてはいない。
自分に陶酔しながら軽業を披露する張郃を尻目には右手の甲を内側にして顔の左側面に持ってくると声を潜めて隣の曹操に問うた。
「なんでこんなことになってるんだよ、孟徳」
は曹操と屋敷が隣同士だったということもあり、夏侯惇と共に幼馴染なのである。
だから、夏侯惇と共に字で呼ぶことに制限がなかったし、言葉遣いも不問とされているのであった。
そんなの質問を聞いて、同じく曹操も左手の甲を内側に顔の右側面にそれを持ってきて、肩を少しだけに寄せると声を潜めて答える。
「仕方がないだろう、あやつが来て早々にこうなったのだ。おまけに、赤壁のときの感想を聞いていないとそこから始まったのだぞ。俺の身にもなってみろ」
「絶対嫌だね」
「それが幼馴染にかける言葉か」
「元譲でも同じ事を言うと思うよ」
「血も涙もないやつらだ」
「どっちがだよ」
「ご覧になっていますか?お二人とも」
ひそひそと話をする二人に、胸に左手を添えて右手をものをあたかも捧げるように上げている張郃が明後日の方向を見ながら言い放つ。
二人はびくっと肩を跳ね上げると同時に手を振りながら慌てていった。
「み、見てますとも、将軍。流石、牡丹の花のように美しいなって話してたんですよっ」
「そ、そうだとも、特に着地した後の足運びといい、流れるような旋回といい誰にも真似はできんぞ!なあ、!!」
「え、あ、ああ!将軍だからこそ、できることです!す、すごいなあっ!」
がしっと両の掌を掴み合わせてひきつった満面の笑み。
しかし、言葉に惑わされまんざらでもない張郃はその周囲に物理的には目にすることができない花びらを散らしてくるりと回った。
「もう、主公もさんもそんなに褒めても何もでませんよっ。しかぁし!お二方のそのお言葉には全力で応えねばなりません!さあ、まだまだ行きますよっ!とぅっ!」
「(ああ〜褒めておらんにっ)」
「(ああ〜褒めてないのにっ)」
常に分身の如く意見の合致する、曹操、の二人だったが今ほど思いが重なったことはあっただろうか。
―…あったかもしれないが、なかったとしても、数日もしないうちにそれはまた覆されるだろう。
そんなことは日常茶飯事の二人だ。
しかし、何より兎も角今はこの状況だった。
再び顔を寄せてひそひそと話を進める。
「で、他に誰かここに来る予定はないのか?孟徳」
「ん?ああ、そういえば元譲に報告書を今日中に提出するよう言ってあったな。あいつはきっちりしているから、恐らくいつもと同じ頃合にここに来る筈だが」
「それはいつなんだ」
「もうそろそろだと思うが」
「じゃ、こうしよう。元譲が来たら、きっと彼はそっちに気がいくはずだから、その隙に私が後ろの窓を開ける。即行で孟徳がそこから外に出て、次に私が出る、でどうだ?」
「よし、わかった。ぬかるなよ」
「そっちこそ」
視線だけ合わすと、それをお互い正面に向けて機を待った。
そして、それは時を待たずして訪れたのである。
「孟徳〜いるか?報告書ができたから…「おや、将軍!今日も麗しく」
扉の向こうに声と共に現れた夏侯惇を張郃が振り向く。
一瞬きょとんとした夏侯惇を合図に、曹操との二人は顔を見合わせ頷くと、すっくと立ち上がって後ろの窓縁まで走った。
が窓を開けて、曹操が瞬間縁に手足をかけて身体を引き上げる。
「でかした!元譲!!」
その言葉に夏侯惇は目を丸くする。
「何のことだ!」
「お二方、まだ終わっていませんよ!」
振り向いた張郃が一歩進んで言うが、既に曹操は消えていない。
が窓枠に足をかけた状態のまま首だけ向けると、
「将軍!元譲は赤壁の舞が見たいそうです!」
と言い残して向こう側に姿を消した。
だからその時、夏侯惇が血相を変えて冷や汗をたらしたのを知らない。
また、張郃の顔が輝いたのも知らない。
「(くそっ、あいつら帰ってきたら覚えておれよ…!!)」
結局、夏侯惇は張郃が赤壁で見せた―いつもの如く勝手にやっただけなのだが―舞とやらを難しい顔をしながら観ることになったのであった。
哀れ夏侯元譲。
「そういえば、何の用だったんだ」
いつのまにか後ろに追いついていたに気づき、そう切り出す。
椿の咲き誇るこの季節は、庭は一面真っ赤だった。
「ふふん、感謝しろ、孟徳。美味い饅頭を出す店を見つけてきたから一緒に行こうと思って誘いにきたんだ。どうせ、最近は仲達を筆頭に文官達につかまって外に出てないだろうと思ってさ」
は、速度を上げるとその横に出て言った。
仲達というのは、そう司馬懿のことである。
二人は小走りで中庭を行く。
聞いた曹操は顔を嬉々として声を躍らせながらを見た。
「おお!流石、!俺の事をよくわかっておる!早速行こう!!あやつらにつかまる前に」
「勿論。近道を使おう!こっちこっち」
そう言うと、はついて来いと言わんばかり、足を速め曹操の前に出ると、中庭を直角に曲がりながら手招きをした。
曹操はその後を追う。
冬空には雲が浮かび、拡散して消えていく。
その下を駆ける二人はただ子供のように飛び跳ねて。
それは、旗揚げ前と何ら変わらない、二人の日常。
そして、最後は夏侯惇に二人揃って説教貰う、というのも変わらぬいつもの風景だった。
⇒おわり
拍手有難う御座いました!
いい訳とか↓見ない方はスルー
⇒いい加減、お礼の品をかえようよってことで、ぽんと思いついたネタ。
無双5を久しぶりにプレイして、赤壁を曹操でやって、彼の張郃の振り付けを華麗にスルーするその素晴らしさに感銘を受けて思いつきました。ええ、感銘受けてっていうのは嘘ですけど。
ていうか、これ夢なのかなあ…←また言ってますよ
その前にいつもつらつら長くなるので、無理矢理短くしたんですけど・・・まとまらなかったわ・・・
短く文をまとめられる人って本当尊敬します・・・。
ここから今回の夢主簡単設定。
曹操のお隣のお屋敷に住んでた。小さい頃から一緒に遊んでやんちゃしている。曹操よりも大分年下。曹操が”女”として見ているのかは不明←あ
ここまで読んでくださり有難う御座いました。